2012年12月31日

2012アワード・窮余の策で作品名だけ

 なんでこう消えるかなあ。長文を書いていたのに。
 風蝕異人街さんの忘年会に呼ばれて(カンパニーからは二つ目、会社などつごう四つ目)、23時には帰って来たのに。
 「奨励賞」よりよっぽど書いていたのに(備忘録としても貴重)手元に残っていた情報だけを伝えます(観劇順)。
 ▽シアターホリック「マイベスト」
 yhs「プリンセスチェリー
 座・れら「不知火の燃ゆ」
 「もしイタ(題名を略しています)」=札幌のWS中学生
 同演目=十勝管内清水町立中 劇団クリオネ
 弘前劇場(青森)「素麺」
 intro「モスクワ」
 ▽シアターホリック「殿堂入り」(再演作品対象)
 劇団イナダ組「このくらいのLangit」
 演劇ユニット イレブン☆ナイン「天国への会談」
 札幌座「アンダンテ・カンタービレ〜歩く速さで歌うように〜」(2011年選定済み)

 札幌座「瀕死の王さま」
弦巻楽団「果実」(09年選定済み)
 ▽シアターホリック「北海道演劇の宝」賞
 TPS(2012年4月以降札幌座)「亀、もしくは…。」
 劇団北芸(釧路)「この道はいつか来た道」(09年に、このカンパニーのこの演目のためにこの賞を創設)
 詳しくは年が明けてから、ですかね。
 いや〜心が安まらないさ。
posted by Kato at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012アワードのごめんなさい

 ごめんなさい、「2012アワード」として書いていたものを一切、消してしまいました。

 修復には数日かかると思います。
 まあ、個人ブログだから気にしていないだろうと思いますが…。
 本当にごめんなさい。
posted by Kato at 03:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月29日

2012アワード

 予定より1日早いが、“独断と偏愛に満ちた”「2012アワード」を発表する(これから年内最後の出社で、午前2時まで仕事なので)。
 12年の観劇数は154本(同一作品の複数回観劇含む)で前年より36本減った。
 選考には数日かけたが、今年も授賞作品の本数は多くなった。文化部演劇担当時代は紙幅も限られているので相対的評価で「これよりはこれがいい!!(ということにしよう!!)」と割り切っていたのが、06年にブログを始めてからというもの、だんだん増えている。先に書いた相対的評価が、最近は「これはいい!!!」という絶対的評価に変わっているのが原因だろう。
 でも、それはそれでいいんだろうな、と思っている。複数の審査員により一本を選出するコンペティションでもなく、言い訳めくが勝手に私が自身の備忘録的に選んでいるだけだし、札幌で上演された作品の7〜8割は見ているはずだが、そもそも勤務の都合などで見られなかった作品もあるからだ。つまり毎年末に選ぶアワードは、私なりの各年の区切り、けじめだと思っている。
 シアターホリック「奨励賞」から。観劇順に挙げていく。
 北海道教育大岩見沢校演劇研究会「班女」(作三島由紀夫=新潮文庫「近代能楽集」所収、演出仙頭沙也加、観劇日2月10日(金)、同校・大音楽教室)。三島を読み込んで斬新な解釈を施した芝居。その手際に目を見開かされた。
 北海道舞台塾公演シアターラボ・intro「言祝ぎ」(作・演出イトウワカナ、ドラマドクター畑澤聖悟=青森・渡辺源四郎商店、3月11日(日)、札幌・コンカリーニョ=以下、特記しない限り札幌)。これまでは戯曲より演出で才気を感じさせたワカナが、静かな物語の中に奥行き、深みを感じさせた。
 じゃぱどら!!(プロデューサー清水友陽=WATER33-39)地区大会「岸田さんと鏡花さん」・WATER33-39「天守物語」(作泉鏡花=1917年、演出清水友陽、3月18日(日)、シアターZOO)。引き締まった舞台。高い舞台の床や真正面の獅子頭が真っ白、演ずる女優たちも真っ白な着物で、真っ黒な壁のZOOに映えた。女優陣が奮闘。中塚有里の大胆な変身に驚く。
 札幌厚別高校演劇部「修学旅行」(作畑澤聖悟、潤色戸塚直人、演出曾根田愛、3月31日(土)、サンピアザ劇場)。畑澤が青森の高校演劇部顧問として作・演出し、05年の全国高校演劇発表大会で最優秀賞を受賞した作品。名作に安住せず、痛いところを的確に突いた潤色が良かった。いかにも「演技してます」という“高校演劇臭”が感じられず、配役もばっちり。
 劇団アトリエ「学生ダイアリー」(作・演出小佐部明広、5月26日(土)、シアターZOO)。2015年5月の札幌の大学を舞台に、夢も希望も確かな人生設計も持てない時代=つまりは今でもある=の若者たちの閉塞感がよく描かれていた。
 文化庁・公益社団法人日本劇団協議会主催、日本の演劇人を育てるプロジェクト・新進演劇人育成公演「輪舞−ロンド−」(原作アルトゥル・シュニッツラー、脚色・演出橋口幸絵=劇団千年王國・札幌座、7月2日(月)、シアターZOO)。19世紀ウィーンの原作を現代の札幌に置き換え、男女各4人が繰り広げる恋愛模様(ほとんどが不倫)。小説を演劇化した橋口の手さばきが巧みだった。“道東出身議員”小林エレキの演技には笑えた。
 演劇ユニットLAUGH LAMP(ラフランプ)2012夏の会「わらうかどにワ」(作岩田雄二、演出LAUGH LAMP、7月15日(日)、キューブガーデン)。漢字ではない、平仮名書きの、やさしい気持ちになる芝居。奇をてらわず抑え気味に淡々と紡がれる物語に、確かな生の温もりがあった。
 劇団どくんご(鹿児島)「太陽がいっぱい」(構成・演出どいの、7月22日(日)、円山公園自由広場特設“犬小屋”テント劇場)。例により、さしたる物語やストーリーはない、まさに身体と言語からなる“芝居”“見せ物”そのもの。今回は舞台上で手作りのシーソーに男女が乗ってバランスを取り、その向こう、円山公園の林の下の高い物干し竿に、ズボンの下に仕込んだ竹馬に乗っているのだろう、五月うかが洗濯物を干す−なんて、美しくて夢を見ているかのようだった。
 コンカリーニョプロデュース「歯並びのきれいな女の子」(作・演出イトウワカナ、監修泊篤志=北九州・飛ぶ劇場、8月3日(金)、コンカリーニョ)。豪華な舞台美術(足立高視)。10年5月の泊演出版よりキャスティングがはまり、動と静のメリハリがよく利いていて新鮮だった。
 WATER33-39「昨日明日協議会」(作・演出清水友陽、8月25日(土)、ATTIC)。私が大学時代に構内の演劇博物館で読みふけった日本の「不条理演劇」の第一人者・別役実をほうふつとさせた。会話の一つ一つが執拗なほどに念入りに緻密に組み立てられていた。
 yhs結成15周年記念公演「つづく、」(脚本・演出南参、9月7日(金)、コンカリーニョ)。東日本大震災と原子力発電所事故で“廃虚”となってしまった、されてしまった福島県への南参のメッセージだったと思う。ただ実は体調不良で、この芝居の伝えるものをすべてはうまく受け止められなかったのが今年の観劇で最大の不覚。機会があれば再演をと願う。
 笑の内閣(京都)「非実在少女のるてちゃん」(作・演出高間響=1983年、日高管内出身、岩見沢西高演劇部出身、9月17日(月)、シアターZOO)。児童ポルノ漫画などは18歳未満の性的犯罪を助長しかねないので規制を厳しくするという、憲法の「表現の自由」に抵触しかねない東京都の青少年健全育成条例改正案に反対し、都内の劇場から上演拒否されたということで楽しみにしていた。コメディーだが予想外に生真面目だった。アフタートークゲストの山口二郎北大大学院教授いわく「私が講義するより、この芝居1本見てもらっただけで、民主主義とはいかなるものかを学生にわかってもらえると思う」。
 米倉斉加年らの一座・海流座「父歸る」(作菊池寛、演出米倉、10月21日(日)、シアターZOO)。冒頭、米倉の立ち姿、この絵の見事さに尽きる。新劇の魅力を再発見した。いや、新劇の魅力を感じたのは初めてかもしれない。
 実験演劇集団「風蝕異人街」の「星の王子さま」(作寺山修司、構成・演出こしばきこう、10月21日(日)、アトリエ阿呆船)。戯曲を読んだ者の目としては、橋口幸絵が演出した03年4月のTPS(現札幌座)公演よりも、ラストのメタシアターや登場人物たちのエロさ、寺山独特の“粘液”べっとり−など1960年代を感じさせた(9年前のTPSは観客層のこともあり、風蝕版までのエロさなどの表現は控えたのだろうといまにして思う。言葉を換えれば、抑制が効いていた)。
 劇団パーソンズ「CRY WOLF!」(脚本・演出畠山由貴、11月10日(土)、ターミナルプラザことにパトス)。目配りが全体に行き届いていて、綿密で無駄な時間のない周到に練り込まれた戯曲。カンパニーとしての今後の課題は役者陣の演技の底上げだろう。
 実験演劇集団「風蝕異人街」プロデュース「身体詩劇−ダンサーのための無言劇『水の駅』〜孵化する女たち〜」(作太田省吾、構成・演出こしばきこう。当日配布のパンフレットでは「ダンサーたちの無言劇」、11月11日(日)、シアターZOO)。昨年の野田秀樹、本作など、毎年毎年、伝説の舞台への挑戦には頭が下がる。本作ではおびただしい数の衣服や靴が舞台床に置かれたことで、少し具象的なグロテスクさを帯びてしまったかもしれない。ダンサーの踊りは無条件に素晴らしかった。来年もええっ!! これを!!という驚きの舞台を期待する。
 北翔舞台芸術3年目・4年目公演「隣りの男」(作岩松了、演出村松幹男=北翔大教員、シアター・ラグ・203代表、11月14日(水)、ポルトホール)。岩松作品独特の不穏な空気感が村松の手堅い演出で堪能できた。注目すべき学生俳優との出会いもできたし、うれしい限り。いっそうの精進を!!
 劇団千年王國「火盗人(ひぬすびと)」(作・演出橋口幸絵、11月17日(土)、シアターZOO)。ZOOでもこういうことがしちゃえるんだという発見。役者5人が舞台狭しと駆け回る、身体性を最大限に生かした芝居の魅力。
 劇団怪獣無法地帯「THE Lady・Blues 〜彼女に何が起こったか?〜」(作・演出渡邉ヨシヒロ、11月22日(木)、ブロック)。アーティスティックさに酔える伊藤樹作品、おばかさんテイスト満載の棚田満作品の間を行く“第三極”の面白さ。おばかさんを丁寧に生真面目に演出したことで、コメディーとしての水準がワンランクもツーランクも上がった。
 札幌市立中央中「ミッション・E」(作森山奈緒子=顧問創作、指導者森山・川原憲、代表生徒横山梨花、11月24日(土)、札幌市教育文化会館小ホール)。「わざわい」が起きて少子化が極まった時代に、さまざまの思いが込められたキーワード「E」(こういう戯曲での「わざわい」という平仮名へのこだわりが私などにはうれしい=「北海道中学生演劇発表大会」では事前に審査員に戯曲が送られてきて、それを読んで臨むのだが、ここだけの話、誤字、脱字、また高校演劇作品を転用したことに伴う変換漏れなどが多い。作品の評価はあくまで舞台上で演じられたものだけれども、もっと言葉に気を使ってほしいなとも思う)。私たち現代人は心してかからねばならない。なんといっても象の造形の素晴らしかったこと!! あの瞬間は今年の観劇で一番の清々しさではなかったろうか。この戯曲は出演者として中高生に大人を交えて演じられてもよい水準にあると思う。このテイストなら、演出はハムプロジェクト&札幌座・すがの公あたりだろうか。
 札幌座「デイヴィッド・コパフィールド」(原作C・ディケンズ、翻訳中野好夫訳より、構成・演出清水友陽、12月2日(日)、シアターZOO)。19世紀の英国を舞台にしたディケンズの自伝的要素の強い長編小説(全64章)を時間をかけて念入りに舞台化。3時間40分の当初バージョンをぜひ見たい。
 演劇ユニット イレブン☆ナイン「サクラダファミリー」(作・演出納谷真大、12月9日(日)、札幌市教育文化会館小ホール)。なんといってもラストのラスト、ある重要人物が声の限りに叫んだ真っ裸な台詞。芝居自体をぶっ壊して、それゆえにこそ、この芝居は破綻をはらみながら私の心に響いた。
 シアターホリック「マイベスト」「殿堂入り」などは31日(月)に発表します。
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2012年12月24日

前項「隣りの男」で注意

前項「隣りの男」で宇野を演じたのは田崎康平くんなんだけれども、パンフレットの字をそのまま打ったら出ないようですね。
 パンフレットでは「崎」は大の部分が「立」です。
 こういうことって、新聞紙面でもよくあります。
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2012年12月22日

隣りの男

 観劇から1カ月以上も経ってしまったが、やはり備忘録的にも書いておくべき芝居だと思い、書くことにした。北翔舞台芸術3年目・4年目公演「隣りの男」(作岩松了、演出村松幹男=北翔大教員でシアター・ラグ・203代表)を11月14日(水)、札幌・ポルトホールで見た。
 共働きの宇野(田粼康平)と八千代(丸川由希)の夫婦はしょっちゅう、隣家の竹田(川口岳人)が営む眼鏡店に出入りする。合い鍵まで持っているのか、訪問は時間に限りなく深夜のこともあり、それは端から見ても尋常ではない。竹田は2階の空き部屋に間借り人を募集し、ある日、宮地(佐々木茉莉)がやって来る。どうやら宇野夫婦は曲がり角にあるらしい。というのも、八千代と竹田は夜を共にしたことがあり、宇野もそのことに感づいているらしいのだ。宇野夫婦と竹田の綱渡りのような微妙な三角関係の行方は−。
 岩松作品独特の不穏な空気感が村松の手堅い演出で見事に表現された舞台だ。川口の大学生らしからぬ落ち着いたうまさはかねて見知っていたが、本作で田粼と丸川を発見した。特に田粼は腹に一物を抱えたやくざな、それでいて小心者の宇野を実に巧みに生きていた。私としての今後の注目株だ。
 それにしても北翔大の舞台芸術の芝居は装置も音響も照明もプロの一流どころばかりで、いつも驚くばかり(おそらくスタッフワークも学生たちに実践を通して教えているのだろう)。ちょっとした劇団のレベルを遥かに超えている。ここから素晴らしくすてきな演劇人が羽ばたくことが楽しみでならない。
 川口くんへ。ブログのコメントに案内をくれた12月10日(月)の芝居、行かれなくてごめんなさい。私も松井哲朗さんも、リゼット2012大賞を決めるシアターZOO幹事会があってうかがえませんでした。リゼット大賞については1月中旬に発表解禁の予定です。
 また「シアターホリック(演劇病)2012アワード」は今月30日(土)、31日(日)の2回に分けてアップする予定です。その前にも観劇などして書くべきことができたら、書きます。
posted by Kato at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月13日

前項書いたリゼット応募要件に関わる訂正、再説明とお詫び

 前項、10日(月)付「サクラダファミリー」の後段に書いたリゼット応募要件について、シアターZOOの平田修二代表幹事(プロデューサー)から「シアターZOO幹事の『総意』と誤解を招きかねない」とのご指摘を受けましたので、ここで訂正し、あらためて説明させていただきます。
 「新たなユニット結成公演としてリゼットに応募してくださっても、受け付けかねます」、また「札幌圏内のカンパニー審査は、幹事がDVD審査でなく、実際に見ているだけに厳しい」「たとえばこの芝居をシアターZOO幹事招待→審査対象にしていただければ、2014年度以降の候補対象にできていたはずです。今後もその方針のはず」と書いたのは、一幹事にすぎない私の完全な勇み足でした。シアターZOO幹事会(合計8人)としてはこのような結論に至った話し合いは持っておらず、従ってこのような決まり事はありません。
 3カ月ほど前に開かれた、2013年度のリゼット応募カンパニーの選考幹事会で、カンパニーとしての演劇公演がまったくないところよりは、実績があり、劇団プロフィールもしっかり書かれていたカンパニーが結果的に選ばれたことから、それを私が勝手に拡大解釈して書いてしまいました、というのが実情です。
 また、シアターZOO幹事を招待することがリゼット公演カンパニーに選ばれる“近道”ということは一切ありません。
 リゼット募集、選考については北海道演劇財団のHP内にあるシアターZOOのページに明記されていることがすべてです。
 ということで、当ブログのこのリゼット応募の件に関する後段部分は、今後も心してブログを書き続ける私の自戒のためにあえて削除することはしませんが、全面的な訂正と捉えていただいてかまいません。
 関係者の皆さま方には誤解を与えてしまい、大変申し訳ありませんでした。お詫びいたします。
posted by Kato at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月10日

サクラダファミリー

 演劇ユニット イレブン☆ナイン「サクラダファミリー」(作・演出納谷真大)を12月9日(日)、札幌市教育文化会館小ホールで見た。
 東京スカイツリーが見える桜田巌(75歳=以下、数字は劇中はっきり示されて私が確認できた年齢のみ。納谷)家。同居して22年の妻である33歳下のキヌエ(小島達子)と娘、三女のマツコ(女子大生、塚本智沙)が住む。“同居して”などとあえて書くのは、過去にいっぱい女がいたようだからだ。
 2012年の大晦日、巌は息子、娘たちを「全員集合〜!」と、今は亡きいかりや長介さんばりに集める。長男ハルオ(杉野圭志)、次男ナツオ(39、江田由紀浩)、三男アキオ(本吉純平)、四男フユオ(31、大川敬介)、長女ウメコ(31、上總真奈)、次女タケコ(石川藍)、それに彼ら彼女らの家庭の人や恋人たち(川井“J”竜輔、明逸人、児玉由貴、小林泉、生水絵理、廣瀬詩映莉=本当は当日配布のパンフレットに配役表が書いてあるとありがたいんだけれどな)だ。
 そこで巌が告げたのは桜田家のきょう、大晦日限りの「解散」。桜田家が解散? 実は7人きょうだい、みんな、腹違いだった…。それにそれに…という物語。
 奇抜な設定だけれども、ありだと思う。産みの親より育ての親とも言う。こういうの、全然ありだ。
 納谷の芝居はいつも通り、うまいを超えてのべたべたなんだけれども、本作はほかの人への演出の抑制が効いていて、良かった。
 本筋とは関係ない出演だけれども、巌が社長と呼ぶ酒店店主(窪井響)も芝居に静けさをたたえて一服の妙、良かったのではないだろうか。
 終幕に従っての二転三転は納谷、さすがに本の転がし方がうまい。見事だ。ただ、これで終わっちゃなあ…と思っていたところ…。
 ラストのラスト、ある重要人物が声の限りに叫ぶ。叫び続ける。ああ、また近年のイレブン☆ナイン的な、涙を拭った後のほほ笑みというか、良かった良かったというものをお持ち帰り的に用意しての終わり方か、というものをぶっ壊して、それ以上に芝居自体をぶっ壊して、叫ぶ。それが心に響いた。
 人と人とがつまらなくもつながり続けるということ、どうしようもなく一緒に生きてしまっちゃうということ、こうしたことは納谷も私も同世代だから、日活ロマンポルノ映画を見ているはずだからわかっていると思っていた。それが本作ではラストのラストにぼろっと出てきて、その真っ裸の言葉の一点で、この芝居は私の心に生きた。
 「3・11」の後、絆を確かめたくて、確かめてもらいたくて、事実婚から正規に籍を入れての結婚が増えているという(例えば、夏木マリさんなど)。うがった見方をすれば、そうした人と人とのどうしようもないつながり、つながってしか生きられない人々を描いた佳作だとも言えよう。
 ごめんなさい、これを読んでくれている中学生のみなさん。あなたたちはすぐには見られないかもしれないけれども、いまの日本映画を支えている大御所の映画監督は、ほとんど男性と女性の愛の営みを素晴らしく描いた日活ロマンポルノというジャンルの映画を作っていたのです。はっきり言えばエロです。でも、女性が主人公の素晴らしいエロです。保護者の方とご相談の上で、DVDなどでご覧くださいね(私が中学生の頃には、矢追純一ディレクターによるUFO特集の後に、脈絡なしに日本人女性が金星人来襲として裸で踊る日本テレビ系の「11PM」なんていう素晴らしい大人向けの深夜テレビ番組があって、親の目を隠れて見ていたけれども、いまはそんなお馬鹿な番組はないし、想像力が貧しいねえ。子どもにエロをちゃんと伝えていない大人の責任大)。
 あと、相変わらずの「おせっかいおじさん」として石川藍さん(同一人物だと思うので)に申し上げると、女性だけの新たなユニット結成公演としてリゼットに応募してくださっても、受け付けかねます。リゼットはシアターZOO幹事が責任を持って、実績のあるカンパニーの芝居を見ていただくべく、全世界から選んでいるからです(実際の本公演の出来には外れもありますが。特に札幌圏内のカンパニー審査は、幹事がDVD審査でなく、実際に見ているだけに厳しい)。
 ですから役者、ユニット結成者が一緒ならば、たとえばこの芝居をシアターZOO幹事招待→審査対象にしていただければ、2014年度以降の候補対象にできていたはずです。今後もその方針のはずで、よろしくご検討をお願いいたします。
 きょうは弊社校閲部の忘年会(新聞休刊日)のため、更新が遅くなりました。申し訳ありません。
posted by Kato at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月06日

中村勘三郎さんを悼む

 歌舞伎だけでなく、幅広い分野で縦横無尽にご活躍された俳優中村勘三郎さんが12月5日(水)に亡くなられた。享年57。早すぎる死だ。
 私は一度だけ酒席をご一緒させていただく機会に恵まれた。文化部演劇担当だった2003年9月2日(火)のことだ。
 演出家・俳優の串田和美さんによる長期合宿型ワークショップ「串田ワーキングin北海道」3年計画の2年目、「コーカサスの白墨の輪」のプレビュー公演が札幌市教育文化会館で行われた。以下に劇評を書いておく。
2003/09/05 (金) 北海道新聞 夕刊
<ステージ>串田ワーキングin北海道「コーカサスの白墨の輪」*自由な発想飛び交う音楽劇
 演出家・俳優の串田和美がプロ、アマの役者と三年で芝居をつくる「串田ワーキングin北海道」二年目のプレビュー公演。ベルトルト・ブレヒトの戯曲英語版を池田幸子が翻訳、串田の構成・演出・美術・出演、朝比奈尚行の音楽による音楽劇だ。自由奔放、闊達自在なイメージが奔出する。
 札幌では観客を舞台に上げ、奥の壁を除く三方をコの字形に囲む中で演じられた。モンゴルのホーミーの歌声に似た役者のハミングが溶け合う中、吟遊詩人(朝比奈)がノートパソコンを手に、コーカサス地方に伝わる昔話を吟詠して各場面につなぐ。
 グルシャ(藤田るみ)は知事の使用人。兵士シモン(斎藤歩)との婚約日、知事殺害の反乱が起き、彼女は知事夫人が保身のため置き去りにした息子ミカエルを抱いて逃げる。多くの困難を切り抜け、世も平和になるが、ミカエル(串田十二夜)の養育権は裁判ざたに。酔っ払いで収賄常習の裁判官アヅダック(串田和美)はグルシャと夫人に、白墨で描いた輪の中に立つミカエルの手を取り、輪の外に引き寄せた者が勝ちだと言う。
 兵士の武器や円形舞台の囲いにもなる木の棒、雪の滴を表現する舌打ち−。造り込んだセットがない代わりに、あらゆる身近なものが効果的な装置だ。縦に立ち並んだ男六人が両肩の上に担ぐ二本の竹ざおを朽ちたつり橋に見立て、グルシャが六人の肩の上を歩き渡る場面など、観客の想像を刺激する仕掛けが随所にある。
 一人が複数を演じる役者の動きは一見野放図だが無駄はない。一人ひとりが自覚的だ。中盤、アヅダックが裁判官に就く経緯を省略するにあたり、芝居の枠を取り払った脱線調に驚くが、これこそ三年かけて自由な発想で芝居をつくるワーキングの真骨頂でもあろう。回数を重ね、こうした荒削りさ、破天荒さがなくなると寂しい。芝居にとって“完成”とはいかなることか、試演会であり予告編でもあるこのプレビュー公演で、あらためて考えさせられた。(加藤浩嗣)
 ◇2日、札幌市教育文化会館小ホール(6日(土)に富良野市・日赤の森=荒天時は演劇工場、8日(月)に上川管内朝日町サンライズホール、13日(土)から15日(月)まで東京・笹塚スタジオ内笹塚劇場=仮=で)
 ちなみに串田十二夜というのは串田さんの当時入学前の息子さん。シェークスピア「十二夜」に由来する、すてきな名前ですね。
 この上演中、後ろからげらっげらっげらっと、いかにも楽しそうに笑う声がした。振り返ると、勘三郎さんが真後ろにいらっしゃった(当時はまだ勘九郎)。驚いた。「コクーン歌舞伎」演出の盟友串田さんから招待されたのだろう。でも勘三郎さんともあろう人が、札幌まで“未完成”の試演会を見に来るとは…。なんとフットワークの軽い方だろうと思った。
 終演後、平田修二札幌座(当時はTPS)チーフプロデューサーら主催者の方々と近くの居酒屋に打ち上げに行った。そこで私は勇気を出して、勘三郎さんに試演会のご感想を尋ねた。それを大切に温め、串田ワーク2年目のすべての日程が終わった後の総括記事で紹介した。以下の通りだ。
2003/10/20 (月) 北海道新聞 夕刊
面白い芝居へ重ねた下書き*「串田ワーキングin北海道」2年目終了*富良野で念願 野外公演実現*来冬の本番へ意欲
 演出家・俳優串田和美がプロ、アマの俳優と三年で芝居をつくる「串田ワーキングin北海道」の二年目が終わった。串田は「二年間積んだスケッチ、下書きを大切に、面白い芝居をつくりたい」と、来年十二月からのベルトルト・ブレヒト作「コーカサスの白墨の輪」本公演を構想している。
 富良野、札幌両市と上川管内朝日町で計一カ月余のワークショップ(体験講座)後、その三市町と東京で九月に「コーカサス−」をプレビュー公演。富良野ではかがり火、たいまつをたく念願の野外公演を実現した。
 「焼き物でいえば、い型を使ったものは一見立派。だけどやっぱり粘土から練って時間をかけたい。お客さんにも、芝居をつくるプロセスを見るのは面白い、何かを模索し続けることが『表現』だと通じたのでは」と手応えを語る。
 札幌公演を見た友人の中村勘九郎も「すてきな役者が一級の演出家を得て子どもになり、一つのものに向かった素晴らしい学芸会。演劇の原点、神髄を見ました。僕も『平成中村座』を北海道でやりたい」と感激していた。
 来夏の道内合宿後、本公演は串田が館長兼芸術監督を務める長野県松本市新市民会館の開館記念として十二月に開幕。道内や新潟、北九州、東京などを回る。著名俳優の出演が予想される一方、試演会ゆえの型破りさが薄れかねないジレンマは串田自身が承知だ。
 「本公演となれば失われるものがあるのは、もうどうにも仕方がない。『商品』にしなくちゃならない面があるわけだから。でもこの二年間、丁寧に下書きを重ねてきたのは大きいよね」
 「串田ワーキング」は本公演後、松本などに拠点を移して続けることも検討中だ。「九州に北海道からも人が来て、などと続けば、地方での芝居づくり活性化につながる。そのためにも、来年夏の北海道でのワークショップを全国から見に来てほしいね」と夢を膨らませる。
 −以上。
 「学芸会」という言葉をひょいと持ち出して肯定的に使うあたりに、勘三郎さんの演劇観や優しいお人柄がうかがえる。
 その晩が、私が勘三郎さんと一緒の時を過ごし、会話を交わした唯一の時だ(もちろん「平成中村座」やほかの演劇公演を拝見したことはある)。
 いまは道新文化センターの教室になっている弊社の地下1、2階と、新聞閲覧室や道新観光がある地上1階はそのころ、北広島市に新聞印刷工場が新設されたことに伴い輪転機が取り払われ、地下2階から地上1階までがどーんと高さのある空洞になっていた。私はそこで「平成中村座」の公演ができないものかと夢想した。
 ある日、政治部時代に上司だった専務とエレベーターで一緒になる機会があり、そのことをさりげなく提案した。でも彼は政治部畑の人で歌舞伎や演劇、勘三郎さん、広くは文化そのものに興味がないのか、ちっとも乗ってはくれなかった。
 きょう昼の勤務中、帰宅したら勘三郎さんの追悼記事を書こうと思っていたら、ありがたいことに教文の方から、例の打ち上げの席で撮影していただいた、勘三郎さんと串田さん、私の3ショットの写真データが送られてきた。向かって左に勘三郎さん、右に並んで串田さん、お二方のちょうど真上に、いい調子に酔った私が赤らんだ顔を見せている。ご紹介したいのだが、なにぶんブログに写真をアップしたことがないから、どんな影響が出るかもわからず、やめにしておく。
 間違いなく私の宝物だ。永久に。
 中村勘三郎さん、謹んでご冥福をお祈りいたします。合掌。
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2012年12月05日

登別明日中等教育学校「河童」についての講評

 いちごさんからのお願いに答えます。
 あなたたちは体調不良の部員さんが出てしまって、審査講評発表の時に別室で待機していたのですね。わかりました。
 演目は畑澤聖悟さん作の差別をテーマにした「河童」でした。畑澤さんの指導する青森の高校が全国大会で最優秀賞を受賞した作品です。
 今回の審査員3人による話し合いでは、台詞も動きも一つ一つがはっきりしていて、役柄が生きている素晴らしい舞台との評価でした。
 ただ、できれば、こういう差別があるという問題提起から一歩先に話を進めて、ではその差別をなくするためにはどうしたらいいのかをまで、なにか提示してもよかったのではないかということでした。
 もちろん原作の戯曲に忠実に演じられた素晴らしい舞台でした。
 それは認めた上で、中学生のみんなが考える、かすかな「希望」の光が差すような芝居になっていたら(そのためには先生と相談して、戯曲に少し加筆し潤色する必要があったかもしれません)、見た人がより前向きに受け止められる作品になっていたのではないだろうかということです。
 畑澤さんの執筆意図や、青森の高校が最優秀賞を受賞した際に全国大会の審査員の方々がどのような講評をしたのかはわかりません。
 ただ私たち3人の審査員の話し合いでは、以上のような講評になりました。
 今後も素晴らしい演劇づくりに頑張ってくださいね。応援しています。
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劇団パーソンズ、劇団アトリエの方へ

 劇団パーソンズ、劇団アトリエの方へ。
 前項に絡めて、もし弊社文化部にPRに行く気があるのであれば、単体より両方のカンパニーが一緒に行った方がいいし、書く側も書きやすいよ、物語があるから。その方が大きな記事になるだろうし(これもマスコミ対策の一環)。
 物語というのは、両カンパニーは札幌劇場祭新人賞を争ったライバルであり、教文演フェスでは合同公演をした間柄であること。今回、それぞれの次回公演は日本演劇史に残る名作であり、その競演を知ってお互いに驚いたこと−など。
 今では札幌演劇界をすべて知ったふうな顔をしている私ですが、亀井健とか南参らは、旧コンカリーニョでの遊戯祭PRで、斎藤ちずさんが弊社に呼んで引き合わせてくれたのが最初なんだ。
 そういう、ちょっとしたマスコミ対策が大切だと思います。
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札幌劇場祭2012などについて、よしなしごと

 当ブログの閲覧者数はこのところ、私が審査委員長を務めた11月下旬の北海道中学生演劇発表大会のころの4日連続200件超に続いて100件以上で、とてもうれしい限りです(本当は閲覧者数ではなく、閲覧回数ですけれども。つまり、ほかのページにいくようにクリックすると1件になる)。やはり見ていただく、気にかけていただくというのは、演劇創造者の方だけでなく、うれしいものなのですね。これだけ大勢の方に見ていただくと励みになるし、これからも頑張って舞台を見て、書き続けようという気持ちになる。なにか話題を探しては書きたくなる。北海道演劇界の末端に金魚のふんのようにつながっている私にとっては、本当に感謝、感激です。ありがとうございます。
 数時間前に札幌座についての劇評を書いてアップし、私の中の札幌劇場祭2012が終わりました。長いようで、あっという間の、緊張感に満ちた1カ月間でした。
 実は今回の劇場祭にあたって、新たに心がけたことがあります。それは星5点満点のオーディエンス賞に従って、私が4点以上つけた演目についてだけアップするということでした。定期的に読んでいただいている方はわかりましたか? みなさんの評とはどれだけ違っていたでしょうか? それとも一緒だったでしょうか?
 でも基本的に私は当ブログ全般もも一緒の気持ちで書いています。つまり四つ星以上。だから、今回で劇場祭審査員3年間の務めを終えられた松井哲朗さん(深川市)などには「加藤さんは甘いよね〜、優しいよね〜」と揶揄されます。松井さんは、38歳で死んだ親父が生きていれば同い年、76歳です。それで、審査員交通費だけで(おそらく2万円)、深川から札幌までの定期券7万円!!を買ってまで、連日観劇したのですから、恐れ入ります(松井さんは見た演目ほとんどすべてについて季刊誌として書いておられます。札幌の劇団「シアター・ラグ・203」のHPにアップされています。 http://www.mmjp.or.jp/ragu/
 そうなんです、甘いし、優しいんです、私、こう見えて(この芝居についてはブログには書きたくないけれども言っておかなければならないことがあるという場合には、各カンパニー宛てのアンケートに書いています)。
 というのは、ここがまずいなあなんて書くのは嫌だし、それを公にするのも面倒だし、それこそおせっかいおやじだし、なによりも言葉が浮かんでこない。それよりも、いいなあと思った芝居をこそ、より多くの方に見ていただきたいというのが、このブログの設立趣旨だからです。http://theater-holic.seesaa.net/article/140438462.html
 それに厳しい言葉のあまり、あまりお薦めはしない芝居の集客の足を引っ張りたくもない(営業妨害をしないということです)。
 松井さんの実践を伴った劇評のように(松井さんは深川で演劇プロデュースをなさっています)、すべてが終わってからゆっくり考察されるのとはあえて違えて、これは期待できるという芝居が予定されているときには勤務ダイヤの希望を上司に出してまでも、なるべく初日に見ては即日ブログにアップし、それを読んでいただいた方に一人でも多く劇場に足を運んでいただきたいというのが、新聞社演劇担当時代からの私のスタンスなのです。そういう意味では私と松井さんとは良い関係が築けています。
 ただもう一世代、二世代下の若い劇評者が出てきてくれないかなあ、というのが私と松井さんの共通の願いです。つまり劇団パーソンズとか劇団アトリエを“同世代芝居”として評する人がいない。畠山由貴さんとか小佐部明広くんとかを見ていると、私などからは20歳以上下だし、松井さんからしたら50歳以上下だよ! これは評される畠山さんにしても小佐部くんにしても、私たちおじさんだけの劇評では本意じゃないと思うんだよな。だからたとえば唐十郎さんと元朝日新聞記者の扇田昭彦さんの関係とか、ね。私はこの夏、劇評歴10年にしてようやく、札幌座の斎藤歩(同い年)から「加藤浩嗣」としての劇評の存在を認められ始めた気がします。
 そういうスタンスの私ですから、土曜か日曜に14時の回を見て「夜も公演がありますよ」と書いたときなどは、ほんとに見ていただきたい、いい芝居です、のはずです。
 札幌座が連日満員のようです。盛況でうれしいことですが、逆に言えば、評判を聞いて当日券を求めてくる人を必ずしも受け入れられていないないようで、これは7ステージで十分と踏んだ平田修二チーフプロデューサーの目算違いではないかと思います。
 演劇シーズンが始まって札幌座というものが有名になって、斎藤歩がのりピーを演出した暁には、通常10ステージではないでしょうか。
 きのう4日(火)の北海道新聞夕刊芸能面に、やっと劇場祭の結果が出ました。速報を目指して活動した私にとっては肩すかしでした。
 実は新聞記者業界の内部では「芸能面」というのは「今週中に掲載されればいいです」みたいなことがあって、速報性を重視した「ニュース」ではありません。今回の記事の場合、「2日閉幕し」とあって「このほど閉幕し」ではないので、担当記者は2日に出稿したのかもしれません。けれども翌3日朝刊には掲載されなかった(だから「シアターホリック(演劇病)」が403件ものアクセスがあったのでしょう)。
 これを表彰式翌日朝刊に「ニュース」として掲載されるようにするためには、主催者・札幌劇場連絡会の努力が必要です。できれば北海道新聞社を、金銭的な云々なしに名目主催者に入れてしまうこと。これが、弊社の名目主催としては絶対に朝刊に出る確実な手です。ただ弊社が主催になってしまうと、朝日、毎日、読売の各社が一切報道しなくなってしまう恐れもある。そのためには、メディア各社に金銭云々なしに主催、あるいは共催になっていただくのが手です。ただ全般的に、札幌劇場祭っていうもののニュースバリューが今回の夕刊芸能面ぐらいかって判断されてしまうことはあります。これを社会面に「ニュース」として持っていかせるのが、これからの努力だとも思うのです。
 劇場祭を例に取りましたが、個々の演劇カンパニーのPRの手立てとしての制作も一緒です。
 マスコミ対策は微に入り細をうがつこと−。
 たとえば、東京のOi-SCALE。  http://alps-haiji.at.webry.info/
 主宰は函館出身、大阪芸大卒の林灰二くん。おそらくいま、ハムとかと一緒の30代半ばかなあ。
 文化部演劇担当時代に東京への出張ついでに、たまたま「シアターガイド」で紹介されていた函館出身ということにつられて高円寺で芝居を見て、終演後にあいさつをして、翌年、招待状を頂いたので、また出張ついでにラフォーレミュージアム原宿で見ました。
 そうしたらそれ以降、毎回ご招待状をいただいています(行けないけど)。あろうことか、ある芝居では、上演台本を送られて、それを読んだ上での推薦文なんかも書いています。  http://d.hatena.ne.jp/saigo10/20100404
 というわけで、林くんなどは毎公演ごとに、公演企画、公演概要などのいわゆる企画書を送ってくれるんだよなあ。それは、行けないので本当に申し訳ないぐらいです。でも東京でのプレゼンテーションには必要なものなんだろうなあ。
 だから、東京のカンパニーは次回、次々回公演について、2、3年〜4、5年先をいつも考えているんだろうなあってことです。じゃないと、まず劇場が取れない。悩みはさまざまですね。
 ともかくマスコミ対策としては、実際に記者に会いに行くこと、これに尽きます。で、私が演劇担当時代にハムとか橋口に言っていたのは弊紙は土曜日夕刊に芸能面がなかったので水曜日から開演すること(「芸能面」「文化面は」は「ニュース」ではなく先作りなので、締め切りが1日早い)。いまなら木曜日に開演して土曜日夕刊に劇評を書いてもらうこともできるから、木曜開演でしょうか。
 そうした手練手管をさまざまに駆使することです。
 でもやっぱり一番なのは記者に実際に会ってPRすること。で、招待して、良くも悪くも劇評を書いてもらうこと。これに尽きます。
 その劇評が私と正反対なら、いっそう面白いでしょう?
 私は会社では隔離されているから(笑)、みなさん、演劇病をうつして回ってくださいね、よろしく。
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2012年12月04日

デイヴィッド・コパフィールド

 札幌座「デイヴィッド・コパフィールド」(原作C・ディケンズ、翻訳中野好夫訳より、構成・演出清水友陽)を12月2日(日)、札幌・シアターZOOで見た。
 原作は19世紀の英国を舞台にしたディケンズの自伝的要素の強い長編小説。全64章からなり、私が持つ角川文庫版(絶版)で3冊、計1500ページもある。サマセット・モームが選んだ「世界の十大小説」の一つ。失礼を承知で一言にまとめれば、父親の死亡後に生まれた主人公デイヴィッド(札幌座では年齢とともに3人が演じ分けた。天野航征→成田愛花→小林エレキ)の波瀾万丈の成長物語。
 この小説を知ったのは、中学生時代にNHK教育テレビ「若い広場」の中のコーナー「マイブック」で、寺山修司が聞き手である斉藤とも子(学園ドラマで、よく優等生役を演じた女優。井上ひさし「父と暮せば」の娘役でも有名)を相手に、「私の人生を変えた一冊」として熱心に語っていたからだ。いま思えば、古今東西の名著を片っ端から引用しては皮肉たっぷりに切ってみせる寺山のことだから、なにか“裏”があったのだろうとしか思えないのだが。寺山が素直に純朴に“感動”したとは思えないのだ。邪推のし過ぎだろうけれども…。
 閑話休題。
 この、戯曲ではない大部の小説を清水と役者21人が読み込んで、各章からシーンを立ち上げ、膨大な数の登場人物を演じ分けて芝居に仕立てるまでには、相当な時間と労力がかかったことだろう。その厚みが、舞台のそこかしこににじんでいる。
 シーンの展開、転換に郵便配達夫を登場させたのは一つのユニークなアイデアだ。これによりテンポが一定程度に保たれ、暗転頼み、多用によるぶつ切り感はしなかった。
 配役では悪漢ユライア・ヒープ役の亀井健が良かった。わずかに残ってはいるであろう良心を排し、押し殺しつつの妙。そういえば、いま札幌座には悪役をできそうな役者がチーフディレクター斎藤歩かディレクターの4人ぐらいしか思いつかない。
 芝居全体の感想を言えば、いかんせん長編小説を上演時間2時間に切り詰めているから、各シーンの展開が素早く、観客の感動したい、かみ締めたい気持ちがついていけない。台詞や動きを追うだけで精いっぱいなのだ。それゆえ私の場合、見終えた後に込み上げてくるものも少なかったのが正直なところだ。
 平田修二チーフプロデューサーによれば、通し稽古初日に3時間40分かかった芝居から、さらに1時間40分削ぎ落としたのだそう。機会があれば3時間40分バージョンを見てみたいなあと私などは思うのだが、観劇仲間に言わせると、「ZOOの座椅子で3時間40分は腰が立たなくなるよ」とのこと。
 でも札幌座アドバイザリーディレクター松本修(MODE、札幌市出身)演出によるフランツ・カフカ小説の舞台化「失踪者(初演時「アメリカ」)」「城」「審判」を見たときには、いずれも3時間超だったはずだが、それほど長時間とは感じなかった。むしろ舞台に身を委ねられた。
 そう考えると、今回の芝居はいろいろな意味で惜しいなあと思えてくる。
 楽日5日(水)は14時開演だが、前売り券完売。当日券の整理券は13時から発行するが、販売は1、2枚程度のようだ。
posted by Kato at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

劇団パーソンズの次回公演は名作「楽屋」、それと遅くなりましたが、うるとらさんへ

 おはようございます。
 今朝ブログを見てみたらコメントがたくさん出ていたので、それに回答します
(ちなみにこのブログ、管理は私自身でなく、ブログという劇評執筆の場を提供
してくれている札幌ハムプロジェクトの女性スタッフが忙しい仕事の合間を見て
してくれているので、たまにこんなふうに時間的なロスが出てしまったりもしま
す。ご了承ください。ただ変なコメントが来たりすると、「こんなのが来ていま
すけれど、これは載せない方がいいのではと思います」などと助言してくれるの
で、これからもこういう状態でいくつもりです。よろしくお願いします)。
 劇団パーソンズへの指摘を書いて、きのう観劇仲間から「劇評を書くだけじゃ
なく、とうとうおせっかいなおじさんになっちゃったね」と揶揄されました、た
はは。
 パーソンズの名誉もあるので報告すると、私のおせっかいなメッセージをきち
んと受け止めてくれて、劇団HPはきのうのうちに最新状態に更進されました。
「CRY WOLF!」の終了報告と札幌劇場祭の新人賞受賞報告、ならびにお礼、それ
に次回公演の案内も。
 それが来年2月に清水邦夫の名作「楽屋」というので、ちょっと虚を突かれま
した。代表である畠山由貴さんの新作一本でやっていく劇団なのかなと思ってい
たからです。でも女優4人だけが出演する「楽屋」はとてもいい選択だと思いま
す。上演時間は1時間ちょっとと長くはないですが、とても濃密な時間が流れる
すばらしい戯曲で、役者の実力を向上させるにはもってこいの芝居だと思うから
です。私もいろいろなカンパニーの舞台を6、7回は見ています。期待大です。
 で、劇団アトリエもその前の1月に、つかこうへいの傑作「熱海殺人事件」を
やるんだよね、代表小佐部明広くんの演出で。
 ほぼ同時期に、書き下ろしではなく、既成の名作に挑戦するという、この示し
合わせたのではないだろうけれども偶然の不思議な符合。いやあ、アトリエと
パーソンズってなんというか…ほんとに永遠のライバルなんだなあ。こうして間
近で互いを意識して高め合える関係というのは、とれもすてきですね。両劇団と
も楽しみでなりません。
 うるとらさんからも通信が来ていました。うるとらさんに似た女優というのは
札幌座の高子未来です。肉が好きで肉ばかり食べているから「高子ニク」で通っ
ています。近年ぐぐぐっと成長した役者で、昨年は札幌座内の最優秀俳優賞を受
賞しました。来年1〜2月の札幌演劇シーズン2013冬にも出演の予定です。
 それから平田オリザの初小説は高校演劇が舞台の「幕が上がる」(講談社)。
私の隣でそれをお薦めしたのが、札幌座チーフディレクターの平田修二さんですよ。
 
posted by Kato at 08:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月03日

劇団パーソンズ、新人賞おめでとう。でも、だから、あえて厳しいことを書きます

 劇団パーソンズの皆さん、札幌劇場祭2012での新人賞受賞、おめでとうござい
ます。発表された瞬間、「キャー」って立ち上がって喜んでいた姿、私も2006年
の劇場祭第1回から3年間、審査員を務めた経験からしても、とてもほほ笑まし
かったです。応援もしていたし、うれしかったです。
 宿願を果たして次回からは大賞でのエントリー。ライバルはいっそう多くなり
ます。いっそうの精進を期待します。
 と、ここからは厳しいことを書きます。演劇カンパニーとして、ちゃんとして
ほしいからです。
 あなたたちがライバルとしてきた劇団アトリエはHPで、すでに劇場祭の演目
について「ご来場ありがとうございました!」として、“仕事”を終えています。
 なのにあなたたちのHPでは劇場祭での演目が「詳細近日up!」のままで
す。アトリエより先に上演されたのに、いまもなお…。
 個人的な体験を言えば、私はローソンチケットではなく、回数券を購入しての
各カンパニーへの予約でしたから、あなたたちのHPにアクセスしてコンタクト
から予約希望メールを送りました。でも、3日たっても返信がない。なのでもう
一度メールを送って、ようやく予約受付了承の返信が来た次第です。
 こういうことでは、まったく良くない。私は札幌に住んでいるからまだいいけ
れども、根室、あるいは稚内、函館、また東京、九州に住んでいる人があなたた
ちの芝居を見たいがために予約メールを送って返信が3日も来ないのだとした
ら、どうしたでしょう? 列車、飛行機、宿泊の手配はどうしたでしょう? 携
帯電話に連絡すればいいのでは、で済まされるでしょうか?
 こういう状況は一刻も早く解決すべきです。代表で作・演出の畠山由貴さんに
HPの管理を含めてすべての負担がかかっているならば、これからは劇団員がそ
れぞれに少しずつ担うべきです。
 もしくは劇団としての創造活動に専念したいのならば、座・れらのようにHP
など持たないという手もあります。
 きょう私は、最前列で見ていた公開審査会終了と同時に18時に北海道立文学館
の1階に上がって閲覧室で当ブログのための審査結果原稿を書き、文学館の方の
ご厚意もあって18時36分にはアップできました(来年以降の、従来通りのキュー
ブガーデンでは、どうなるかわかりません)。でも、なるだけ早くお伝えするこ
とを心がけます。まあ、酒が入るから遅くなるかもしれませんが。
 あなたたちが美酒に酔いしれているだろう日に、あえてこんなことは書きたく
ありませんでした。でも先の原稿執筆の事情などもあって交流会には19時から参
加し、畠山さんにじかにお祝いの言葉を伝えられなかったこともあり、あえて書
きました。あなたたちが演劇人として大きくなるには、制作にこそ神経を注いで
ほしいと思ったからです。こういったことは、札幌演劇界ではままに見られるこ
とであり、私は今後なくしてほしいと思っているからです(秋山審査員が遊罠坊
について言及されたのも、こうしたことではないでしょうか。私は劇場祭で19本
見ましたが、遊罠坊のチラシが折り込まれていたのは1本だけです。劇場祭の前
にもチラシは見ませんでした。つまり「新たな観客に見ていただく」という努力
が決定的に足りない)。
 最後に、やはり取るべきところは心配りが違うのだなあと感心しました。
 弘前劇場は受賞が伝えられたその日のうちに、HPのトピックスに「『素麺』
TGR大賞受賞!」とアップしていたのです。
http://www.hirogeki.co.jp/cgi-bin/news/index.html?
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2012年12月02日

introの特別賞、詳細を変更し「作品賞」に

 札幌劇場祭2012は2日夜、表彰式の後の交流会後に、特別賞「新感覚賞」を受
賞したintro(作品「モスクワ」)の代表イトウワカナからの申し入れを受けて
審査員会を再度開き、特別賞の詳細を「作品賞」に変更すると発表した。
posted by Kato at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

札幌劇場祭2012

 札幌劇場祭2012の公開審査会&表彰式が12月2日(日)、札幌・北海道立文学
館で行われ、大賞には審査員票35票(1人5票×7人)のうち17票を集め、弘前
劇場(青森)「素麺」(作・演出長谷川孝治)が選ばれた。弘前劇場の大賞受賞
は初めて。
 特別賞は脚本賞が座・れら「不知火の燃ゆ」(作鷲頭環、演出戸塚直人)、新
感覚賞がintro「モスクワ」(作・演出イトウワカナ)。ほかの最終候補作は人
形芝居プロジェクト☆ライオン「『D−Dark Dawn of the DRAGONZ−』ほか
2作品」、劇団千年王國「火盗人」。
 新人賞は劇団パーソンズ「CRY WOLF!」(作・演出畠山由貴)。
 観客投票によるオーディエンス賞は平均点が最高の「首位打者」が人形劇集団
チーム・パース、単純星累計が最高の「ホームラン王」が劇団千年王國。
 審査員奨励賞が人形劇なかまパラパラポナ、赤星マサノリ×坂口修一 二人芝
居、劇団怪獣無法地帯の3カンパニーに贈られた。
posted by Kato at 18:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本命はintro「モスクワ」

 前々項の札幌劇場祭2012予想で本命を2作挙げたが、もんもんとしてどうにも
眠れない。予想屋として潔くないし…。
 いっそのこと、決めた。
 本命は、intro「モスクワ」だ。わけのわからない、無駄とも思えた断編が
「1986」の投影とともにパズルのように組み合わさった瞬間の、(あの事故の被
害に伴う一連の出来事を踏まえた上で)誤解を恐れずに言えば、演劇的な快感に
懸けた。それに、6人だけによる、あのスケール感。あの人類の希望を描いた
“大作”は、何十億円も懸けてCGばかりを使ったおバカなハリウッド映画より、
よっぽど多くの方に見ていただく価値があると信じる。
 これに従い、座・れら「不知火の燃ゆ」は弘前劇場「素麺」と同じく対抗となる。
 大賞決定まで、あと半日…。
posted by Kato at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

札幌劇場祭2012の結果が気になって仕方のない方へ

 札幌劇場祭2012の審査結果結果発表まで12時間です。
 例年同様、Ustreamでの中継があるようですが、今年は場所が中島公園内の北
海道立文学館という、パソコンをケーブルにつないで送りやすいかもしれない場
所なだけに(すみません、私、無線とか持っていないので…)、当ブログとして
もできる限り早く最新の情報、結果をアップしたいと考えています。
 ただ、雪崩的に交流会に入ってしまったならば、私も大の酒好きなので、ごめ
んなさい、遅れると思います、ずずずずっと。
 ただその場合も、結果の掲載された北海道新聞朝刊が皆さんに届く前にはアッ
プしたいと思います、よ、ちゃんと(枯れてもいちおう新聞記者なんでねえ、抱
えてもらっている会社よりも早く、一記者として報道したいという気持ちなんで
す)。
 でも、この機会にせっかくだから文学館へ訪れてはいかがですか?(もしかし
たら公開審査会に入れてもらえるかも…なんて無責任なことは言いませんが)。
 ちょうど「戦後北海道の演劇」展が行われています(16日=日曜日=まで。衆
院選投票のついでとか)。北海道の演劇を総合的に取り上げた、おそらく私たち
が生きている間には最初で最後の展覧会でしょう。
 私は数だけは多く見て批評的なこともしていますが、本展覧会の監修者である
鈴木喜三夫、森一生両氏のように演劇を体系的に学んだこともなければ、諸資料
を集め続けたこともありません。ただ27年前の東京での大学時代に見て、帰宅時
に嘔吐した転形劇場の沈黙劇(台詞が一切ない)「水の駅」(作・演出太田省
吾)のような決定的な演劇的原体験を追体験したい、なんとなれば「願はくは花
の下にて春死なむ」と詠った西行法師のように、「この芝居を見ながら死ねたら
なんとうれしいことだろう、ただ私は季節は問わないよ」という舞台を探し続け
ているだけの身なのです(詳しくは北海道演劇財団発行の小冊子「シアター
ZOO 秋の号」に書いています)。
 展覧会の図録には、私も“チームナックスより面白いかもしれない”カンパニー
を紹介した「21世紀初頭の小劇場演劇」を書かせていただきました。私たちが生
きている間には一冊しかできないだろう図録です。ぜひご来館の折にはお手に
とってご覧ください。
 いま、アルビノーニの「オーボエ協奏曲」をユーチューブで聴いています。こ
れが転形劇場「水の駅」で実に効果的に使われていた曲です(アルビノーニ、
オーボエ協奏曲で検索できます。劇中では倍速で使われていました。音響はこれ
とエリック・サティ「ジムノペディ」1番。照明は暗転もスポットライトもあり
ませんでした)。
 ご存じない方がほとんだと思うので書きますが、舞台中央にしつらえられてい
る水道管から一筋の細い水が糸を引いて滴り落ちている、その音がしんと静まり
かえった舞台にたらたらたらたら、咳一つするのも申し訳なく息苦しいほどです
(1985年当時は携帯電話も一般には普及していません)。そこへ上手から5分間
に1メートル動くといったゆっくりとした動きで役者が来ては、水場で蛇口に口
を当てたり手を差し伸べたりして命を得ては下手へ去っていく。そうした、役者
20人ほどの、これとした物語の示されない、それだけの芝居です。つまり演劇を
言葉として見ていた人にはつまらないか、衝撃かのどちらかでしょう。
 それが私の場合は終演後に思いがあふれてきて嘔吐したほどに、後から言葉と
いう言葉が湧いて出てくるというものいうもの、物語が浮かんでくるというもの
いうもの、驚きでした、豊かでした、私は生きていることを無条件で肯定したく
なりました(転形劇場には、いまの有名どころでは大杉漣がいました。当時34歳
くらいかなあ、あばら骨の浮き上がった見事な肉体でした。また看板俳優であっ
た品川徹はいま、札幌座のチーフディレクター斎藤歩と東京で同じ事務所です)。
 その芝居の中で、アルビノーニ「オーボエ協奏曲」は、亡くなってしまった瀬
川哲也が水場をめぐる争いで女を一発、ビンタする場面でビンタをした瞬間に始
まるのです。それはもう、この瞬間しかない、という感じです。ここでこのおご
そかでかなしい、そして明るい曲が世界を開くのです。その瞬間はまさに「瞬
間」で、私には決定的な演劇的瞬間でした、世界が開けたのです。それまでにも
第三舞台(鴻上尚史)とか夢の遊眠社(野田秀樹)、状況劇場(唐十郎)などは
考えさせられながら楽しく見ていたけれども、転形の瀬川のこのビンタの瞬間、
そしてその瞬間に始まったアルビノーニの「オーボエ協奏曲」が私にとっては、
演劇と何らかの形で終生添い遂げることになるだろうとの予感の決定的な瞬間
だったのです。
 音も光もそうですが、やはりそうした決定的なものはここぞという場面でこそ
使わなければ、使われなければ…。台詞はどれもメリハリなくいつも力んで発声
されるは、音楽は歌詞付きのものを垂れ流しにされるは、光は時代遅れのキャバ
レーのように(本当はキャバレーなんて行ったことないけれど)ドバーッと全開
の芝居は、かえって芝居そのものが求めているであろう思いの伝わりをそぐとい
うものです。
 その意味では、役者の立ち居振る舞いや佇まい、それよりもいっそう舞台環境
としての光と音に心配りをしていただきたいのです。
 あ、最初はなるべく早く札幌劇場祭の結果をお伝えしますというだけのつもり
だったのが、なんだか自分でもわからないうちに、だれかにわけのわからないこ
とを伝える文章になっていました。
 そろそろ寝ます。
 それでは、あと10時間後にお会いしましょう。
posted by Kato at 06:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

札幌劇場祭2012・公開審査会結果公開予想

 札幌劇場祭2012は明日2日(日)が公開審査会&表彰式。それを前に今年もちょっとした遊び心で大賞を予想することにした。今日1日(土)までに見たのは18本。札幌座「デイヴィッド・コパフィールド」は勤務ダイヤの都合で2日に観劇するため、評価の対象にはしない。昨年は大賞の劇団千年王國「狼王ロボ」予想がずばりと当たったが、さて、どうなるやら。
 今年の大賞、本命はとうとう絞りきれなかった(こんなこと、競馬の予想で食ってる命懸けの人には怒られるんだろうけれど…)。で、大賞予想は座・れら「不知火の燃ゆ」とintro「モスクワ」の2本。対抗には弘前劇場(青森)「素麺」を挙げる。
 この3作、がらがらぽんの2対1として対照的だ。というのは…。
 「不知火の燃ゆ」は水俣病をモチーフに、胎児性水俣病患者役の役者がカーテンコールまでも患者のままでいて、「今」、このなし崩しの「現代」を告発する。素麺は「3・11」後の東北で、座敷童子が新たな一歩を踏み出すことで、道産子にはなかなか実感できない東北人の心情をすくい上げる。両作とも、庶民、家族一人ひとりの掛け替えのない生を丹念に見つめた観察眼から大きなテーマの一端を描くことで、観客の想像力=創造力を促すことで通底する。
 一方、「モスクワ」は舞台の登場人物がどこのだれなのかは詳しく説明されない。つまりだれでもあって、だれでもないということだ。描かれるのは、「1986」を単なる「通過点」としか捉えられず、文字通り通過してしまったのが結果としての「2011」ではないかといった問題意識。そしてそれを逆手にとっての、未来のためなら私は「通過点」であってもよいという意思表示。いわば壮大なテーマを前提とした、地球的、人類の系譜的な仕立て(それも役者はたった6人で)ということだ。
 果たして審査員諸氏には、これらの相違点がどのように評価されるのだろう。興味は尽きない。
 大穴…。これが難しいんだよなあ。
 大穴というより特別賞などとして、実験演劇集団「風蝕異人街」の「水の駅」、劇団千年王國「火盗人」、劇団怪獣無法地帯「THE Lady・Blues〜彼女に何が起こったか〜」を挙げておく。
posted by Kato at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月01日

モスクワ

 intro「モスクワ」(作・演出イトウワカナ)を12月1日(土)、札幌・コンカリーニョで見た。物語などすっ飛ばしたように見せ掛けて、ある瞬間、ぴたっとパズルがはまったように断片がつなぎ合わさる。快感、だった。
 わたし、ドブリニンスカヤ駅のマクドナルドに行く。で、マイナス30度の外に出て、飲み残したコカコーラをぐびぐび飲む。でもわたし、コカコーラ飲めない。でも、ドブリニンスカヤ駅には行けると思う−。
 上記の台詞が冒頭から中盤、終盤まで何度も出て印象的な舞台(出演者=大高一郎、菜摘あかね、のしろゆう子、佐藤剛、宮澤りえ蔵、山村素絵)。物語らしい物語はない。いわば、ドブリニンスカヤ駅を含む12駅からなるモスクワのロシア地下鉄5号線(環状線)から想を起こし、役者6人がエチュードのようにさまざまに身体を動かしながら、チェーホフの「三人姉妹」も引用してなされる、人の生と死、人類の過去、現在、未来への哲学的思考実験ともいうべき芝居だ。
 ロシア構成主義を意識したような舞台美術(チラシ、ポスターも)。やや上手に地球儀を模した感じの半球があり、ここにさまざまな映像が投影される。
 芝居は断章がいくつもいくつも織り込まれた組み立て。最初のうちはなにが言いたいのかがよくわからないままだ。それが、半球に「1986」という数字が投影されて以降、実は人類の過去、現在、未来をつなぐ大きな物語が底流にあったと気付かされる寸法だ。
 印象的な台詞がいくつもある。
 「ここを通ると、ここは通過点になります」「私はなにかの通過点だろうか」−。
 それは1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所の爆発事故を受けて人類が迫られた選択を意味している。そして2011年、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故により日本人、いや地球人に突き付けられた課題をも象徴しているだろう。君たちは、生まれ来る未来人に地球を託すための捨て石になれるのか−と。
 周到に情緒を排した末に、それでもにじみ出ずにはいられない感情、そして物狂おしいほどに鋭く痛切な希望。ラストは、ある場面で、観客を突き放してすぱっと終わらせる手もあったと思う。演劇的にはそうした方が斬新で、前衛的で、観客に投げかける問いも多かったかもしれない。だが、ワカナはそうしなかった。一縷の望みを託した、ということだろう。
 「3・11」が私たちに突き付けたものを、こういう前衛的な、先進的な手法で演劇化することもできたのかと、ワカナの演劇人としての“成長”ぶりには驚くばかりだ。
 楽日2日(日)は14時開演。
posted by Kato at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする