2014年08月31日

つづく、〜再観

 yhs「つづく、」(脚本・演出南参=2012年初演)を8月31日(日)、札幌・コンカリーニョで再観した。24日(日)に見た、小原アルト演ずる復興局長が南参に替わっていた。Wキャストだったのね、知らなかった。夜に風蝕異人街を見るために休日を取っていたのだが、急遽この日に再観して本当に良かった。 
 24日は下手に座っていた。この日は中央に座った。なにがなにでどうして見えるようになったのか、脇田唯が最初から一人だけ機嫌が悪くて、最後には腹をさすっている意味とか、地上の舞台とキャットウオークでの会話の絡み合いとか、すごく楽しめた。小林エレキと曽我夕子も…。台詞や動きのその先の向こう、その先の奥にあるものが感じられたように思う。暗闇を大切にした劇作、確たるものしては表現されないさまざまな暗示、あることの「…」、数々と、見る者の思いの入り込む余地がある。かねての持論、「演劇の醍醐味は観客の想像力=創造力にある」ということを最大限に尊重してくれた南参の劇作にあらためて敬意を払う。
 最後に、yhs「つづく、」を心に刻む言葉として、村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」の最初と最後の一文を引く。希望と絶望、光と闇…。「つづく、」と、とても深いところでつながっている気がする。
 南参、yhsのみなさん、本当にありがとう、そして、おつかれさま。
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」
「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか」
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2014年08月28日

つづく、

 yhs「つづく、」(脚本・演出南参=2012年初演=9月7日にブログ記載)を8月24日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。
 2112年、「SAPPORO地区」。
局地的な寒冷化により万年雪に包まれ、避難区域となりそれから数十年が過ぎ、かつての200万人都市の面影は無い。復興局の職員が復興作業に当たっているが、寒冷化の原因も未だ分からず、復興のめどは何も立っていない。そこへ東京からドキュメンタリーの撮影にテレビクルーがやって来る。ディレクターの小林は、廃墟と化したかつての「劇場」に足を踏み入れ、そこに落ちていた台本を拾うと、復興局職員たちに劇場で芝居をさせようと言い始め……。
 出演は曽我夕子、小林エレキ、能登英輔、青木玖璃子、小原アルト、櫻井保一、越智良知、最上朋香、戸嶋智美(以上、yhs)、阿部星来(劇団パーソンズ)、小池瑠莉、小林なるみ(劇団回帰線)、重堂元樹(演劇公社ライトマン)、脇田唯(POST)。
 初演はyhsの結成15周年記念公演として上演された。南参の劇作の契機になったのは「東日本大震災」であり「東京電力福島第1原発事故」だ。でも初演時の僕は体調不良のままで見て、南参が思いの丈を込めたこの作品の魅力をこれっぽっちも受け取れていなかった。ごめん、南参。今回感じたそれは、一言で言えば、「祈り」だ。なにもできない無力な人間たちへの「祈り」、そして無力な人間たちを尻目に、過去から現在、未来へと無慈悲に連綿と続いていく時そのものへの「祈り」。
 ディレクター小林は、劇場に落ちていた台本、チェーホフの「三人姉妹」を復興局員に演じさせようとする。彼個人にとっては、俳優だった曾祖父が、今は廃虚になったこの劇場で最後に取り組んでいたという演目である。その舞台化に曽孫の小林が必死になる。復興局職員らそれぞれの思惑や、大小さまざまな困難を乗り越えて。ここに、環境がいかに過酷に自分たちを追い込もうとしていても、それに負けずに創造力=想像力を持って立ち向かおうとする人の姿を見る。それが、「FUKUSHIMA」の現実と二重写しになる。
 登場人物たちは皆、プレイヤーの本名で呼ばれる。ディレクターを演じる小林エレキは「小林」と、復興局員能登英輔は「能登」、生まれ育ったこの場所、「SAPPORO」の今は居住禁止区域にされてしまった土地に暮らし続ける小林なるみ、阿部星来は「なるみ」「星来」と。それは単なるメタシアター(僕なりの解釈では「演劇についての演劇」「演劇であることを観客に考えさせる演劇」)的な効果を生むという以上に、本作の場合、プレイヤーたち個々が現実に生きている証しを、この廃虚となった劇場に残そうとしているように僕には思える。
 そうして見た時、本作は「SAPPORO」=「FUKUSHIMA」という相似性と、プレイヤー個々の生きた証しを残そうとする試みなどにおいて、きわめて重層的に構築され、南参が念入りに練り上げて創った物語であることがわかる。
 「3・11」に対抗するアートとしては、それがチェーホフの作品かどうであるかはともかく、「三人姉妹」が有効ではないか、それしかないのではないかというのが、かねての僕の持論だ。毛利元就の「三本の矢」ではないが、母性たる女性ならではの生への執着が必要不可欠な気がしてならない。だからかどうか、弘前劇場(青森)は12年に、三人の姉妹が重要な役目を負う「素麺」を初演し札幌劇場祭大賞を受賞した。本作はチェーホフの戯曲そのものを重要なモチーフにしている。あの戯曲のラストの、首の皮一枚繋がった感じのする希望が、どうしようもなく困難な状況の中ではかすかな希望の灯となるのではないだろうか。
 ひとたび人間として生まれたからには、産み落とされたからには、どんなに絶望的な状況下にあっても、末代に「つづく、」ものとして「時」を生きていかなければいけない。
 そうした南参のメッセージを、僕は今回の観劇で受け取った。
 上演時間1時間50分。上演は31日(日)まで。
 札幌演劇シーズン2014夏については http://s-e-season.com/ をご覧ください。
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2014年08月17日

教文短編演劇祭2014・決勝

 「ワナ」をテーマにした20分以内の芝居の熱いバトル、教文短編演劇祭2014・決勝が8月17日(日)、札幌市教育文化会館で行われ、前日の予選Aブロックの勝者、星くずロンリネスが初優勝した。
 観客が持ち票2票(同一劇団への2票投票は不可)で、ゲスト審査員が持ち票30票(5票単位で投票)のシステム。ゲスト審査員は劇団千年王國代表の橋口幸絵、いわき芸術文化交流館アリオス支配人の大石時雄、オイスターズ(愛知)の平塚直隆の3氏。
 獲得票は上演順に以下の通り。予選Bブロック勝者のオトコカオル「どみの」(作・演出浜田純平)64票(観客44票、ゲスト審査員20票)、13年に優勝し連覇を目指したyhs「春よ来いマジで本当に頼むから」(作・演出南参)124票(104票、20票)、“刺客”として参加の刈馬演劇設計社(愛知)「スリーピング・ダーティー」(作・演出刈馬カオス)36票(21票、15票)、星くずロンリネス「キンチョーム−I Wanna Be Your Boyfriend−」(作・演出上田龍成)138票(103票、35票)。
 「キンチョーム」は、後輩の女の子への愛の告白を計画した男が、緊張を解く薬「キンチョーム」を飲んだため、副作用で「さ行」が話せなくなるというコメディー。
 舞台上でチャンピオンベルトを腰に巻いた上田は「4年前に敗退してから、ずっとこの日を目指して短編演劇を研究してきた。本当にうれしいです」と、男泣きしていた。おめでとうございます。、
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2014年08月16日

教文短編演劇祭2014・予選

 「ワナ」をテーマにした20分以内の芝居の熱いバトル、教文短編演劇祭2014・予選が8月16日(土)、札幌市教育文化会館で行われ、Aブロックは星くずロンリネス、Bブロックはオトコカオルが決勝に進んだ。
 観客が持ち票2票(同一劇団への2票投票は不可)で、ゲスト審査員が持ち票30票(5票単位で投票)のシステム。ゲスト審査員は劇団千年王國代表の橋口幸絵、いわき芸術文化交流館アリオス支配人の大石時雄、オイスターズ(愛知)の平塚直隆の3氏。
 Aブロックの獲得票は上演順に以下の通り。劇団欠陥工事「機種変」(作・演出ビルタテル)21票(観客16票、ゲスト審査員5票)、わんわんズ「大きなどんぐりの木の下で」(作・演出田中春彦)124票(99票、25票)、劇団パーソンズ「ポイントカードはお持ちですか?」(作・演出畠山由貴)114票(99票、15票)、星くずロンリネス「キンチョーム−I Wanna Be Your Boyfriend−」(作・演出上田龍成)194票(149票、45票)。「キンチョーム」は、後輩の女の子への愛の告白を計画した男が、緊張を解く薬「キンチョーム」を飲んだため、副作用で「さ行」が話せなくなるというコメディー。
 Bブロックは、劇団アトリエ「恩返しをしたい鶴と鬼退治に行きたい犬の話」(作・演出小佐部明広)27票(27票、0票)、words of hearts「それは誰の責任?」(作・演出町田誠也)44票(34票、10票)、虫の息(東京)「落とし罠」(作・演出杉香苗)114票(74票、40票)、オトコカオル「どみの」(作・演出浜田純平)143票(103票、40票)。「どみの」は、ダンスユニットによる奇抜なダンスパフォーマンス作品。
 決勝は17日(日)14時から同会館で、昨年の覇者yhsと刈馬演劇設計社(愛知)も参加して行われる。
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リゼット〜2015年度の参加カンパニー募集中

 札幌・シアターZOOが提携公演「リゼット」の2015年度(2015年4月〜16年3月)参加カンパニーの募集を始めました。
 これまでとの大きな変更は、北海道内劇団はシアターZOO 幹事(僕を含めて8人)の推薦制となること。つまり、道内カンパニーは応募できません。どうか、ご了承ください。
 道外カンパニーにお知り合いのいらっしゃる方は、ぜひ、ご宣伝ください。
 参加申込用紙は、北海道演劇財団のホームページからシアターZOO、リゼットへと行くと、あります。締め切りは9月30日(火)必着。
 札幌への殴り込み、期待しています。
 さあ、今週から来週にかけては、弦巻楽団に始まって、一挙16本の観劇だ。気合を入れていくぞ!
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2014年08月15日

死にたいヤツら

 弦巻楽団「死にたいヤツら」(作・演出弦巻啓太=2006年初演)を8月15日(金)、札幌・ターミナルプラザことにパトスで見た。06年11月、パトスとコンカリーニョで「死ぬ気で遊ぶ 近松門左衛門祭り」と題して行われた「遊戯祭06」の最優秀賞作品(本作はパトスで上演)であり、その年の(今で言う)札幌劇場祭大賞もW受賞した伝説の作品の3演目。
 近松の研究者で、病死した大学教授竹本(温水元)の四十九日法要の晩。妻千夜(永田雅美)、千夜の妹初実(青塚幸)、元メードのウメ(柴田知佳)、竹本の教え子の学生小春(袖山このみ)と彼女のボーイフレンド五郎(有田哲)、竹本の同僚で英米文学教授の武蔵川(小野優)が居間でひと息ついているところに、弁護士(温水=2役)がやって来る。竹本が遺言状を遺しており、そこには「最愛の愛人」に遺産2億円を相続すると書かれているが、その「愛人」が誰か分からないというのだ。と、2億円と聞いて「実は私です!」と挙手する初実、ウメ、小春、さらには男性である武蔵川。果たして「愛人」とは誰か? 2億円の行く先は? またその愛の日々の実態は?−というコメディー。温水だけが初演から一緒の不動の配役だ。僕も初演から3観劇目。
 11年2月26日(土)、札幌・サンピアザ劇場での再演を見た僕はブログで以下のように書いた。ちょっと長いが、再掲する。
 ここで現実的なことを言えば、相続先を誰々と明示しない遺言書は本来、効力を持つはずがない。でも、2億円と聞いて「愛人です」と名乗りを上げた面々には、そうした基本的な法律知識が欠けていたのだろう、と私はあえて好意的に解釈する。この点が実は、この謎解き的要素もあるコメディーの重要なポイントであり、そう考えるのが一番、ラストの意外な展開にも納得がいくのだ。
 「曽根崎心中」や「冥途の飛脚」、「心中天網島」、「心中宵庚申」といった近松の名作のエッセンスを随所に取り入れたパロディー精神に溢れ、テンポもとんとんとんとんと調子が良く、自称愛人たちの「あの愛の日」をいちいち再現する芥川龍之介の小説「藪の中」的な筋の運びも弦巻の面目躍如。役者たちの演技はあえて大振りに演出され、そうしたところに、先に書いた、現実にはあり得ない遺言状をモチーフにしたコメディー芝居の“あり得なさ”を見る側に意識させずに楽しませる面白さがある。そういう意味では、弦巻が確信犯として創作したウェルメード・コメディーとも言えよう。もちろん、近松の本のどれをも知らなくても十分に楽しめることは請け合いだ。
 −以上。
 正直に告白する。今回、3演目を見て、初演、再演時には否定的に感じていた部分−具体的に書くと、被相続人が特定されていない、あり得ない遺言状の意味合いが、すとんと胸の底に落ちた。そして、あらためて本作の出来の素晴らしさに息をのんだ。これまでの僕は「起承転結」の「起」と「承」に目も耳も奪われ、「転」と「結」のすごさに気付いていなかった。観劇者としての僕はまったく節穴だったのだ、この弦巻の出世作に対して。
 弦巻は書く。「死んでしまうことを、生きのびてしまうことを、一緒に笑いましょう」−。
 弦巻には本当に申し訳ないことをしていた。ごめんなさい、と素直に謝る。
 もしこうして演劇シーズンで3演目を見なければ、僕の本作についての感想は否定的なままだった。そう思うと、ぞっとする。
 僕にとってきょうは“価値大転換”の一日。この終戦記念日は忘れられない。
 「札幌演劇シーズン」−やはり実に良いイベントだ。
 上演時間75分。19日(火)まで。
 札幌演劇シーズン2014夏については http://s-e-season.com/ をご覧ください。
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2014年08月10日

秋のソナチネ〜札幌劇場祭元審査員としての自己批判

 札幌座「秋のソナチネ」(作・演出・音楽斎藤歩=2008年初演)を8月10日(日)、札幌・シアターZOOで再観した。胸に迫る感動とともに、僕には忸怩たる思いがあった。なぜこれを2008年の第3回札幌劇場祭の大賞にしなかったのだろう、できなかったのだろうと。
 僕は06年の第1回から08年まで審査員だった。審査はこの3年間だけ非公開。「こんなの芝居じゃない」「これは認めたくない」とか、5〜6人の審査員が、公開の今では言えないだろう好きなことが言えた(上記は僕が言った言葉じゃないですよ)。
 08年は最初の投票で圧倒的に「秋のソナチネ」に評が集まった。けれどもそこからいま一歩、大賞へ推しに推す道筋がないのだ(芥川賞とか直木賞とかの選考委員会でもよくあるよう)。結果、「秋のソナチネ」は特別賞作品賞。当時はTPS(現札幌座)を日頃からよく見ている審査員が大半を占めていて、札幌座レパートリーの「亀、もしくは…。」とか「冬のバイエル」とかの北海道演劇史に残るであろう名作を何度も見ていて、それらに比べると何かが足りない…という思いがあったのかもしれない。あの時、もし僕が意を決して「審査はカンパニー個々の相対評価ではなく、作品としての絶対評価でしましょう」と言っていたらどうなったか…。僕は言わなかった…。
 単なる裏話である。公開審査になった今は、もう、大賞作該当なしということはないだろう。あるとすれば、素人の僕が公開予想で言えるような不作の年に「不作ですね」と言えるだけだ。
 劇中の土田英順さんの酒につられて、マルヤマクラスのダイエーで買ってきた日本酒を飲みながら書いている。さすがに「酔狂」はなかった。きょうも岡本朋謙、田中温子コンビは良かったし、林千賀子、木村洋次、佐藤健一、高子未来、みんなみんな良かった。もう、6年が経って、それぞれ自分のものにしている。
 それにしても、いったいどうして僕はあの6年前、この作品を大賞に推すべく命を懸けなかったのだろう。
 8日に書いたブログの訂正、あるいは説明のし直しをします。
 ・店員一郎→店員とまではいかないようです。もっとアバウトな存在。「一郎さん、あした来てくれますか?」というより「あした、都合良かったら来られますか?」みたいな。
 ・姉か妹か不明だが(この日のシアターZOOサロンの会で出た話では、どうやら姉らしい)、夫が出張中の宣子→どうやら姉らしい、というのは今回の高子なりの芝居への解釈、向き合い方で、戯曲ではきょうだいの間柄の指定はありません。
 ・集団的自衛権の憲法解釈変更→集団的自衛権の行使容認の閣議決定、と直します。
 上演は12日(火)まで。
 札幌演劇シーズン2014夏については http://s-e-season.com/ をご覧ください。
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2014年08月08日

鈍獣

 座・れら「鈍獣」(作宮藤官九郎=2004年初演、05年に第49回岸田國士戯曲賞受賞、演出戸塚直人)を7月26日(土)、札幌・サンピアザ劇場で見た。
 39歳の小説家凸川(小佐部明広)が失踪した。週刊誌の元編集者静(玉置陽香)がその真相を探りに、中学時代の同級生江田(がくと)と岡本(信山E紘希)のもとにやってくる−。出演はほかに小林あかね、山本眞綾ら。
 伝説の舞台ながら、僕は未見だった芝居。今月、WOWOWで放送するので見るつもりだが、座・れら版も良い出来だった。
 特に「おっ」と思ったのが小佐部。劇団アトリエ代表として劇作・演出のほかに自作に出演もするが、他カンパニーへの主役的出演は初めてではないか? これが、なかなか役を自分のものにしていて、いいのだ。
 偶然に同じ回を見た深川在住の観劇家松井哲朗さんとも「小佐部が実に良かったねえ」と、その日は酒抜きで意気投合した。
 それにしても、座・れらの守備範囲は広いな。いや、もう守備範囲じゃないな、むしろ攻撃だな。直球、緩急、自由自在な感じ。それが常に一定水準以上を保っているのだから、すごいと思う。
 
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OUF!

 劇団どくんご(鹿児島)「OUF!」(脚本根本コースケ、構成・演出どいの)を7月20日(日)、札幌・円山公園自由広場特設“犬小屋”テント劇場で見た。
 毎年7〜8月に北海道を巡演し、熱い「夏」をもたらしてくれる、どくんご。今年は「宇宙」をテーマにさわやかな風を吹かせてくれた。僕の見た日の日替わりゲストは柴田智之。裸一貫、すてきだったな。
 もともと物語性は薄く、即興を大切にして「特権的肉体」(唐十郎)を体現している劇団だが、今回は「脚本」があるせいか、いつもより全体を通しての物語性を感じた。
 チラシを見ると、今晩から2日間、五月うかの地元・釧路公演なのね(彼女は僕の釧路湖陵高校の同級生)。
 なにより4〜11月に全国縦断の長丁場。みなさん、体調に気をつけてくださいね。
 ちなみに8月13日(水)は小樽公演。問い合わせはオバラさん 090・6445・3583 へ。
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四人目の黒子

 弘前劇場(青森)「四人目の黒子」(作・演出長谷川孝治)を7月20日(日)、札幌・シアターZOOで見た。
 夏。ある劇場。地域劇団の楽屋の2日間−。
 弘前劇場のホームページには公演中、以下のことが書いてあった(チラシにはなかった)。
 「演じる」「演じない」という区別は人生においてあるだろうか。
  全ての人間は、何かを演じている俳優ではないだろうか。
 歌舞伎や文楽にみられる、あの「黒子」を題材に、「演じる」「演じない」を「フィクション」「ノンフィクション」に読み換えて、現実の虚構を丹念に描いていきます。
 芝居は、劇中で女優倉石明美を演ずる小笠原真理子の独白で始まる(長谷川によると、母が認知症というのはフィクションだそう)。それから演劇の物語に入っていくのだが、劇中でも倉石は劇団員らから時折「小笠原さん」とか「真理子さん」とかと呼ばれ、小笠原が不自然な対応をするでもなく続いていく。典型的なメタシアターだ(僕なりの解釈では「演劇についての演劇」「演劇を考えさせる演劇」)。
 物語の筋はあってないような、なくてあるような…僕には今もうまく表現できない。
 ただ見ているうちに、なぜか宗教、いや、むしろ信仰ということに思いが至った。
 僕は今年の3月12日に「僕はどうしてこれほどまで『西線11条のアリア』に心惹かれるのか」と題して長文を載せたが、そこで、9歳で38歳の父に病死された時、「神も仏もない」「神を殺した」と書いた。いわば「青春の殺神者」だ。
 そんな僕が唯一、「神」的なものがあると仮定して考えてしまうのは「時」だ。
 明日が今日に、今日が昨日に、また未来が現在に、現在が過去に、無慈悲になっていく「時」というもの。
 僕が思う「神」=「時」に意思はない。
 その発想のベースは、釧路での中学生時代にリバイバル上映で見た、スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」だ。
 「四人目の黒子」という題名と芝居の中身に、僕はそんなことを思った。
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THE BEE

 実験演劇集団「風蝕異人街」の「THE BEE」(原作筒井康隆「毟りあい」、共同脚本野田秀樹、コリン・ティーバン=ロンドンバージョン2006年初演、日本バージョン07年初演、演出こしばきこう)を6月28日(土)、札幌・シアターZOOで見た。
 サラリーマン井戸(三木美智代)が息子の6歳の誕生日にプレゼントを買って帰宅しようとして百百山警部(朝田敏之)ら警察に止められる。殺人罪で懲役20年の小古呂(斉藤秀規)が脱獄し井戸の自宅に井戸の妻と息子を人質に籠城、浮気をしていると獄中で噂話を耳にした自分の妻(千念達正)と息子六郎(上村聡)との面会を要求しているという。井戸は無策の警察、うるさいマスコミに業を煮やし、小古呂宅に彼の妻と6歳の誕生日の六郎を人質に籠城。やがて警察により回線がつなげられた自宅に電話し、小古呂に自首を要求するが断られる。逆上した井戸は「被害者こそ加害者になる権利がある」と決意、小古呂が籠城をやめるよう要求しながら、聞き入れられないと、包丁で六郎の手の指を一本切断、警察に自宅へ運ばせる。と、今度は小古呂宅に井戸の息子の指が一本運ばれてくる−。
 まさに暴力の連鎖、エスカレート、最後には、うまい言葉が見つからないのだが、「自業自得」。まるっきり「核の抑止力」という言葉でもって地球を何度も破滅させられるまでに至った冷戦下の大国を見ているようだ。
 今回はロンドンバージョンによる作劇。戯曲指定の「カルメン」や「蝶々夫人」で、三木が不穏なダンスで不安感を増幅する。一本ずつ切断されていく手の指は鉛筆で表現しているが、静かな劇場でバチッと、その音は見る者の心の奥底にまで響くようだ。
 良く言えば「異化効果」、換言すればどこかではったりを効かすことが多いこしばだが、本作では野田のオリジナルに忠実に表現したように思う。僕としては、ラストに映像と音で現れ、何かを象徴する「THE BEE(蜂)」を、こしば流の解釈で、劇中もう少し多用しても良かったように思う。力作だった。
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秋のソナチネ

 札幌座「秋のソナチネ」(作・演出・音楽斎藤歩=2008年初演)を8月7日(木)、札幌・シアターZOOで見た。
 札幌の晩秋、開業して間もない蕎麦屋。なぜか、デンとピアノがある。昼の営業を終えたところに運ばれてきたらしい。店主篤哉(佐藤健一)が夜の営業に備えて黙々と蕎麦を打つ。姉か妹か不明だが(この日のシアターZOOサロンの会で出た話では、どうやら姉らしい)、夫が出張中の宣子(高子未来)が手伝いに来る。そこへ、妻を亡くしてこの場所でのラーメン屋をたたみ、3年間にわたって世界中を放浪していた父順(土田英順)が帰って来る。謎の女由果子(林千賀子)を連れて。「すごい人」(篤哉)である店員一郎(木村洋次)はきょうもどたばた、どこか空回り気味だ。折しも、蕎麦の蘊蓄だけはすごい倫彦(岡本朋謙=元TPS)が妹の茉由(田中温子=NEXTAGE)と来店する。茉由は兄に何かを告げたそうにしている−。
 10年のロシア・サハリン公演、そして11年3月、東日本大震災で日本中が驚きと悲しみに暮れていた、というよりあぜん、ぼうぜんとしていた時のロングラン公演を経て、この日の芝居は僕にとって必要なものだった。
 昨今の不穏で理不尽で、混迷して騒然とした世情。極論すれば“合法的な人殺し”の許容範囲を拡大する集団的自衛権の憲法解釈変更や、女子高生による友達殺し、「酒を12時間飲んだ後にスマホを操作しながら運転してました」と女性3人を轢き殺した男が告げているのに、上限の求刑をしようとしない検察、弟子筋を置き去りにしての師匠に当たる世界的な研究者の自殺−。そうした殺伐とした情報におぼれて息苦しい僕は、この、誰一人悪い人が出てこない、例えばフーテンの寅さんの「男はつらいよ」を思わせる芝居を見ることを心のよすがとしていた。市井の名もない庶民が互いを思い、慈しむ、そしてささやかだけれど大切な喜びや悲しみに静かに浸る姿に触れることが何よりの薬、温もりだった。
 僕には3演目となる観劇だが(ロシアには同行していない)、確実に進化、深化していて、しみじみと心に染みた。土田のチェロ演奏はもちろんだが、客演の岡本と田中コンビの兄妹の存在感がこれまで以上にしっかりと伝わってきて、芝居を引き締めていた。結果、舞台全体が深く、奥行きのあるものになったように思える。台詞や動きの奥底、あるいは向こう側にあるものが、これまで以上に尊く感じられた。
 大晦日の夕べ、天才と紙一重か、人並み外れた超人かという道化だったはずの一郎が出前配達先の一人の老婆を偲びながら蕎麦を食いつつ、泣く。人が何かを食べながら泣く場面がこれほど切なく愛おしい作品はそうそう思いつかない。そこに被さって流れる「秋のソナチネ第1番」(作曲斎藤、チェロ土田、ピアノ林)。胸が熱く揺さぶられる。
 先に書いたような大事件、大事故に傷つけられた心は、僕を含めたこうした小市民の些事一つ一つで癒やすのが一番なのだろう。 
 上演は12日(火)まで。
 札幌演劇シーズン2014夏については http://s-e-season.com/ をご覧ください。
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2014年08月03日

あっちこっち佐藤さん

 イレブン☆ナイン「あっちこっち佐藤さん」(原作レイ・クーニー「Run for Your Wife」、脚色・演出納谷真大=2007年初演)を8月3日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。爆笑、爆笑、ほろり、爆笑…傑作だ。
 佐藤ヒロシ(明逸人)、37歳、個人タクシー運転手。彼には秘密がある。北33東33に妻サチコ(石川藍、Wキャストで上總真奈)との自宅があり、南33西33に妻カズコ(澤田未来、Wで小林泉)との自宅があるのだ。つまり、重婚。互いに知らないはずの二人の妻の、つまりは自分の二つの自宅を、あっちこっちと規則正しく行き来している。ある日、人助けをして怪我をしたヒロシから事情を聴きに、北東の自宅に北署の佐藤巡査長(小島達子)、南西の自宅に佐藤巡査(大川敬介)が訪れる(両警察官とも、病院などの住所情報でそれぞれ訪問)。その善意が発端で、北東の自宅には道日新聞記者(納谷)も取材に来る。新聞記事になると、二人の妻を持つ男ということがばれる〜! 焦るヒロシ。事は北東の自宅の隣家に住む佐藤タロウ(江田由紀浩)・ハナコ(生水絵理、Wで廣瀬詩映莉)兄妹を巻き込み、てんやわんやの大騒動に−。
 よく出来た芝居だ。世界的な笑劇作家による原作自体が傑作なのだろうが(未読)、それを現代の札幌らしき場所に設定を換えて巧みに描いている。ありそうもない話のはずが、「碁盤の目の街」札幌らしき場所、というのが一つのミソではないか。見ているうちに本当のことらしく思えてくるのが不思議だ。虚構の中の真実が立ち上がる。
 一つの舞台で、基本的に上手側に北東の自宅、下手側に南西の自宅を表す。初っぱなから、ともすれば頭がこんがらかりそうな設定だが、ご心配なく。台詞と動きに無駄がなく、的確で、すーっと頭に入ってきて、笑える。キャストの顔ぶれもあるだろうが、初演時よりテンポアップし、笑劇度も増した印象だ(当ブログの07年11月25日に短い劇評があります)。
 07年の初演で、いまでいう札幌劇場祭大賞を受賞した。僕は劇場祭初回の前年から審査員をしていたが、当時の非公開だった審査会では、この大賞授賞に異論は出なかった記憶がある。本作での受賞によって、納谷は注目すべき北海道演劇界のヒットメーカーと万人に認められた感がする。
 提案を一つ。小島以外の女性3役がWキャストであることを、もっと宣伝するべきだ。
 実は僕は最後まで上總と小林が出てこないので、終演後に初めて今回の芝居がWキャストであると知った。チラシにも札幌演劇シーズンのチラシにもWキャストであることは書いていないし、前説で納谷も触れなかった。
 帰宅後、カンパニーのホームページを見て、A、B2チームというよりは「石川VS小林VS廣瀬」とか「上總VS澤田VS生水」とか、少なくとも5通り以上の組み合わせであると知った。これを、「そういうわけなので、ぜひ再観してください」−に結びつけない手はない(観客にとって、ただ「再観してください」と言われるより、きっかけづくりになると思う)。
 つまり、「あっちこっち佐藤さん」が「あっちこっちどっちそっち佐藤さん」になるわけである。
 少なくても納谷は前説で、そのあたりに触れてPRするべきではないか。
 上演は9日(土)まで。
 札幌演劇シーズン2014夏については http://s-e-season.com/ をご覧ください。
posted by Kato at 19:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする