2013年03月27日

福岡の高崎さん、ありがとうございます

 高崎大志さん、コメントをありがとうございます。
 ブログに送信していただいての公のことなので、ブログで返信して公にいたしますね。
 泊篤志さんのOrt-d.d推薦文に対しての私の文章は、今になって読み返すと、48歳としては大人げなかったかなとも思います。そして札幌演劇界の創り手の思いとしてのようにも受け取れる書き方をしたのは、あきらかに私の誤りでした。札幌の演劇関係者からは、だれ一人として反応がありません。あったと言えば、見る側、つまり観客側から「その通りだ」という賛同が2人ばかり。そのうちの1人は東京在住で、よく札幌にも見に来る観劇仲間で、Ort-d.dのホームページ上でチラシを読み、「これは札幌の観客の気に障るかも」と思ったそうです。
 ただ、札幌に住む一人の芝居好きとして私があの推薦文を読んだ場合、泊さんは「申し訳ない」とことわっておられましたが、やはり「札幌ウケしそうにない」と言われてしまうと、札幌、広く言えば北海道内の観客の好奇心が否定されたように思ったのです。つまり、札幌の演劇の創り手というより、札幌、北海道の観客はその程度のものだと。三島由紀夫の芝居になんか興味がない、受け止められないと。その、上から目線とも思える、演劇の受け手、観客としての民度≠フ決めつけられ方に対して、私はあの項目をあえて書いたのです。
 私は北海道演劇財団が管理・運営するシアターZOOの幹事も務めさせていただいております。シアターZOO提携公演「リゼット」に全国の劇団から公募をいただいて選考するのですが(原則、毎月1カンパニー。劇場代金などが割安になります)、その時に「札幌ウケ」するかどうかということは実はあまり考えません。ただ「良い芝居を見たい」というだけです。見たことのない、関西と九州のカンパニーが上演希望の月で競合したりしますから、資料や公演のDVD映像などをもとに、ある意味では自分自身が見たいカンパニーの方を推すのです。一般幹事は6人、プラス、財団の専務理事、ZOOの支配人、全員がそうかどうかはわかりませんけれども。でも、きっとそうなのでしょう。だからOrt-d.dが選ばれたのです。
 そして、そういう具合に「ええかげん」(前項「寿歌」より。失礼して拝借しました、いい言葉なので)に選んだカンパニーにもかかわらず、帯広市とかからもJRに片道2時間乗って宿泊込みで見に来てくださる方がいらっしゃるのです(Ort-d.dが果たしてそうした観客を獲得したのかどうかはわかりかねますが)。福岡と北九州というライバルの政令指定都市がある九州とは、その点では違うでしょうね。
 私の返信もこのあたりにしたいと思います。つまり結論としては、道産子観客としてのプライドが傷つけられたことを訴えたかっただけでした。つまらない男です。
 泊さんにお話されると思いますので、よろしくお伝えください。
posted by Kato at 09:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寿歌

劇団東京乾電池「寿歌(ほぎうた)」(作北村想=1979年、演出柄本明)を3月26日(火)、札幌・シアターZOOで見た。日本演劇史上の伝説の戯曲が伝説となるであろう演出を得て北海道でさらなる伝説になった気がする。北村もアフタートークを兼ねて見に来ていて、戯曲本にサインを頂けた。伝説の生まれる現場にいられて良かった(ただのミーハーです)。
 核戦争後。全てが瓦礫となった廃墟の世界。旅芸人のゲサク(西本竜樹)とキョウコ(角替和枝)がリヤカーを引いて歩いてゆく。空には今でもミサイルが飛び続けている。そこに「乞食のような」ヤスオ(柄本)が現れ…。
 この芝居は私にとって思い出深い戯曲である。見ていなかったという一点において。見よう見ようと思って生では見ていなかったという一点において。ゆえに、死ぬまでに見るべき日本演劇史に残る芝居を、それも素晴らしい演出でまた一つ克服したというのが実感だ。みなさんにとってはつまらないことだろうが、私にとっては重いのだ(これで「演劇病」がいっそう深刻になるのか少しは直るのか、どっちなのかはわからないが)。
 1984年、私が早稲田大学に入学したころ、東京の小劇場演劇界はまさに「寿歌」一色だった。当時あった情報誌「ぴあ」によれば、下北沢・本多劇場を初めとして首都圏7カ所ぐらいでアマチュアからプロ劇団までが同時に上演しているといったしだい。時あたかも、NATO軍とワルシャワ条約機構軍が戦略核を角突き合わせて、本当に限定的な核戦争が起きるんじゃないかと世界的に不安だった時代。当時の西ドイツの緑の党をはじめ、西欧における反核運動もこのころが始まりだったんじゃないだろうか。
 で、私は例によって「まだまだやっているさ」ぐらいの感じで、同じく核戦争後を描いた鴻上尚史の第三舞台などをもっぱら見ていた。そうするうちに時がたって、もう大学卒業が近くなって(ちゃんと4年で卒業しました)、そのころには「寿歌」の「ほ」の字も見ることはなかったのだ。あの、「どこでも『寿歌』」はブームだったのだろうか?
 ただ戯曲は、貴重な自家製版のような本をすでに手に入れて読んでいた。一読して魅せられた。全編にわたる「ええかげん」さにだ。何度も何度も読んで、3人の配役をいろいろ考えたりしていた。だから、WATER33-39主宰の清水友陽くん(昨年4月から兼務で札幌座ディレクター)が日本の近現代の名作戯曲を上演する「じゃぱどら!!」をプロデュースし始めた当初から、「『寿歌』をやってよ」とねだり続けている(いま清水くんは講師を務めている劇団ひまわりで「寿歌」公演をやっているようだ。すみません、シアターZOOに尋ねれば、詳しい上演時間などがわかるかもしれません)。
 私の「寿歌」オーディションは厳しかった。なんせ一度も見ていないのに、戯曲は繰り返し繰り返し読んでいるから、想像が膨らむばかりなのだ。2012年1月に新国立劇場でシスカンパニーが堤真一、戸田恵梨香、橋本じゅんの3人で上演した。案内が来たし、第三舞台解散公演を見るために上京するので、ついでにそれを見ることもできたのだが、この配役はなにか違うなあと思ってパスしていた。結局WOWOWで見たが、やっぱり違った。かっこ良すぎるのだ。核戦争後に生き残るのが、かっこ良いあの3人じゃ、あまりに私などぼんくらは切なすぎる。
 で、今回の東京乾電池版。これは!!と思った。なにより、かっこ良くない(えもっちゃん、角替さん、すみません)。だから身近だ。堤のように二枚目も、戸田のようにかわいこちゃんも出てこないから、自分のこととして見られる。私はまず配役にうなった(2年前の東京初演は柄本は出演していないそう)。
 この芝居は昔から、ヤスオがヤソ、つまりキリスト教に関係ある人ではないかという視点から劇評されてきた。柄本の演出はそれを、それ見たことかと現出する。ヤスオは白い衣装で頭には茨の冠をかぶって、だれが見てもイエス・キリストそのままの姿なのだ。もう過去の、そうした劇評は当たり前のことですよ、そこは当然のこととしてここから先を見てくださいとでもいうように。その明からさまがすごい。
 そして、そうした演出からこそはっきりと見えてくるのは、キリスト教のもとにおけるヨーロッパ文明の行き詰まりだ。現代におけるおおかたすべての行き詰まりは、キリスト教文化における欧米文明の行き詰まりだということを如実に見せる(ここで、ラストのキョウコの台詞「モヘンジョ・ダロは雪やろか」が生きてくる)。柄本の演出は、これまで「乞食のような」存在としてしか暗示されなかったヤスオをイエス・キリストその人と明示することによって、ある意味で現代文明の批評の域に達している。これは、この受け止めは、私にとっては新鮮だった。
 終演後の柄本と二人のアフタートークで、北村は私が思っていたよりも気さくな方だった。
 80年代の核戦争の危機や1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災と、大きな事件・事故、危機に直面するたびに、(演劇人が演劇人としての良心によって)公演申請が増えること。でも、そうしたこと(テーマ)は北村の執筆動機の本質ではない旨を話された。もともとは辞書を机の左側に置き、2日間で書き上げ一文字も直さなかったとのことである。そして今回の東京乾電池公演は、この戯曲本来の持つ「ええかげん」さを作家としてあらためて思い直した、良い出来であると話された。人間、より厳密に言えば権力は秩序を保つために戦争をするもので、秩序と秩序の対立が戦争なのだと。秩序がない「ええかげん」であれば、戦争は起きないとも。
 そうか、そうなのか、と思った。もともと「人間はええかげん」ということでいいのだと。
 シアターZOOを出て、深川市の演劇評者松井哲朗さんとススキノで飲んだ。良い芝居を見た後はいつも二人でうまい酒を飲む。
 松井さん曰く「『寿歌』の観劇は4回目だけど、柄本さん、相当書き直してないかい?」。それほど、今回の芝居は素晴らしかったという。
 私も書き直したと思った。それほどに良い出来だった。素晴らしかった。飲み屋で戯曲を読み直す。でも、唐十郎「少女仮面」の引用を含めて、おそらく全てが戯曲の通りである。素晴らしい戯曲が素晴らしい演出を得た見本のようなものだったのだ。
 「柄本さんもみんな、相当、舞台で遊んでたもね、それが良かったんだよ。あそこまで遊んだ舞台はそうそうない」と私。
 「あ、そうか。いままで見た『寿歌』はやっぱり『核』にとらわれていたからなあ」と松井さん。
 そうなのだ、演劇関係者が「テーマ」を伝えようとすればするほど、見る私などはやるせなく逃げるしかなくなる場合がある。たとえば倉本聰さん。これはまたいつか書くこともあるだろう。
 そういえば、もとは北村の劇団にいて、現札幌座の旧TPSに入ってきた高田則央くんはいまごろどうしているかなあと思う夜更けである。もうすぐ夜明けだ。
 27日(水)は15・19時(北村のアフタートークあり)、28日(木)は19時開演。3回ともヤスオ役は柄本に代わり血野滉修。
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2013年03月24日

消エユキ。

 コンカリーニョプロデュース「消エユキ。」(作南参=yhs、演出ごまのはえ=京都・ニットキャップシアター)を3月10日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。
 元マネージャーの店長(町田誠也)と元演歌歌手の妻景子(榮田佳子)が経営するスープカレー店「キエユキ」。ここでアルバイトをしながら劇団を主宰している水本(彦素由幸)が店内で、次回公演に向けたミーティングを招集した。だが水本と大学からの付き合いの大塚(織田圭祐)は、自ら劇団を旗揚げすると言っていち早く抜ける。やがて就職活動中の大学生の劇団員らも次々に辞めていくと言いだし…。
 南参の本であるし、榮田、彦素、小林エレキ(水本の先輩で、タレント活動もしている別の劇団主宰者役)と、私の好きな俳優が出ている芝居なので、感想はその日のうちに、帰宅直後にさささっと書けるものだと高をくくっていた。
 それが、前日9日に見たOrt-d.d(東京)「わが友ヒットラー」がどっかと心の内に居座ってしまっていて、いままで的確な言葉が浮かばないままになっていた。以前、年末の「アワード」で書いたように、それぞれの芝居は絶対評価をしようと思っていた私なのに…こんなことってあるんだなあ、ほんとに。自分でもちょっとした驚きだ。
 閑話休題。この芝居について。
 別れの季節である3月、雪が淡く消えゆく3月に似つかわしい芝居だと思った。登場人物それぞれの心の内奥にまで土足で踏み込んでいくのではなく、淡彩色でデッサンした感じとでも言えようか。
 南参と言えば、私などには「しんじゃうおへや」「忘れたいのに思い出せない」といった渾身の力作真面目系や、一方で目いっぱい脱力した「オレタチ(コントユニット)」「ヘリクツイレブン」といったコメディーが思い浮かぶが、本作はそのどちらでもない、いわば無力系に挑んだのではないかという気がする。
 そして無力的なもの、無力感、無気力、そうしたものを描くのは、渾身力系とか脱力系を描くのより、部外者が想像する以上に実は難しいことではなかろうか、とも思ったものだ。
 戯曲を手にしていないからト書きにあるのかどうかわからないが、ごまのはえは劇場空間をいっぱいに使って役者を歩かせ、走らせ、自転車をこがせた。そうして、描くのは難しいだろう無力系をなんとか舞台に現出させた。さぞ力業だったことだろう。
 その結果、芝居全体を覆う無力感が確かに伝わってきたからこそ、ラストの水本が景子に言う台詞がよく生きる。ほかの芝居ではあまり感じることのない、淡くもろそうだが、確かな一歩を踏み出す場面である。不思議な感慨をもたらす芝居だった。南参の新境地でもあろうか。
 ただ欲をスープカレーになぞらえて言わせていただければ、いまひとつのコクはあってもよかったかなとも思う。上演時間75分程度がもう少し長くなってもいいから。
 思い出すに、やはり不思議な感触だった。おかわりしたい味わいだ。
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2013年03月13日

札幌演劇界について、ちょっと一文

 前項「わが友ヒットラー」関連で、ちょっと一文。
 別に書かずに済ませてもいいのだろうけれど、「わが友ヒットラー」のチラシに載っている飛ぶ劇場(北九州)主宰の泊篤志さんの推薦文について、札幌演劇界が馬鹿にされたようでもともと気になっていたのが(部外者なのに)なんだか日が経つにつれていよいよ腹が立ってきたので、あえて書いておく。
 チラシの泊さんの推薦文、全8行から前半3行分を抜粋する。
 「Ortが札幌公演をするって聞いて驚いた。勝手なイメージで札幌ウケしそうにないからだ。そんな事を言って札幌演劇界のイメージを決めつけちゃうのは申し訳ないんだけど、でも、Ortの芝居は、まあ、わりとマニア好みなのだ。真面目だし。何といっても今回の演目は『わが友ヒットラー』だし。三島だし」
 泊さんはintroのイトウワカナさんの作品監修などで札幌滞在も長かった、あるいは来札回数も多いと思うのだが、札幌の演劇界についてはこの程度の認識に過ぎなかったのか…ということ。
 札幌では1年もいれば、シェークスピアからチェーホフから、三島、泉鏡花、岸田國士、別役実、清水邦夫、太田省吾、井上ひさし、寺山修司、唐十郎、つかこうへい、北村想、野田秀樹らの作品のどれか3本は見られる(私なりの観劇実績として)。2年いれば8本は見られるかもしれない。もちろん、挑むカンパニーの水準はさまざまで、出来、不出来はあるが。
 でも、自らの新作公演のほかに、これだけ古典から近現代の戯曲に挑戦するカンパニーがある演劇界は、東京のほかにはあまり思いつかない。
 それに、単なる自己満足のマスターベーション公演でもなく、各カンパニーの固定ファンに加えての集客もある。
 「真面目」なものを好む「マニア」がちゃんといるのだ。
 そこで、勝手にお願いする。
 泊さんにおいては、今後もし札幌演劇界で作品監修などすることがあるならば、「初見の人がワーイと喜ぶ感じの芝居」(推薦文4行目。三島の「わが友ヒットラー」はそうではない感じの旨と続く)だけではなく、ぜひ「真面目」な「マニア」向けの作品も監修していただきたい。
 「マニア」は待っています。
 ちなみに私は直接、泊さんを存じ上げないので、どなたかお知り合いの方がいらっしゃれば、こんな「演劇病」患者がこんな戯言をほざいていましたよと、密告していただいてかまわないです。
posted by Kato at 22:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

わが友ヒットラー

 Ort-d.d(東京)「わが友ヒットラー」(作三島由紀夫、演出倉迫康史)を3月9日(土)、札幌・シアターZOOで見た。素晴らしかった。圧倒的だった。静かな芝居で、後からじわりじわりと心に来る。非の打ちどころがないとは、こういう芝居のことを言うのだろう。
 ナチス党内で実際に起きた粛清事件「長いナイフの夜」を下敷きに独裁者の誕生を描いた、三島の1968年の問題作。アドルフ・ヒットラーに三村聡、エルンスト・レームにスズキシロー、グレゴール・シュトラッサーに八代進一、グスタフ・クルップに村上哲也という配役。
 なによりまず4人の声がいい。三島ならではの流麗な台詞がよどみなくすーっと入ってくる。長台詞が多いが、まったく詰まるところなし。私は小劇場演劇のファンとして、少しは“着くずした感じ”の芝居の方が好きなのだが、本作に限ってはこの端正さがたまらなく良かった。
 大向こう受けする動きなどはないが、的確な演出もあってのことだろう、とにかく説得力抜群。休憩を挟み2時間40分の長尺だが、あっという間だった。淡々として、決して“劇的”な部分があるとは言えない物語に食い入り、見終えた後には思わず「ブラボー!」と叫びたくなった(カーテンコールがなかったので、かなわなかったが)。
 私はこのカンパニーのことを知らなかったが、丹念で目配りの利いた演出も見事で、尋常ではない稽古に裏打ちされた、実力がものすごい高レベルのカンパニーであることがわかった。
 ZOOの、通常なら観客席のところから奥まで白い床の細長い舞台が設えられており、主に芝居はそこと、本来は観客席のところで演じられる。で、我々の観客席は白舞台の両サイド。もともと90人キャパの小さな劇場なのに、ああした贅沢な使い方をしているから、50席ぐらいしかなかったのじゃないかしら。満席。
 必要最小限の照明も良かった。白舞台の中央底から照らすのと、天井からの本当に少ない照明。これだけ暗さを生かした、というか暗い時間の方が多い芝居というのも、そうそうないだろう。だから、時折役者に光が当たる、というか光のあるところに役者が行くと、その人物の内面が浮き彫りになる感じがした。
 後から気が付いたのだが、チラシには私の大好きな風琴工房主宰の詩森ろばさんが推薦文を寄せている。なんだか詩森さんとも近くなった気がした。
 ネズミちゃん(かなあ、あれは。ハムスターではなかった)可愛かったなあ。
 そして、やはり三島ならではだろう、男のエロスを感じた。
 見るべき芝居である。楽日10日(日)は15時開演。本当に、私が手放しで褒める芝居はそうそうない。でも、本作は数少ないそうした一本である。
posted by Kato at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする