2016年05月03日

若者たちへ

 ラグビーW杯2015JAPAN対南アフリカの奇跡の勝利の録画を何度も再生しながら、きょうは演劇評を7本書いた(遊戯祭5本、ハムプロ、北翔大)。
 遊戯祭のはいずれもコンパクトだけれど、長い文章と同じだけの神経を使って、言葉を選んで書いているから、疲れる度合いは一緒。
 でもね、7本どれもが素晴らしい舞台だったから書き甲斐があったよ。
 言葉が湧き出てきて選ぶのに困ったさ。
 それにしても今年はいい芝居が次から次と出てくるなあ。
 まだ年の3分の1しか経過していないのに。
 大晦日のマイベスト選定が今年はいっそう難しそうだよ。
 
 そういえば遊戯祭での北大・劇団しろちゃんを見て思い出したのは、もう30年以上前の僕が早稲田大学に入学したころの人気が上り坂の「劇団第三舞台」(鴻上尚史主宰)だな。
 初めて新宿・紀伊國屋ホールとか下北沢・本多劇場に上がる前の。
 あのころは(僕の在学期間は1984〜88年)「世紀末」って雰囲気があって、核戦争が実際に起きるんじゃないかって感じで、北村想の「寿歌」が東京都内のあちこちでさまざまなカンパニーによって上演されていた。
 それで若者ならではの純粋な正義感を持ち合わせていた僕は(本当だよ!)、自民とか社会とか共産とかの既成政党ではない市民運動の集会に顔を出したりしていた。
 死刑廃止を考える集会とか男女共同参画社会とか、とにかくありとあらゆる集会に出ては頭を悩ませていた(元来、おいそれと結果が出ないことを考えることが好きなんですね)。
 そしてそんな僕の心に、現状へのアンチテーゼを訴え、変革を促す「劇団第三舞台」は一つの導きのようにも思えたものだよ。

 でも、いま思うに、あのころはまだ大丈夫だった、と思うほかない。
 自民党にも「長老」という戦争体験者の方たちがいて、これ以上、歩みを進めてはだめだという勘所をご存じだったからね。
 いまの政府・自民・公明党はどうだろう?
 まったく長老がいなくなってる。
 「若者」=「馬鹿者」たちが趣味でヤバイ方向に突き進もうと思ってるとしか見えないのだよ。
 「この道はいつか来た道」だよ。
 公明党ももう少しましな宗教信者の政党かと思っていたよ。
 大きな致命的な勘違いをしていた。

 そうした中での、劇団しろちゃんの叫び。
 僕たち(51歳)おじさんおばさんは大切にしなくちゃいけないな。

 若者たちよ、頑張ろう!
「あなたは自由を守れ シアターホリック(演劇病)はあなたを守る」
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消失

 北翔大学・北翔舞台芸術3年目公演「消失」(作ケラリーノ・サンドロヴィッチ、演出村松幹男、演出補平井伸之)を4月24日(日)、北翔大ポルトホールで見た。いい芝居だった…程度で終わるはずだった。
 あらすじはウィキペディアによると、遠い未来、地球は“第二の月”を打ち上げたが、その星との交信は長く途絶えている。最終戦争が終わったのち、そこから再生を図ろうとする兄弟。怪しい人物たちが次々と登場するなか、事態は急速に悪化してゆく(ほかにも大勢の方がレビューを書いておられるようですので、お読みになってください)。
出演は松永颯、小栗太良、高橋郁也、池田拓斗、下川祐希、金子舞香。
 上映時間2時間半と学生演劇としては長い(もともとナイロン100℃では2時間45分らしい)。
 だが一切飽きなかった、飽きさせなかった。
 目を見張った。
 心臓がぎりぎりした。
 これほど心地よい緊張感は演劇ならではのことだろうと思う。
 俺はナイロン100℃はどこか食わず嫌いのところがあって2本しか見ていないが、これからは見ようと思った。
 素晴らしかったです。
 程度の感想を持ち帰ろうと思って、舞台袖にいた演出の村松に、ホワイト・スワンレイクという女性役を高橋という男子学生が演じたのは原作通りですか?と尋ねたら、人数の関係でとのことだった。
 ええっ?
 俺はまた「世紀末」を表現するのにケラがそうしたのだと思っていた。
 トランス・ジェンダーというかね。
 でも、ただ人数の関係だったとは(たしかに帰宅してウィキペディアで調べるとナイロン100℃では犬山イヌコが演じていた)。
 全員好演していたのには間違いないのだが、高橋の「美輪明宏さん」的な魅力に持って行かれていたのだ、俺は。
 そして、男子学生が演じていたという事実を知ってから、とてつもない感動に全身が包まれ切った。
 この種の誤解に基づく、こんなに得も言われない感動は初めての質。
 おもしろいもんだなあ(笑)
 これもまた忘れられない演劇体験になるな(笑)
posted by Kato at 05:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハムプロジェクトのメンバーが運営する居酒屋「すわ」

 ちなみに、すがの公(ハム)の店は札幌市中央区南4西1(しょうすけどん東隣)やきとん立ち呑み「すわ」(19〜1時。定休日・日祝。電話011・232・1137)。
 ハムプロジェクトのメンバーが運営する居酒屋です。
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スリーハンドレッド&シックスティBAND・1st session

 札幌ハムプロジェクト企画「スリーハンドレッド&シックスティBAND〜1st session〜」(脚本・演出すがの公)を5月1日(日)、札幌・シアターZOOで見た。
 札幌・南4西1(すすきの)の国道36号沿いの飲み屋を舞台にした人情芝居。出演はハムプロから天野ジロ、渡辺ゆぱ、フルサキエミ、すがの公、ほかに池端麻衣、佐藤塁、おしょー、ガジー、干場カナエ、早坂貫、太田敬。
日ごろ軒を並べて営業している飲食店のお客さま感謝デーみたいな、きわもの芝居か座興程度かと思いきや、この事前予想がほんとに申し訳ない本格的芝居(上演時間2時間20分+演奏20分)。
 しかも、ハム(すがの公)にしては珍しい、近未来SFでもない、真っ向勝負のストレートプレイなのであった。
 それもなかなか力の入った渾身の芝居。
 ハムは普通の人情芝居も書けるじゃないかと新たな側面を発見した次第。
 ラストはジャムセッション。
 みんな夜の仕事だから、午後に時間を捻出して創ったんだって。
 頭が下がります。
 素直によかった。
 また来年もあるのでしょう。
 楽しみに待っています。
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忌野清志郎さんのことを少しだけ

 私の国・日本国では5月2日が思想家忌野清志郎の命日で(2009年。58歳)、3日が憲法記念日で、4日が思想家寺山修司の命日で(1983年。47歳)、みどりの日で、5日がこどもの日って続くというのは、ご両人ともあまりにも若いからかなしみは尽きないんだけれど、なにか天の配剤というものを感じるんだな、俺は。
 俺はね。
 無神論者の俺でもね。
 清志郎は女房も好きで、コンサートにも行ってる。
 喧嘩が絶えない我が家では子どもがいないので清志郎がかすがいです(笑)
 俳優三浦友和さんは清志郎と中学時代からの友人で東京都立日野高校で同級生で、いつか清志郎のコンサートに友和さんが飛び入り出演して「俺の女房は有名な歌手だったんだぜい!」って歌ってたのを見たのはユーチューブだったんだろうな。
 もういまは映像なくなっちゃってるけど。
 ああいうのこそ、お宝映像ですね。
 清志郎の「デイ・ドリーム・ビリーバー」はかなしくてやさしくて好きだなあ。
https://www.youtube.com/watch?v=F6IxS1l2YMM&spfreload=10
 うわ〜ん、泣けてきた!
 涙を拭いて「ラブ&ピース!」
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ロックンロール捨てる・全国「117」演劇フェスやろうよ!で訂正

前項題名「ロックンロール捨てる」の後の「?」は「〜」の文字化けです・
すみません。
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ロックンロール捨てる?全国「117」演劇フェスやろうよ!

エンゲキ・ロックン・ロール・ショー遊戯祭16「聴かせておくれ清志郎」が4月28日(木)〜5月1日(日)に札幌・コンカリーニョとパトスで開かれ、1日の審査の結果、最優秀賞にマイペース「ロックンロール捨てる」(作・演出八十嶋悠介、モチーフ曲「いい事ばかりはありゃしない」RCサクセション)が選ばれた。
エントリー5作品をすべて観劇した観客、スタッフの各1票=61票と、審査員5人の12票×5人(=60票)=計121票のうち31票を獲得した。優勝旗とコンカリーニョの5日間使用権50万円分が贈られた。ちなみに僕はマイペースに1票入れました。
以下、僕が見た順番に短評を。なお、あらすじ及び出演者は30日に眠たい目をこすりながらなるべく全員を載せようと書いたので、漏れていたり間違っていたらごめんなさい。コメント欄に訂正を送っていただいてもけっこうです(反映の仕方がわからないけれど)。
1・劇団アトリエ「オーイェス・マイゴッド」(作・演出小佐部明広、モチーフ曲「GOD」忌野清志郎)。少し未来の話。数年前、突如として全ての人間の近くに死神が出現し、人類は毎日少しずつ抹殺され始めた。今では死神だらけの風景も当たり前になり、人々は当たり前に仕事をし、当たり前に恋愛をしていた。 隣に死がある世界で織り成す、愛と青春の群像劇。なぁ神様、なんのために世界にこんなもんよこしたんだ。出演は有田哲(劇団アトリエ)、伊達昌俊(劇団アトリエ)、大谷早生(劇団ロクデナシ/劇団うみねこ)、新谷菜摘、橋場美咲(ゆりいか演劇塾)、小林なるみ(劇団回帰線)、青木玖璃子(yhs)、山口健太(箱人会議)、長枝航輝(劇団うみねこ/ゆりいか演劇塾)、若月篤(ゆりいか演劇塾)、種田基希(北星学園大学演劇サークル)、高橋寿樹(ゆりいか演劇塾)、田邊幸代(北海学園大学演劇研究会/ゆりいか演劇塾)atコンカリ。
死神が追い詰めていく人々の生き方など、髄所髄所に興味深い見所があった。ただ青木・小林の女性の存在感に比べて、引きこもりっぽい若い男性2人の存在感が薄かったのは意図的だろうか。そうだとしてもその意図が僕にはよくわからなかった。
2・含有複合団体fukumaru「東海道傾奇者(かぶきもの)回遊記」(作・演出木山正太、「JUMP」忌野清志郎)。1705年、お伊勢参りで賑わう宿場町。主人公はその往来を走る男。毛利小平太。 彼は暴力がどうしても嫌で赤穂の仇討ちから脱盟。死に場所を失い、悩んだあげくカブキ者の格好で東海道を走っている。しかし派手な見た目のため他人の決闘に巻き込まれる。そんな小平太がどう生きるか決めるまでの葛藤を描いた、そんな話。出演は安藤友樹、和泉諒(劇団fireworks)、岩崎有希子(北海学園大学演劇研究会)、尾居健太(北海学園大学演劇研究会)、MC脂肪漢、木山正太、国門綾花(COLORE)、後藤カツキ(西屯田ライヴワークス)、小林悠太(北海学園大学演劇研究会)、ナガムツ、前田透(劇団・木製ボイジャー14号)、最上朋香(yhs)、安田せひろ(左官見習い)、橋田恵利香(劇団fireworks)atパトス。
乗りのよいロックンロール時代劇。ただ後から振り返っていちばん心に残ったのがナガムツ清志郎というのではちょっと残念。
3・劇団ラフスパイス「パーレンパイ」(作・演出高橋なおと、「世界中の人に自慢したいよ」忌野清志郎)。とあるCM撮影の現場。傲慢なプロデューサーが仕切り、撮影は開始される。準備が悪くミスばかりのスタッフ達と、 そこを取りまとめる現場ディレクターは大忙し。出演予定のタレントが急遽来れなくなってしまった。新たにキャスティングしたタレントは問題ばかり起こしてしまう。果たして、撮影を無事終えることができるのだろうか…! 劇団ラフスパイスが忌野清志郎をテーマに描くドタバタコメディ。出演は高橋なおと、ミニマム齊藤、本多透子、佐々木マリオ(以上、ラフスパイス)、うに、俺(エン)(同人演劇団「想演」)、朱希(劇団・木製ボイジャー14号)、城島イケル(劇団にれ)、梅原拓人(総合芸術ユニットえん)、山本ゆか、嶋口萌々子atコンカリ。
「コント」としてはよくできていたと思う。ここでいう僕なりのコントという定義は、ある場面が演じられたら即座に笑えるもの。「演劇」は、即座に効く場合もあるが、さまざまな尾ひれがついて後からじわじわ効いてくる幅があるものだという気がする。もちろんコントをさげすんではいない。伊東四朗さんは神様。
4・マイペース「ロックンロール捨てる」(作・演出八十嶋悠介、「いい事ばかりはありゃしない」RCサクセション)。今にも潰れそうと言われていたら潰れてしまった有限会社愛とロック。社員たちは、なぜか今日も事務所にいる。あと3日で資金を集められなければ事務所を引き払うのだが、それは嫌だ。仕事してる体でだらける場所がなくなるから。 解決策がある?それ本当に解決策かよ。大丈夫かよ。自己肯定が紡ぎ出す、なすりつけコメディ。出演は倖田直機(実験演劇集団 風蝕異人街)、村上友大、キャス太、大谷岱右(劇団リベラルシアター)、三上翔(はかいこうせん)、がりん(wavision)、寺地ユイ(きまぐれポニーテール)、中ノ里香(おかめの三角フラスコ)。atパトス。
5作品のうち一番「演劇」としてそれらしく安定し、充実していた。
八十嶋が初書き、初演出とは思えない手堅さを見せていて驚いた。初めての作品でこれだけ手練れのような傑作を創れるというのは末恐ろしいとさえ思う。
数多く世に問う必要はない。一作一作、時間を掛けて、たまにしか演劇を見ない人が「ああ、芝居っていいものだなあ」と思える作品作りに精進していただきたい。
カンパニーとしての配役も実に的確。とりわけ大谷先生がいい。彼とは10年以上と付き合いが長いのだが、年齢を重ねて引く技も身につけてきたね。
倖田は僕が最近の役者では一番伸び盛りなのではと期待している男優。それが、「ナンシー」こと寺地と組んだのだから怖いものはなかった。
ラストもよかったね、演劇らしくて。
5・劇団しろちゃん「ロックでカゲキな世界」(作・演出菅谷元、「明日なき世界」RCサクセションほか)。愛し合ってない現代社会!Love&Peaceは昔のはなし、核に移民にテロ工作。ニュースでやらない大事件、大企業の陰謀にスパイが暗躍。 貧乏人は一生貧乏で、政治家はみんなウソつきさ!こんなセカイからは逃げるに限る、愛しあえるロックでカゲキなセカイはどこなんだ??…そんなことより就職しなきゃ! 出演は泉香奈子、伊勢川明久、大橋拓真、小田修輔、金子唯、鴨志田亮、柴野嵩大、武岡菜々、知花彩香、根岸雄登、面堂終太郎、山内ともみ、山本茜(すべて劇団員) ほか。
僕の一票をマイペースにするか、こちらにするかどうかで悩んだカンパニー。
演劇づくりに大切な「いま」「ここ」を最も体現していたといっていいだろう。
現今の政治情勢、政治家の持って行き方には学内にも賛否両論あろう。
それをミュージカルで軽やかに120%自己主張を展開してしまうというアイデアは痛快で、見事な勇気だった。
毎年10月15日から一週間行われる「新聞週間」の1948年の第1回標語に「あなたは自由を守れ新聞はあなたを守る」というのがある。
それをちょっと変えて、君たち5カンパニーだけじゃなく、すべての表現者に贈る。
「あなたは自由を守れシアターホリック(演劇病)はあなたを守る」

追記
八十嶋悠介が教文短編演劇祭で衝撃的な日本演劇史に残るTBGS.「117」という作品で主演したのは2010年だったのね。
日本演劇史に残るってことは東京の演劇人も知らないだろうけれど。
当時の劇評を読みやすいように、アドレス書いておきます(題名が「177」と間違えているのはご愛きょう=笑)。
前々から「117」競演の演劇祭を提唱しているのだが、だれか乗る人出てこないかな。
劇団燐光群の坂手洋二さんがいま清水邦夫さんの「楽屋」フェスティバルやってるんだから、できないはずないんだよ。
道具一切要らないし。
全国「117」演劇フェスやろうよ!
http://theater-holic.seesaa.net/article/160253400.html
八十嶋はじめ関係者のみなさん、おめでとう!
posted by Kato at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月02日

テスト

テスト
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2016年05月01日

遊戯祭16「聴かせておくれ清志郎」は初めての作・演出でマイペースの八十嶋悠介に!

 エンゲキ・ロックン・ロール・ショー遊戯祭16「聴かせておくれ清志郎」が4月28日(木)〜5月1日(日)に札幌・コンカリーニョとパトスで開かれ、1日の審査の結果、最優秀賞にマイペース「ロックンロール捨てる」(作・演出八十嶋悠介、モチーフ曲「いい事ばかりはありゃしない」RCサクセション)が選ばれた。
 エントリー5作品をすべて観劇した観客、スタッフの各1票=61票と、審査員5人の12票×5人(=60票)=計121票のうち31票を獲得した。優勝旗とコンカリーニョの5日間使用権50万円分が贈られた。
 八十嶋は教文エンゲキフェスティバルで披露され衝撃的な日本演劇史に残る「117」という作品で主演したTBGS.などで活躍していたが、本作が長編演劇の作・演出としてはデビュー作という快挙!
 八十嶋、おめでとう!
 スタッフ賞は劇団アトリエ「オーイェス・マイゴッド」(作・演出小佐部明広、モチーフ曲「GOD」忌野清志郎)に贈られた。あけぼのアート&コミュニティセンターの1週間使用権が贈られた。
 小佐部、おめでとう!
 残る3カンパニーも素晴らしかったです。
 きょうは疲れたので、ここまで。
 僕なりの劇評はあす以降に書きます。
 ちなみに僕はマイペースに1票入れました。
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2016年04月25日

北海道電脳新聞・社説「2020年東京五輪は『日本五輪』に」

 2020年の東京オリンピック&パラリンピック(以下、東京五輪と略す)のエンブレムが4月25日(月)、「組市松模様」に決まった。
 だが僕は2011年3月11日の東日本大震災、ならびに今年4月14日以降いまなお続く熊本地震からの復旧、復興が終わらない限り、東京五輪は返上すべきではないかとの持論を4月20日に執筆している。
 ここではそれを踏まえた上で、厳しい鍛錬を積み重ねている選手や五輪ファンの心情に鑑み、一つ別の視点から開催に向けて大きく譲った論を展開・提案する。
 それは、東京五輪は開催地を「東京」に限定せず、広く「日本五輪」にすべきではないかということだ。
 例えば陸上は陸上でも長距離のマラソンや競歩などは札幌でとか、水泳は秋田でとか、野球、ソフトボールは大阪を中心とした関西でとかいった「分散開催」の提案だ。
 もちろん五輪は「世界三大スポーツの祭典」の残り二つといわれるサッカー、ラグビーの両ワールドカップ(以下、W杯と略す)とは違い、国家単位での開催ではなく「都市単位」での開催であることが決められている(札幌冬季五輪とかリオデジャネイロ夏季五輪とかいう具合。なお2002年のサッカーW杯は日本=決勝戦と表彰式も=と、韓国=開会式と開幕戦から=の共同開催だった)。
 しかし2020年は日本国の国家存亡の危機という点からして、東京都ならびに日本オリンピック委員会(IOC)など国内の関係団体は国際オリンピック委員会(IOC)に「国家開催」を提案し、それが認められなければ、やはり返上すべきではないか。
 以下、思いつくままに「日本国内分散開催」のメリット&デメリットを挙げる。
◇メリット
1・日本国内に47都道府県単位ですでに存在している競技場、宿泊施設、準備施設を使え、税金の拠出をはじめ金銭的な負担が最小限に抑えられる。全都道府県ですでに日本国民体育大会=国体=が開かれており、規模の大小はあれ、競技によっては十分、開催のノウハウも含めて五輪にも耐えられるだろう。また若干の整備補充が行われることで、ことに東京以外の都市・生活環境の向上が図られる可能性もある(ちなみに2019年のラグビーW杯日本大会はほとんどが既存施設の活用である)。
2・その際に同種の競技が近隣道府県単位で行われることで、各地域の連携もこれまで以上に密になるだろう。各地域で盛んな競技を行えることで集客も申し分なく(たとえば新種目の7人制ラグビーはラグビーの盛んな東北とか九州とか)、地域の「祭り」として歓迎されるだろう。地元を代表する選手を地元で応援できる可能性も一気にアップする。
3・各国からの選手・役員ら関係者は、競技が行われる北海道なら北海道から東京に観光することで、金が全国にまんべんなく落とされることになり、「東京だけがいい思いをして」という不公平感が少なく抑えられるだろう。いっぽうで従来型の「一極集中五輪」では考えられない広範な国際交流が可能であり、地域の子どもたちの国際化などが飛躍的に望めるだろう。
◇デメリット
1・どの種目を開催するか、綱引きの調整が難しいかもしれない。先に挙げたマラソンは8月開催ならば気温・湿度が高くないところが最善と思い北海道を例に挙げたが、人気は高いだろう。
2・それでも「いいところ」を見せたい道府県知事ら自治体・地元経済界関係者らのむやみな興奮によって、新しい施設を造ろうとするなど経費が高騰する可能性がある。
3・東京都がやっかむ(笑)。
 いまのところ、以上の通り(思いついたら、また書きます)。

 僕は決してごりごりの「東京返上」論ではない。
 けれども2016年4月25日(月)の段階では、この案をご検討していただくのが、被災された方々にも「日本五輪」を熱望している選手たちにも望ましいと信じるのだ。
 みなさんは僕のぎりぎりの提案をいかが思われますか?
posted by Kato at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

記事削除についてのお詫び

 北海道・オホーツクの海岸に打ち上げられた(瀕)死のクジラの上に乗った、カメラを持った男性がガッツポーズをしている写真について批判的に書いた、つれづれなるままに(♯30〜34)と同番外編4本を削除いたしました。
 欠番といたします。
 勤務先の新聞社から「『「就業規則』『情報の保護・管理にあたっての行動基準』『電子媒体の利用指針』」に抵触しており削除を、と求められたためです。
 読者のみなさまに事情説明を掲載しないままの処置をして、多くの方から問い合わせをいただきました。
 申し訳ありません。
 今後、情報の取り扱いをいっそう慎重にいたします。
 ご迷惑おかけいたしました。
 すみませんでした。
 加藤浩嗣
posted by Kato at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月24日

となりの花は棘

 札幌の演劇カンパニー・イレブンナインに所属する女性俳優によるユニット・ギャルソンモンケ「となりの花は棘―The Thorny Flower Next Door―」(作水石八葉子、演出ギャルソンモンケ、監修明逸人)を4月23日(土)、札幌・イレブンナイン稽古場(東区北6東2=札幌中央郵便局のそば)で見た。
 小さなスーパーの休憩室。バックヤードには商品やダンボールが山積みになっている。同じ時間にたまたま居合わせた従業員の女4人(田中=上總真奈、佐々木=小林泉、高橋=澤田未来、円城寺=廣瀬詩映莉)。何不自由なく上辺だけで生きてきたイタイ女達の嫉妬と妄想と現実と夢と希望の物語。明日に向かって泣き叫べ!(チラシより)。出演はほかに窪田進二と男性もう一人。
 上演時間1時間のワンシチュエーション・コメディー。
 冒頭の助走的なゆっくり目から次第に転がっていき、どんどん加速する具合がとってもいい感じ。
 小林の破天荒な暴走を上總が止めているんだか助長しているだか(笑)、これまではどちらかというと「飾り物」っぽかった廣瀬もくっきりしっかり絡んで遊んでいたし、澤田が盤石なアンカーで物語全体の「暴走」を軌道修正する。
 すてきな女優カルテットのデビューだ。
 物語は既成なのか、作者水谷は新人なのかとわからなかったので、明に尋ねたら、4人のうちの1人だって。さて、だれでしょう?
 ワンシチュエーションでぐいぐい引っ張る、元気で楽しい、後味の良い物語です。
 楽日24日(日)は13、16時開演で、会場の稽古場はJR札幌駅そば(080・3263・0119)。
 入場料は一般1000円、学生500円と手ごろなので、時間のある方はこれから急いでもよいでしょう。
 カンパニーに提案。
 こういう1時間程度の「試演会」っぽいの、もっとたくさんやるといいと思うな。
 オフ・オフ・ブロードウエーみたいで、札幌演劇を底支えしているようで、いい感じです!
posted by Kato at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

北海道電脳新聞・社説「2020年東京五輪は返上すべきだ」

 気が早いと思われる方もいると思うが(僕は思わない。むしろ遅すぎるくらいだ)、一生に一度しかない2016年4月20日(水)に抱いた思いを書く。

 2020年の東京オリンピック&パラリンピック開催は返上すべきではないか。
 理由は端的に、熊本地震が起きたため、である。

 かねて東京オリンピック&パラリンピック(以下、東京五輪と略す)は開催費のとどまるところを知らない膨らみ方から、少なくはない反対の声がある。
 「東日本大震災からの復興のシンボルに」という謳い文句も、それを是とする意見がある一方で、「東京電力福島第一原子力発電所の現状を見るに、復興などとは口が裂けても言えない。フクシマを置き去りにするだけだ」という声があるのも事実だ。
 そうした中での4月14日(木)の熊本地震。被害はほぼ九州全域に及んでいる。
 果たしてこうした状況の中で「平和の祭典」は、日本国民の7割、いや過半数から手放しで歓迎されるイベントになり得るだろうか。
 僕にはどうしても、そうした楽観視はできない。
 福島の原発事故を除く東北三県の復旧(「復興」ではない)はどうやら瓦礫が取り除かれ、平地に戻った程度だ。「復興」にはまだまだだ。
 そして熊本、大分両県をはじめとする九州は、地震自体が今後どうなるのか、依然予断を許さない状況が続いている。
 もし地震の頻発時期が過ぎても、九州の復旧はようやくそこから始まるのである。そして復興は、なお先である。
 そうした中で、東京五輪特需の建設ラッシュに重機など機材一式を集中させるのは、エゴイズムを通り越して「罪」でさえあるのではないかと、僕などは思うのである。
 こうした主張をすると必ず、選手をはじめ関係者からは「4年間、いや、それ以上、その日のために厳しい鍛錬をしてきたのに」だとかいう言葉が出てくるのは常である。それは十二分に認めるし、尊重したい。
 でも考えてもみてほしい。被災した方々は生きるか死ぬかの瀬戸際で、ぎりぎりのところで、その日その日の息を吸って吐いているのだ。
 「私たちが活躍する姿をお見せすることで、被災者の方々を勇気づけられれば」という思いもあろう。
 確かにそれはその通りだ。しかし、いくらほんのひととき勇気づけられても寝食が心ゆくまで満たされなければ、人間は生きている心地がしないものなのである。
 下世話な言い方をすれば、有力選手が期待に応えて金メダルを獲得しても、家を失い家族を失った方たちには一瞬のほのかな気休めにしかならないのである。食えないのである。
 五輪は東京でなくても、すでに施設の整った海外の地であっても開催できる。
 東京での開催は2020年でなくても、もっと先にでもできる。
 でも私たちが愛する日本国で生まれ育った日本人は、住み慣れた日本国内でなければ安住の地とは言えないのである。心休まらないのである。
 一生、生まれ育った土地に戻れぬままに、望郷の念を抱きながら亡くなる不幸な方がいるかもしれないのである。
 五輪の選手にあっては、できれば自ら率先して「東京開催返上」の声を上げていただきたい。
 異国の地で、苦境、苦難にまみれた日本人の仲間たちのために思う存分活躍する姿を見せていただきたい。
 そう、そうだ、その時こそ、まだ仮設住宅などにお住まいの被災者の方たちは、パブリックビューイングなどで肩寄せ合って、なに気兼ねなく声の限りに叫ぶことだろう。
 「頑張れ! ニッポン!」と。
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2016年04月17日

サウンズ・オブ・サイレンシーズで訂正

弦巻楽団の芝居、表題を間違えました。
正しくは弦巻楽団「サウンズ・オブ・サイレンシーズ」です。
×サウンド→◎サウンズ
すみません!
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サウンド・オブ・サイレンシーズ

 弦巻楽団「サウンズ・オブ・サイレンシーズ」(作・演出弦巻啓太)を4月17日(月)、札幌・シアターZOOで見た。しっとりとして、ぞわっとした。
 長い闘病生活を送った母を見送った姉妹・つばめ(塩谷舞)とつぐみ(深津尚未)。母の介護を続けてきた姉のつばめは40歳を目前に未だ独身、妹のつぐみは仕事先と家を往復しているだけに見える姉を心配し、恋人・渉(深浦佑太)の職場の先輩・集(温水元)とのお見合いを計画する。つぐみと渉の思惑通りに交際を始めたつばめと集。しかし、集の決意のプロポーズをつばめは断ってしまう。どうしてつばめはプロポーズを断ったのか、理由を探っていく中で、言葉には出せない4人の思いが浮かび上がる。
 4人の登場人物が交わす、本音と建前の揺らぎ。「声にならない言葉」によって追い詰められていく人間たち。「声にならない言葉」を想像し、慮ることでかえって事態は窮屈になっていく…。思いやりと気づかいの間で押しつぶされる、現代人のコミュニケーションを題材にした悲喜劇。(以上、楽団HPより)
 見事に過不足なくこの通りだ。
 ほんとうです。
 ぜひ、ご覧になってください。
 で終わるわけにはいかないので、思いつくままに書き進める。
 同じ場面が違う登場人物からの視点でちょっとずつズレながら繰り返されるところなど、楽団としては初期(2006年)の傑作「死にたいヤツら」を思わせる演劇構造。それも秀逸な創りが増している。「死にたいヤツら」より確実に作品のレベル、特に演出のキレがアップした。
 日本演出者協会主催の若手演出家コンクール2014最優秀賞受賞記念作品だが、強いて言えば通好み、あるいは「オトナ」向けの本作は3月の東京初演でも目の超えた演劇ファンを唸らせたのではないか。
 弦巻は本作をもって「オトナ」の劇作・演出家になったと言えよう!
 札幌出身の演出家・俳優である松本修さんの言葉を借りれば「MODEはオトナに観てもらいたい MODEはコドモには観てもらいたくない」(MODEは松本さんが主宰する演劇集団)という感じか。
 ちなみに、この演劇構造が気に入った方は、映画としては黒澤明監督「羅生門」(原作芥川龍之介)、アラン・レネ監督「去年マリエンバートで」(脚本アラン・ロブ=グリエ→上記の「羅生門」に触発されたらしい=ウィキペディアより)も見てみてくださいね。
 間(ま)がものを言う芝居だ。まさに弦巻の言う「サウンズ・オブ・サイレンシーズ」=「声にならない言葉」ということなんだろうけれど。決して過剰ではない、むしろ寡黙とさえ思えるセリフ、その合間の間(ま)。それが実に能弁に心に響いてくる。
 見る側に与えるのは想像力。つねづね僕がすばらしい演劇の要素として挙げている「想像力=創造力」を刺激するのに申し分ない。 これも僕の常套句の「思いの入り込む余地」ももちろん十分。
 淡い青を基調とした照明、時折聞こえてくる川の波の音、部屋に置かれた水槽に間遠に天井から滴がしたたり落ちてくる…、ビル・エバンス(ジャズ・ピアニスト)とキャロル・キング(ポピュラー)のLPレコード(CDじゃないのがいいね!)、セリフに出てくるウディ・アレン監督の映画「カイロの紫のバラ」(どれもこれも僕の好きなものばかりだ!)、それらが押し出しの強くない、むしろ控えめに淡々と語られる物語の底をしっとりしっかりと、またなにか曰くありげに支える。
 暗闇がほのかに明るさを増し、そしてゆっくりと音楽が流れてくる。心に懐かしいツイン・ボーカル。そう、サイモン&ガーファンクル「サウンド・オブ・サイレンス」から世界は始まる…。

 楽日18日(月)は20時開演。
 弦巻の新境地ともいえる芝居。
 ぜひ、ご覧あれ!

 追伸
 集が抱える「事情」がモロ、僕と被ってて泣けたぜ、胸が潰れたぜ。うえ〜ん!(泣き笑い)
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2016年04月01日

第4回 サンピアザ劇場 神谷演劇賞が決定!

2014年・2015年にサンピアザ劇場で上演された演劇作品を対象にした「第4回サンピアザ劇場 神谷演劇賞」の審査会が3月26日、審査委員長の神谷忠孝北大名誉教授をはじめとした審査委員5人が出席して行われた。
エントリーされた22演目の中から、神谷演劇賞に札幌厚別高等学校演劇部「同級生(2016.3月上演)が、奨励賞に劇団32口径「SMILE(2014.11月上演)」が選ばれた。
おめでとうございます!
表彰式は、6月に開催を予定している。

加藤浩嗣注・神谷演劇賞には神谷先生のポケットマネーからけっこうな額の賞金が出るはず。
札幌厚別高校の皆さん! これを励みにこれからもすてき、楽しい、素晴らしい演劇づくりに取り組んでくださいね!
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2016年03月28日

訂正・「北海道演劇の宝」賞

最高賞「北海道演劇の宝賞が一つ抜けていました。
3月28日(月)現在、劇団アトリエ「もういちど 〜蛙(かわず)飛びこむ水の音〜」を入れて5作品です。
お詫びして訂正します。
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サンピアザ劇場春の祭典2016高校演劇部門・伊達緑丘高校×札幌厚別高校

 サンピアザ劇場春の祭典2016高校演劇部門・伊達緑丘高校×札幌厚別高校を3月26日(土)、札幌・サンピアザ劇場で見た。両校とも素晴らしい出来に大満足!
 伊達緑丘高演劇部は「劇薬−ゲキヤク−」(作・演出伊達緑丘高演劇部)。出演は丸本華乃、鈴木晶、立野広樹、小島夏希、三浦悠、穴水葵、田中佑奈、管野響、秋口紗輝、照明小泉みのり、音響五十嵐菜々、マネジャー小原裕奈、顧問寺沢英幸、協力奥山裕貴。
 公演の演目を考えている演劇部員たちをめぐるメタシアター(僕なりの解釈では「演劇についての演劇」「入れ子構造になっている演劇」)。それが二重三重になっていて、芝居好きにはたまらない仕掛けだ。演じてたちもみな堂々と芝居を楽しんでいて、安心して見ていられた。完成度は相当に高い水準。ラストのモノローグも良かった。
 札幌厚別高演劇部は「同級生」(作石原哲也、潤色脚本戸塚直人、演出佐竹彩花)。修学旅行直前に班分けを不満に思った女子を説得させるために同じクラスの女子二人(美香=佐竹彩花、志津子=長谷川千紗)と田中トシ子先生(市毛来実)が放課後話し合うという一幕一場の劇。舞台監督・音響川本華音、舞監助手佐藤みきと、照明吉原沙希。
 いやあ参った、圧巻、降参、素晴らしすぎる出来栄え。
上演前に会場で戸塚さんから「部員が少なくて上演できるものが限られてしまって…」と裏事情をこぼされてちょっと心配もしたのだが、それはまったくの杞憂だった。部員たちは本番でその危機感をすべて「いい舞台をお見せして、4月からは新入部員をたくさん迎えよう」という良い方向に振り向けられたのではないか。
とにかく自然!
 高校生が今どきのちょいワル、かつ愛すべき高校生を演じる、というより等身大の高校生が「いま、ここ」にいるという演劇本来の究極の存在のあり方! 高校生が将来に自信を持てない女教師を演じて違和感がないどころか、彼女は本当は女教師なんじゃないかと思われる自然さ!
 誤解を恐れずにいえば「芝居を見ている」という気がしなかった。
 3人の織り成すプライベートに立ち会っているんじゃないかという迫真性。
 「能ある演者は演じていない」ね、もはや。「いま、ここ」にそうして存在しているだけだね。演劇の原点、原初を見た思い。
 魂が震えた。
 「そうなんだ。そうだそうだ。そうなんだよなあ」って、わがことに思えてくる真実の現前。
 長年芝居を見続けてきた甲斐があったというものだ。そこまで言っちゃうよ、この日のこの芝居に関しては、俺。いわゆる「見せ方」を知っているプロの芝居よりよほど真に迫っていた、というか真実だった。心の髄にきた。
 春になって部員がたくさん入ってきたら安定性に甘んじて緩んじゃうかもしれないけれど、それは気を引き締めてね。戸塚さんがいるから大丈夫でしょう!
 本当に楽しみ!
 それでね、提案なんだけど、この日のこの座組で11月の札幌劇場祭にエントリーしないかい? 場所はもちろんホームグラウンドのサンピアザ劇場で。演劇好きなより多くの方々や数多く芝居を見ている審査員の方々に、ぜひ見ていただきたいんだな、俺としては。
 ねえ、戸塚さん、お願いしますよ〜!
 札幌厚別高演劇部「同級生」にシアターホリック(演劇病)最高賞・「北海道演劇の宝」賞を贈ります!(2月の北翔大「遭難、」、3月のこぐま座人形劇「モイモイ・オーシャン・パラダイス」、高校生演劇ワークショップ+発表公演「転校生」に続いて4作目)
 両校のみなさん、素晴らしい舞台をありがとう!
posted by Kato at 04:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

「もういちど」について、もういちどだけ・演劇プロデューサー=制作者の重要性

 劇団アトリエ「もういちど 〜蛙(かわず)飛びこむ水の音〜」(演出・脚本小佐部明広)は5日間8ステージで619人(1ステ77人)がご覧になったそうで、小佐部はじめカンパニー関係者は驚き喜んでいるようだが、僕にしたらもっと入っていい、入ってほしかった芝居だ。1ステ90人ぐらい。だって狭い狭いといわれるシアターZOOにしても定員は90人だからね。舞台、観客席のつくり方によってももちろん変わってくるのは承知の上でだけれど。
 まあ、けっこう詰めて座っていた気がするし、カンパニー記録を更新したのだから、予想ではもう少し少ない入場者と見込んでいたのかもしれない。
 そこで次回作品はどうするかだね。
「2016年の予定」というチラシを見てるんだけど、次は4月にコンかリーニョの遊戯祭。でもあれか、遊戯祭ではほかのカンパニーとの空間併用だから、あまり自由に組み替えられないか。
 だとしたら7〜8月の演劇シーズンでZOOなんだけど、「学生ダイアリー」は再演だからなあ。大学サークルの部室が舞台だから、過去演から大幅には変えられないでしょうね。
 ほんとうに空間を遊んで集客を図るのは11月のコンカリということになりますね。でも日程を見ると金〜日曜日の3日間なんだな。
 と、目を一番下に転ずると、12月にZOOで「汚姉妹」でアトリエ「おしまい公演」は水〜日! 何ステなのかはわからないけど、勝負をかけてきた気がするね。
 俺、北海道新聞文化部の舞台担当記者だった15年前から、カンパニー関係者には「日曜日が千秋楽の芝居の劇評を上演中に道新夕刊に劇評書いてほしいと思ったら、初日は水曜からにして!」って言い続けてきたんだ。
 なぜか?
 新聞製作の事情からなんだ。
 主に劇評が載る夕刊の芸能面は先作りといって、たとえば水曜夜の芝居を見たとしたら、その日に原稿を書いても、編集本部という新聞製作の部署が作業するのは翌木曜日なんだ。木曜日に金曜日配達の夕刊をつくる(あ、これは15年前、まだ土曜夕刊に芸能面がなかったころのスケジュールだな=笑。でも金曜夕刊で劇評を読んだ方が土、日の観劇を促せるよね、そうすれば集客増えるし)。
 ということで、俺が舞台担当だったころは、札幌座(当時のTPS)とかハムこと菅野公くんとか千年王国の橋口幸絵さんらには「できることなら水曜初日にして」って言ってた。
 いまはメディアのプレビュー用
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E5%85%AC%E6%BC%94
にゲネプロなどを公開するカンパニーも増えてきたようで、これはとてもよいことだと思います。
 お願いしたいのは、できることなら俺にもプレビューのご案内はほしいところなんだけど。俺はプレビューだけで見たことにして済ませて本番は見ないということは絶対にないので。
 多くの演劇シーズンの公演では初日(あるいは前半)、可能なら中日、ほとんどは楽日と2、3ステージは見てるからね。
 「もういちど」の成功で、今後の集客はどうなるのかな? 「汚姉妹」はどれほど集まるのかな?って、いまからもう楽しみです、集客の「成長」が目の当たりにできるのは。
 
それに関連して「制作」について書きます。
「もういちど(再観)」で「アトリエは決定的に『制作』が弱いと思う。」って書いたんだけど、ちょっと言葉足らずな気がしてさ。
より丁寧に正確に言うと、「人気カンパニーには必ず有能な制作がいる」「有能な制作がいるのに売れないカンパニーはない」「有能な制作は時にはよりよい環境を求めてカンパニーを渡り歩く」「あるクリエーター(劇作・演出家)の創造への人気を形(金)に変えられるのはプロデューサー(制作者)だ」ってことです。
つまり、「制作」という仕事を「プロ」としてやっているわけですな。食うための仕事として。
札幌演劇界ではこの点、まだまだ大学サークルなどの仲良しグループ的な関係の延長というのが続いていて「○○さんの芝居、舞台の世界観が好きだから、○○さんにどこまでもついていく」っていう、クリエーター至上主義のままだと思います。
 でもそうだと、クリエーターの創造力が低下してきたときには芝居自体に魅力がなくなり、集客も伸び悩み、結果、無念にも空中分解してしまうってことにもなりかねない。
 そんなときにクリエーターは古典や名作戯曲に挑戦して、地力が回復したり、新たな発想の源をつかんだりすることをすればいいわけですが、自分の新作新作でやってきたプライドでそれもできない−なんてことになったら、最悪のケースですね。
 そうした場合のアドバイザーになるのも、プロデューサー=制作者だと思います。
 そしてここからは僕の持論に過ぎないのですが、もしあるカンパニーで独りだけ芝居で食うことができるとしたら、それは「地味」で「地道」で「継続的」な仕事をすべき「プロデューサー=制作者」にするべきではないかと思うのです。
 なぜか?
 簡単に言えば、自分の思いを舞台に載せたいクリエーター(劇作・演出家)は次から次に各方面から湧き出てきますが、他人の思いが舞台に載るのに尽力するプロデューサー(制作者)の傑物はなかなか出てこないからです。
 僕が傑出した制作者として思い浮かべるのは燐光群の古元道広さん。
 もうとっくに募集の締め切り過ぎてるんだけど、こんなこともあるようなので、お知らせしておきますね。
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/745f13e9f725568d2f03da22a5dedc9f
 演劇カンパニーが本当の意味で演劇カンパニー=会社として機能していくには、頭脳としてのクリエーター(劇作・演出家)同様、心臓としてのプロデューサー(制作者)は決定的に必要だと思うのです。
posted by Kato at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「もういちど 蛙(かわず)飛びこむ水の音」について、いまひとたび

劇団アトリエ「もういちど 〜蛙(かわず)飛びこむ水の音〜」(演出・脚本小佐部明広)について、2回書いて2回とも書き忘れました。
書かなきゃと思っていたのに。
音楽についてです。
クレジットによると、山崎耕佑、日下拓人、橋本啄実の3人。
舞台ではなく観客席の上手側に3人縦に並んで、演奏していたのはギター、ベース、キーボード、サックス(?)を主体に、そのほかにも楽器ではないものまでさまざまあったような。
決して舞台上の出来事に追従するのではなく、音楽だけ独立して聴ける素晴らしい演奏でした。
舞台と音楽が互いに互いを高め合っている、刺激し合っている、それこそがコラボレーションということの極みでしょう。
この魂を込めた、もしかしたら演劇人としての生命を懸けた作品に気のおけないミュージシャンの生演奏を頼んだということからも、小佐部が本作にどれほどの思い入れを込め取り組んでいたかが感じられるというものです。
本当に素晴らしい、すてきな芝居でした。
で、この芝居はスズナリみたいに古く狭い窮屈なところなんかではなく、三軒茶屋のシアタートラムとか池袋のシアターイースト(ウエスト)といった最新の劇場空間で観たいと思ったものです。
小佐部、じっくり大切に時間をかけて育てて、やるときには東京の舞台関係者・ファンに「札幌演劇ってすごい!」といわれるように、息の根を止めるように深く強く確実にな!
posted by Kato at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする