「恋をしたことがない」大学のシェークスピア文学専門の英文学教授、奥坂雄三郎(おうさか・ゆうざぶろう、松本直人)は、ある日、ラジオから聞こえてきた気象予報士、冬樹里絵(曽我夕子)の声に「恋」をする。初めての感情に戸惑う奥坂は、これまでの学説も持論も放り投げ、ひたすら「恋」に向かって暴走する! 助手である姪(山川瞳)や教え子(上西佑樹)までも巻き込みながら…。果たして、奥坂の遅すぎる初恋は、成就するのか?!(以上、チラシに一部加筆した)。出演はもう一人、里絵の友人の出版者女性編集者に山田ともる。
弦巻が2005年にリアル・アイズ・プロダクション(札幌)に書き下ろし演出し、レッドべりースタジオで初演。07年に「リアル−」に演出し、札幌市教育文化会館小ホールで再演。今回が3演目で「弦巻楽団バージョン」としては初だ(私も今回が3観目だが、07年に「ユー・キャント−」とか「リアル−」などを英語で書いたら文字化けして驚いたので、今回はカタカナで書かせていただく)。
弦巻得意のウェルメードコメディー。シェークスピアの戯曲からの的確な引用が多いが、知らなくても読んでいなくても見ていなくても全然大丈夫。芝居の中で小さなきっかけとか伏線とかがうまく張られていて、あらためて弦巻の劇作は巧みだなとつくづく思わせる。
以前に、ファーストキスを目指す初デートには映画「許されざる者」(オール北海道ロケ。絶賛公開中)の観劇はお薦めしないと書いたが、そうした意味ではこの芝居などよいのではなかろうか。小中学生には現在進行形の、私など中年には過去形の思い出としての「初恋」が、きっとぴかぴかしてくる。「許されざる者」を見るのは、この芝居がきっかけで「初恋」が「本恋」になった一週間後がお薦め。
「ヨミガタリストまっつ」こと松本は不動の主役だが、やはり戯曲から想起されるイメージにぴったり(もともとが松本への当て書きらしいから当然か)。実はこの大学教授役は松本がもっと年齢を重ねてもずっとできるだろうなあと思う、というより、もう少し加齢してからこそがいっそう面白くなるのではないかとひそかに期待している(私は小樽出身の名優・中村伸郎=故人=の顔を思い浮かべている。例えば、私は残念ながら見ていないが、東京・渋谷の今はなきジャンジャンで週一ペースでロングランした「授業」(作イヨネスコ)とかをね。そういえば「ユー・キャント−」は「授業」をもどこか感じさせる…コメディーと不条理演劇との違いはあれど)。
ほかの4人もうまくはまって、今回もすてきな芝居になった。特に印象的だったのは山川。狂言回し的な役柄だが、むやみやたらに“自家発電して発光”しすぎることなく、むしろ抑え気味(こうした役柄が“自家発電して発光”して浮いて、結果、芝居全体を低水準にしてしまう場合がけっこう多い。もちろん演出家の責任だが、舞台上では役者の持ち味が試される)。でも観客をしっかり笑わせ、座をもり立てると同時に引き締め、その上に主役の2人を引き立てるという、なんとも難しい役を巧みにこなしていた。これまでの弦巻楽団では、どうして印象に残らなかったのか不思議なほどだ。それが「脇役」としてのうまさ、妙味ということだろうか。
楽日29日(日)は14・18時開演。