2010年12月31日

2010アワード・最後の試み

いやあ、3度送信して3度とも改行がなされずダメで、本当に申し訳ありません。読みにくいこと、この上ないですね。でももう一度だけ、別の送信方式で試みてみます。これでダメだったら、本当に諦めます。このたびはご迷惑をおかけしました。来年がみなさまにとって素晴らしい年でありますように。



 師走もきょうで最後。振り返ると1年、あっという間だったなあ。今年はなんと言っても、伝説の「上海バンスキング」(作斎藤憐、演出・美術串田和美、3月13・14日、東京・渋谷のシアターコクーン)を見られたのが最大の収穫。生きていて良かった、大袈裟でなく。
 その一方で、我が心の師・大野一雄翁が103歳で大往生、井上ひさし、つかこうへいの両巨頭も逝き、12月になって文学座代表の戌井市郎さんも亡くなった。札幌でもシアターZOOの開設に大きな功績のあった女優高木孔美子さん、劇団新劇場の多海本泰男さんが逝かれた。数多くの出会いと別れのあった1年だった(私の存じ上げない演劇関係者でも、亡くなられた方はいるだろう)。
 では、恒例の独断と偏愛に満ちた「2010アワード」を発表する。
 観劇数は143本(同一作品の複数回観劇含む)で、昨年と同数だった。
まずシアターホリック「奨励賞」から。今回も数多く挙げた。昨年書いた「大盤振る舞い」ということではなく、本当は毎月より多く良質で私の心に響いた作品を挙げて奨励したい気持ちがあるのだ。おこがましいことは承知の上だが、私の拙い言葉を励みに、より面白く刺激的な舞台づくりに挑み続けていただければ、これほどうれしいことはない。それが、大多数の人よりはただ長く演劇を見続けてきて、幸せにもこのブログという感想を書きつける場を演劇人(札幌ハムプロジェクト)から厚意で与えられている私の、北海道演劇界への恩返しだと思っている。 以下、観劇順に挙げていく。 劇団怪獣無法地帯「想フハ君ノ事バカリ」(作伊藤樹、演出棚田満、観劇日2月28日、札幌・レッドベリースタジオ)は伊藤が細かな点もゆるがせにせず丹念に書いた本を、棚田がエチュードの発展形のように自由に伸びやかに表現したイメージの膨らみが素晴らしかった。見る側の思い(想像=創造)の入り込む余地も十分だった。 Real I's Production(リアル・アイズ・プロダクション)「珊瑚の指」(作伊藤樹、演出斉藤麻衣子、3月27日、札幌・ブロック)は最後まで緊張感の持続する見応えのある芝居だった(見た方によっては、そのサスペンスの強度に耐えられなかった向きもあったかもしれない)。ダンスなど身体表現にも造詣のある斉藤の演出が光っていた。 ミュージカルユニットもえぎ色「ユメノサーカス」(原作チヤゲンタ、脚本・振付喜井萌希、演出太田真介、4月17日、ブロック)はメンバーが若く溌剌として、観客を楽しませるサービス精神に溢れていた。札幌で地元カンパニーによるこれほど充実したエンターテインメントが見られるとは正直思っていなかった。個々の動きや歌、ダンスなどにも、まだまだ伸びしろがある。劇団四季の常打ちが3月から始まるが、負けるな! コンカリーニョプロデュース公演「歯並びのきれいな女の子」(作イトウワカナ、演出泊篤志=北九州・飛ぶ劇場、5月23日、札幌・コンカリーニョ)は良質の本を時間をかけて熟成させて舞台化すれば、ちゃんとした魅力的な演劇が生まれることを証した作品。これだけ丁寧に時間がかけられればすべての芝居が上質になる、というわけではないのだろうけれども。亡夫の妻役、小林なるみの確かな存在感が印象的。 詩劇鬼火上演実行委員会の詩劇「鬼火−龍馬は死なずU」(作原子修、演出橋口幸絵、振付井川真裕美、作曲・演奏福井岳郎、6月5日、コンカリーニョ)は詩人原子の執念の言葉が、劇団ANDでも詩的な言葉を吐く亀井健(龍馬役)が口にすると、実にポエジーを感じさせた。民衆が「ええじゃないか」と連呼し熱狂的に舞台狭しと踊る場面と、龍馬と妻お龍(おりょう=堤沙織)との二人の場面など、ダイナミックさと静謐さのめりはりが利いた橋口ならではの入魂の演出。 yhs「忘れたいのに思い出せない」(脚本南参、演出手代木敬史、7月10日、札幌・シアターZOO)は認知症の老婆と彼女の肉親や介護関係者らをめぐる物語。南参が肉親への思いを大切に、かつ、ある意味では複雑にも胸に抱いていることが、舞台上からにじみ出てくる芝居だった。再演を重ねることで熟成される演目だと思う。 TPS「ペール・ギュント」(原作ヘンリック・イプセン、翻訳楠山正雄訳より、構成・演出斎藤歩、8月8日、札幌・サンピアザ劇場)はチェリスト土田英順、ソプラノ後藤ちしを、さらに札幌で活躍する清水友陽(WATER33-39)、すがの公(ハムプロジェクト)、橋口幸絵(劇団千年王國)という3人のカンパニー主宰者であり劇作・演出家を迎えての、出演者総勢21人という大がかりで、見る楽しさいっぱいの芝居。斎藤が蒔いた種がいつか広く大きく実を結ぶことを祈っている。 札幌市中文連演劇専門委員会主催「5日間で作る『河童』演劇ワークショップ発表公演」の「河童」(作・演出畑澤聖悟、8月11日、シアターZOO)は札幌市内9中学校の男女生徒17人が熱演し、十分に笑わせ楽しませた上に、考えもさせる芝居に仕上がっていた。こちらも、畑澤の蒔いた種が広く大きな実につながるように。 札幌・レッドベリースタジオ(飯塚優子主宰)10周年記念公演、ツルマキ・アーケストラ!!!「間奏曲」(作ジャン・ジロドゥ、翻訳西村熊雄、梅田晴夫、潤色・演出弦巻啓太、8月29日、シアターZOO)は小劇場ならではの特性を最大限生かしたコンパクトでスピーディーな演出で、活力と静けさのめりはりの利いた舞台。飯塚がこの本を弦巻に託した意味が十分に伝わってきた。 実験演劇集団「風蝕異人街」の「女中たち Les Bonnes」(作ジャン・ジュネ、翻訳渡辺守章、構成・演出こしばきこう、9月11日、シアターZOO)は2日間で2種の演出をしたうち「アングラ的」手法を強調した方だけを見たが、女中姉妹が「奥様ごっこ」をする際の機関銃のような台詞回しによる狂気性や、それと裏腹の自然な動きで、2人の奥様に対する歪みに歪んだ心情が確かさを伴って伝わってきた。 intro「真人間生活」(作・演出イトウワカナ、9月12日、コンカリーニョ)は本来誰もが名前がなく生まれてきた自分が名付けられ、その名前で生きていかなければならないことへの違和感を抱いていること、人が自分という人を「演じて」生きていかなければならない、どうしようもない居心地の悪さを巧みに表現して、深く考えさせられた刺激的なメタシアター(私なりの定義では「演劇とは何かを考えさせる構成の演劇」)。 演劇集団「座・れら」の「空の記憶」(作浜祥子、演出鈴木喜三夫、9月25日、江別・アートスペース外輪船)は隠れ家での日記執筆を中途で断念せざるを得なかったアンネ・フランク(小沼なつき)のその後の壮絶な「生と死」に想像を巡らし、記憶すること、伝えることの重みを突きつける。自分の死から34年後(1979年)にベルゲン・ベルゼン収容所跡を訪ねてきた父オットー(澤口謙)−実際にはその記録はないらしい−にアンネが放つ悲痛な叫びが耳に残る。 ただ私はこの作品に心揺さぶられる一方で、観劇当初から一観客として、ある収まりの悪さを感じ続けてもいた。それがいったい何に起因するものなのか長く分からないままここまできたが、ようやく最近になって、もしかしたらこれではないかという節に思い当たった。 それは、オットーが「戦争放棄」を謳った戦後の日本を“人類の希望の象徴”として紹介するのに対し、アンネがいつまた「新顔のヒトラーが現れて『戦争放棄なんて夢物語。力こそ正義なり!』なんてことになりませんように」と懐疑を語りオットーに諫められる場面がある一方で、オットーは、日本は「『永久に戦争はしない』『軍隊も持たない』って、憲法に定めたんだよ。すごいじゃないか」とアンネに教えはするが、同時に、今もまさに別の「悲劇」が続いていることを証す意味で、アンネが強制収容所から奇跡的に生還していれば彼女も渡ったかもしれないユダヤ人国家イスラエルの建国とあり方−対パレスチナの諸問題など−について、当然知っている年長者、また生者が“伝える責任”として言及してしかるべきなのに一切触れない点だ(“伝える責任”はある、と私は思う。オットー自身が−ここでは概括的に、戦争の記憶を、と書くが−「根気よく伝え続けるしかない」と語る台詞もある。もちろん、イスラエルの建国とあり方に言及することによって、ナチス・ドイツによるホロコーストが正当化されることなど毛頭ない)。それゆえアンネからも、同胞による悲願の国家イスラエル建国とそのあり方をどう思うのかといった言葉はなんら語られない(イスラエルと対比しての日本の位置という視点が明確に示されないまま日本の“平和憲法”について言及されるためか、本作の中での日本の“平和憲法”はあくまで叙情的に捉えられ、かえって厳しい世界情勢の中で糸の切れた凧のように所在なく、そこに託された理想は回復しようがなく埋没しているかのようにも私には受け取れる。それはうがちすぎだろうか?)。 このユダヤ人の宿願であった国家建設とその後、つまりイスラエルの現状は、アンネとオットーの2人にとって「希望」なのか「懐疑」なのかなどについて、作者浜祥子は想像が至らなかったのか、想像の域を超えていたのか、それともアンネの強制収容所での悲劇を強調するためにあえて言及させなかったのか、そもそもこの戯曲で書きたいことに鑑み必要ないと思い定めたのか? 観劇後3カ月も経った今になって言うのは憚られるが、私が指摘した点に幾分なりとも触れられていなければ、この日本人作者の創造=想像による渾身の戯曲は、私にはやはり「何かが決定的に足りない」気がしてしまう。多くの方に見て、そこから先を考えていただきたい力作だと認めるからこそ、もし今後も再演が計画されるならば、作者にはその重い歴史的事実をも踏まえた再考を願いたいと思うのだが…。 いや、もしかしたら、オットーが“人類の希望の象徴”として戦後の日本に言及するなら戦後建国したイスラエルにも言及しなければ物語の深みと広がり、奥行きを獲得できないのではないかという私の思い、また思索をさらに進めて言えば、アンネの「悲劇」の今日的で重層的な意味は、この世の地獄にいたアンネが命を賭して抱いた「平和」への悲痛な叫び、願いの行き着いた先の一つとして、彼女の同胞がつくったイスラエルという国が辿り、今もなお続いているある意味「悲劇」とも言える歴史を、我々が事実としてすっかり知ってしまっていることではないかという私の思い、さらにアンネの「平和」への希求が純粋なものだからこそ、核保有国イスラエルのパレスチナへの強圧的な政策に我々は複雑な心情を抱き、そこでアンネの「悲劇」の多義性、複眼性が増すのではないかとの私の思いは、他の観客には共有されない、私だけが感ずる収まりの悪さかもしれない。 風蝕異人街の芝居とダンスによるパロディ版チェーホフ「チェーホフの憂鬱」(原作アントン・チェーホフ、構成・演出こしばきこう、振付演出三木美智代、9月26日、札幌・アトリエ阿呆船)はこのカンパニーらしく飄々とチェーホフの煩悶と四大戯曲を解釈しユーモア精神たっぷりに描いていて、なんともおかしかった。 演劇企画運営団体・札幌ハムプロジェクト(主宰すがの公)企画「札幌の人」の「かっこいい宇宙人のぼく」(脚本・演出・舞台美術すがの公、10月23日、シアターZOO)は、札幌の人・すがのが札幌の109人と出会い、芝居を作ってみようという試みで、2年目。すがのが役者として出演したTPS公演「ペール・ギュント」での斎藤歩演出の影響もそこかしこに見られ、早速「受け継がれる」ことの意義が見出せたのは良かった。 シアター・ラグ・203「君の瞳に王国は映るか」(作・演出村松幹男、10月29日、札幌・ラグリグラ劇場)は村松得意のパラレルワールドが全開。エンターテインメントの王道を外さない、かつ客席後方にも通路があるという劇団本拠地の劇場ならではの特性を生かし切った劇作で、肩の凝らない大いに楽しめる芝居だった。 弦巻楽団「音楽になってくれないか」(作・演出弦巻啓太、11月19日、シアターZOO)は夢(眠って見る方の夢)と現(うつつ)が入り交じり夢幻の魅惑的な迷宮に誘う、私の大好きなタイプのコメディー。時に見ている私が、「この場面は夢だったか、現だったか」と自問するほどに、よく計算された上で描写され、心地よく酔えたメタシアターでもあった。弦巻個人の演劇観が垣間見える部分も興味深かったし、演劇ならではの省略、飛躍などの表現法が存分に使われ、いずれも効果的だった。 第4回さっぽろ学生演劇祭A「ハイパーリアル」(脚本・演出小佐部明広、11月21日、サンピアザ劇場)は札幌圏6大学生による劇作。久々に、本当に久々に、生きのいい学生演劇に出会えた喜びを味わった(思うに、代表桐田郁の就職に伴い解散した「箔紐夢劇場」以来ではないか)。小佐部はまだ北大の2年生(「劇団しろちゃん」所属)。いっそうの活躍を期待してやまない。 Paing Soe(パインソー)「ワタシの好きなぼうりょく」(脚本川尻恵太、演出山田マサル、11月27日、ブロック)は「ぼうりょく」と謳いながら、私には「愛」や「幸福」を真面目に考えさせるものだった。もしかしたら「ぼうりょく」と「愛」や「幸福」は鏡の裏表の関係にあるのかもしれない。場面場面の間合いや演技が全体的に抑えの効いたものになっており、情に訴えるというより理に働きかけた佳品。山田得意の映像の使い方も実に効果的だった。 TPS「クリスマス・キャロル」(原作C・ディケンズ、翻訳森田草平訳より、演出清水友陽=WATER33-39、振付佐々木絵美、12月1・4・7日、シアターZOO)は原作に忠実でありながら、試行錯誤を経て、視覚的効果満載に徹して“見せる”ことに貪欲だった面白い芝居。ここにも清水が役者として出演した「ペール・ギュント」効果が現れていた。惜しむらくはその“見せ方”に比しては役者が後景に退いてしまった感のある点。役者が趣向を凝らした“見せ方”に負けないように精進して、ぜひとも年末のレパートリーとなることを期待する。 劇団千年王國「ダニーと紺碧の海」(脚本ジョン・パトリック・シャンリィ、翻訳鈴木小百合、演出橋口幸絵、12月4日、札幌・ことにパトス)は、橋口が出演の赤沼政文と坂本祐以の2人の心身を信じ切って演出した、切れば熱い血がどくどくと出てくるようなコクのある濃密な舞台。期待に応えた2人の熱演からは一瞬たりとも目が離せなかった。 シアターホリック「道外カンパニーの道内公演賞」は韓国・釜山のパムンサ/PROJECT TEAM TWODAY「その島での生存方式」(作・演出キム・ジヨン、11月12日、シアターZOO)に贈る。海外カンパニーへの授賞は初めてだ。奇抜なファンタジーともいえそうな設定にユーモアが絡み、しかし南北朝鮮の分断や、「$」と「¥」に代表される大資本の中で国の針路を決めざるを得ない故国韓国の姿をも映した透徹した表現が素晴らしい不条理演劇だった。 シアターホリック「特別賞」はTPSの芝居で役者として演奏者として活躍し続けたチェリスト土田英順に贈りたい。2007年、「銀河鐵道ノ夜」への華麗なる出演から4年。「春の夜想曲(ノクターン)〜菖蒲池の団欒〜」「秋のソナチネ」「ペール・ギュント」と出演してきて、11年3月のレパートリーシアター「秋のソナチネ」出演を最後に、芝居出演からは引退する。いかにもその去り際は潔い。さあ、見届けようじゃないか、「秋のソナチネ」における、林千賀子演ずる“若妻殺し”の親父の潔さを! シアターホリック「殿堂入り」(再演作品対象)は2本。 TPS「春の夜想曲(ノクターン)〜菖蒲池の団欒〜」(作・演出・音楽斎藤歩、3月16日、シアターZOO)は、いい芝居は何度見てもいい、心地よく酔えるということを実感した1本。北海道で女一人、生きていく決意をした姪(宮田圭子)と、自らの病と行く末を思いつつ姪の決意を最後には受け入れ、そこから生への希望を抱き始める叔母(金沢碧)との魂の交感。それが大上段に構えるのではなく、ささやかな、繊細な風合いの手際で描かれるのが、なんとも心憎い。 劇団イナダ組「『ミズにアブラ ヌカとクギ』−悩みを抱えた若者たちとその親へ−」(作・演出イナダ、11月3日、コンカリーニョ)は09年9月の初演(この時の題名は漢字で「水に油 糠と釘」)に手を加え、キャストを新たにしての再演。あることを犯した少年の描き方を初演よりも抽象性を高めたことで、より普遍性につながる可能性を示したが、その半面、少年のかなしくてやりきれない悲痛な魂の叫びといったものが鋭く胸に突き刺さってきた初演よりも、心の闇の印象が曖昧になった感は免れない。だが、そのテーマの今日性、重大性は揺るがないだろう。 さて、いよいよシアターホリック「マイベスト」の発表だ。今年は、ある2作品との出会いが圧倒的で、驚嘆したのだった。 それはまずTBGS(THE BIRDiAN GONE STAZZIC.=ザ・バーディアン・ゴーン・ステイジック)の3人芝居「117」(作・演出ミヤザキカヅヒサ、8月21日、札幌市教育文化会館小ホール)である。出場9カンパニーが持ち時間各15分で競い合った「教文短編演劇祭2010」予選2日目に観客の支持を集め切れずに敗退したが、私にとっては「演劇的事件」とも言える体験だった。 見終えた後、「ミヤザキ、やったー」と、斬新な劇作法の発見、具現化を賞賛するとともに、「ミヤザキにやられたー」と、虚を突かれてまんまと術中にはまった観劇の快楽の余韻を心ゆくまで楽しんだ。あの私の内なる興奮は4カ月たった今でも冷めずに熱くある。 「117」は、タビトという男の生涯80年を1年=10秒という短い象徴的なシーンと短い的確な台詞で表現していく(タビト役は1人の男優、他の男女各1人の役者は彼を取り巻く家族や友人、同僚を演ずる)。しかも人生を編年体に追うのではなく、いったん時間軸をバラバラに切り刻んで、「76歳」のタビトが10秒後には「2歳」になり、次の10秒後には「45歳」になり、続いて「23歳」になり、「38歳」になり…という、知的に斬新に前衛的、革新的に再構築した独創的な舞台だ。 私はこのブログで常々、生涯マイベストは劇作・演出家の故太田省吾氏が主宰した今はなき転形劇場(大杉漣らが所属していた)の「水の駅」(台本・演出太田)だと書いてきた。それはわずか2メートルの距離を役者が5分間かけてゆっくりと歩き、台詞は一切発語されないという沈黙劇三部作(「水の駅」、「地の駅」、「風の駅」)の第1作である。 「117」をいま再び思い返した時、私の頭に浮かんだのは、「水の駅」という芝居だった。それは、人間の生きる時間を細かく執拗に凝視することで2メートルの歩行に5分間もかけるという「水の駅」の劇作法と、「117」の1年を10秒刻みという短い時間で刻々と描いていく劇作法に、逆説的ではあるが、(ミヤザキ自身には自覚がないかもしれないが)作者の思いの底でどこかしら相通ずるものがあるのではないかと感じたからである。「水の駅」で言葉が発されないのと同様、「117」も細かな説明は排されているがために、観客の想像=創造を促すという意味で、でもある。 「水の駅」は世界数十カ国を巡演した名作である。だが、太田氏が07年7月に亡くなった今(私は同年9月、一観客の身でありながら、上京して「献花・お別れの会」に参列し、遺影の飾られた祭壇に献花してきた。それほど、私の演劇観に太田氏は大きな影響を与えた)、転形劇場が再結成されることはもはやあり得ず、「水の駅」が再演されることは永遠にかなわない。 一方、「117」は初演されたばかりにすぎない。だが私はこの革新的な演劇をいつまでも胸に刻み続けるだろう。太田氏には「おこがましい」と怒られるかもしれないが、「水の駅」を愛しく思う心持ちのそばで。 なお前述の太田氏のお別れの会で劇作家別役実があいさつしたところによると、太田氏は演劇賞の審査会では、よくまとまった「うまくできた」芝居よりも、多少の瑕疵(かし)はあっても実験的試みに富んだ作品を高く評価し、議論の際にはもちろん沈黙の重さではなく、むしろ言葉を尽くして推していたというエピソードを引き合いに、故人の演劇に対する向き合い方を紹介して偲んでいた。太田氏ならば、まさに実験的精神に溢れた「117」をどう見られただろうか。 もう1本は第5回北海道中学生演劇発表大会で私も審査員(3人)の一人として最優秀賞に選んだ、十勝管内清水町立清水中(指導者佐々木隆徳、代表生徒林聖悟)の「俺たちの甲子園」(作石原哲也=既成、脚色佐々木、11月28日、教文小ホール)だ。昨年、同校が最優秀賞を受賞した「修学旅行」(作畑澤聖悟=既成)に引き続き感動させられたが、驚きは今年の方が大きいかもしれない。 なんといっても、ただ舞台上にいる、存在しているということの難しさを軽々と乗り越えている役者たちの素晴らしさ。舞台にただ「存在」しているということ。その大事な点がクリアされているから、フィクション、つくりものから、まさしく「真実」がにじみ出す、あるいは浮き彫りになる。 本当に想像以上に自然な演技だった。ともすれば、舞台に上がると、「何かしなくちゃ」と余計なうるさい動きをしてしまう役者というのが、札幌だけではなく全国のさまざまな劇団でもほとんどだ。清水中にはそれがなかった。全身に力が入って前がかりになって精一杯“熱演”するという、いわゆる教育としての「学校演劇」にありがちなものもなく、大人が「お金を払ってでも見たくなる」ごく自然な演劇としてのレベルの高さは驚くべきことだと私は思った。 そして適材適所の配役の妙。主人公の男子高校生2人はともかく、彼らの母役や父役も、良い意味でまったくその母、父になりきっていて、とても中学生には見えなかった。私は脱帽した。 演劇という、他者を想像し、他者を創造するという営みは、他者の幸福を我がことのように喜び、他者の痛みを自らの痛みとして共有することにもつながるのであろうから、演劇をする側でも見るだけの側でも、それがよりいっそう世に広まれば、昨今世間を嘆かせ、悲しませるような犯罪、行いは減るのではないだろうかと思うのだが、いかがだろうか。私は(倉本聰の作・演出による「富良野GROUP」の作品が時にそう感じられてしまうような)「何かのためにする」「何かのために演じられる」、つまりはテーマに従属させられてしまう演劇は性に合わないのだが(先の例ならば、倉本個人の講演を聞いた方がよほどいいと思う)、結果として、先に書いたような演劇という営みは、最大多数の最大幸福につながるのではないか、と期待、あるいは希望を抱いてしまうのだ。 清水中の生徒さんだけでなく、幼い頃から、その演劇というある種の「特権」「平和な武器」を手にした幸運の持ち主には、機会があればいつまでもその「特権」「平和な武器」を持ち続けて、さまざまに駆使していってほしいなと思ってしまう。自分勝手なことを書いてすみません。 ここまで長々と書いてきて、「加藤のバカ、あれを忘れちゃいないか!」「承知しないぞ!」「まさか見ていないのか!」というお怒りの声が聞こえてきそうだ。大丈夫、忘れちゃいませんよ。では発表する。 「2009アワード」で劇団北芸(釧路)の「この道はいつか来た道」(作別役実、演出加藤直樹、今年も11月13・14の両日、シアターZOOで見られたのは幸いだった)のためだけに新設したはずだった最高賞、シアターホリック「北海道演劇の宝」賞を贈るべき作品が、今年も1本あった。本当に幸いだ。 yhs「しんじゃうおへや」(脚本・演出南参、10月28日、シアターZOO)である。改訂だから“新作”と考えて「マイベスト」にすべきか、それとも再演だから「殿堂入り」にすべきか、そんな迷いの域を遥かに超えた高みの地平で、私はこの作品に出会えた喜びをかみ締めている。 死刑執行室を舞台に、オムニバスの4話が最終的に紡がれていき、一つの物語を浮かび上がらせる仕立てだが、昨年7月の初演時(シアターホリック奨励賞)には滞っていたと感じられた部分が流れよく改訂され、より深く掘り下げられて伝わってきた。上演会場であるシアターZOOが、地上から階段を下りた地下にある劇場という北海道内では珍しい構造的特徴に着目し、その一点からのみ発想された(!)という(日本で採用されている)絞首刑の物語が、「死刑制度」というとかく是非論で語られがちなテーマさえも南参の苦心の末にその二元論から解き放たれ、新たな光が当てられ普遍的な価値を獲得するに至った。一見さりげない終わり方も、最後の4話まで引き込まれてじっくり見てきた観客には深く心に響いただろう。現在と過去、夢と現(うつつ)などの重層的な意味合いを帯びた、忘れがたい余韻を醸す実に巧みに計算し尽くされたラストシーンは、そう、さりげないだけに、誤解を恐れずに言えば、美しい限りだ。 刑務官のリーダーを演じた能登英輔の職務に対する矜持と威厳、死刑囚役小林エレキの狂気の迫真性、ほとんど唯一の笑わせキャラながら舞台から浮き上がらず、しっかりと物語の流れの中で観客の心をわしづかみにした福地美乃の求心力(以上の3人には併せて俳優賞を贈る)、それに脇役たちの見事な引き締め、新人プレイヤーの新人らしからぬ落ち着いた佇まい。静かに持続する緊張感の中で、役者たちが物語に従属することなく拮抗し、見事に屹立していた。だからこそ「死刑制度」という一見重たそうなテーマが、役者たちの体を通して表現されると重たすぎることなく、見る側の心に自然にじんわりひたひたと確かな説得力を持って染み通ってきた。それに忘れてはならない、劇中音楽作曲の川西敦子には音楽賞を贈りたい。 どの点をとっても、私には非の打ちどころがない素晴らしい舞台だった。初演から再演へと私の想像の域を遥かに超えて高く大きく飛躍し、同時に鋭く深化していた。なにより見る側の想像力=創造力を活発に促し、見る側の思いの深く入り込む余地が存分にあったのがよい。 私は文化部勤務時代の03年(自己最多の年間244本を見た年。マイベストは劇団北芸「この道はいつか来た道」)、12月26日の夕刊で、「東京観劇では野田地図『オイル』、ひょうご舞台芸術『ニュルンベルク裁判」。『9・11』が暴いた『今、ここ』への手探りを道内でもぜひ」と書いた。その念願が7年という短くはない歳月を経た今、ようやく叶った思いがする。万感、胸に迫る。 私が札幌圏のみで販売している月刊誌「ウイングサッポロ」で11月号(10月1日発売)から始めた連載企画「チームナックスだけじゃない! 北海道の劇団たち」の第1回に、本作公演直前のyhsを紹介して本当に良かったと、これはちょっと自負をしたくもなるのを許していただきたい。 yhsはこの一作をもって、北海道のリーディングカンパニーになったと言っていい。いや、少なくとも私は言う。 全国どこへ持っていっても自信を持って見せられる、また見てほしい作品だ。できることなら、北海道でも「裁判員裁判」が始まり一般市民が「死刑」を選択することがあり得る事態になった今、せめて道内の地方裁判所所在地である函館、旭川、釧路ぐらいででも巡演できないものだろうか。それだけ多くの方に見てほしい、というより、見て考えてもらうべき芝居だ。 長々と書いてきたが、要はこの作品は「北海道演劇の宝」だ。ぜひ劇団のレパートリー演目にすべきだ。 ただ、言わずもがなだが、yhsにはより高き、深きを目指してこれまで以上に精進してほしい。福岡の万能グローブガラパスダイナモスなどとコメディーのタッグを組むのもよいが、私としては時には例えば東京の風琴工房(主宰・劇作・演出詩森ろば=女性)のような、歴史的事実などに取材して見る側を深く考えさせる劇作もしてほしい。風琴工房は、私も戦後のサハリン残留日本人・朝鮮人問題を題材にした04年6月の「記憶、或いは辺境」(東京・下北沢のザ・スズナリ。つい11月に詩森が小説化した=発行・創英社、発売・星雲社。チームナックスの東京芝居進出を取材に行った折に、前から題材と題名に惹かれて見に行きたいと思っていたのがマチネで実現した。で、その後の取材が色褪せた!)に大いに感動して詩森に話しかけ、個人的に知っている。でもコンカリーニョで別の芝居を上演した実績があるので、小室明子プロデューサーの方がより知っているだろう。今年10月にはザ・スズナリで、85年8月の日航機墜落事故の遺族らのその後を描いた「葬送の教室」で小室(コラム「演劇が社会にとって必要な理由。」http://blog.livedoor.jp/sssspin/)や深川の劇評誌主宰松井哲朗の心を震わせた劇団だ。南参は笑いを大切にしていると自任すると同じだけ、今後は時に深く考えさせる芝居を上演する責任もいまや負ったのではないか。もちろん南参一流の笑いを交えてね。まあ、そのあたりのさじ加減は南参の自由だ。ただ「選んだ者の責任」として、私はそう願う。 最後に、この「しんじゃうおへや」再演にはいつまでも忘れないだろう逸話がある。千秋楽は10月31日(日)で2ステージ行われたのだが、実はこの日は「札幌劇場祭2010」の初日でもあった。ただ、この作品については、関係者の誰もがエントリーをし忘れていた(エントリーには、「北海道舞台塾北の元気舞台」招聘作品以外は劇場祭会期中、2ステージ以上上演するとの条件があるが、本作はそれをもクリアしていた)。もし誰かが気付いてエントリーしていたら、審査員6人の投票による大賞選考はいっそう難しいものになっていたのではないか?−それが、演劇病である私の「たら」「れば」である。この先何年も2010年の北海道演劇をそんなふうに想像して私は楽しむのだろう。根が暗いねえ、なんとも、我ながら。 以上、今年は書き始めると、書き残しておきたいことが次々に山ほど出てきて、過去にないほど長文の原稿用紙32枚分を超える「アワード」になってしまった。毎月の観劇備忘録と首っ引きになりながらパソコンを打ち、脳裏によみがえってくるシーンや新たな発見の数々があった。これがたまらない。これだから、私自身、「アワード」発表はやめられない。 演劇、舞台芸術は素晴らしい。創造する送り手にとっても、想像する受け手にとっても。2011年は、いったいどんな舞台芸術と出会えるのだろう。 来年が、みなさん健康で素敵な一年となるよう祈りつつ、擱筆する。長々の拙文へのお付き合い、ありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。


posted by Kato at 08:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
清水中の者です。
たくさんのお褒めの言葉ありがとうございます。感激しています。

僕は中三ですので、中学校で演劇に関わる事はもうありません。しかし、高校に行ったらまた新しい演劇を始めたいと思います。

現在、そのためにいろいろと考えている毎日です。

加藤さん、これからも「アワード」を続けていってくださいね。
Posted by Gen at 2010年12月31日 22:43
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