2016年04月25日

北海道電脳新聞・社説「2020年東京五輪は『日本五輪』に」

 2020年の東京オリンピック&パラリンピック(以下、東京五輪と略す)のエンブレムが4月25日(月)、「組市松模様」に決まった。
 だが僕は2011年3月11日の東日本大震災、ならびに今年4月14日以降いまなお続く熊本地震からの復旧、復興が終わらない限り、東京五輪は返上すべきではないかとの持論を4月20日に執筆している。
 ここではそれを踏まえた上で、厳しい鍛錬を積み重ねている選手や五輪ファンの心情に鑑み、一つ別の視点から開催に向けて大きく譲った論を展開・提案する。
 それは、東京五輪は開催地を「東京」に限定せず、広く「日本五輪」にすべきではないかということだ。
 例えば陸上は陸上でも長距離のマラソンや競歩などは札幌でとか、水泳は秋田でとか、野球、ソフトボールは大阪を中心とした関西でとかいった「分散開催」の提案だ。
 もちろん五輪は「世界三大スポーツの祭典」の残り二つといわれるサッカー、ラグビーの両ワールドカップ(以下、W杯と略す)とは違い、国家単位での開催ではなく「都市単位」での開催であることが決められている(札幌冬季五輪とかリオデジャネイロ夏季五輪とかいう具合。なお2002年のサッカーW杯は日本=決勝戦と表彰式も=と、韓国=開会式と開幕戦から=の共同開催だった)。
 しかし2020年は日本国の国家存亡の危機という点からして、東京都ならびに日本オリンピック委員会(IOC)など国内の関係団体は国際オリンピック委員会(IOC)に「国家開催」を提案し、それが認められなければ、やはり返上すべきではないか。
 以下、思いつくままに「日本国内分散開催」のメリット&デメリットを挙げる。
◇メリット
1・日本国内に47都道府県単位ですでに存在している競技場、宿泊施設、準備施設を使え、税金の拠出をはじめ金銭的な負担が最小限に抑えられる。全都道府県ですでに日本国民体育大会=国体=が開かれており、規模の大小はあれ、競技によっては十分、開催のノウハウも含めて五輪にも耐えられるだろう。また若干の整備補充が行われることで、ことに東京以外の都市・生活環境の向上が図られる可能性もある(ちなみに2019年のラグビーW杯日本大会はほとんどが既存施設の活用である)。
2・その際に同種の競技が近隣道府県単位で行われることで、各地域の連携もこれまで以上に密になるだろう。各地域で盛んな競技を行えることで集客も申し分なく(たとえば新種目の7人制ラグビーはラグビーの盛んな東北とか九州とか)、地域の「祭り」として歓迎されるだろう。地元を代表する選手を地元で応援できる可能性も一気にアップする。
3・各国からの選手・役員ら関係者は、競技が行われる北海道なら北海道から東京に観光することで、金が全国にまんべんなく落とされることになり、「東京だけがいい思いをして」という不公平感が少なく抑えられるだろう。いっぽうで従来型の「一極集中五輪」では考えられない広範な国際交流が可能であり、地域の子どもたちの国際化などが飛躍的に望めるだろう。
◇デメリット
1・どの種目を開催するか、綱引きの調整が難しいかもしれない。先に挙げたマラソンは8月開催ならば気温・湿度が高くないところが最善と思い北海道を例に挙げたが、人気は高いだろう。
2・それでも「いいところ」を見せたい道府県知事ら自治体・地元経済界関係者らのむやみな興奮によって、新しい施設を造ろうとするなど経費が高騰する可能性がある。
3・東京都がやっかむ(笑)。
 いまのところ、以上の通り(思いついたら、また書きます)。

 僕は決してごりごりの「東京返上」論ではない。
 けれども2016年4月25日(月)の段階では、この案をご検討していただくのが、被災された方々にも「日本五輪」を熱望している選手たちにも望ましいと信じるのだ。
 みなさんは僕のぎりぎりの提案をいかが思われますか?
posted by Kato at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

記事削除についてのお詫び

 北海道・オホーツクの海岸に打ち上げられた(瀕)死のクジラの上に乗った、カメラを持った男性がガッツポーズをしている写真について批判的に書いた、つれづれなるままに(♯30〜34)と同番外編4本を削除いたしました。
 欠番といたします。
 勤務先の新聞社から「『「就業規則』『情報の保護・管理にあたっての行動基準』『電子媒体の利用指針』」に抵触しており削除を、と求められたためです。
 読者のみなさまに事情説明を掲載しないままの処置をして、多くの方から問い合わせをいただきました。
 申し訳ありません。
 今後、情報の取り扱いをいっそう慎重にいたします。
 ご迷惑おかけいたしました。
 すみませんでした。
 加藤浩嗣
posted by Kato at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月24日

となりの花は棘

 札幌の演劇カンパニー・イレブンナインに所属する女性俳優によるユニット・ギャルソンモンケ「となりの花は棘―The Thorny Flower Next Door―」(作水石八葉子、演出ギャルソンモンケ、監修明逸人)を4月23日(土)、札幌・イレブンナイン稽古場(東区北6東2=札幌中央郵便局のそば)で見た。
 小さなスーパーの休憩室。バックヤードには商品やダンボールが山積みになっている。同じ時間にたまたま居合わせた従業員の女4人(田中=上總真奈、佐々木=小林泉、高橋=澤田未来、円城寺=廣瀬詩映莉)。何不自由なく上辺だけで生きてきたイタイ女達の嫉妬と妄想と現実と夢と希望の物語。明日に向かって泣き叫べ!(チラシより)。出演はほかに窪田進二と男性もう一人。
 上演時間1時間のワンシチュエーション・コメディー。
 冒頭の助走的なゆっくり目から次第に転がっていき、どんどん加速する具合がとってもいい感じ。
 小林の破天荒な暴走を上總が止めているんだか助長しているだか(笑)、これまではどちらかというと「飾り物」っぽかった廣瀬もくっきりしっかり絡んで遊んでいたし、澤田が盤石なアンカーで物語全体の「暴走」を軌道修正する。
 すてきな女優カルテットのデビューだ。
 物語は既成なのか、作者水谷は新人なのかとわからなかったので、明に尋ねたら、4人のうちの1人だって。さて、だれでしょう?
 ワンシチュエーションでぐいぐい引っ張る、元気で楽しい、後味の良い物語です。
 楽日24日(日)は13、16時開演で、会場の稽古場はJR札幌駅そば(080・3263・0119)。
 入場料は一般1000円、学生500円と手ごろなので、時間のある方はこれから急いでもよいでしょう。
 カンパニーに提案。
 こういう1時間程度の「試演会」っぽいの、もっとたくさんやるといいと思うな。
 オフ・オフ・ブロードウエーみたいで、札幌演劇を底支えしているようで、いい感じです!
posted by Kato at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

北海道電脳新聞・社説「2020年東京五輪は返上すべきだ」

 気が早いと思われる方もいると思うが(僕は思わない。むしろ遅すぎるくらいだ)、一生に一度しかない2016年4月20日(水)に抱いた思いを書く。

 2020年の東京オリンピック&パラリンピック開催は返上すべきではないか。
 理由は端的に、熊本地震が起きたため、である。

 かねて東京オリンピック&パラリンピック(以下、東京五輪と略す)は開催費のとどまるところを知らない膨らみ方から、少なくはない反対の声がある。
 「東日本大震災からの復興のシンボルに」という謳い文句も、それを是とする意見がある一方で、「東京電力福島第一原子力発電所の現状を見るに、復興などとは口が裂けても言えない。フクシマを置き去りにするだけだ」という声があるのも事実だ。
 そうした中での4月14日(木)の熊本地震。被害はほぼ九州全域に及んでいる。
 果たしてこうした状況の中で「平和の祭典」は、日本国民の7割、いや過半数から手放しで歓迎されるイベントになり得るだろうか。
 僕にはどうしても、そうした楽観視はできない。
 福島の原発事故を除く東北三県の復旧(「復興」ではない)はどうやら瓦礫が取り除かれ、平地に戻った程度だ。「復興」にはまだまだだ。
 そして熊本、大分両県をはじめとする九州は、地震自体が今後どうなるのか、依然予断を許さない状況が続いている。
 もし地震の頻発時期が過ぎても、九州の復旧はようやくそこから始まるのである。そして復興は、なお先である。
 そうした中で、東京五輪特需の建設ラッシュに重機など機材一式を集中させるのは、エゴイズムを通り越して「罪」でさえあるのではないかと、僕などは思うのである。
 こうした主張をすると必ず、選手をはじめ関係者からは「4年間、いや、それ以上、その日のために厳しい鍛錬をしてきたのに」だとかいう言葉が出てくるのは常である。それは十二分に認めるし、尊重したい。
 でも考えてもみてほしい。被災した方々は生きるか死ぬかの瀬戸際で、ぎりぎりのところで、その日その日の息を吸って吐いているのだ。
 「私たちが活躍する姿をお見せすることで、被災者の方々を勇気づけられれば」という思いもあろう。
 確かにそれはその通りだ。しかし、いくらほんのひととき勇気づけられても寝食が心ゆくまで満たされなければ、人間は生きている心地がしないものなのである。
 下世話な言い方をすれば、有力選手が期待に応えて金メダルを獲得しても、家を失い家族を失った方たちには一瞬のほのかな気休めにしかならないのである。食えないのである。
 五輪は東京でなくても、すでに施設の整った海外の地であっても開催できる。
 東京での開催は2020年でなくても、もっと先にでもできる。
 でも私たちが愛する日本国で生まれ育った日本人は、住み慣れた日本国内でなければ安住の地とは言えないのである。心休まらないのである。
 一生、生まれ育った土地に戻れぬままに、望郷の念を抱きながら亡くなる不幸な方がいるかもしれないのである。
 五輪の選手にあっては、できれば自ら率先して「東京開催返上」の声を上げていただきたい。
 異国の地で、苦境、苦難にまみれた日本人の仲間たちのために思う存分活躍する姿を見せていただきたい。
 そう、そうだ、その時こそ、まだ仮設住宅などにお住まいの被災者の方たちは、パブリックビューイングなどで肩寄せ合って、なに気兼ねなく声の限りに叫ぶことだろう。
 「頑張れ! ニッポン!」と。
posted by Kato at 06:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月17日

サウンズ・オブ・サイレンシーズで訂正

弦巻楽団の芝居、表題を間違えました。
正しくは弦巻楽団「サウンズ・オブ・サイレンシーズ」です。
×サウンド→◎サウンズ
すみません!
posted by Kato at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サウンド・オブ・サイレンシーズ

 弦巻楽団「サウンズ・オブ・サイレンシーズ」(作・演出弦巻啓太)を4月17日(月)、札幌・シアターZOOで見た。しっとりとして、ぞわっとした。
 長い闘病生活を送った母を見送った姉妹・つばめ(塩谷舞)とつぐみ(深津尚未)。母の介護を続けてきた姉のつばめは40歳を目前に未だ独身、妹のつぐみは仕事先と家を往復しているだけに見える姉を心配し、恋人・渉(深浦佑太)の職場の先輩・集(温水元)とのお見合いを計画する。つぐみと渉の思惑通りに交際を始めたつばめと集。しかし、集の決意のプロポーズをつばめは断ってしまう。どうしてつばめはプロポーズを断ったのか、理由を探っていく中で、言葉には出せない4人の思いが浮かび上がる。
 4人の登場人物が交わす、本音と建前の揺らぎ。「声にならない言葉」によって追い詰められていく人間たち。「声にならない言葉」を想像し、慮ることでかえって事態は窮屈になっていく…。思いやりと気づかいの間で押しつぶされる、現代人のコミュニケーションを題材にした悲喜劇。(以上、楽団HPより)
 見事に過不足なくこの通りだ。
 ほんとうです。
 ぜひ、ご覧になってください。
 で終わるわけにはいかないので、思いつくままに書き進める。
 同じ場面が違う登場人物からの視点でちょっとずつズレながら繰り返されるところなど、楽団としては初期(2006年)の傑作「死にたいヤツら」を思わせる演劇構造。それも秀逸な創りが増している。「死にたいヤツら」より確実に作品のレベル、特に演出のキレがアップした。
 日本演出者協会主催の若手演出家コンクール2014最優秀賞受賞記念作品だが、強いて言えば通好み、あるいは「オトナ」向けの本作は3月の東京初演でも目の超えた演劇ファンを唸らせたのではないか。
 弦巻は本作をもって「オトナ」の劇作・演出家になったと言えよう!
 札幌出身の演出家・俳優である松本修さんの言葉を借りれば「MODEはオトナに観てもらいたい MODEはコドモには観てもらいたくない」(MODEは松本さんが主宰する演劇集団)という感じか。
 ちなみに、この演劇構造が気に入った方は、映画としては黒澤明監督「羅生門」(原作芥川龍之介)、アラン・レネ監督「去年マリエンバートで」(脚本アラン・ロブ=グリエ→上記の「羅生門」に触発されたらしい=ウィキペディアより)も見てみてくださいね。
 間(ま)がものを言う芝居だ。まさに弦巻の言う「サウンズ・オブ・サイレンシーズ」=「声にならない言葉」ということなんだろうけれど。決して過剰ではない、むしろ寡黙とさえ思えるセリフ、その合間の間(ま)。それが実に能弁に心に響いてくる。
 見る側に与えるのは想像力。つねづね僕がすばらしい演劇の要素として挙げている「想像力=創造力」を刺激するのに申し分ない。 これも僕の常套句の「思いの入り込む余地」ももちろん十分。
 淡い青を基調とした照明、時折聞こえてくる川の波の音、部屋に置かれた水槽に間遠に天井から滴がしたたり落ちてくる…、ビル・エバンス(ジャズ・ピアニスト)とキャロル・キング(ポピュラー)のLPレコード(CDじゃないのがいいね!)、セリフに出てくるウディ・アレン監督の映画「カイロの紫のバラ」(どれもこれも僕の好きなものばかりだ!)、それらが押し出しの強くない、むしろ控えめに淡々と語られる物語の底をしっとりしっかりと、またなにか曰くありげに支える。
 暗闇がほのかに明るさを増し、そしてゆっくりと音楽が流れてくる。心に懐かしいツイン・ボーカル。そう、サイモン&ガーファンクル「サウンド・オブ・サイレンス」から世界は始まる…。

 楽日18日(月)は20時開演。
 弦巻の新境地ともいえる芝居。
 ぜひ、ご覧あれ!

 追伸
 集が抱える「事情」がモロ、僕と被ってて泣けたぜ、胸が潰れたぜ。うえ〜ん!(泣き笑い)
posted by Kato at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月01日

第4回 サンピアザ劇場 神谷演劇賞が決定!

2014年・2015年にサンピアザ劇場で上演された演劇作品を対象にした「第4回サンピアザ劇場 神谷演劇賞」の審査会が3月26日、審査委員長の神谷忠孝北大名誉教授をはじめとした審査委員5人が出席して行われた。
エントリーされた22演目の中から、神谷演劇賞に札幌厚別高等学校演劇部「同級生(2016.3月上演)が、奨励賞に劇団32口径「SMILE(2014.11月上演)」が選ばれた。
おめでとうございます!
表彰式は、6月に開催を予定している。

加藤浩嗣注・神谷演劇賞には神谷先生のポケットマネーからけっこうな額の賞金が出るはず。
札幌厚別高校の皆さん! これを励みにこれからもすてき、楽しい、素晴らしい演劇づくりに取り組んでくださいね!
posted by Kato at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする