2015年08月26日

小島達子さん(イレブンナイン)へのラブレター

 「12人の怒れる男」の劇評が一部の人のパソコンではアップされて、少なくとも僕のパソコンにはアップされないという奇妙奇っ怪な現象が起きています。
 そこで、劇評とは関係のない、よしなしごとを書いて、電脳世界のどこかで滞っているに違いない「12人」の劇評の尻を叩きたいと思います。
 
 「ほんとに、あまりにも衝撃が大きすぎて現実なのか夢なのかわからなくなるほどすてきな一日でした。『12人』、既に再演だけど、私には初めての観劇。再演を期待します(笑)」
 こうメールで送ってくれたのは、釧路湖陵高で同期のガールフレンド。
 滝川クリステルさんに似ていると僕は思うのだけれどあまりに否定するので、いろいろ調べたら、18歳だった1954年に「悲しみよこんにちは」でセンセーショナルにデビューしたフランス人作家フランソワーズ・サガンの若い頃にもそっくりです。
 理知的で凛々しくて、それでいて色っぽい。
 自分ではダンスをしていて、公演では芝居がかった演出もあるというので芝居に誘ってみたら、見事にはまってくれました。
 ここはひとつ、光燿萌希ちゃんのミュージカルユニットもえぎ色 第11回公演
「かぐや No.1!」(10月9日(金) 19:00、10日(土) 14:00 / 18:00、11日(日) 13:00 / 17:00、生活支援型文化施設コンカリーニョ)などに誘ったら、きっと目を輝かせるだろうな。
 
 「12人」の終演後はコンカリの近くにできた串鳥で飲み食べました(この新規開店はうれしかったな)。
 でも入店して30分ほどは2人ともぐったり。
 「すごかったねえ」ぐらいしか言葉も出ない。
 あまりの感動に動けず、言葉も出なかったのです。
 
 でも、そうして隣同士に座っているのが、僕には至福の時間だったな。
 彼女の顔が見るからに紅潮していて、「観劇エクスタシー」に達しているのが間近にわかった(ちょっとエロっぽいね、ごめんなさい)。
 
 それにしても本公演(「12人の怒れる男」)、納谷真大さんには申し訳ないんだけれど、納谷さんの演出よりも小島の達っちゃん(小島達子)のプロデュースの素晴らしさが伝わってくる公演だった(昨年5月の初演時から、もう)。
 札幌の小劇場界でプロデューサーというと鈴木喜三夫さん(座・れら)、平田修二さん(札幌座)ぐらいしか思い浮かばないのだけれど、達っちゃんはこの一作で先の2人の後継者一番手になったのじゃないかしら。
 なんせ、この幅広い12人を実際に自分の目で見て確かめて、じか当たりして決めたのだからすごい。
 自分のところのカンパニーの役者を「この程度には出しておかなきゃね」なんていうのとは志が違うのだから。
 これはどういう芝居にすべきかを考えて、予算を考えて、演出家を選定して(まあ、今回の場合はイレブンナインだから納谷さんで決まりね)、役者を決めて、照明、音響などを決めて、宣伝作戦を決める。
 達っちゃん本人がデザイナーだから、宣伝チラシがすてきなものになるのは当たり前なんだけれども、達っちゃんはそれ以上のことに目配りをして、実現してる。
 すごいな〜と思います。

 そういえば達っちゃんは、僕があちらこちらの劇場で娯楽として芝居を見る時に一番よく出会うお客さんで、その見方は真剣そのものです。
 各カンパニーへの感想もツイッターなどで熱心に書いていらっしゃいます。
 そうした姿勢が「12人」には見事に結実したということだね。

 小劇場演劇のプロデューサーとは、役割として本来もっともっと重要なもののはずだし、大切にしていいと思います。
 いや、するべきです。
 これまではなぜか、あまりにそうしたことが知られてこなかったみたい。
 達っちゃんの頑張りは若手演劇人の先駆として鏡です。
 
 ちょこっと知ったかぶりをすると、世界三大映画祭(カンヌ、ベネチア、ベルリン)とか米アカデミー賞で「作品賞」を受賞し、受け取るのは、あくまでもプロデューサーだよ、昔で言えばセシル・B・デミルとかね。
 監督賞(芝居で言えば演出家賞)は別物。
 で、プロデューサー賞=作品賞が大トリだからね、決して監督賞=演出家賞ではないよ。
 小島の達っちゃんに続く若手演劇プロデューサーが出てくることを心から期待します。
 
 余計な一言として…正直なこと言ってね、芝居の演出家や映画の監督はほかの作品を一つも見なくても出来るものなのよ、ビギナーズラックでね。
 でも、プロデューサーはそうはいかない。
 一作つくるのに最低10作品は見なきゃいけない。
 劇場という、ある程度の同じ土俵で勝負するから、どう差別化するかが大切なんだ。
 そして自分が選んだ演出家、監督が駄作を作ったら、泣き泣き首を切らなきゃいけない。
 少なくとも上質なエンターテインメントを作るにはそういうもんだと僕は思って、達っちゃんをリスペクトしてます。
 応援してるよ〜。
 出てこい、新顔!!
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2015年08月25日

12人の怒れる男

 イレブンナインプレゼンツ dEBoo♯1(イレブンナインにおいて、小島達子がプロデュースする企画)「12人の怒れる男」(作レジナルド・ローズ、訳額田やえ子、演出納谷真大)を8月22(土)、23(日)の両日、札幌・コンカリーニョで見た。今演劇シーズンの大トリを飾った渾身の作であり、まぎれもない傑作に仕上がっていた。ブラボー!!
夏の暑い日。ニューヨークの法廷。父親殺しの罪に問われたひとりの少年の審理が終わり、12人の陪審員が評決のため陪審室に集まった。陪審員の大半は少年の有罪を確信していた。全陪審員一致で有罪になると思われたところ、ひとりの陪審員が無罪を主張したことから物語は動き始める。彼の熱意と理路整然とした推理によって、当初は少年の有罪を信じきっていた陪審員たちの心にも徐々にある変化が訪れる…。
 重厚でビジュアル的にもすてきなチラシによると…本作、舞台版『12人の怒れる男』は、1957年に上映されたアメリカ映画が基となり、これまでに世界中の多くの劇団やプロデュース公演などで扱われてきた。舞台は蒸し暑い陪審員室。父親殺しの罪に問われた少年の裁判において評決に至るまでの一日が描かれる。誤摩化しの効かない重厚なストレートプレイ。12人の男達は一度も舞台から退場せずに2時間弱の間、壮絶な討論を繰り広げる。2014年5月の初演時は、初日2週間前に前売り券が完売。札幌では異例の成果を挙げた。演出の納谷が目指した緻密でリアリティに溢れる演技。それによって生まれた重厚な空気感、また洗練された舞台美術など総合的にも高い評価を得た。−以上。
 ふつうなら自画自賛はやめておくれよと皮肉の一つでも言う僕なのだが、このチラシに書かれていることはまったくその通りであり、的確であり、むしろ初演を見ていない新たな観客を獲得するには足りないくらいなのである。僕が付け加えることはなに一つもない。
 そしてこれだけ見応えのある芝居を1年と3カ月という短期間のうちに再演してもらえる「札幌演劇シーズン」というシステムが確立できたことを、まさにこの「12人の怒れる男」で証明できたのは素晴らしいことだな、とカンパニーをはじめ実行委員会、上演当日の裏方さんなど関係者のご努力、ご尽力を称賛する思いばかりなのだ。
出演者は陪審員の番号順に以下の通り。
陪審員番号1番(陪審員長)・能登英輔(yhs)
陪審員番号2番・江田由紀浩(ELEVEN NINES)
陪審員番号3番・平塚直隆(オイスターズ)
陪審員番号4番・河野真也(オクラホマ)
陪審員番号5番・大川敬介(ELEVEN NINES)
陪審員番号6番・納谷真大(ELEVEN NINES)
陪審員番号7番・有門正太郎(飛ぶ劇場/有門正太郎プレゼンツ)
陪審員番号8番・久保隆徳(富良野GROUP)
陪審員番号9番・山田マサル(パインソー)
陪審員番号10番・小林エレキ(yhs)
陪審員番号11番・杉野圭志(ELEVEN NINES)
陪審員番号12番・明逸人(ELEVEN NINES)。
守衛に竹原圭一、能登屋駿介、渋木こうすけ。
冒頭の裁判長の声(特別出演)・斎藤歩(札幌座)。

 気遣いの人であろう能登は不動の1番に最適だ。男たちの揺れる心情一つにかかった陪審をなだめたり、すかしたりしながら見事に仕切る。
 江田は初演時の7番から変わったが、こちらの方が適役ではないかしら。神経質で人見知り気味の男を的確に現前させた。
 ホットコーナー3番・平塚は名古屋からの参戦。教文演劇フェスでの審査員として容赦のない毒舌を吐いてきた姿は拝見しており、「じゃ、あんたはどうなんや?」と、実は個人的にあまり良い印象を持ち得ないでいたのだが、こうまでのはまり役を見せつけられると、「平塚さん、背中に気をつけてお過ごしくださいね」と心配の一つでもしたくなる。被告の少年と自分の息子を同一視してしまう、かなしく切ない父親がたしかに目の前にいた。
 不動の4番・河野、いいなあ、実にいい。事件には8番の久保とは対極的な立場を取るが、法に基づき良心に基づき事実に基づいた裁判の進行に模範的な態度で臨む(おそらくは)ドイツ系米国人の典型を体現した。
 初演時の11番から変わった5番・大川も、こちらの方が適役だと思えた。被告の少年に自らの境遇を重ね合わせて自問自答する姿に説得力があった。
 6番・納谷、配役12人としては初演の3番から一番の大変わりと言って良いだろう。ちょっと頭が弱そうにも思える肉体労働者役。そしてそれは大成功したように思う。演出の納谷が今回は自ら一歩引いて高みから俯瞰して演出に傾注できたことで、本作は初演時よりも一回りも二回りもスケールの大きい、さらに確実に説得力の増した芝居になり得た。納谷と小島、平塚の信頼関係のたまものを見たということなのだと思う。
 7番・有門は北九州からの参戦。もともと裁判などには関心がなく、ニューヨーク・ヤンキースのナイターに行けるかどうかばかりが気掛かりの男。そんな一人の陪審員がふとしたきっかけで少年の無罪を確信するに到るという大切な役柄を、力まずに演じきったのは見事というほかない。
 8番・久保、この芝居におけるヘンリー・フォンダ。多言は用いません。かっこうよすぎます。レイモンド・チャンドラー原作による一連の探偵フィリップ・マーロウ役も、久保にならできます。だれか芝居にしてくれないかなあ。不動といってよいでしょう。すてき。
 9番・山田のお年寄りも不動でしょう。理論派4番の最後の疑問を紐解くラストの推理、駆け足でない、ゆっくりとした論理の組み立てを説得力ばっちりの演技で納得させた。なくてはならない配役です。
 10番・エレキも不動でしょう。差別意識の強い役柄をエキセントリックすれすれのところで踏みとどまって見せきる、その力業。汗っかきのエレキとしてもやりやすい役柄なのでは(笑)。
 11番・杉野、ユダヤ移民ゆえに劇中でもほかの人から揶揄、中傷を受ける難しい役柄。それでいて聡明、誠実さを失わない役柄を見せつけたのは富良野GROUP出身の鍛錬のたまものでしょう。素晴らしかったです。
 12番・明、自分の意見がない軽薄な広告代理店宣伝マン。僕に言われてうれしいかどうか心配だけれど、ぴったりです(ごめんね)。不動の配役でしょう。

 小島の達っちゃんをはじめ関係者の皆さまに提案します。
 学校回りをするなどして、良い芝居とはどういうものかを知っていただいてはいかがでしょう。
 シアターカンパニー・フォーシーズンズの「猫たち」より、よほど人生の深みを描いているように、また身近なおにいさん、おねえさん、おじさん、おばさんたちが手弁当で悪戦苦闘して作り上げた素晴らしいものとして受け止められるように思えるのですが。

 楽日は、以前、yhsの「WORLD IS MINE」に誘った、同い年のガールフレンドと見ました。これが人生の観劇2作目。
 彼女からメールが来ました。
「ほんとに、あまりにも衝撃が大きすぎて現実なのか夢なのかわからなくなるほどすてきな一日でした。『12人』、既に再演だけど、私には初めての観劇。再演を期待します(笑)」
posted by Kato at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月09日

蒸発

 Intro「蒸発」(作・演出イトウワカナ)を8月9日(日)、札幌・ターミナルプラザことにパトスで見た。
 雨漏りのひどい一軒家を舞台に、現在過去未来の罪を擦り付け合う者たち。僕らには大事な妹がいた。けれど、妹はどこへ行った?僕らの大事な妹を傷つけたのは誰だ?僕らの大事な妹は、いつまで存在していたんだ?
僕にも、誰にもわからない。けれど、今日は妹がうまれた日だった気がする。さあ、祝おう。僕らは家族だ。まぎれもなく、僕らは家族だ。(以上、札幌演劇シーズン公式HPより)。
 出演は菜摘、のしろゆう子、佐藤剛、松崎修、有田哲、潮見太郎、宮沢りえ蔵。
 ワカナの芝居は作・演出者が伏せられたまま見てもワカナの芝居だと、僕にはわかるだろう。それほどに個性的で、切ない。一筋縄ではいかない「やさしさ」がある。良い意味でとっても自分に厳しい「やさしさ」だ。「やさしいね。ありがとう」って感謝したら、「やさしくなんかないよ。いま伝えるべきことを伝えているだけだよ」って、「やさしく」言葉を返されそうな「やさしさ」だ。
 だからワカナの芝居を観劇した後はいつも、自分のいまいる立ち位置っていうことに思いを馳せることになる。いま、僕はどこにいるだろう、この辺りにいて、ほんとにいいんだろうかって。突き詰めて言えば、自分を省みることを迫られる劇作だ。そしてそうした時間は絶対に必要なことだから、やっぱりワカナの芝居は僕には必要だ。いったん立ち止まって考える、いま、僕はなんなんだろうって思うことは大切なことだと思うから。
 出演7人とも達者だった。もっとも、達者じゃない役者をワカナが使うはずがない。「音楽的」とも「詩的」とも評されるワカナの世界観の舞台での具現化は、ワカナと意思疎通が十二分に出来ている役者でないと務まるはずがない。
 ただ一人、松崎が僕にとっては初めて見る顔だった。「静と動」という、僕が見たことのないカンパニーの方(代表かな?)。駄々っ子みたいな性格の持ち主の役柄がはまっていて、魅力的だった。こんどは「静と動」で、自分のカンパニーでの姿を見よう(11月に脚本・演出・出演の舞台がある)。
 ワカナ、きょうもほんとにありがとう。深く考え、思うことを始めています。
札幌演劇シーズン   http://s-e-season.com/   参加作品です。

 観劇後、地上に上がったら、バスターミナルの向かいのカラオケ店から薬師丸ひろ子さんの「セーラー服と機関銃」(1981年)が流れてきた(有線放送かな)。彼女とは同い年というか同じ学年。僕らが釧路湖陵の修学旅行で京都に行く時、同級生の男女が「薬師丸ひろ子があの店に行ったらしいぞ。行くべ行くべ」とか、けっこうデマが流れた。みんなファンというより、同期生という意識が一番強かった女優さんじゃないかな。
 高校2年の年末年始、同級生男子のお父さんが経営している、酒も扱っているスーパーで人生初のアルバイトをした。
「御用聞き」。各家を回って「正月用の日本酒、ビールの配送はいかがですか?」「丸南のミカン、おいしいですよ。一箱、すぐに配送いたしますよ」などと注文を取るアルバイト。
バイト代は日本酒1本、瓶ビール1ケース、ミカン1箱がそれぞれ100円という完全出来高制。「ついでに煙草、セブンスターを2カートン」と頼まれても、煙草はいくら売り上げても出来高ゼロだったから、ちっともうれしくなかった(あれはほとんど税金のようなものだからね)。
当時、ラジオではしょっちゅう、薬師丸ひろ子さんの「セーラー服と機関銃」がかかっていた。そんな真冬の空の下を、自動販売機で熱い缶珈琲を買って飲みながら、僕は家々を回って注文を取った。「所詮、薬師丸ひろ子さんとは住む世界が違うんだな」と痛感しながら。彼女は熱々の缶珈琲で、僕は飲み干してしまって、持っていると途端に手がかじかんでしまう空き缶のようだった。
 結局、バイトくん30人くらいの中で、僕は一番営業成績が良かった。バイト代は5万円余だったから、日本酒、瓶ビールケース、ミカンを合わせて500以上の予約を取ったことになる。
それだけの話。でも、薬師丸ひろ子さんというと、僕は修学旅行のことより、この、よほど寒くてつらかったアルバイトのことを思い出す。5万円余をなにに使ったかは忘れちゃった。

1カ月ほど前に知り合って、どういうわけか気が合って、観劇などのデートをしている湖陵の同期生の女の子がいる。滝川クリステルさんを思わせる、激可愛美人だ(げきかわびじん、と読みます。彼女を形容するための造語です)。
「女の子」って、もう高校生以上のお子さんが2人いるから失礼かもしれない。でも僕にとっては「女の子」だ。彼女のそばにいると、50歳の僕が高校生の「男の子」になる。
 彼女から今朝、メールが来た。
「音楽でも演劇でも、いろんなステージを生で観ると勉強にもなるし新たな刺激をもらえると思う。と思うと、ほんとに浩嗣との出逢いは今の私にとって奇跡です。すごい巡り合わせです。これからもよろしくお願いします。」
 奇跡だと思うのは僕の方だ。
 平均寿命で言えば、残り30年ちょっとの人生を大切にしたい。
 彼女はそう思わせてくれた。
posted by Kato at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月02日

青森県のせむし男

 実験演劇集団「風蝕異人街」の「『青森県のせむし男』」〜肉の墓を背負って闇を歩く〜」(作寺山修司、演出・潤色こしばきこう)を8月2日(日)、札幌・シアターZOOで見た。
 寺山作品ならではの試みで、一句詠みます。
 夏盛り胸にぐさりと刺さって傑作
 本来なら大晦日に発表する「シアターホリック(演劇病)アワード」の最高賞・「北海道演劇の宝」賞に決定!! おめでとうございます。
 ブログ読者の方々にも、ぜひご覧あれと声を大にして言いたいところだが、全9ステージが前売り完売。当日券は各回とも若干数出るようなので(開場か開演の1時間前に整理券配布=情報が不正確でごめんなさい)、あらかじめカンパニー電話1(プッシュホン)090・8272・4299に問い合わせるとよいだろう。平日は19時半、楽日8日は14時開演なので、それから2時間は問い合わせしないようにお願いします(上演時間は1時間半程度)。
 寺山が主宰した劇団「天井桟敷」の旗揚げ公演作品(1967年)。大正家に仕えていたマツ(堀紀代美)の産んだ赤子は背中に墓石を背負ったようなせむし(三木美智代)であった…。母と子の怨念、生まれてきたこと自体の哀しさ。男と女の性の情念の世界。(以上、チラシより)
 風蝕フリークの僕としては当然期待していたが、ここまですごい作品になるとは正直、想像していなかった。それほど、すべてを説明しすぎずに身体で魅せて、見る側の「想像力=創造力」を刺激してやまない。見る側の「思いの入り込む余地」が、説明したがりのこしばとしては(笑)十二分に担保されているのである(「かっこ」内は、素晴らしい作品をたたえる際の僕の常套文句)。
そして言わずもがななのだが(笑)、当日配布のパンフレットで、こしばが演出の意図を説明しすぎていないのがなによりいい!! 今後もこの程度でお願いします。
 僕が薄っぺらい劇評を長々と書くより、出演者の名前を紹介することで読者の方々の胸に刻まれることの方が豊かで多いと最近思うようになったので、そうする。
 三木美智代(ここ数作、いつも以上に乗ってるね)、堀紀代美(“紀代美節”、冴えています)、平野たかし、斉藤秀規、小山由美子(フリー=作品に欠かせない脇役を好演。いつも僕の体調を気遣ってくれてありがとう)、栗原聡美(劇団新劇場=色艶満開。新境地を開いたのでは)、国門綾花(COLORE=女学生トリプルキャスト(ほかに柴田、小池のうち、僕が見た2日昼のステージは彼女)。役者は観客を感動させる存在であって、自ら感動して泣いてしまってはダメ、観客が引いてしまう。でもきょうの、叙情があふれ出して我慢できなくなっての一筋の涙は許す=偉そうだけれど、32年間、芝居を見続けてきた僕の持論。抜群に良かった。特に「せむし」三木との二人芝居は近松浄瑠璃的美学を思わせ秀逸。あやちゃん、本��!
�に良�
��った。役者としてワンランク上がっていたよ)、柴田知佳(劇団アトリエ)、小池瑠莉(劇団resonance)、町田良介、汝、小林利津子、岡田有香、福田泰子、西條よし江、九十九銀礼、祓川さをり、倖田直機。
 演奏はジャンベ・石橋俊一、薩摩琵琶・黒田拓、二胡・凛子。この三者がまたすばらしい。変に遠慮してしたてに出て役者陣に合わせるのではなく、堂々と主張してこそ演技、ひいては作品全体を引き立たせている。映画なら小樽出身の名匠・故小林正樹監督「怪談」(1964年、原作小泉八雲)での音楽担当、故・武満徹を彷彿とさせる仕事ぶりだ。圧巻、圧倒的なのである。
 風蝕の忘年会でこしばから紹介された、NHKのプロデューサーが来場、撮影されていたそう。
 北海道演劇を放送する番組ができるのかな?
 そうなったら、なんてすてきなこと!
 各回の解説者は、もし適任者が見つからないようでしたら、僕がはせ参じます。よろしくお願いします。
 みなさん、まずは当日券ゲットだ!!
 札幌演劇シーズン   http://s-e-season.com/   参加作品です。
posted by Kato at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

きょう深夜、野田地図2本立て

きょう深夜0時20分〜4時45分、NHK-BSプレミアムで野田秀樹主宰「野田地図」の芝居が2本放送される。
「エッグ」と「半神」(再放送)。
特にこの8月という時期に、日本という国の過去と現在、未来を俯瞰する「エッグ」を放送するのは、近年のNHKとしてはとても評価できる英断だと僕は思う。
ご興味のある方はぜひご視聴、録画を!!
posted by Kato at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする