2013年12月31日

2013アワード・その2

 ◇シアターホリック「マイベスト」
 ▽「じゃぱどら!! 激情編 唐さんと岸田さん」のWATER33-39「少女仮面」(作唐十郎=1969年、岸田國士戯曲賞受賞作、演出清水友陽、1月12日(土)、シアターZOO)。見事なアングラだった。“正統派アングラ”とでも言おうか、唐のテイストの正統な継承と言おうか。ZOOがテント芝居の小屋になった。
 ▽劇団アトリエ「ザ・ダイバー」(共同脚本野田秀樹、コリン・ティーバン=2008年、演出小佐部明広、9月22日(日)、シアターZOO)。「ただ、そこに、その人が、ちゃんといる」ということを見せた。それだけで十分だ。アトリエは実力があるということをあらためて感じた作品。
 ▽札幌厚別高校演劇部「私の父(「中谷先生の娘たち」改題)」(作厚別高校演劇部、演出佐藤みきと、高島美玖、10月19日(土)、サンピアザ劇場)。上演時間60分。エッセーではなく、随筆の風合い。僕は現代詩作家荒川洋治さんの随筆で幸田文の随筆を知り、中谷宇吉郎の随筆を知った。エッセーではなく、随筆が大好き。随筆はすてきな生き方に伴う美しい佇まいを感じさせる。この芝居はまさに随筆だ。しみじみと、じわじわと、心に来る芝居。どうもありがとうございました。みんな、受験、就職、頑張ってください。顧問の戸塚直人はすてきな部員に恵まれている。
 ▽札幌座「ロッスム万能ロボット会社」(原作カレル・チャペック=20年作、翻訳千野栄一、脚色・演出すがの公、11月29日(金)、サンピアザ劇場)。高度資本主義社会の現代文明の行き着く先を描いた、まさに黙示録的な恐ろしい芝居。いま創造されることに大きな意味があった。
 ▽劇団アトリエ「汚姉妹(おしまい)」(作・演出小佐部明広、11月30日(土)、シアターZOO)。小佐部が創った「赤鬼」(作野田秀樹)とも言える。エグさがぐいぐいと胸に来る。姉妹が折に触れ歌う歌「泣いちゃ〜ダメさ〜いつも〜笑って〜楽しく生きよう〜(以上、歌詞)」がどこまでもやさしく、限りなくかなしい。愛おしい。
 ▽yhs「四谷美談」(原作四世鶴屋南北「東海道四谷怪談」=1825年(文政8年)初演、脚本・演出南参、12月1日(日)、コンカリーニョ)。“南参歌舞伎”第2弾 。劇中ツイッターが出てくるが、江戸の当時の「噂大好き」の庶民を連想させる表現として、とてもうまいもんだなあ、ぴったりのアイデアだなあと感心した。江戸も平成も、日本人は変わらないのね。
 ◇シアターホリック「殿堂入り」(再演作品対象)
 ▽劇団イナダ組「ライナス」(作・演出イナダ=03年初演、1月26日、札幌・コンカリーニョ)。心にとても痛い、そしてほろ苦い、イナダの名作。見終えると、やはり生きてることはいいなあと思える。
 ▽yhs「ヘリクツイレブン」(脚本・演出南参=11年初演、2月16日(土)、コンカリーニョ)。屁理屈といいながらも、実は論理的に緻密に構成された理屈の世界である。僕がかつて「十二人の怒れる男」を引き合いに出したのは、そうした意味だ。で、論理の世界がちゃんと笑える周到なコメディーになっている。
 ▽札幌座「春の夜想曲(ノクターン)〜菖蒲池の団欒〜」(作・演出・音楽斎藤歩=初演08年、2月17日(日)・18日(月)、シアターZOO、10年に「殿堂入り」選定)。劇中でチェリスト役の土田英順が語る、今回使われたチェロにまつわるエピソードも大きな意味があった。東日本大震災で被災し亡くなられた岩手県大船渡市の女性の遺品だとのことである。英順さんはずっとチャリティーコンサートを開いておられる。頭が下がる。
 ▽札幌座「霜月小夜曲(ノヴェンバーセレナーデ)」(作・演出・音楽斎藤歩=11年初演、7月21日(日)・8月11日(日)、シアターZOO)。「B面の人生」を生きているという実感。よ〜し、「B面の人生」を生き抜くぞ〜。「霜月小夜曲」は僕にとって里程標のような大切な愛しい芝居である。
 ◇シアターホリック「北海道演劇の宝」賞(09年に劇団北芸「この道はいつか来た道」のために特設した最高賞)。
 ▽札幌座「冬のバイエル」(作・演出斎藤歩=00年初演、観劇日1月16日(水)・26日(土)、シアターZOO)。もう20回ぐらい見て、授賞が遅すぎたくらいだ。そのたびに感想を書いて、書き尽くした感がある。02年の(札幌座の前身である)TPS+文学座提携公演(演目としての再演)を見て、請われて北海道演劇財団の広報誌(03年Vol.16)に「思いの入り込む余地」と題して書いた文章から、一部が抜粋され、04年再演時のポスターに使われた。その部分を再掲する。
 「さまざまな出来事があり、だが人生は堂々巡りのよう、それでも人は生きていかなければならない。チェーホフや小津安二郎の無常観を思い起こさせもした。そしてこの芝居は見る側に楽しませる自由さがあるのだと思い至った。極めて簡素な装置の中で演じられる抑制された物語が、実は限りない想像へ導くものだとあらためて感じ入った。」
 ▽劇団千年王國「狼王ロボ」(原作アーネスト・トンプソン・シートン、脚本・演出橋口幸絵=11年初演、2月2日(土)、サンピアザ劇場、11年に「北海道演劇の宝」賞選定)。橋口、君がいてくれて、北海道演劇は本当に豊かなものになった。ありがとう。
 ▽劇団北芸(釧路)さようなら公演「この道はいつか来た道」(作別役実、演出加藤直樹=98年初演、5月18日(土)・19日(日)、シアターZOO、09年選定=このカンパニーのこの作品のために「北海道演劇の宝」賞を特設)。1960年5月旗揚げの老舗劇団の、加藤さんと森田啓子さんによる「至芸」の二人芝居。私が無理を言ってお願いした、この「さようなら公演」をもって解散した。「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」(レイモンド・チャンドラー著「長いお別れ」での私立探偵フィリップ・マーロウの台詞、訳清水俊二)。お疲れさまでした。ありがとうございました。いつまでも忘れません。忘れられません。
 ▽札幌座Pit「ブレーメンの自由」(作ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー=71年初演、翻訳渋谷哲也、演出弦巻啓太、音楽斎藤歩=歌詞は戯曲にある、6月25日(火)・30日(日)、シアターZOO)。なんとも言えない後味の悪さ、違和感、嫌悪感、居心地の悪さ…。そして、それなのに、それらすべてを肯定してしまっている観客としての自分…。つまり、一言で言えば、「ブラボー!!」だ。上演時間80分。客演を含めみんなが良かった。代表して、弦巻と主演の毒殺魔宮田圭子に個人賞を贈る。
 ▽劇団千年王國 音楽劇「イザナキとイザナミ〜古事記一幕〜」(作・演出橋口幸絵=06年初演、作曲福井岳郎、美術杉吉貢、切り絵KIRIGAMIST千陽、衣装矢野あい、8月16日(金)、シアターZOO)。日本演出者協会主催「若手演出家コンクール2005」最優秀賞・観客賞W受賞作品。次々繰り出されるイメージ豊かな想像力=創造力の舞台。橋口によると、本作はこれがラスト公演。見逃された方はDVDをお買い求めください。
 ▽劇団千年王國「ローザ・ルクセンブルク」(作・演出橋口幸絵、作曲・馬頭琴演奏・喉歌嵯峨治彦、11月22日(金)、サンピアザ劇場)。今回も心地よく橋口に酔わされ、魅せられた。どうすれば観客が快感を得るか、彼女は心得ている。ありがとう、そして、ちゃんと元気なお子さんを産んで、僕たちをまた陶酔させてください。橋口と、ローザ役を演じ分けた坂本祐以、堤沙織、榮田佳子、村上水緒に個人賞を贈る。
 来年もどうか「シアターホリック(演劇病)」をよろしくお願いいたします。
posted by Kato at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月30日

前項・文字化けの直し

 前項、やはり恐れていたことが現実になって文字化けの嵐。
 「札幌厚別高校演劇部」は
 見た人がより前向きに受け止められる作品になっていたのではないだろうかということです。畑澤さんの執筆意図や、青森の高校が最優秀賞を受賞した際に全国大会の審査員の方々がどのような講評をしたのかはわかりません。ただ私たち3人の審査員の話し合いでは、以上のような講評になりました
 「戦場のピクニック」は
 「戦場のピクニック」は不条理演劇として有名な作品である。それに拮抗する不条理な現実として、連合赤軍の一連の事件はあったのだ。この風蝕版「戦場のピクニック」には、容易に解の出ない、永遠に考え続けなければならない問いを突きつけられた気がした。ある意味きまじめで、刺激的な舞台だった。
 です。
 明日も文字化け注意です。こればっかりは想定外なんです。
 ごめんなさい。
posted by Kato at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013アワード・その1

 2013年ももうすぐ終わる。今年も多くのすてきな芝居と出会えた。
 “独断と偏愛に満ちた”「2013アワード」を発表する。選考には10日以上かかった(実はこの“前説”部分を最後に書いている。それに、あす大晦日発表の、より高レベルの作品は選定は終えたが、まだ書けていない)。「日常のブログをまとめれば、それで済むんじゃないの?」と思われるかもしれない。でも、観劇から半年経てば濃くも薄くも、良くも悪くも思いが変わる芝居もある。見た当時のブログの記事はそれとして真実だが、きょう、この時点で1年を振り返ったうえでの思いを書く。昨年も書いたが、「その芝居よりはこの芝居」という相対的評価ではなく、「この芝居はいいな」という絶対的評価を大切にした。従って本数は多くなった。
 今年の観劇数は129本(同一作品の複数回観劇を含む)。昨年より25本減った。でも、この程度が私の体調では無理がなくてよいのかもしれない。観劇日の順に挙げていく。
 ◇シアターホリック「奨励賞」
 ▽劇団アトリエ「熱海殺人事件」(作つかこうへい=1973年初演、岸田國士戯曲賞受賞作、演出小佐部明広、観劇日1月12日(土)、札幌・レッドベリースタジオ)。このカンパニーは実力があるし、安心して見られるはずだったが、本作に限っては役者4人の力量の均衡が取れていなかったのが惜しまれる。力作だったのは確かだ。
 ▽ブロックプレゼンツ「売春捜査官」(原作つかこうへい=「熱海殺人事件」の別バージョンで、初演は不明、演出高橋聡、1月19日(土)、札幌・ブロック)。4役とも押し出しが強くて、力業を感じた。ただ劇団アトリエもそうだが、「つか芝居」としては(僕は同時代的に見てはいないが)何かがいまひとつ足りないのではなかろうか。やはり、役者をおだてたりすかしたり発奮させたり怒らせたりなだめたりの、つかの「口立て」を再現するのは難しいのだろうか。ならばいっそ、「つか芝居」の新たな創造を−と期待する。
 ▽劇団パーソンズ「楽屋」(作清水邦夫=77年、演出畠山由貴、2月23日(土)、札幌・ターミナルプラザことにパトス)。チェーホフの「かもめ」をおいしくいただいた“現代古典”ともいうべき、女優4人による名作中の名作(ウィキペディア「清水邦夫」によると、累計上演回数が日本一の作品らしい=出典や根拠は不明)。年に一本の新作を大切にしているふうの畠山が挑戦するとは意外だった。かつて見た「楽屋」はいずれもベテラン男性演劇人による演出で、女性、なおかつ20代の若さの女性演出版を見たのは初めて。軽やかな感性で、これまで見た劇中女優の怨念は薄かったが、“新味”を興味深く見た。この作品に挑戦したことは、今年のパーソンズにとって大きかったと思う。
 ▽NO LINE「情熱」(脚本青木吾朗、演出青木一平、青木吾朗、2月28日(木)、札幌・サンピアザ劇場)。初見のカンパニーだが、結成2年程度の第3回公演。メンバーのほとんどが“ミスター”こと鈴井貴之さんのクリエイティブオフィス・キュー所属のせいか、満席だった。年初に起きたアルジェリア人質拘束事件によく似た状況設定。それぞれのキャラクターが立った面白い芝居だったが、途中さまざまな紆余曲折がある割には、終盤は駆け足の印象。今後の劇作に期待する。
 ▽コンカリーニョプロデュース「消エユキ。」(作南参=yhs、演出ごまのはえ=京都・ニットキャップシアター、3月10日(日)、札幌・コンカリーニョ)。別れの季節であり、雪が淡く消えゆく3月に似つかわしい芝居。登場人物それぞれの心の内奥にまで土足で踏み込んでいくのではなく、淡彩色でデッサンした感じとでも言えようか。できるなら今度は南参本人の演出で見たい。南参が書く“毒”はやはり南参に演出してほしい。
 ▽ハムプロジェクト全体興行2013「サンキュウゴッド」(脚本・演出すがの公、3月17日(日)、コンカリーニョ)。開演前や幕間の役者たちによる出店、芝居で使われる大、小道具なども手作り感いっぱいで、まさに見世物小屋の復権。来年も気をつけて全国へ旅回りしてください。
 ▽サンピアザ劇場春の祭典2013高校演劇部門「伊達緑丘高校VS札幌厚別高校」、3月30日(土)、サンピアザ劇場)。同劇場での両校のバトルは今年で3回目。
伊達緑丘高演劇部「りんごの木」(原作後藤竜二、脚色影山吉則、演出寺沢英幸)。りんごの木と爺ちゃんと、人と自然の、恵みと生命の物語。出演者みんなが舞台上で生き生きと躍動していた。伊達緑丘高が創立30周年を迎えたのを記念に、10年前に先輩たちが全国大会に出場した作品を再現したとのこと。以前に北海道中学生演劇発表大会で登別明日中等教育学校が上演したものを見ており、この戯曲は胆振地方の学校演劇の財産なのかもしれない。こうした積み重ねで伝統はつくられていく。
札幌厚別高演劇部「河童」(作畑澤聖悟、潤色戸塚直人、演出白野実季)。共学高校のあるクラス、1人の女子生徒が全身緑色、頭頂には皿が載った河童になってしまった不条理を通じて「差別」を描く。これも昨年の北海道中学生演劇発表大会で登別明日中等教育学校が上演した。その審査講評についてブログで当時−畑澤さんの指導する青森の高校が全国大会で最優秀賞を受賞した作品です。今回の審査員3人(私も入っている)による話し合いでは、台詞も動きも一つ一つがはっきりしていて、役柄が生きている素晴らしい舞台との評価でした。ただ、できれば、こういう差別があるという問題提起から一歩先に話を進めて、ではその差別をなくするためにはどうしたらいいのかをまで、なにか提示してもよかったのではないかということでした。もちろん原作の戯曲に忠実に演じられた素晴らしい舞台でした。それは認めた上で、中学生のみんなが考える、かすかな「希望」の光が差すような芝居になっていたら(そのためには先生と相談して、戯曲に少し加筆し潤色する必要があったかもしれません)、見た人がより前向きに受け止められる作品になっていたのではないだろうかと
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箸任后Hĉ靴気鵑亮紘n嫂泙筺∪朕垢旅盥擦E罵ソ┥泙鮗ユ泙靴榛櫃冒換饌膕颪凌該紺漚諒タ垢❹匹里茲Δ聞嵒召鬚靴燭里ǂ呂錣ǂ蠅泙擦鵝左向き三角1燭聖笋燭\xC13人の審査員の話し合いでは、以上のような講評になりました−と書いたら、戸塚はそうした感じの潤色をしてきた。演劇素人の私にもわかりやすい、まず考えられるのはこの手だろうなという「希望」。ただ、それがどういうものだったかはあえて書かない。問題提起から一歩先に話を進めた「希望」への道筋は、もっともっと多様性、可能性があるのではないかと思うからだ。演劇の創り手はぜひ探っていただきたい。
 ▽実験演劇集団「風蝕異人街」の「戦場のピクニック 二人の女兵士と家族の肖像」(原作フェルナンド・アラバール「戦場のピクニック」=67年初演。劇場配布のパンフレットにのみ原作として、こしばきこうが劇作でヒントを得たという「二人の女兵士の物語」を書いた劇作・演出家坂手洋二の名が連ねられている、構成・演出こしばきこう、4月14日(日)、札幌・シアターZOO)。「戦場のピクニック」は何度も見ているが、さすがは風蝕というか、こしばは一筋縄ではいかない。原作に忠実ではない。「戦場のピクニック」+70年代初頭の連合赤軍による山岳アジトでのリンチ事件に材を取った坂手洋二「二人の女兵士の物語」である。悠長な戦場のピクニックと、オウム真理教との心理的相似性をも指摘された連合赤軍の事件が二重写しになり、場面が往還する。上演時間60分。芝居は混沌のうちに幕を閉じた。観客の多くはあっけにとられ、どう受け止めたらよいのかわからないといった空気が劇場内に漂った。僕もその一人だ。でもミスマッチだとは言えない。「戦場のピクニック」は不条理演劇として有名な作品である。それに拮抗する不条
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 ▽演劇ユニット イレブン☆ナイン ショートレパートリー「短いのん。」(作・演出納谷真大、6月8日(土)、サンピアザ劇場)。毎年夏の教文演劇フェスティバル(@札幌市教育文化会館)のメーンイベント、教文短編演劇祭で2010〜12年に3連覇したイレブン☆ナインが、短編コンペの“本場”である「劇王」(日本劇作家協会東海支部プロデュースで毎年2月、愛知県長久手市で開かれ、北海道からは前年の教文短編演劇祭の優勝カンパニーが翌年の「劇王」出場権を得る仕組みだった)にはどんな作品で挑んでいるのか、興味があった人は多かっただろうから、とてもいい企画。「劇王」に11〜13年に出品した3作と、11年の教文短編演劇祭優勝作品、さらに番外上演の計5本立て。
 1「オッツカッツ」(12年劇王\参加作品)〜2「失うモノを手に入れる」(13年劇王]参加作品)〜3「ひようりいつたい」(11年劇王[参加作品)〜4「アーユーレイディ?」(番外上演)〜5「俺はジャッジャー!!」(11年教文短編演劇祭優勝作品)。上演時間20分の短編演劇5本がぶつり、ぶつりと上演されるものだと思っていたら、照明がついたままで突如として始まった1の設定をベースに、2〜5へと物語がつながり、より大きな物語を形づくる。違和感なくスムーズで、芝居の「構成」というものに思いを至らされた。
 ▽劇団怪獣無法地帯「散ル 咲ク〜わらう花」(作・演出伊藤樹、6月28日(金)、ターミナルプラザことにパトス)。08年の教文短編演劇祭優勝作品「わらう花」を2時間に長編化。江戸情緒の漂う物語で、黒装束のコロスが芝居を引き締めるとともに、少女たちの美しさ、可憐さをいっそう引き立たせる。伊藤の女性ならではの繊細な美意識が光る。
 ▽intro「わたし−THE CASSETTE TAPE GIRLS DIARY−」(作・演出イトウワカナ、振付東海林靖志、映像・音楽Anokos、7月6日(土)、コンカリーニョ)。08年9月にコンカリなどで行われた「遊戯祭08〜太宰とあそぼう」に出品した、太宰治「女生徒」がモチーフの「5月1日」(脚本・演出イトウワカナ)を大幅に改訂した90分余の作品。ポップでシュールだ。ポップ&シュール。造語で「ポパンシュール!!」と叫びたい。登場するのは犬と、20人の女生徒。“彼女”らはそれぞれの名前の女生徒を演ずる上に、時として一つの集合体として、主人公である一人の「わたし」をも演ずる。
 起承転結とか序破急とかといった、くっきりした鮮明な物語はないに等しい。つまり、骨太、あるいは繊細な物語に没入したり、ある登場人物に感情移入して見たりということはなかなか難しい。時間も場所も、どこでもないどこか。どこでもいい、「いま、ここ」。つまり「いま、ここ」から過去と未来、生と死を照射した芝居だとも言えよう。そうした意味からも僕には、札幌劇場祭2012で作品賞を受賞した「モスクワ」と対を成す作品に思えた。「いま、ここ」から照射した過去と未来、生と死、見終えた後の全体的な後味…ワカナは「モスクワ」で自分が提起した大きなものに、自ら解をひもとこうとしたのではなかろうか。
 ▽ザムザ阿佐ヶ谷提携公演、寺山修司没後30年記念認定事業、実験演劇集団「風蝕異人街」の「新版『青森県のせむし男』〜肉の墓を背負って闇を歩く〜」(作寺山修司、構成・演出こしばきこう、7月14日(日)、札幌・アトリエ阿呆船)。寺山主宰の演劇実験室「天井桟敷」(1967年1月1日〜83年7月31日)の旗揚げ公演演目(67年4月18〜20日、東京・草月会館ホール)。寺山終生のテーマである母と子の血の因習、男女の性愛の情念、寺山の故郷である青森の土俗への愛憎が描かれる。風蝕が本作に取り組むのは4度目で、今回も新版と銘打ってはいるものの、想像以上にちゃんと“寺山していた”。パンティ&ストッキング&ガーターベルト姿のきゃぴきゃぴの女の子たちが踊りまくるといったいつもの過剰なお遊びはほどほどに抑え、むしろストイックにテーマを追い求めることで、寺山への熱いオマージュが感じられた。
 ▽劇団イナダ組「キカヌクスリ−女はそれを我慢できない。−」(作・演出イナダ=08年初演、7月28日(日)、コンカリーニョ)。独身女性フリーライターをめぐるウェルメードコメディー。イナダ組の過去2回の札幌演劇シーズン演目「このくらいのLangit」(2012冬)、「ライナス」(2013冬)と比べると、テーマもそれほどには重たくなく、気楽に見られる。観劇後に背負わされるものも、僕には前2作より軽い。
 ▽弦巻楽団「ユー・キャント・ハリー・ラブ!」(作・演出弦巻啓太=05年に他カンパニーに書き下ろし初演、9月28日(土)、コンカリーニョ)。「恋をしたことがない」大学のシェークスピア文学専門の英文学教授、奥坂雄三郎(おうさか・ゆうざぶろう、松本直人)の初恋をめぐるウェルメードコメでイー。「まっつ」健在、いっそうお元気で。
 ▽劇団新劇場「神露淵村夜叉伝(じろぶちむらやしゃでん)」(作石山浩一郎、潤色・演出菅村敬次郎、10月20日(日)、札幌・やまびこ座)。太平洋戦争末期の九州の小さな村を舞台にした、平和への熱い思いがこもった作品。ラストには希望が託されており、見終えた後味は良い。
 ▽三木美智代in実験演劇集団「風蝕異人街」の一人芝居「桜の園」(作アントン・チェーホフ、演出はクレジットがないが、三木&こしばきこうだと思われる、10月27日(日)、札幌・北海道文化財団アートスペース)。三木演ずる、最後には「桜の園」を手放してこの地を離れざるを得なくなる女地主ラネーフスカヤの一人芝居。戯曲に忠実に上演すれば2時間半はかかるだろうが、この日の上演は50分。深い読み込みに基づいた、エッセンスの凝縮された緊密な芝居だった。
 ▽じゃぱどら!!捧腹編「菊谷さんと安部」の劇団回帰線「最後の伝令」(原案榎本健一、脚色菊谷栄=1931年初演、演出西脇秀之、10月27日(日)、シアターZOO)。榎本健一とは「エノケン」の愛称で親しまれた「日本の喜劇王」。菊谷栄はエノケンの座付き作家として人気を支えたのだという。こうした喜劇の戯曲を探し当てた西脇の功績は大きい。ただ、原作通りかもしれないが、物語の始まりまでが、ちょっとくどい気がした。
 ▽劇団イナダ組「ジャンキー・モンキー・ベイビー」(作・演出イナダ、11月2日(土)、コンカリーニョ)。思いつく限りの犯罪という犯罪が出てくる物語。設定や舞台装置が劇団イナダ組「このくらいのLangit」(作・演出イナダ=02年初演、12年再演)を思い出させる。だが、そこにあったかすかな希望が、この作品にはない。見ていて胸が痛くなるばかりだ。ただ僕にはなぜか既視感があって、さほど驚きはしなかった。おそらく過去に見たアジア系映画とダブったのだろう。
 ▽じゃぱどら!!捧腹編「菊谷さんと安部」のWATER33-39「友達」(作安部公房=67年初演、演出清水友陽、11月7日(木)、シアターZOO)。不思議な芝居だ。見ながら考えるほどに、観客としての私の頭も混乱してくる。知らぬ間に勝手に、なにか割り切れない、居心地の悪い時間と場所に置いてきぼりにされた思いがする。でもそうされることを、私は決して嫌ではない。
 ▽座・れら「ベッカンコ鬼」(作さねとうあきら、脚色ふじたあさや、演出鈴木喜三夫、11月9日(土)、やまびこ座)。札幌劇場祭の大賞エントリー作品ということでもなければ足を向けなかっただろう、縁遠い気のする児童向けの民話劇。でも、さすがは「座・れら」、ちゃんと見せる。魅せられる。
 ▽コンカリーニョプロデュース「茶の間は血まみれ」(作弦巻啓太、演出イトウワカナ、11月9日(土)、コンカリーニョ)。今はないシアターユニット・ヒステリックエンドの座付き作家・演出家弦巻(弦巻楽団代表、札幌座ディレクター)の幼児期から現在までの半生を描く。ワカナ(intro)は「−ヒステリック−」の女優だった。実のところ、弦巻の半生よりも、弦巻の厳しい御尊父の人生を描いた方が面白くなったかもしれないなという思いはある。
 ▽劇団パーソンズ「私たちの賞味期限」(作・演出畠山由貴、11月16日(土)、ターミナルプラザことにパトス)。27歳、独身、漫画家の女性をめぐるウェルメードコメディー。現代女性の等身大の胸の痛みに、神話やファンタジーなどを持ちださず真正面から向き合い、真摯に取り組み、それを舞台化した作品というのは珍しいのではないか。劇団千年王國の橋口幸絵、introのイトウワカナとは物語性や演出法も全く違う札幌の女性演劇人“第三極”として、畠山には大いに期待している。
 ▽札幌市立篠路中演劇部「『パレード旅団』より」(作鴻上尚史=既成、代表生徒佐久間泉真=演出・出演、指導者長濱高雄、川村栄子、11月24日(日)、札幌市教育文化会館)。役者一人一人の個性が際立った、良い芝居だった。
 ▽札幌市立北野台中演劇部「上を向いて歩こう2013」(作竹生東・室建志、代表生徒中川愛花、指導者竹生東・久保田将樹、観劇日、会場は同上)。竹生東さんの「遺作」がこれほど切なく胸に染みる作品だったとは…。後から後から泣けてきてどうしようもない。
 ▽弦巻楽団「トワイライト」(作・演出弦巻啓太、11月25日(月)、シアターZOO)。 昨年から「劇団員」が所属する、真っ当な「劇団」にあらためてなったという弦巻楽団。弦巻得意のウェルメードなコメディーを期待していた観客には少なからず驚きだったのではないか。終盤にいくに従っての心理サスペンス。じわりじわりと効いてくる。弦巻作品としても、ある意味でエポック。
 ▽北海道舞台塾・シアターラボ士別「シング・シング・シング−あなたの夢かなえます−」(作・演出五十嵐直人、ドラマドクター東憲司=東京・劇団桟敷童子、12月22日(日)、コンカリーニョ)。オール・ハッピーエンドではなく、でも心温まる物語(この、さじ加減が難しい)。士別市朝日町・あさひサンライズホールの住民演劇に参加して10年という五十嵐の初めての作・演出作品。堂々たる作品だった。デビュー作とは思えない。ラストシーン、あっぱれ。
 ▽実験演劇集団「風蝕異人街」の「書を捨てよ、町へ出よう」(原作寺山修司=68年初演、構成・演出こしばきこう)。今年最後の観劇作品。刺激的な舞台だった。伝説の名女優堀紀代美と15年かかってようやく個人的に知り合えた。舞台にいるときより、背が小さい。それほど舞台にいるときは大きく栄える。かわいい。いっそう大好きになった。
 ◇道外カンパニーの道内公演賞
 従来はなにかの賞のところで「併せて道外カンパニーの道内公演賞も贈る」などとしてきたが、今回から項目を立てることにした。僕自身が備忘録として読みやすくするためだ。
 ▽Ort-d.d(東京)「わが友ヒットラー」(作三島由紀夫=68年作・69年初演、演出倉迫康史、3月9日(土)、シアターZOO)。静かな芝居なのに圧倒的。三島の端正かつ流麗な言葉が後からじわりじわりと心に来る。役者4人の声がいい。長台詞が多いが、まったく詰まるところなし。小劇場演劇のファンとして、少しは“着くずした感じ”の芝居の方が好きなのだが、本作に限ってはこの端正かつ流麗さがたまらなく良かった。2時間40分があっという間だった。
 ▽劇団東京乾電池「寿歌(ほぎうた)」(作北村想=79年、演出柄本明、3月26日(火)、シアターZOO)。日本演劇史上の伝説の戯曲が伝説となるであろう演出を得て北海道でさらなる伝説になった気がする。柄本とのアフタートークで北村に会えたのも幸せだった。この戯曲本来の持つ「ええかげん」さを具現化していたと、作家自身が鼓判を押した。
 ▽うわの空・藤志郎一座(東京)「ただいま!」(作村木藤志郎、演出村木・土田真巳、6月15日(土)、シアターZOO)。よくできた、うまく練られたドタバタ喜劇。大いに笑わせ、ほろっとさせる。作劇に、台詞や動きに、落語的な間合いを感じさせて、僕などには慕わしい。べとつかず、むしろ乾いた感じがよいのだ。
 ▽ムカシ玩具(おもちゃ、東京)舞香一人芝居「神々の謡(うた)〜知里幸恵の自ら歌った謡〜」(作・演出・舞台美術・出演舞香=09年初演、音楽・演奏・唄いわさききょうこ、6月21日(土)、シアターZOO)。アイヌ民族の口承文芸カムイユーカラ(神謡)をアイヌ民族として初めて文字に残し、ローマ字と日本語に翻訳して「アイヌ神謡集」にまとめた、今年が生誕110年の知里幸恵(1903〜22年)の生涯を描いた作品。舞香の熱い思いのこもった、めりはりの利いた「動」だ。10分間の休憩を含めて約2時間半、舞香が舞台狭しと軽快に動き回る。知里幸恵を中心に、彼女をめぐる様々な人たちをも演ずる。台詞回しが気持ちいい。演劇界では、良い役者の素養を大切な順に「一声、二顔、三姿」と言うが(歌舞伎の世界からきている)、子どもから大人たちまで(もちろん男女)を演じ分ける発声や声質にすっかり魅せられた。評伝ものの場合に陥りがちな、偶像崇拝にはなっていない。むしろ幸恵を、私たち“普通人”と同様な、喜び、怒り、哀しみ、楽しむ、一人の懸命に生きた女性として等身大に描くことに成功している。

 ▽弘前劇場(青森)「最後の劇場」(作・演出長谷川孝治、7月13日(土)、シアターZOO)。青森・弘前の夏、さまざまな“問題”を抱えた私立高校の職員室に地元の新聞記者安藤(永井浩仁)がぶらっと取材に来る。「素麺」(当ブログ2012年11月11日に記載)への長谷川なりの「返歌」である。そして私たちにあらためてさされた矢でもある。国歌、原発、ネット社会、本音と建て前−。それは私にとっては、この国がいよいよやばくなっていますよとの、東北からの意思表明に思えた。ブログで「この芝居については、後日ゆっくりと論じたい」と書いた。いま思えばなんのことはない。新聞記者を演じた永井が「素麺」では座敷童子を演じたことからの連想だ。つまり、被災地岩手に行った座敷童子が新聞記者の姿を借りて、青森に、生きている人たちがどんな生き方をしているかを探りに来たのがこの芝居だったのではないかということだ。そうした意味での「返歌」である。
 ▽劇団どくんご(鹿児島)「君の名は」(構成・演出どいの、7月20日(土)、札幌・円山公園自由広場特設“犬小屋”テント劇場)。戦後の有名なラジオドラマ「君の名は」を借りて、ほとんど自由に演じられるフリージャズ的な舞台だ。釧路湖陵高でのクラスメート五月うかをはじめ、暗悪健太、2B、石田みや、どいの、ほかが出演。いつも通り、物語らしい物語はない。エピソードがいくつも並んだ構成だ。ただ、イタリアの映画監督フェデリコ・フェリーニが紡いだような「詩」はある。存分に堪能した。肉体の素晴らしさ。発せられる、アドリブ満載の生きた言葉。まさにフリージャズ。これこそ唐十郎いうところの「特権的肉体」だ。
 ▽劇団視線(韓国)「嬖姫(ペヒ)〜王子を愛した2人目の后〜」(作・演出ホン・ランジュ、11月2日(土)、シアターZOO)。17世紀のフランスの劇作家ジャン・ラシーヌの「フェードル」を高句麗と北国を背景に再創作。腹違いの息子(王子)を愛した母親(后)のタブーを描く。女優たちが白装束で優雅に舞う姿が繊細で美しい。彼女たちが持ち、あおぐなどさまざまに使う扇は赤で、后らの心象風景を象徴して印象的だ。物語の過不足のない、それでいて暗喩に満ちた描き方、視覚的にも面白い舞踊が、見ている私の想像力=創造力を刺激した。
 ▽うわの空・藤志郎一座(東京)「水の中のホームベース」(作村木藤志郎=お父さまが旭川出身、演出村木・土田真巳=98年初演、11月16日(土)、シアターZOO)。10年余り前に東京・新宿「紀伊國屋ホール」で見た芝居との再会。落語的な間合い、この一座のこの面々でしか出せない味わい。寺山修司が書いた「野球とはホームベースという故郷に再び帰ることを目指す物語である」、野球=人生の望郷論という趣旨を見事に射抜いたすてきな物語。素晴らしかった。
 ▽チェーホフ劇場(ロシア・ユジノサハリンスク)「私の人生」(原作アントン・チェーホフ、脚色・演出ヴャチェスラフ・トィシューック=13年初演だと思う、11月22日(金)、シアターZOO)。チェーホフの小説(日本で出版されている題名は「わが人生」)を舞台化。「資本」と「教育」の特権を受けている若者ミサイールが専制的な父親の権力下から解放され、人生において自分の役割を見いだす物語。上演時間約80分。英国の俳優チャールズ・チャプリンの言葉−「人生はクローズアップでみれば悲劇だが、ロングショットでみれば喜劇である」。舞台手前にうずたかく積まれた本−権威の象徴である。ミサイールはそれを崩す。そしてその本はラスト近く、姉の腹の中の胎児にもなる。こうした小道具の使い方は見事だった。80分の中に人生が凝縮されていた 。
 ▽弘前劇場(青森)「素麺」(作・演出長谷川孝治=12年初演、12月7日(土)、コンカリーニョ)。札幌劇場祭2012大賞受賞作としての再演。去年は思わず僕も、道外カンパニーなのに「マイベスト」を贈った(後悔していないし、取り消しもしない。ただ、北海道演劇を顕彰する本ブログとしては今後は「奨励賞」「マイベスト」「殿堂入り」「北海道演劇の宝賞」を贈る作品は道内カンパニーに限らせていただく)。事実を静かに淡々と積み重ね、限定されたテーマへは持って行かず、観客の想像力=創造力を促す作品。その最上級の手本だ。
 「マイベスト」「殿堂入り」「北海道演劇の宝賞」は大晦日に発表する。
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2013年12月25日

シング・シング・シング−あなたの夢かなえます−

 久しぶりの更新は、まずは訂正です。
 前項5行目、「筆写」とあるのは「筆者」の誤りです。訂正します。
 なんとも情けない。まったく締まりがなくてすみません。

 北海道舞台塾・シアターラボ士別「シング・シング・シング−あなたの夢かなえます−」(作・演出五十嵐直人、ドラマドクター東憲司=東京・劇団桟敷童子)を12月22日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。オール・ハッピーエンドではなく、でも心温まる物語(この、さじ加減が難しい)。「クリスマスイブ・イブ・イブ」に、すてきなプレゼントを頂いた。
 就職活動に苦労する青年・沖田正樹(富田耕一郎)。ある日、さびれた鮎目商店街での就職が決まる。その商店街ではひとつのプロジェクトが進められていた。−あなたの夢、かなえます。そんな中、沖田は一人の少女(松村茉鈴)と出会う。「夢なんてかなわない、だったら無いほうがいい」。そうつぶやく少女に沖田は父(中岡辰見)の幻想を見る。「お前は何がしたいんだ」。誰かの夢のために、自分の夢のために奔走する商店街の面々。聞こえてくるジャズの名曲(「シング・シング・シング」)に沖田は幼いころの夢を見る。
 士別市朝日町・あさひサンライズホールの住民演劇に参加して10年という五十嵐の初めての作・演出作品。それにしては堂々たる作品だった。もちろん東のアドバイスによるところ大に違いない。そして出会ったのが東であったことは、五十嵐にとって幸いだったのではないか。
 私は劇団桟敷童子のファン。初めて知ったのはもう6、7年前になるだろうか、東京・井の頭公園での唐組(唐十郎)の上演前に紅テントに並んでいたとき、チラシを頂いた。看板女優(と書いていいのかどうか)板垣桃子さんのきりりとした顔が印象的なイラストだった。そのチラシを一枚見た瞬間、「見たいな」と思った。いい芝居を打つ劇団だと確信した。ようやく念願かなったのは2010年の7月、「蟹」(同年8月6日に記載)。まだ工事中の東京スカイツリーを見ながら、墨田区・すみだパークスタジオに行き、初見した。やはり、いい芝居だった。小屋の中でやる“テント芝居”とでも言えばいいか、いくつも仕掛けがあって、池があったり天井から水が流れたりしていた。ラストはどわーっという開放感。ずっと、注目している劇団だ。初見の際にアンケートに答えたので、いまも毎回、案内状を頂くが、なかなか行かれない。でも、チラシだけでよだれが出る。
 閑話休題。本作は言葉遊びが面白い。「シング・シング・シング」ってジャズの名曲はもちろん承知していたが、沖田の就職先が「寝具店」とは(この原稿を書く際に、最初に「しんぐ」とパソコンで打って変換したら「寝具」になった)。しかも店名が「遊眠」で、店長(田渕浩義)は看板に「ユーミン」と宣伝していて、「ユーミン」=松任谷由実の事務所と勘違いして入社したマドンナ(渡辺友梨)もいれば、私のように野田秀樹がかつて主宰した「夢の遊眠社」を思い起こす方もいるだろう。
 商店街は「あゆめ」で、少女の名は「あやめ」。あゆめ商店街のプロジェクトは「あ、夢」という「あなたの夢かなえます」というもの。ラストは舞台奥の商店街セットが左右に割れて、一面にアヤメが咲き誇っている中に少女あやめちゃん−。この開放感は東譲りだね。
 脚本がよく練られていて、でも演技は良い意味でそれぞれの人となりの「素」を生かしている。実は、泣けた。最初に書いたが、「クリスマスイブ・イブ・イブ」の贅沢な贈り物だった。
 出演はほかに深川富美子、佐藤百合子、鈴木晴彦、佐藤雄輔、松井大紘、柳澤和美、高橋愛佳、庄司美由紀、水島稔、砂原有紀。
 終演後、旧知のあさひサンライズホールプロデューサーの漢幸雄さんにお願いして、東さんにごあいさつさせていただいた。少年のような純粋で真っすぐな方とお見受けした。1964年生まれということは学年が一緒かな。
 劇団桟敷童子は札幌えんかんで招かれているようだが、私は入会していないので見ていない。ぜひ手打ち公演もしていただきたいな。
 すてきな舞台をありがとうございました。みなさん、お疲れさまでした。
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2013年12月09日

やっぱり僕は書いておく

 特定秘密保護法が12月6日(金)、成立した。
 この法律のことはさっぱりわからなかったのだけれど、7日(土)朝刊の朝日新聞の1面の署名記事が僕にはわかりやすかった。
 朝日新聞社には無断の一部引用だけれども、連帯としてお許しいただきたい。
 筆写はゼネラルエディター兼東京本社編成局長杉浦信之さん。

 どんな組織にも公開できない情報はあり、日本にはそれを守らせる法律も現にある。しかし、新たな法律は@秘密の範囲を際限なく広げA官僚や政治家の都合のいいように秘密を指定できるようにした。さらにB秘密を扱う人たちのプライバシーの把握は家族にまで及びC秘密の指定を監視する独立した機関もない。

 成立したけれど、この文章を読んで、やっぱりやばい法律だと思った。
 この法律をなくする運動に参加します。
 加藤浩嗣
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素麺、2013年のビーンボール

 弘前劇場(青森)「素麺」(作・演出長谷川孝治)を12月7日(土)、札幌・コンカリーニョで見た。札幌劇場祭2012大賞受賞作としての再演。良かった。詳しくは2012年11月に書いた。衝撃だった。
 本作についていろいろ伺う中で長谷川といっそう親しくなって、招待状を頂くようになった。今回は、娘さん2人を大学、高校生に育て上げた、釧路湖陵高校の同級生を誘った。学年一の美人だ、った女性だ。
 19時半から1時間40分。琴似は雪が降っていた。
 彼女と一緒に飲んだ。
 「すごく自然で面白かった。まるでドラマみたい」。彼女は言った。
 僕は虚を突かれた。2013年のビーンボールだ。
 「ドラマのよう」というのは、演劇界では「しょぼい」ということなのだという前提が僕にはあった。
 それが、高校時代は「田原俊彦さん命」、いまは「木村拓哉さん命」の彼女には自然だったのだ。彼女には、演劇とは「劇団四季」的な発声はっきりカンパニーの印象があったらしい。
 学年一の美人、なはずの(卒業してから30年経ったけれど、僕はそう思う)女性との貴重な時間。何ものにも替え難い。
 弘前劇場さま、ありがとうございました。
 
 
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2013年12月04日

千年王國が3度目の大賞

 札幌劇場祭2013(8回目)の公開審査会・授賞式が3日(火)、キューブガーデンで開かれ、大賞に劇団千年王國「ローザ・ルクセンブルク」(作・演出橋口幸絵)が選ばれた。審査員7人が持ち票5票で計16票を獲得した。劇団千年王國の大賞受賞は09年の「贋作者(ガンサクモン)」、11年の「狼王ロボ」と飛び飛びで3度目。
 特別賞は、企画賞にコンカリーニョプロデュース「茶の間は血まみれ」(作弦巻啓太、演出イトウワカナ)、演出賞にyhs「四谷美談」(脚本・演出南参)。ほかの最終候補作品はチェーホフ劇場「私の人生」、弦巻楽団「トワイライト」。
 新人賞は演劇集団遊罠坊(あそびんぼう)「逢ノ国」(作・演出IJIN)。
 観客投票によるオーディエンス賞は、星の総合計最多の「ホームラン賞」が劇団千年王國、星の平均値最高の「首位打者」にVoice Works Vivo Theatrical Music Class。審査員奨励賞に劇団パーソンズ。
 −と、酔いと老眼に苦労しながらパソコンに向かいましたが、間違っていませんか?
 ここからは打ち上げ取材などの裏話−。
 今年も審査員の方々はご苦労なさったようです。
 昨年は弘前劇場(青森)「素麺」、intro「モスクワ」、座・れら「不知火の燃ゆ」の出来が際立って良くて、まずその3作が出てきたから、その中から選ぶという感じだったのだけれども、今年はそれだけ胸を打つものがなくて、前項で私が書いたように「大賞は該当作なしにしてはどうだろうか」との声が一部で出たとも聞きました。でも考えてみると、公開で点数を付けるのだから、そこで審査員の7氏が0点だなんて、逆の意味での談合だよねえ−。
 ということで、おそらく今後はよほど声の大きい人がいない限り、「該当作なし」はないでしょう。
 あと、アートを専門にする審査員が入ったので、その点では厳しい見方になるでしょう、とも。
 私としては本命的中だけれどもその他さんざんで、複雑な心境です。
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2013年12月02日

札幌劇場祭2013・公開審査会結果公開予想

 札幌劇場祭2013の公開審査会・授賞式が3日(火)18時半からキューブガーデンで開かれる。それを前に今年もちょっとした遊び心で、審査結果を予想してみることにした。ただし私が見たのは演劇のみ16本、うち新人賞はエントリー作を1本しか見ていないので予想できない。
 大賞の最終候補作は例年5本なので、それを踏襲して私が観劇した順に5本挙げる。
 私個人からの授賞は1年間を通した「2013アワード」として30、31の両日に発表するので、これはあくまで審査員諸氏の投票動向についての私なりの占いである。
 うわの空・藤志郎一座「水の中のホームベース」、劇団千年王國「ローザ・ルクセンブルク」、札幌座「ロッスム万能ロボット会社」、劇団アトリエ「汚姉妹(おしまい)」、yhs「四谷美談」の5作。
 これに、座・れら「ベッカンコ鬼」、劇団パーソンズ「私たちの賞味期限」、チェーホフ劇場「私の人生」などが絡んでくるかもしれない。一方で毎年、人形劇が1本は挙げられるから、今年も5本すべてが演劇にならない可能性は大いにある。
 本命には劇団千年王國を挙げる。橋口幸絵はやはり見せ方を心得ている。
 対抗は難しいが、札幌座としておく。すがの公の制作したロボット人形120体で、米映画界のアカデミー賞になぞらえれば、美術賞とか視覚効果賞、衣装デザイン賞などもありかもしれない。
 大穴は、まさに好みの分かれるだろう作品ということで、劇団アトリエにする。小佐部明広が言うところの「ダークできついお話」は審査員諸氏にはどういう評価を受けるだろうか。
 また、うわの空・藤志郎一座は巧みなウェルメードコメディーで札幌に存在感を示し、yhsは新たな分野への進出の気概を十二分に発揮したと言えよう。
 ところで例年思うのだが、09年に審査会が公開になって「大賞は該当作なし」という選択肢もあるのだろうか。
 私が審査員を務めた06年の第1回から08年の第3回までは非公開審査で、08年は「大賞は該当作なし」、特別賞の作品賞にTPS(現・札幌座)「秋のソナチネ」という結果だったのである。
 公開審査会でエントリー関係者が一堂に会して「大賞は該当作なし」だったら、ちょっと力が抜けるだろうしなあ。
 さて、公開審査会までもう24時間。本当に楽しみだ。
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四谷美談

yhs「四谷美談」(原作四世鶴屋南北「東海道四谷怪談」=1825年(文政8年)初演、脚本・演出南参)を12月1日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。
 私がくくるところの「南参歌舞伎」第2弾。2012年3月上演の前作「プリンセスチェリー」は同じ鶴屋南北の「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」を現代の高校に舞台を置き換えリメークしたが、今回は時代を江戸から現代に置き換えたうえ、民谷伊右衛門(小林エレキ)を武士から歌舞伎役者に変え、妻の祝(曽我夕子)は美しかったとするなど、物語の構造を一部生かしつつ登場人物の関係性などを大胆に改作した。
 本作の魅力はとにかく伊右衛門役のエレキと、伊右衛門のライバルである歌舞伎役者佐藤与茂七を演ずる能登英輔が発する男の色気に尽きるのではないだろうか。歌舞伎役者という設定が巧みで、多少のオーバーアクションや見えを不自然に感じさせない。
 それにしても思うのは、伊右衛門の義父(祝の父)である歌舞伎役者(故人)の付き人だった按摩・宅悦を演じる宮沢りえ蔵の確かな存在感。彼の出演する芝居は私にとっては外れたことがない。そのなりきり方はどこか、東京の演劇界で引っ張りだこの秋山菜津子を連想させる。どなたかから伺った記憶があるが、彼女は映像の仕事に取りかかれないほど芝居に出ずくめだそうだ。札幌の演劇界も、そうして食べていけるようになればいいな。
 先に書いたとおり、原作とはけっこう違い独自色が濃いので、本作で歌舞伎にご興味をもたれた方は後から原作の映像化などをご覧になるのもよろしいかと思う。
 楽日2日(月)は19時半開演。
posted by Kato at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする