2016年09月17日

がんばれ! JAPAN車椅子ラグビー!

車椅子ラグビー、生中継で見てる。
がんばれ!
JAPAN!
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2016年09月15日

北海道ルネッサンス!

新聞社への復職が10月某日(未定)に延期になりました。
病が再発、あるいは深まったわけではないので、心配ご無念です。

9時すぎに大通西14丁目にある、釧路湖陵高校同期(35期)の弁護士くんの事務所に出向いて、契約締結(なんと彼、すべて一人で切り盛りしてるの。民事も刑事も。離婚とか遺産相続とか、痴漢とか、使ってあげて=笑)。

会社の食堂でカレーライスを食べ、会社の産業医と面談。
いったん円山に帰宅し、届いていた日本生命などの書類に目を通し、18時に大通西5丁目のNPO法人・北の映像ミュージアムの月例会へ。

飲み会は辞して、帰宅しました。

ラストの20時半の帰宅以外は、すべて歩きです。
体が資本だからね、がんばるぞ!



2019年、みんなで、手に手を取り合って、北海道を、すてきに変えよう!


一人ひとりが知恵を出し合って、北海道を、根本から創りなおそう!


やがて生まれ来る子どもたちよ、北海道の礎を築いてくださった先人たちよ、僕はこの北の大地を、だれもが生まれ、亡くなっていくのに「幸せだ」
と思える国にする!



ニューフロンティア・スピリット(アイヌ民族、道産子、いつかいらっしゃる道産子)!



北海道ルネッサンス!



どうか、どうか、どうか、ご協力ください!



僕は北海道の全179市町村に、ご挨拶にうかがいます!
3年後に、お会いしましょう!



加藤浩嗣
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2016年09月13日

誰もいない海

札幌・円山の居酒屋「円か」さんで晩飯中。
BGMは有線放送の1960〜70年代の日本の曲なのだけれど、ついさっき、トワ・エ・モア「誰もいない海」がかかった。
いまの僕の心情に、ど真ん中のストレート。
一人、ひそかに、男泣き。
僕は死にません(笑)!
なんか、そんなドラマあったね、武田鉄矢の。
僕は見てなかったけれども。
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2016年09月09日

加藤浩嗣

札幌・円山の徒歩5分のバー「ルラーシュ円山」で、遅い夕食(ピザ)。
と、釧路湖陵高校の同期の女の子から「加藤くん、いっそう生き急いでない?」って、ご心配の携帯メールを頂いた。
そうかもなあと思う。
僕が9歳の時に親父は38歳で病死したし、子どもがいないから、なおのこと、人生の間合い、距離感、スピード感がわからない。
要するに、ガキ。
と、自己分析はできているはずなんだけれど。
これからは、少し、ゆっくり生きることを心がけます。
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さよならは別れの言葉じゃなくて、再び逢うまでの遠い約束(薬師丸ひろ子ちゃん)

きょう9日より月末まで、僕はパソコンにアクセス出来ない状況になります。
再入院ではありませんので、ご心配なきよう。
また、お目にかかれる日を楽しみにしております。
いろいろな情報をたくさん仕込んでおきます。
みなさん、お元気で!
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2016年09月08日

2019年に向けた、僕の基本的なお約束10点

2019年に向けた、僕の基本的なお約束10点が出来ました。
福島県川俣町。
未曽有の災害「3・11」をまさに体験して、生きるということの重み、生かされていることのありがたみを、日本中、いや、世界中のどこよりもわかっていらっしゃるはずなのに(泣)。
脳梗塞から復帰した町長に、車椅子に座ったままでの発言を、「前例がない」として、許可しないという。
車椅子から降りて、立ってしゃべれってことなんだろうかね?
なんなんだろう?
「前例がない」?
前例って、つくるもんだべや!
経験するもんだべや!
てめえらが「3・11」という、悲しみの極みの「前例」を、世界中に教えてくれたべや!
うわ〜ん(泣)!
どこまで、お馬鹿さんなの?
てめえら!
「3・11」の被災者であるはずの、あなたたち!
これって?
僕にはまったく理解できないんだ!
これじゃあ、そもそも、両足がないハンディーキャッパーは町長として認めませんって、言ってるわけじゃん!
あやややや!
読者のみなさん、どう思われますか?

僕は、これまでフェイスブックをしていて、一度もみなさんに求めたことはないのですが、今回だけはお願いします!

この記事を拡散してください!

そして、絶対に、この、ちょっといかれたクソ議会議員連中をつぶそう!
川俣町民の皆さまに、頭を冷やして、選び直していただこう!

いわゆる「被災者」「災害弱者」の中にも、やっぱりお馬鹿さんはいるのだということで、あえて「3・11」を強調しました。
決して「被災者」は、いい人ばっかりだけなのではない!
その、つらさ、空しさ、悲しみから、どう学び、どう生き直すのか、なのではないかと、僕はほんとうに思う。
この思いも、北海道民の皆さまと共に考え、実践していく。
共感を得るには、ものすごく難しいだろうけれども。

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2016年09月07日

僕の小さな決意 Vol.1

僕の小さな決意は2019年ですが、ただいまから、お願いごとを受け付けます(「お願いごと」って、別に、やさしい言葉を選んだのではなく、そうした政治用語を忘れてしまったのん)。
福祉・保健とか、芸術・文化とか、スポーツとか、建設とか、いろいろね。
僕は北海道庁、ならびに14支庁(+公共施設)に「北海道すてき募金」箱を設けます。
1円以上でOK!
それは、今回の大雨災害などに迅速に対応するためです。
そんな時に、いちいち道議会を開いて予算化して、国に激甚災害指定を申請して、なんて、やってられないべさ!
素早く、素早く、北海道にお住まいの方の命を守る!
僕は、絶対に、やる!
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一方的な通り魔的離婚について書いた、僕の命をつなぐための文章二つ

もうそろそろ眠ろうと思っているんだけれど、最後に、ちょっと読むには「痛い」文章を書くね。
もし、読み続けていて「痛く」なったら、きょう読み続けることはやめて、あす以降にしてください。
周知の通り、僕は7月上旬に、一方的に離婚されました。
理由も通知されず、本人からの意向も知らされないまま。
ただ、元妻が契約した女性弁護士からのただ1通の調停離婚の後庵によって。
僕は調停なんてめんどくさいことはしたくなかったし(叔父=母の弟=が調停委員をしていたし、父=書記官=も母も裁判所職員という裁判所一家だったから、仕組みはわかる)、元妻にいろいろな意味でご迷惑をかけただろうから、協議離婚にして頂いたのだけれども。
それにしても、協議離婚だからなんなのか、いっさいの情報がないんだよ。
元妻が離婚を選ぶに至った心の軌跡というものが。
それを僕に間接的に伝える努力を、その女性弁護士もいっさいしてくれない。
僕は、これから、どうしたらいいのだろう?

手元に、女性弁護士にあてて書いた手紙のデータがあったので、記します。
ちょっと、えぐいかも。
読みたくなくなったら、やめてくださいね。


※9月1日11時29分送信
小川さま
僕は5月14日(土)に札幌・中村記念病院に入院いたしました。
病名は「ヘルペス脳炎」です。
通常なら唇の周りなどにできるヘルペスが脳内にできるという奇病で、ウィキペディアによりますと、100万人に2〜3人という、ごくわずかな罹患率らしいです。
しかも、世界的にも再発の例は報告されていないもの。
僕は、2014年10月にも発症しており、世界初の再発とのことでありました。

それで中村記念病院に入院していたのが5月14日(土)〜31日(火)。
退院の際には、妻と、郷里・釧路に住む妹が付き添ってくれ、その足で、日ごろ鬱病で通い付けの札幌・幹メンタルクリニックへ行きました。
するとそこで、躁病のため(結局、躁病&鬱病の「双極性障がい)入院加療の必要あり、との診断を受け、翌日、幹メンタルクリニックの提携病院である、札幌・旭山病院への入院が決まりました。
その晩(5月31日)は、妻、妹と、円山にある通い付けの居酒屋で晩餐をし、翌6月1日(水)10時30分、3人でタクシーで旭山病院に行きました。
主治医・木村永一さんの見立てでは、精神科で3カ月の入院加療が必要との診断でありました(その場には、妻、妹も同席しておりました)。

その日から、長い入院生活が始まりました。
妹は3日ほどして帰釧し、妻は1週間ほど通ってくれました。
僕が毎日来てくれる必要はない旨を話し、その後、週末ごとに僕が円山の自宅に外泊(1泊)することにいたしました。

ところが早くも6月第3週には、主治医・木村さんが「加藤さんは治ったようなので、退院しても大丈夫です」とおっしゃったのです。
でも僕は、新聞記者という職業柄、なかなか取材することなどない精神科病院の実態を新聞紙上で広く紹介したいと思い、また、この旭山病院が北海道中を見回してもどうやら最先端の先進性のある精神科病院であることを知り(患者さんの権利を守ることなどにおいて)、主治医・木村さんに、8月末まで取材をさせてほしい、退院後にルポ記事を新聞紙上に掲載したいと依頼し、快くOKの返事を頂いたのです。

僕はこの事実を、妻にも伝え、了解を得ました。
いま思えば、表面上の了解だったのかもしれません。
そうして、僕という「完治」したはずの患者は、週末ごとに妻の待つ家へ帰宅し(1泊)、円山周辺の飲食店で夕食を共にしていたのです。
そういう中で、妻の突如としての不在、数日後の小川さんを通じての調停離婚のご案内(封書)が届いたのです。

妻が自宅にいてくれた最後の日(僕といてくれた、という意味です)、病院への送りのバスを待つ間に、僕と妻は話をしました。
いや、いま思えば、僕からの一方的な語りかけだったかもしれません。
旭山病院の先進性について、笑いの絶えない患者さんたちと触れあい、驚いたこと(僕は精神科病院はいわゆる「気狂い」の巣窟だという思い込みがありましたから)、入院患者さんには若い女性も多く、その大半が身勝手な夫からの一方的な離婚で心を徹底的に痛めつけられていること−などを話した記憶があります。

この日に限って、僕は妻に、マルヤマクラス前から出る、送りのバスのところまで来てくれるよう頼み、かつ、バスが角を曲がって、お互いの姿が見えなくなるまで手を振り合うことを提案しました。
妻は、そうしてくれました。

そして、次の外泊時に帰宅すると、妻の姿はありませんでした。
布団やパソコン、チェロなど、彼女にとって必要最小限のものとともに。

最初は、友達の家にでも行ってるのかな、と軽い気持ちでいたのですが、時間がたつにつれ、不安に襲われました。
そして小川さんからの封書を見つけて読み、僕は一気に奈落の底へ突き落とされました。

ここから、僕はほんとうに、「精神病患者」になりました。

毎日毎晩の嘔吐、めまい、立ちくらみ、体全体のだるさ、食欲不振、不眠、下痢…。
自分がそういう精神的落ち込みにあることは、病院に戻っても、木村医師をはじめ旭山病院のスタッフにも打ち明けられず、ただ、その日が早く過ぎればいい、早く退院したいという思いが深まりました。

もともと8月末とされていた退院を、僕は8月18日(木)に早めました。
木村医師にしてみれば、6月第3週には退院を勧告していたのだから、なんの問題もなくOKを頂きました。

そうして、自宅マンションで、一人の生活が2週間過ぎたところです。

小川さん、小川さんが最初におっしゃられたように、妻は「疲れた」だけなのかもしれません。
ただ、僕は、よりを戻そうなどということではなく、「僕のなにが、どう悪かったのか」「どういうことだから、25年間にわたって築き上げてきた夫婦関係を、いきなり、一方的に、デッドエンドしたかったのか」を知りたいのです。

もしかしたら妻は、僕が、旭山病院に入院した当初より、徹底的に「心の病」の罹患者になってしまったことをわかってもらえていないのかもしれません。
そういうことを願うのは無理で、協議離婚においてはルール違反なのかもしれませんが、この離婚という選択を再考するかどうかは別として、せめて、その僕の真実、事実を、妻に知って頂きたいのです。

小川さんには意外かもしれませんが、貴法律事務所にうかがう時、僕は、精いっぱいの虚勢をはっていました。
変だけれど「負けるもんか!」と、思っていたのです。
でも、もう限界が近づいているような気がしてなりません。
死は選びません、怖いから。
でも、どうして生きていけば良いのかも、わからないのです。

妻との25年間は、たしかに彼女に、迷惑をかけっぱなしだったと思います。
ほんとうに申し訳なくて、すまなくて、謝りたくて、いまこうしていても、涙が出てきて、しょうがありません。

でも、あの最後の日、送りのバスを待ちながら、妻と自宅マンションで過ごした数分間は、かつてないほどの幸福感に包まれていたのです。
「これなら僕は、僕たち二人は、今後もやっていける」と確信した数分間だったのです。

「僕のなにが、どう悪かったのか」「どういうことだから、25年間にわたって築き上げてきた夫婦関係を、いきなり、一方的に、デッドエンドしたかったのか」−それを知ることは、妻に教えて頂くことは、僕が、次のパートナーと関係を構築する際にも欠かせないものだと思うのです(そんな奇特な女性がいるとはまったく思えませんが)。

妻が、送りのバスが角を曲がるまで、優しく、すてきに手を振ってくれて、それで次に帰宅してみたら、突然の不在、理由もわからない、そして、いきなりの離婚−などという現実からは、僕は人生を生きていくための次の一歩を踏み出すのに際して、なにも学べないし、ただ「心の病」が増幅し深まるばかりだし、これから先、どうして、妻以外との人間関係を構築して生きていったらいいのか、まったくわからないのです。

ほんとうに、こんなこと、しちゃいけないだろうとはわかっているんです。

でも、どうか、僕が一人の人間としてもう一度、再生できるために、妻が離婚を選択した真実を知りたいのです。
僕は、一人ででも、生きていきたいんです、人間として。

小川さん、どうか、ほんとうに、よろしくお願いいたします。
小川さんが個人として「◎◎だと思いますよ」との推測のご回答なら、はなはだ失礼ですが、それは必要ありません。
妻の真実の思いが知りたいのです。
どうか、よろしくお願いいたします。

乱文、長文、ほんとうに失礼いたしました。

なお、自宅でパソコンが使える状況が復活し、これは自宅のパソコンからの送信です。

加藤浩嗣

※9月1日16時30分

小川さま
こんにちは。
11時29分に通信をお送りしましたが、その時よりは、僕の気持ちをよりわかりやすくお伝えする言葉が見つかった気がするので、あらためて送らせて頂きます。

結論から申し上げれば、僕は妻から、もちろん小川さんを通じてですが、離婚を決意、実行するに至った「心の真実」を教えていただきたい、ということです。
日本国憲法第24条で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」と規定されていることを小川さんにお伝えするのは、釈迦に説法であります。
今回の場合、僕は調停なんてことはしたくないし(元札幌高裁の叔父が退職後、札幌で調停委員をしておりましたので、仕組みはわかります)、妻がそう望むなら、ということで、素直に協議離婚を選びました。
ただ、それにしても、僕は妻が離婚を選択するに至った、一切の情報を知りません。
心の推移を知りません。
前のメールで明らかにしました通り、会うのが最後になった日は、街頭で最後まで病院への送りのバスに手を振ってくれたのです。
そんな、やさしい妻が、25年間、連れ添った妻が、もしかしたら僕を自死に追いやるかもしれないような選択を、一人で決断したとは、とうてい思えないのです。
それに、ある日、病院から帰宅したら、調停離婚の文書が届いていて、僕は長年迷惑かけたこともあり、離婚理由の真実を知らされないまま協議離婚に応じることにし、そうしたら離婚理由を知らされないまま、財産は半分に分与すると言われる。
これは実態として、悪質な結婚詐欺としか思えないのです(妻はそんな卑劣なことをする唾棄すべき女性ではないと、僕は、第三者から今後の人生において、僕の離婚について説明を求められた際には、命を懸けて証明しますが、その第三者はとうてい納得されないでしょう)。
よく、結婚も離婚も紙切れ一枚とは言われますが、時間をかけてお互いをわかり合い、この人となら、ということで婚姻した相手と、いっさいの理由の説明もなしに、ただ「疲れたから」ということだけで、一方的に離婚できるというのが、現状の日本国のあり方なのでしょうか。
僕は、考えれば考えるほど、よくわからなくなるのです。
世の中で一番、だれよりも愛していた、信じていた、なにもかもを任せきっていた、掛け替えのない妻に、いまでも信じられないし、信じたくもありませんが、卑劣な置いてきぼりを食わされたことは、これから僕が、一人の人間として社会に復帰して一歩、歩みを進める際に、唯一であり最大の障害になるのは、間違いないことなのです。
どうか、妻の言葉を聞いたうえで、僕にお教えください。
よろしくお願いいたします。



長々と、ごめんなさい。
僕、いま、フランツ・カフカ「変身」の不条理の中で、アルベール・カミュ「異邦人」の実存を模索している。
もしかしたら、もしかして、この苦境を脱したら、ノーベル生き方賞を取れるかも!(そんな賞はありませんってば=笑)

ガールフレンドになってくれる女性、募集!
芝居とか映画を見て、それを語りに夕食を共にしてくれる方。
いま、ぜんぜん働けていないので、割り勘でね!
よろぴく!
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2016年09月06日

2019年北海道知事選挙立候補にあたっての、僕の基本的な公約10点

2019年北海道知事選挙に立候補するにあたっての、基本的な公約が出来ました。
1〜5はまだ、内緒にしていただけるとうれしい(まあ、こうして公にしちゃったわけだけれども)。
反自民・反公明の人には拡大してOKです!
政治が嫌いな方、ほんとうに、ごめんね。
でも、俺、1回だけ勝負するから、許して!

1. 当選した日の午前零時が回ったら、「北海道国」を建国、独立する。
2. 1の理由として、安倍晋三(自民党・公明党)政権の憲法改悪から、北海道を守る。「北海道国」は日本国憲法+αの憲法でいく。
3. 2の理由として、安倍晋三(自民党・公明党)政権の天皇陛下を「元首」にしてしまう憲法改悪から、天皇陛下をお守りする。北海道国の象徴は天皇陛下になっていただく。
4. 北海道を大統領制にする(まあ、つまり、初代は僕ね)。普通に考えると、議院内閣制。でも、それだと解散があるの。いっつも、どきどき、ひやひやしなくちゃならない。それをなくするための大統領制。解散がない4年間、ゆっくり政策を考え、実行できる体制にする。
5. 自衛隊を「北海道自衛隊」として、専守防衛の組織にする。在日米軍とも決別。
6. 北海道電力泊原子力発電所を即時廃炉にする。北海道の西岸は風が強いので、風力発電を国家的に推進する。あと、川を生かした水車発電とか。
7. JR北海道とは別に、北海道国有鉄道を組織する。赤字しか見込めない北海道新幹線の推進とは、もう、おさらば(JR北海道さん、ご勝手に)。廃止されてしまった鉄路(夕張線とか)を復活すると共に、全道時計回りの鈍行の観光鉄道をつくる(僕のタイムラインを見てもらえれば、詳しく書いているよ)
8. いま、民間が運営している、シアターZOO、コンカリーニョ、パトス、サンピアザ劇場などを、国営化する(プログラムには口出ししません)。そこで働く方は公務員。
9. 心と体のハンディキャッパーを公務員として雇用を拡大する。例えば、心のハンディキャッパー公務員は、そうした病がある方の話し相手になって頂くだけで、十分だと思うんだ。そうして、みんなで、すてきな北海道をつくっていく。
10. 幼稚園、保育園に希望に添う形で全員入られるようにする。希望がなくなれば廃止とか。場所としては、演劇劇場を有効活用する。
※あ、1〜5はね、クーデターになるんです。
失敗したら、僕、死刑。
だから慎重に取り扱ってください。
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2016年09月05日

尊敬する人 Vol.4 坂本九

 北海道電脳新聞の新企画「尊敬する人」、劇評ブログ「シアターホリック(演劇病)」では100件以上のアクセスがあるなど、ものすごく評判がいいようです。
 ありがとうございます。
 第4回は坂本九さんを取り上げます。
 なんか、坂本九と言っても、しっくりこないな(笑)!
 やっぱり、僕にとっては、ただの、九ちゃん!
 あの、いつ、悲しみ顔が現れるのかわからない、どんな苦境にあっても、いっつも、とっても、すてきな笑顔満載、そんな、印象の方なのです!
 さっき、ウィキペディアで見たら、やっぱり、坂本九ちゃんファン=絶対に日本航空を使わない人って、いるんだって。
実は、僕も、その一人なの。
全日空が通っていない土地でない限りは、絶対にJALは使わない、使えない。
それほどに衝撃的だったなあ、1985年8月12日JAL123便。

 「見上げてごらん夜の星を」
作詞・永六輔 作曲・いずみたく
https://www.youtube.com/watch?v=3hNQsRmAAC0

「上を向いて歩こう」
作詞・永六輔 作曲・中村八大
https://www.youtube.com/watch?v=bbH754gScuk

もうね、僕、ボロ泣きです!
いやあ〜この曲は2019年に僕が北海道知事選挙に立候補して、たまさか当選した場合には、何番目かの「国歌」にするからね!(一番目は「虹と雪のバラード」)
よろぴく!
「上を向いて歩こう」はね、いまから20年前くらいの本州で大雨災害があったときに、濁流に呑まれたバスの乗客が、みんなバスの上(天井)に上がって、みんなで夜中に眠らないように歌い続けたのが、唯一、みんなが世代を超えて歌詞を知っている「上を向いて歩こう」だったんだって!(うわわわわ! またまた、ボロ泣き!)
「上を向いて歩こう」は、九ちゃんがレコード盤で歌っていて、普通に歌われているのは「思い出す、秋の日」までなんだけれど、唯一、歌詞4番として「思い出す、冬の日」の歌詞もあるのは知っていますか?
それはね、映画なの。
「上を向いて歩こう」という映画で、共演は高橋英樹、吉永早百合だったかな?(日活)
九ちゃんも出ているその映画のみで、「思い出す、冬の日」が歌われています!
ええとね、1964年の東京五輪の直前で、たしか、代々木の第2体育館前だったな。
みんなが集まって歌うという。
一回、NHK-BSでやったよ。

https://www.youtube.com/watch?v=ive2aOrIg-Y

九ちゃんはね、坂本九っていうんだ、ほんとはね。だけど…ちっちゃいから…(笑)
九ちゃんと言えば、夏の中学、高校の文化祭のファイアーストームでかかる「ジェンカ」だよね?
みんなはしたことがないかも!
最近は近隣住民への配慮から、ファイアーストーム自体をしないもね!
あすこで生まれる男女交際って、あるんだけれどなあ!
残念だわね。
釧路湖陵高校の文化祭は、たしか夏休みを終えた、いま時期で、手作りの大きな人形を担いで、北大通りを歩いたんだ!
そして、校庭の真ん中で焼いて、3年生分、30クラス分焼いて、その火の明かりでフォークダンス!
すてきでしょう?
僕はいまでも忘れられないな。
いままで、ちゃんと生きてきて、この高校に入って良かったと思った!
女の子がみんな、きれいに思えた!
すべて、この時間、この世界を、守りたいと思った!
そうか、僕が釧路湖陵高校を卒業して、もう33年か!
甘酸っぱかったなあ(笑)!
僕は恋をしていないと生きて行かれない人間だからね、いっつも、すてきな女性を探して生きています!
君が僕のことを危険だと思ったら、あんまり、近づかないようにね(笑)!
posted by Kato at 03:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月04日

尊敬する人 Vol.3 ちあきなおみ

 北海道電脳新聞の新企画「尊敬する人」、第3回は、伝説の歌姫であり、「タンスにゴン」のCMでも有名な(爆笑)ちあきなおみさんです。
 初回が米国公民権運動の主導者マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師、第2回が第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディときていたから、これは予想がつかなかったでしょ(笑)!
 でも、僕にとっては、彼らとも、ある意味で同じ心の地平にいらっしゃる(それがどういう意味かは、皆さんでめいめいに探ってね!)、とっても、すてきな女性なんだなあ!
 マイ・ベスト・シンガー(女性部門)だしね!
 ちあきなおみさんの来歴は、例によって、ウィキペディアで事前に確認をお願いします。

 まず1972年の第14回日本レコード大賞受賞曲「喝采」。
作詞・吉田旺、作曲・中村泰士
https://www.youtube.com/watch?v=RMH5vLqfRHU

僕が7歳の時の曲なんだけれども、小学2年生の僕は一気に心をもって行かれました。
まあ、もともと、ませガキだったけれどね。
ビートルズは解散直後の1970年、5歳で、「レット・イット・ビー」から入っているし。
深夜ラジオ「オールナイトニッポン」の1970年末、ビートルズ解散特集を録音して頂いて。
「喝采」は、恋人の死について歌った実話曲との話がずいぶん出回ったけれども、あれは当時の事務所が売らんかな、のために流したガセネタらしいね。
あるいは、エディット・ピアフ「愛の賛歌」の路線を地でいこうとしたのかもね。

エディット・ピアフの人生
http://www.d3.dion.ne.jp/~masaji.s/New124.htm
1949年のところです。

「愛の賛歌」
 https://www.youtube.com/watch?v=1gTGmbA40ZQ

 で、ちあきなおみさんはいつからか、オリジナル曲ではなく、他の人の歌をカバーする世界になっていきます。
 そしてそのどれもが、オリジナルをリスペクトし、オリジナルを生かしたうえで、ちあきなおみの世界になっている!
 出色です。
 ここでは、超有名な2曲をご紹介しましょう。

 「黄昏のビギン」=故水原弘さんの曲。
作詞・永六輔、作曲・中村八大という最高のコンビです(これに歌・坂本九とくれば、ご存じ「六八九トリオ」ね!)。
https://www.youtube.com/watch?v=8aN-tucDI-k

 「星影の小径」=故小畑実さんの曲。
https://www.youtube.com/watch?v=JeCNMRAu6TU

いやあ、立て続けに聴くと、もう、泣けてくるなあ!
ちあきなおみさんは、ご主人・郷硏治さん(宍戸錠さんの弟)が1992年に亡くなって以降、いっさい公に姿を現さなくなりました。
 それだけ、郷さんを愛していらっしゃったんだなあ!
 きっと、歌われるお歌も、いつからかはわからないけれども、僕たちファン向けにではなく、存命中の郷さん一人へのラブレターだったのではないかな、と僕などは思っています。
 それで十分によいのです。
 おこぼれで。
 だって、それだけで十分、すてきなんだもの。
 僕の心が満たされるんだもの。
 ちあきなおみさんには、ほんとうは、シャンソンを歌って頂きたいけれどね!
 いまでも、たまに、北海道新聞の休刊日などに、通常テレビ面のところに、「ちあきなおみCD10枚セット」とかの広告が出るジャン。
 そしたら、彼女は最大10万セット、平均1万セット出るんだってさ!
 すごいよなあ!
 ちあきなおみさんが「現役引退」された後は、その後継者としては、僕は八代亜紀さんに期待しています!
 数年前、米国NYのジャズバーでライブもしてるしね!
 次は、石川さゆりさん。
 「ウイスキーが、お好きでしょ」は、もう誰でもご存じでしょう。
 その後は、森昌子さん(エロ森進一と離婚されて、良かった良かった!)。
 加藤登紀子さんとお友達で、最近シャンソンにも進出し始めているようですね。
 日本の、とびきり歌のうまい女性シンガーには、確かに受け継がれていくものがあるんだなあ!
 そして、やっぱ演歌歌手って、すごいんだなあ!
 あ、そっか、日本の演歌=シャンソンってことなんだ!
posted by Kato at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

尊敬する人 Vol.2 ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ

 北海道電脳新聞の新企画「尊敬する人」、第2回は、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディです。
初回が同時代のマーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師だったから、あるいは予想された方も多かったかもしれませんね。
僕がケネディを好きなのは、とにかく、男としてかっこいい! の一言に尽きます。
まったくもって、ミーハーなんだけれども。
でも日本の政治家でケネディほど、すてきな人は見つけられていないし、スポーツマンとしても世界中を見渡しても、監督としての星野仙一さんぐらいだから(楽天が優勝した時に、最後の最後にマー君を登板させた侠気=おとこぎ=! 女性にはわかっていただけるかなあ?)、まあ、しゃーねーなーって感じです。
なにが、かっこいいのか?
それは、僕にとっては、ずばり、決断力です。
1962年のキューバ危機に際しての、核戦争ぎりぎりまで交渉を持っていっての平和への落とし方(僕としては、たとえ交渉が決裂したとしても、ケネディは絶対に核戦争を回避したと確信していますが)、1960年1月20日の就任演説(「たいまつは若い世代に引き継がれた」「国が君になにをしてくれるかではなく、君が国になにをするかを問うてください」=うわあ! なんて、かっこいいのだろう!)、1963年6月、陸の孤島であった西ドイツ・西ベルリンにおいて行われ、自由を尊ぶ市民を勇気づけた「私はベルリン市民である」演説−どれもこれもが図ったように、かっこいい!
実は、セオドア・C・ソレンセンという、敏腕のスピーチライターが書いたものなんだけれども、J・F・Kの意向を100%反映したものであることは間違いがないよね!
そして、旧ソ連に先を越されていた宇宙のことに関しては、1960年代中に人類を月に送ると宣言しての「アポロ計画」の推進。
ねえねえ、見た見た見た?
僕は見たよ、テレビの生中継、釧路で、白黒テレビで。
4歳の1969年の真夏、アポロ11号、月面着陸!
いまでも名前を覚えてる、アームストロング船長、オルドリンさん、コリンズさん。
「この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である」(アームストロング船長が月面に足を踏み出した時の第一声)
69年には、J・F・Kは暗殺されてしまっていて、もうご存命ではないのだけれども、そうした一連の「夢」=「アメリカンドリーム」のプロデューサーが、まさしく彼だったよね!
うわあ、なんてすてき!
私生活ではジャクリーンなんて、すてきな奥さまがいらっしゃるのにも関わらず、マリリン・モンローと乳繰りあっちゃったJ・F・K(僕はモンローみたいなボインちゃんのセクシー系は、はなはだダメダメなんだけれども、まあ、それは個人の好みの問題だよね)。
ケネディに心酔していたクリントン氏は、そんな、いけないところも学んで、実践しちゃったのは、記憶に新しいところです(笑)。
 でも、ケネディが撒いた種って、ほんとに大きいんだよな。
 青年海外協力隊がそうだからね。
 もともと近い組織が日本にはあったのだけれども、ケネディの「平和部隊」(部隊とか言っちゃうのが、USAのいけないところだと、僕などは思うのだけれど)を経て、世界的な組織になりました。
 だから、ケネディはほんとうは、ロシア(旧ソ連)が弱体化したいまにおいて存在している人ならば、「世界連邦」「世界政府」などというものを実現していたのではないかなあなどと、夢想してもおります、僕はね。

そんなわけで、きょうは、1961年1月20日、米国ワシントンにおける第35代アメリカ合衆国大統領就任演説をご覧ください!
夢と希望をいただきま〜す!
https://www.youtube.com/watch?v=VAASNl_kiC8
https://www.youtube.com/watch?v=6KJshrKmwG4
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2016年08月31日

尊敬する人 Vol.1 マーチン・ルーサー・キング・ジュニア

 北海道電脳新聞の新企画「尊敬する人」を始めます。
 「尊敬する人」というより「僕を育ててくれた人」って感じかな。
 僕は、道産子である亡き父(十勝管内池田町出身。38歳で肺がんで死にました)と77歳の母(釧路市出身)が愛し合って生まれた子どもだけれども、「育ててくれた人」って意味で言えば、血も人種も国籍も、ほんとにほんとに多様なんです。
 そんなわけで、僕は、あっちこっちにブレながら、齢51歳のいまを生きてるって感じなんだ。
ブレたといっても、道がわからなくなったわけじゃないよ(笑)。
 次から次に、バトンをタッチするように、すてきな人が現れて、僕の「子育て」を引き継いでくれて、いまの自分があるというか。
だから、一回も非行に走ったことはないし、酒も煙草も成人映画も、それぞれ許された年齢から始めたものです(その代わり、酒も煙草も成人映画も、いまだにやめられないけれど=笑)。
 それは、そういう必要性を感じなかったから。
 背伸びはしたかったけれども、僕はとりたてて背伸びをしなくってもいいなあと思っていたからなんだ。
人と出会うのが、ほんとうに好きです。
 だから、新聞記者として、毎日いろいろな方と出会えるのは、天職だと思っています。
 たくさんの、ほんとうにたくさんの、同一の意見を持たない方、むしろ正反対の思想・信条をお持ちの方と出会う、血も人種も国籍も違う人と出会うというのは、楽しくってならないのです。
 こういう、自分とまったく違う人がこの世に存在するというのは、とってもすてきだし、面白い。
 生きてて良かったなあと、日々、思える瞬間です。
 知らなかった世界に出会えるからね。
 そんな思いを理解していただける一助に、この新企画「尊敬する人」がなれば、幸いです。

マーチン・ルーサー・キング・ジュニア
(以下、ウィキペディアより)

 まずは、この動画をご覧ください。
 1963年8月28日に行われ、20万人(故郷・釧路の人口より多いのでは?)が参加したワシントン大行進で、キング牧師がリンカーン記念堂の前で行った“I Have a Dream”(私には夢がある)のお話です。


 「アイ・ハブ・ア・ドリーム」「アイ・ハブ・ア・ドリーム」「アイ・ハブ・ア・ドリーム」〜このリフレインの、なんと甘美なこと!(ゆっくり、やさしくお話されているから、中学生の英語の勉強には、とてもよいのではないかな?)
それを、決して絶叫調ではなく、心を込めて、信じてくれている人々に諭すようにお話なさるキング牧師さまが、なんと凛々しいこと!
 すてきだなあ!
 かっこいいなあ!
 男惚れするなあ!
 やはりオリジナルに勝るものはないと思うから、こうしたものを映画化しても、その感動はこれっぽっちも湧かないの、僕の場合はね!(米国の場合、なんで他の国の名作映画をいちいち、広い意味での米国人に演じ直させてリメークするかというと、英語の字幕では読めない人=アフリカンアメリカンとかメキシカンとか、スパニッシュとか。あるいは米国はいまだに識字率が低いよう=が多いからなんですって。ちょっと盲点ですよね)
 それにね、僕が、米国のことは「大っ嫌い!なんだけど、大っ好き!」って、愛憎半ばに思っちゃうのは、米国はこうした20万人参加の市民運動に対して、政府が最後の最後にはちゃんと応えるでしょう?
 この時も、翌年1964年7月2日に、アフリカンアメリカンを奴隷としていた南部出身のジョンソン大統領が署名して「公民権法」が制定されました。
 J・F・ケネディが1963年11月22日に暗殺されなければ、この年のうちに制定されていたはずですがね。
 そんな訳で、米国はシチズン=人民を大切にしているなあと、思うのです。
 僕は米国を嫌いになりきれないのです。
 日本国も、そうであってほしいなあ!
 というか、僕は、時がくれば、そういう北海道にするつもりです!
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2016年08月30日

NHKの「原子力発電所再稼働反対『みなさまのNHK』解説委員総決起集会番組」(笑)

NHKの「原子力発電所再稼働反対『みなさまのNHK』解説委員総決起集会番組」(笑)ですが、以前挙げていた映像が終盤、音声が聞こえづらいことがわかりましたので、以下の映像に差し替えます。
これもおそらく早晩、消される可能性が大きいですので、ぜひ早めにご覧くださいね!

http://hiyashitanukian.blog.fc2.com/blog-entry-592.html
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2016年08月29日

水橋孝カルテット「男が女を愛する時」

 加藤浩嗣の名曲アルバムです。
 きょうの一曲は、水橋孝カルテット「男が女を愛する時」。
 僕の(ほんとうはいまも愛している元妻との)結婚式のラスト、お客さまがお帰りの際に会場で流した曲です。僕の現状では、号泣ものの曲なんだけれどもね(泣)。
 元歌は米国のアフリカンアメリカン、パーシー・スレッジの同名ソウル。ウィキペディアによると、「ビルボード」誌のR&Bシングル・チャートとBillboard Hot 100の両方で1位を獲得する大ヒットを記録した。この曲は、アトランティック・レコードのシングルとしては初めてゴールドディスクに達した−とのことです。
 僕が知ったのは、釧路の栄町公演前ジャズ喫茶「ジス・イズ」(小林東マスターのご闘病で、数年前に閉店しております)で、水橋孝カルテット版が先です(釧路湖陵高校時代は毎週末通っていたからね)。一回聴いただけで、心をえぐられました。そのころ、湖陵にもほかの高校にも「心の君」はいなかったので、「いつか王女様が」って感じで、飽くことなく、「ジス・イズ」に行くたびにリクエストしていました(それで、冒頭に書いた結婚式の際には、小林東マスターにお願いして、カセットテープにダビングしていただきました)。
 元歌はソウルだと知って、ミサキレコード(釧路出身の方には懐かしいでしょ?)で、シングル盤を取り寄せていただきました。3分ほどの短い曲なんです、実は。それを水橋孝カルテットは11分50秒で演奏しています。それも、熱く、熱く、心を込めて。
 楽器を演奏なさる方なら、数分聴いてすぐにおわかりだと思うのですが、音を外したり、かすれたりなんだり…決して「うまい」演奏とは言えない。
 でも、僕は、ここでカルテットが観客と出逢い、心を込めて演奏する…CD(むかしはもちろんLPレコード盤)なので映像はないのだけれども、そんな、熱く、微笑ましく、涙もろくなった僕には涙腺ゆるゆるものの世界が見えてくるのです。
 このとき、カルテットは「もしかしたら、このジャズアルバムは、僕たちの音楽活動の中で最初で最後のアルバムになるのではないだろうか」−そんな覚悟をしていたのではなかろうか、僕はそんな「一世一代の覚悟」をも聴いてしまうのです。

https://www.youtube.com/watch?v=37kn_-YBa74
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この先、僕はなにをなすべきかがすべて見えている

札幌って、よく、単身赴任の事例を聞くと、2度泣くって言うでしょ?
転勤辞令を頂いて札幌と聞いて、東京本社からの「都落ち」だと思って泣く。
数年過ごして、あまりの住みやすさに、東京本社栄転を命じられて、人情にほだされて離れたくなくて泣く。
僕の旭山病院・精神科入院がそうだったの。
6月1日の入院時、1階で釧路湖陵の同期生の看護師さん・くちのまどかちゃんに逢って「まどかちゃん、俺の病、とうとう、ここまで来ちゃった」って泣いた。
8月18日の退院時、同じ5の1病棟で病と闘っていた方々と、名残が惜しくて泣いた。
安倍晋三自民党・公明党政権の危険さを話し合っていた、全共闘世代の男性とは抱き合いたいくらいだった。
若い女性の患者さんからは「加藤さんは5の1病棟の良識で、患者の権利を守るために、病院関係者と絶えず闘っていた(意見をしていた)から、いなくなられては困ります」と言われた(いやはや、そう言われてもねえ=笑)。
僕は、この経験を基に、やるべきことを淡々と、着々と、ちゃんとやっていく。
僕がこの先、死ぬまでにやるべきこと、そのタイムスケジュールが、すべて見えたんだよ。
まずは入院ルポ執筆。
その単行本化。
その映画化。
カンヌ映画祭出品。
淡々と、着々と、ちゃんとやる。
だれもしていないこと。
僕にしか、できないこと。
楽しみにしていてね!
posted by Kato at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

原発再稼働について、NHK解説委員6人が討論番組で満場一致の大反対! 籾井勝人NHKは泣いたかな(笑)の巻!

これ、僕も楽しみにしていて見たけれども、ほんとうに驚いたなあ!
6人の解説委員(新聞や共同通信社で言えば、社説を書く論説委員。県単位の部数の少ない地方紙では、社説も共同通信が書いているんだよ)がみんな、「現状で原子力発電を続けるのはおかしい」という主張なんだもの!
テレビ朝日系の「朝まで生テレビ!」なら、どっかこっかから、たとえ駄々っ子みたいな、主張に脆弱性のある大学教授であっても「原発こそが日本の未来」なんていう人を見つけてきて、出演させるじゃない?(袋だたき、噛ませ犬になるだけかなあ=笑)
でね、6人が6人ともみんな、「現状での原発継続反対」なもんだから、生討論番組としては明らかに「破綻」してるの(笑)!
ヘーゲルの弁証法的に紹介すると、議論が、テーゼ(命題)、それに対するアンチテーゼ(反対命題)を経て、ジンテーゼ(合)となってアウフヘーベン(止揚)しないのよ、「原発廃炉こそ日本の選ぶ道筋」ってところで、6人が6人ともその意見だから、止まっちゃっててさあ(笑)!
これ、こういう番組になるとわかって、この6人の顔ぶれを選んだのかなあ、プロデューサー(笑)!
おそらく安倍晋三の子飼いの籾井勝人NHK会長が生で見ていたら、卒倒していただろうね!
あはははは!
愉快、愉快!
でも、とかく安倍晋三政権べったりと報道されていた籾井NHKが、現場のジャーナリストはまったく違うのだということがわかっただけでも見る価値があったよ!
あ、いま、この画面をクリックすれば、見られるみたい!
消される前に、見てみて!
55分くらいです!

http://m.pandora.tv/?c=view&ch_userid=monako5&prgid=54125326
posted by Kato at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月26日

ほんとうのことを書こう

みんなが僕のことを心配してくれるから、ほんとうのことを書くね。
僕は5月半ばからも半月、ヘルペス脳炎で札幌・中村記念病院に入院していました。
ウィキペディアによると100万人に2〜3人の罹患率で、世界に再発は記録されていない病気。
それを、僕は、2014年10〜12月以来、今年の5月に再発したんだよ、あははは!
で、5月31日に退院したと思ったら、6月1日に旭山病院精神科。
きつかったなあ!
大好きな女の子とデートもできないしね。
で、僕のことを、最初は3カ月の入院が必要と見立てた医者が、3週間目には「加藤さん、治ったようだから退院してください」と言われました。
そこで退院すればよいものを、僕は取材と称して、3カ月いることにしたんだよね。
そしたら、なんと、7月上旬に、最愛の妻に離婚されました。
ある日、病院から外泊したら、弁護士からの離婚調停が届いていて。
別に僕は、妻に、なんの恨みもないから、協議離婚にしてもらったんだけどさ。
なんせこれが、大きくって、ほんとうに、メンタルが完全に鬱になっちゃった。
どうして、この、最悪状況の僕を置いて、妻が離婚を選んだのかはわからない。
妻の心持ちを理解できる女性はいらっしゃいますか?
ぜひ、おしえてほしいな♥!
posted by Kato at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハンバート ハンバート「大宴会」

僕がほんとうに好きな曲です。
僕の死生観を反映しているんだろうな。
ハンバート ハンバート「大宴会」
この大宴会とは「葬式」です。
すてきな、すばらしい「葬式」!
https://www.youtube.com/watch?v=bxicZhSh2_I
posted by Kato at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スピッツ「正夢」

僕がいま、聴きまくっている曲です!
本当は十数年聴きまくってる!
みんなも聴いてね!
スピッツ「正夢」
https://www.youtube.com/watch?v=algaC2jhu8s
posted by Kato at 12:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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