2012年09月26日

果実 再々演

 弦巻楽団「果実」(作・演出弦巻啓太)を9月26日(水)、札幌・サンピアザ劇場で見た。
 初演は2003年8月に札幌市教育文化会館小ホール、再演は09年10月に札幌・コンカリーニョ。純粋なアマチュアカンパニーの演目で再々演というのは異例ではないか。それだけ良くできている名作だし、切なく、泣かせる(09年に再演作品対象のシアターホリック「殿堂入り」に認定済み)。今回も私は、やばいよやばいよやばいよやばいよと思いながら見続け、やっぱり最後にはうるうるっと涙が出た。芝居を見て泣く気持ちの良さ、すがすがしさ。たまらないんだなあ、これが。
 内容については09年10月7日付で詳しく書いているので省略する。
 で、これが弦巻の自信作であることは再々演もしているから間違いない。と同時に、弦巻が演劇人として生きていて、自分の今いる場所、立ち位置を確認したいときに再演したくなる演目なのではないだろうか、とも思った。そう書いている私も、観劇人として生きていて、自分の立ち位置みたいなものを確認したいときに見たい演目だ。
 だから弦巻は今後も何年かおきに、必ず上演し続ける作品だと思う。その折々の生きの良い役者を梳々月桃太郎や夏緑杏にして。そうあってほしいし、そうあるべき作品だ。
 今回の梳々月は深浦佑太、杏は長麻美、杏の母は岡田みちよ、父は再演時に続いて松橋勝巳。他の出演者は医師に長岡登美子、臓器移植コーディネーターに小山佳祐、放送局員にトマト、ディレクターに小野優。
 深浦は過去2回、2人が演じた梳々月よりハイテンション、言葉を換えれば台詞も動きもちょっとうるさい芝居だった。でも、後半のしんみり切ない部分との落差を考えたら、その程度のうるささはかえって必要なのかもしれない。
 観劇初心者にもお薦めの作品。特にデートで彼女を泣かせてみたいという、ちょっと意地悪、悪戯な気持ちがある男性諸君はいかがだろう。でも、私みたいに男の方が泣いちゃうかも。基本的に男の方がロマンチックでセンチメンタルだと思うから。
 開演は27日(木)19時半、28日(金)14・19時半。
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2012年09月21日

東京観劇記2012年6〜7月

 書かなきゃ書かなきゃと思いながら先延ばしにしていたら、もう3カ月も経ってしまった。皆さんには眠い話で申し訳ないが、当ブログは私の備忘録の意味もあるので、えいやっと書くことにした。
 東京で芝居を見てきた。今は昔、6月から7月にかけてのことだ。
 6月30日(土)はまず新宿・紀伊國屋サザンシアターでKOKAMI@network「リンダリンダ」(作・演出鴻上尚史)。全編がザ・ブルーハーツの楽曲で構成された、2004年初演の音楽劇の再演だ。
 インターネットの「演劇ニュース」にあったあらすじを引くと−レコード会社からボーカルを引き抜かれ、ドラマーは失意のうちに故郷へ。残されたのは、リーダーのヒロシとベースのマサオ、マネージャーのミキ。壊れかけたバンドと、海を締め切った「あの堤防」。取り残されたバンドの計画に、人生に区切りをつけたい人々が、次々と巻き込まれてゆく…。
 どうやら初演時の「あの堤防」とは、九州の諫早湾干拓事業で閉じられた堤防のことのようである。それが再演の今回はドラマーの故郷が福島県で(初演はどこだったか不明)、「あの堤防」が「あの原発」に。残されたバンドのメンバーたちは閉塞状況を打開するため、「あの事故を起こした原発」を封鎖する壁の爆破をもくろむ−。
 と書いてて、というか見てきて、こうした形で東京電力福島第1原子力発電所事故を取り上げるのがいいのかどうか、私は正直、鼻についた。だからといって、あの原発事故をどう取り上げたらいいのかは全然わからないけれど。
 確かにザ・ブルーハーツの楽曲がこれでもかというほど何曲も歌い演奏されるが、さしてかのバンドのファンではない私には、感動はいまひとつ。土曜の昼というのに劇場の後ろの方には空席もけっこうあった。今年1月に「第三舞台」が(10年間の)封印解除&解散してしまって(当ブログ1月をご参照ください)、鴻上の集客力にもなんらかの影響があったのだろうか。なんてことまで考えてしまったなあ。
 と、ここまで書いたところで、8月20日(月)、札幌市内の中学生男女29人による「もしイタ〜もし高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」(作・講師畑澤聖悟)を見る機会を得た(当ブログ8月23日の項をご参照ください)。「もしイタ」は物語も生徒たちの演技も本当に素晴らしい作品だった。東日本大震災を演劇で取り上げ、死者と向き合うならばこうした作品でなくてはならなかったんだなと思わせるだけの作だった(もちろん演劇も芸術表現の一ジャンルだから、取り上げ方は人ぞれぞれであり、こういうのは駄目とは一概には言えないのは承知の上だが)。それにしても鴻上尚史の「リンダリンダ」での「3・11」の取り上げ方はひどかった。「もしイタ」が周到に念入りに描いていただけに、「リンダリンダ」の瑕疵、甘さが痛切に感じられる。「リンダリンダ」での「3・11」は福島の原発事故についてが中心だったが、被災者が見ても「なんだこりゃ」と思ったのではなかろうか。あまりにも軽く、あまりにも扇動的で、あまりにもご都合主義的なのだ。なんだか「3・11」がいいように使われている気さえしてくる。芸術表現は自由が保障されている(と私は思っている)が、なんだか今になって怒りさえ湧いてくるなあ、私は。
 6月30日夜は池袋・シアターKASSAIで劇団風琴工房「記憶、或いは辺境」(脚本・演出詩森ろば)。偶然だが、これも04年初演の再演だ。当時、私は文化部の演劇担当で、チームナックスが芝居「LOOSER〜失い続けてしまうアルバム〜」での東京初進出の初日5月14日(金)を取材するために上京、ちょうど下北沢のザ・スズナリでマチネがあったので見て、とんでもなく感動した(実はその3週間ほど前の劇団黒テント「三文オペラ」の上京取材で「記憶、或いは辺境」の折り込みチラシを見つけ、題名と(後段に書く)物語に引きつけられ、なんとか見たいなあと思っていたら、幸運にもナックス東京進出と重なって観劇が実現した)。観劇、感激の思いを当時の文化面コラムに書いている。以下の通り。
2004年6月30日 (水) 夕刊
∧ぶっくまあく∨北海道の演劇に期待して
 五月に東京で、風琴工房という劇団の「記憶、或いは辺境」を見た。題名と副題「1943−1949 樺太」に興味が引かれた。女性主宰者・詩森ろばさんの作・演出で、戦前から戦後に至るサハリン(樺太)での日本人と韓国・朝鮮人の交流を描いた上質の舞台。戦後、日本人のほとんどが引き揚げた後、許可の下りない韓国・朝鮮人はとどまらざるを得なかった歴史的事実を背景にしている。この問題は私も旭川報道部勤務時代に取材の経験があり、ぐいぐい引き込まれた。
 観劇日は平日午後。観客は約八割だったが、さすが東京は年齢層が幅広かった。そして満場の熱い拍手。決して華やかな物語ではないが、舞台を通して劇団と観客に何かが通じた瞬間だった。
 詩森さんに聞くと、十年以上前の中学生時代、テレビで女優薬師丸ひろ子さんのサハリンリポートで問題を知り衝撃を受けて以来、温めていたテーマだという。今度は私が、テーマの熟成のさせ方に感服した。「でもまだ浅いんです」という詩森さんに、いつか関係者が数多い北海道での上演を願うと、詩森さんも「ぜひ」とうなずいた。
 多岐にわたるテーマの熟成と、受けとめる観客層の広い東京の演劇状況が、その意味ではうらやましい。北海道も、と願いつつ、七月から小樽報道部に異動する。お世話になりました。
 −以上。もちろん私は現在は札幌に戻ってきている。
 社会的な題材を取り上げ個々の叙情をも交えて繊細に丹念に描く詩森の劇作には本当に感銘するし、今回も感動した。その手付きはまるで心を込めて手織りものをしているかのようなのだ。北海道演劇界にもいそうで、なかなかいないタイプだ(そうした意味では6月に見た、座・れら「不知火の燃ゆ」が作品としてはイメージが響き合う)。この路線での劇作に励むカンパニーが北海道でもぜひ出てきてほしいな、と期待する。
 観劇日にはアフタートークがあり、李恢成氏の小説「伽耶子のために」を映画化した小栗康平監督がゲストだった。詩森によれば、まさにこの小説を映画化したがゆえに対談相手として頼んだとのことだったが、この芝居を見終えた後の対話としてはちょっと論点がかみ合っていなかったのはご愛嬌だろう。
 ただ、名作だがもう二度と見られないと思っていた「記憶、或いは辺境」と再び出会えたのは素直に本当にうれしかった。主人公の朝鮮人役の男優は初演の人の方が似合いだったと思うけれども。今回の再演は劇団創立20周年記念第1弾とされている。詩森の代表作であり、自信作でもあるのだろう。詩森は芝居を同名小説化した本を創英社から出版しているので、ご興味のある方は読んではいかがだろう(劇団HPからも買える)。
 ところで、仙台市出身の詩森は「3・11」で知り合いに多くの被災者もいたであろう。彼女は「3・11」を演劇で取り上げるだろうか。それとも取り上げないだろうか。取り上げるとしたら、どんなふうにだろうか。下世話だが、興味が尽きないところだ。
 7月1日(日)は渋谷・パルコ劇場で「三谷版『桜の園』」(作アントン・チェーホフ、翻案・演出三谷幸喜=小野理子訳「桜の園」に基づく)。チェーホフの作品は従来“悲劇”として舞台化されることが多く、三谷は戯曲自体の冒頭に「喜劇 四幕」と指定されているのだから「喜劇」として演出する、と意欲を語っていた作品だ。没落した女地主ラネーフスカヤに浅丘ルリ子、これが実に美しく、かなしくていい。また、藤井隆や青木さやかがいい味を出していた。
 「喜劇だ!!」と気負って初の既成戯曲を演出した三谷だったが、やはりチェーホフにはそこはかとないかなしみがただようもののようだ。でも、それに拮抗しての三谷のコメディータッチも面白かったし、それでも残り香の香るチェーホフのかなしみにじーんときたことだ。
 浅丘ルリ子ときて、ここで突如、「ブエノスアイレス午前零時」の映画化について書く。藤沢周の芥川賞受賞作だ(河出書房文庫から出ている。薄くて、すぐ読める)。実はこれを小樽出身の映画監督小沼勝が全編、小樽・朝里川温泉ロケで撮影する企画が決まっていた。私は2005年の正月に北海道新聞小樽版に書いた。でも、小樽の人って財布が堅い。資金面で頓挫した。映画化が決まった時には、藤沢周自身が、日活ロマンポルノ47作の独特の美学で名を馳せた小沼が監督するということで、週刊現代に喜びを書いていたほどだ。でも映画は金が掛かる。当時で8000万円。いまなら、もっとかなあ。
 この映画の、気が狂った美人老娼婦の主人公役に小沼が考えていたのが、実は浅丘ルリ子なのだ。私は小沼と年が離れた親友だから明かすけれども、これを浅丘が演じた暁には、映画賞総なめだったろう。これを、今からでも小沼に撮ってほしいと思っている。「NAGISA」でベルリン国際映画祭児童映画部門でグランプリを取った小沼だ(ロマンポルノ47作の後の48作目で児童映画グランプリだもんね。この落差ったるや、すごいよね)。間違いはない。
 どなたか1000万円は出すという方はおられないか。金は金を呼ぶ。話題が話題を呼んで、きっと8000万円なんてすぐに集まるかもしれない。最初の1000万円が肝心なのだろう。これについての相談も北海道演劇財団011・520・0710、加藤浩嗣で承ります。
 実は小沼が「ブエノス〜」を撮れればちょうど50作目。撮らせていただきたいというのが本音です。よろしくお願いします。
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2012年09月20日

前項での日付訂正

 前項での北海道文学館での「北海道演劇展」でのお話、10月ではなくて11月18日(日)11時からでした。
訂正します。ごめんなさい。
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2012年09月19日

僕はつぶやかない

 reeさん、数時間前にブログを通じてあなたへお送りしたメールをあらためて読み直しつつ、自宅で焼酎を飲んでいます。あなたは、僕が自分自身を振り返る貴重な時間をくれました。
 ね、通常考えられないでしょう? 先の土日、祝日はまったく関係なしに出勤で、火曜、水曜が連休だなんて!(見たくても芝居がないんだよお!)
 芝居を見るのが仕事という(そして劇評を書く、というのが仕事だと僕は自分に課した。映画評と同じだけ書こうと思った。今の担当者は違うようだけれど…)北海道新聞文化部演劇担当を離れて10年近く、そういう、観劇者には過酷な状況を自分なりにやりくりして観劇しているのが今の僕の実情なんです(だから、劇団にれの西村知津子さんには本当にご迷惑をお掛けしました。16日13時に、やまびこ座に見に行くって約束したのに、その日2時まで仕事で、朝になると体が動かないんだもの…。やっぱり言葉じゃなく47歳、疲労はどうにもならないんだなあ。reeさん、僕と個人的に話したければ、たしか北海道文学館での「北海道演劇展」で10月18日=日=11時からが私のお話の時間です。その後は空いています。どうぞ、いらっしゃってください)。
 そうそう、なぜこの文章を書き始めたのかを思い出しました。ミクシィとかフェイスブックをなぜしないかですよね? なぜ設置しないのか? 
 それはね、今後も設置しません。というのは、僕自身がつぶやかないんです。つぶやくくらいなら語ろう、語るべき相手にぶつけよう、でもそれほどではない相手で、それほどでもない言葉なら黙っていようと。そういう、ただそれだけのことなんです。いわば、僕なりの流儀です。これは、許してください。
 僕は北海道新聞の記者なんですが、実は就職して自分の取材したメモ、書いた原稿と、実際に印刷されて新聞になった記事とのあまりの違いに驚いて(それは僕の記者としての修業が足りなかったせいももちろんあります)、いわゆる記事が書けなくなったということもあるんです。まったくの言い訳ですけれどね。
 2011年3月11日、東日本大震災が起きました。僕の大学時代(早稲田大学)のガールフレンド(日本女子大学)の実家の宮城県石巻市の家からなにから、思い出の場所からデートの待ち合わせ場所からすべてがすべて、津波で流されてしまったそうです(かろうじて二親等以内に人災はなかったよう)。大学卒業後は埼玉に住む彼女は「石巻は、壊滅的です。思い出も何も一瞬で消えたよ」と携帯メールをくれました。3月14日のことです。10日前には、(僕と同じ1月12日が誕生日だと彼女が知っている)村上春樹の「1Q84」が面白いとくれた同じ携帯メールで。僕は何も返せませんでした。
 その後、僕らは尺八部、彼女らは箏曲部という関係で、久しぶりに会おうということになったのらしいですが、僕は会いに行かれずに震災についてもメールでとりたてて触れられずにいたのを、彼女は「浩嗣は、なんにも触れずにいてくれたので、それも嬉しかったよ!」って、今年の6月1日、携帯メールをくれました。
 わからないね、人の気持ちって。僕は新聞記者なのになにも書けなくなって、彼女が大勢に言われる「大丈夫だったかい?」を言うことさえできなかっただけなのに…。
 僕ができることとしたら、津波の波がすべて静まった太平洋に向かって、どうしても煙草をやめきれないおじさんと並んでしゃがんでマイルドセブン10_を吸って「やっぱり、久々だとうまいですね」かなんか言うしかないのに…。
 それを、その心情を、その真実を、何らかの形で表現するのが芝居であり、文学だと思うのです。それはミクシィでもフェイスブックでもない、ましてや書き言葉でもない、ただの情景かもしれない…僕は決してつぶやきません。
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reeさん、そして読んでいただいている方へ

 reeさん、こんにちは。ご愛読をありがとうございます。8月23日、コメントをありがとうございました。大変遅れて申し訳ありませんが、きょうはあなたの疑問にお答えします。回答が遅れて本当にごめんなさい。
 僕はインターネットのことはよくわからないんですけれども、あなたのおっしゃる、ミクシィーやフェイスブックのボタンも載せることの有意義がわかりません。過去には、僕のブログをきっかけに、僕を中心に観劇者が実際に集まって劇評を話し合おうという動きはあったようです。でも僕は丁重に辞退しました。その集まりが定例化することに無理があったからです。
 僕の勤務時間は9時半〜17時、もしくは17〜23時、また19〜2時。しかも上司であるデスクによって決定されるのは1週間前なのです。この時間に合わせて、2週間前に劇評会の日を決めて定例会とするのは無理があるでしょう?
 ブログはこれまで6年半、このままできたけれど、演劇関係者や観劇家、また閲覧の方に、あなたのような要望を言われたことは1回もありません。それに、このブログは僕が主宰を標榜していますが、実は札幌ハムプロジェクト代表であり、4月から札幌座ディレクターにもなった、すがの公くんが与えてくれている場なのです。だから、なにかを変える、変えていただくときには、彼に相談、お願いしなければいけません。けれども、あなたの要望では、そこまでする必要を感じません。ごめんなさい。
 もし、あなたが僕のブログをきっかけになにかを感じて、ある芝居を見た感想を話し合う劇評会を開くなどの動き出しをしたいのだとしたら、それは応援します。それは任せてください。時間が合えば、もちろん馳せ参じます(ただ、あなたがどこにお住まいかはわかりませんが)。
この件に関してこれ以上の説明がご必要の場合は、北海道演劇財団内、電話番号011・520・0710、シアターZOO幹事・加藤浩嗣(かとうひろつぐ)宛てにご連絡いただけますか。よろしくお願いいたします。
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非実在少女のるてちゃん

 笑の内閣(京都)「非実在少女のるてちゃん」(作・演出高間響=1983年、日高管内出身、岩見沢西高演劇部出身)を9月17日(月)、札幌・シアターZOOで見た。児童ポルノ漫画などは18歳未満の性的犯罪を助長しかねないので規制を厳しくするという、いわば憲法の「表現の自由」に抵触しかねない東京都の青少年健全育成条例改正案に反対し、2010年9月に京都大の寮内で初演。その後、改正前の都内での上演が劇場側に「内容が反社会的すぎる」と直前になって上演拒否されたという、いわく付きの作品だ。
 漫画の世界にすむ魔法少女のるてちゃん(伊集院聖羅)は、ある日漫画の神様から人間の世界に行って、青少年健全育成条例改正案を止めてくるように命令される。さっそく、推進派の阿佐ヶ谷立秀高校教諭津川(田中浩之)のもとに行き説得を試みるも失敗し、魔法で懲らしめようと思ったがそれも失敗する。実は漫画の神様は、魔法にばかり頼って増長しているのるてに言葉の大切さを教えるため、魔法が通用しない人間の世界に派遣したのだ。そうとは知らず途方にくれるのるての前に、津川に廃部を命じられた漫画研究会のメンツがやってくる。彼らとともに、条例を阻止すべく動き出したのるてちゃん。果たして彼女の運命は−。
 私はシアターZOO幹事として、半期ごとに全世界からあまた来るリゼット(リピートZOO=もうすぐ来年上半期の締め切りです! 応募はお早めに!! 北海道演劇財団のHPをご参照ください)への申し込みにこのカンパニーのこの演目を見つけた時、ぜひにと推して上演が決まったとき、正直「やったあ」と思った。冒頭に書いた“上演拒否事件”を知っていて、はたして上演拒否される芝居なんてものがどんな内容なのかが見たかったからだ。それをそのまま北海道でやってくれる心意気がうれしかった。そして、当事者がなんと、道産子男子だなんてねえ…。当時、毎日新聞だったか東京新聞だったかが、けっこう詳しく事の経過を書いていた。
 けれども観劇日のアフタートークで山口二郎北大教授と対談した高間が明かしたところによると、上演拒否の理由は「内容が反社会的すぎる」というより、本来4日間以上借りなければならない劇場を3日間しか押さえていなかったためなのだったという。だが、その決まり事を劇場側が高間に正直に言えばいいものを、「内容が反社会的すぎる」というそれらしい理由を取って付けて断ったことに高間は激昂した。「演劇表現を実践している自分たちは(反社会的なことは考えてはいけないと)それほどなめられているのか。自分たちにはそれほどプライドがないと思われてるのか」と、アフタートークで高間は言った(私など、じゃあ、あの詳しい「表現の自由」問題を報道した新聞記事はなんなんだったんだと思っちゃうんだけど…)。というわけで、高間はなかなか気骨がある上に、マスコミも動員し問題化して劇団をPRしてしまうという、けっこうしたたかな男と見た。
 さて、「児童ポルノ漫画規制」についてというのが初演当時からのこの芝居について回った惹句であり、私も“北方の暗黒宝塚”こと風蝕異人街(札幌)程度の女優陣の露出はありかなあ、なんて助平なよこしまな気持ちでいた。だが、見始めると全然違う。誰も脱がない。というより、エロスを感じない。みんな、お偉いさんで、まっとうなのだ。これで全編にまんべんなくまぶされたギャグやコントがなければ(これは私も笑えた)、かえって反政府公報の芝居のような感じ。皮肉ではなく、この条例の問題点を突くことに時間が割かれており、それも不自然ではない流れの中で描かれており、よくできていた。山口教授いわく「私が講義するより、この芝居1本見てもらっただけで、民主主義とはいかなるものかを学生にわかってもらえると思う」。劇場に固定されたビデオ映像で幕間に「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(フランスの哲学者ヴォルテール)とか「ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた」(ドイツの牧師ニーメラー)などの言葉が映し出される(加藤注・両方とも芝居自体ではなく、ウィキペディアからの引用)。これも芝居の進行と相まって実に効果的だ。
 いやあ、笑の内閣が数年前にZOOに初お目見えしたときも幹事だったのに都合があって見られなかったけれど、その時は芝居プロレスと言われていたし(実際、ZOOにロープを張ってプロレスをしたらしい)、今回見たら、すっかり社会派コメディーだしなあ。なんなんだろう、このカンパニー。
 この演目に限って言えば、yhsと小樽出身の渡部又兵衛率いるコント集団「ザ・ニュースペーパー」を足して二で割った感じ、というものを持ち帰った(yhsよりは全体としての演技力は数段落ちるけど)。おそらくは今後も折々に見て、絶対に損はないカンパニーだな。時事的で、決して芸術的ではないし(“芸術的”をおとしめているわけではありませんよ)。
 でもねえ、私は観劇日も13〜16時まで劇場にいて、18時から夜中まで会社で仕事だったんだけど、ここまで気持ちを切り替えられて、すかっとした感触を持ち帰って仕事に打ち込めた芝居ってなかなかないですね。今回の芝居は高間の出身地の日高(管内関係者)割りあり、道産子気質を持って関西で頑張ってくれるのは本当にうれしいなあ。
 本当に、またZOOに来てほしい、そしておそらくは北海道の演劇関係者にけっこうな影響を与えた笑の内閣、ありがとう!!
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2012年09月14日

亀、もしくは…。(特別バージョン)

 TPS改め札幌座「亀、もしくは…。」(原作カリンティ・フリジェシュ、翻訳岩粼悦子、脚色・演出斎藤歩)の特別バージョンを9月10日(月)、札幌・シアターZOOで見た(通常バージョンは当ブログの今年2月にこれでもかというほど長文を書いているので、ご参照ください。これは「特別バージョンって話題になってたけど、結局どういうものだったの? 興味が尽きなくて今も寝付かれない」という人のために書く項目です)。
 特別バージョンは1995年の初演以来、男優=男性患者4人だけの芝居に初めて「女」(高子未来)が登場したもの。斎藤によると、道内ツアーが後志管内ニセコ町でも行われることを知った同町出身の札幌座員・高子が町の権力者に頼んで斎藤にあれやこれやの圧力を掛け、「女」が登場するバージョンを作らせたものらしい(圧力って、ほんとかどうかは不明だけど)。で、実際にニセコ町長も来場した。ZOOでは17時、19時半とも満員だった。
 「女」も精神療養サナトリウムの看護師で、医師(斎藤)に理事長ら上層部の企みを報告している、という謎の女だが、役柄としてはちょい役。物語の大筋は通常バージョンとさして変わらないから、先に書いた寝付かれない方は安心しておやすみください。ツアーではニセコ町と石狩、札幌両市の3カ所で上演された。
 高子が本領を発揮したのが、ラストの男性患者4人が並んで長椅子に腰掛け、シチューとパンの夕食を食べる場面。3度の飯より肉好きで、行く先々で肉ばかり食べているという高子は骨付きの大きな鶏の足を食べながら出てきて、4人のそばに立ち、台詞らしい台詞はなし。肉にむしゃぶりついていて、斎藤に言葉でいじられるが一向に気にせず図太いところを見せる。なるほど名にし負う「高子ニク」だった。
 食後の余興、管楽器の生演奏は高子ニクのクラリネットも交え、新たなステップも踏んでなかなか良かった。
 その「亀、もしくは…。」、きょう14日(金)から3日間、東京・新宿のSPACE雑遊で7ステージ(15日は3ステージ!!)という過酷なスケジュール。こちらは通常バージョン。残暑厳しいだろう首都圏で物狂おしく生きている人たちを、ぜひ亀にしてきてもらいたい。
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2012年09月07日

つづく、

 yhsの結成15周年記念公演「つづく、」(脚本・演出南参)を9月7日(金)、札幌・コンカリーニョで見た。
 2112年、万年雪に包まれて60年が過ぎたSAPPORO地区。研究者や観測隊、わずか500名ほどが滞在する土地となっていた。産業も廃れ、文化も途絶え、かつての200万都市の面影はなく、冷凍保存されたビル群が立ち並んでいるのみだ。そんなSAPPOROに、東京のテレビクルーがドキュメンタリーの取材にやってきて、廃墟と化したかつての「劇場」に足を踏み入れる。そこには、打ち捨てられたスピーカー、灯体、舞台美術、チラシ、台本たちが散乱していた。やがて、そこに残された「記憶」が少しずつ蘇ってくる……。
 この芝居はコンカリの通常の入り口の真裏から入る。劇場に足を踏み入れると、確かにかつての「劇場」の雰囲気がある。テレビクルーの要請で、「劇場」にあったチェーホフの「三人姉妹」などの台本を手に取り、演ずるSAPPORO復興局員たち−。
 見てすぐに、東日本大震災と原子力発電所事故で“廃虚”となってしまった、されてしまった福島県を思い浮かべた。あるいはこの芝居は福島の惨状をわが町札幌で見立てた、南参の思考実験と言えるものかもしれない。
 それにしては登場人物たち(みんな、プレイヤー=俳優=の本名で呼ばれる)の「情」の部分はもっともっと手厚くてもよいと思ったし、一方で上演時間2時間はやや間延びした感があった。物語の骨格、ベースはしっかりしているのだから、そのあたりを練り直し、より引き締めての再演を望みたい。ラストの台詞がより説得力を増すと思う。
 開演は8日(土)と9日(日)が14・19時、10日(月)は20時。
posted by Kato at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする