2012年05月31日

photogenic

地下活動の演劇ユニット(男性2人、女性1人)の芝居を5月26日(土)の晩、札幌・ススキノの某バーで見た。実は特段期待していたわけではなかったが、見終えた後はいろいろな意味でずいぶん得した気分になる芝居だった。
 第1部は3人によるロードムービーならぬ“ロードシアター”。今回、関東から札幌まで1000`の乗用車の旅で見、聞き、経験した事実をもとに、ほとんどマイムで小気味よく表現した。台詞がほとんど発されないのが逆に観客の想像力=創造力をいたく刺激する。途中、宮沢賢治の「どんぐりと山猫」(この部分は台詞あり)が挟まれたのも、ほかの部分にはあまりない物語性を喚起して効果的だった。
 休憩を挟んで第2部は一転、エロスの世界。第1部の女性が着物姿で腰縄を付けられ、黒尽くめのゴスロリファッション(っていうのかなあ、ああいうの)の女王様に引っ張られて四つん這いで出てくる。女性は女王様のブーツを舐めたり、脚を愛撫したり。かと思うと、女王様に着物を剥がれる。すると、彼女自身も黒のボンデージ衣装にガーターベルト、網タイツ姿ではないか! そこで禁断の愛が繰り広げられる−といった短編。まさにSMショーを見ている感じで、完全予約制の秘密公演ならではであった(これを読んでくれている18歳以下のみんなはもう少し大人になってから楽しもうね)。
 会場がバーゆえに酒を飲みながらの楽しく妖しい2時間だった。また見られることを心待ちにしている。
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2012年05月26日

学生ダイアリー

 劇団アトリエ「学生ダイアリー」(作・演出小佐部明広)を5月26日(土)、札幌・シアターZOOで見た。
 2015年5月、札幌のとある大学。屋内集会所のようなところに、大学4年の学生たちが入れ代わり立ち代わり来て、時間を潰したり友人と話したり。イベントサークル「寿」所属なのは東京出身の植村望(阿部星来)、よからぬバイトをしている大橋実里(玉置陽香)、ミュージシャン志望の篠原幸恵(佐藤愛梨)、写真部なのは望の恋人で就職活動に忙しい蔵元優太(小山佳祐)、就活はしていない重野誠(有田哲)と柳田卓哉(ビルタテル)だ。「寿」の先輩で卒業留年中、「日本を変えなきゃ」と大志だけは抱いている谷川信平(田村貴大)が、中国人留学生で卒業生、故国での結婚も間近な郭暁偉(井上嵩之)を連れて来た。誰かと会うらしい。実は優太は実里と高校時代の友人。幸恵とは以前付き合っていたらしい。国外では北朝鮮の動向が怪しく、北海道に向けてミサイルを飛ばす、なんていう噂も。日本も戦争が間近なのか、大学構内ではそれに反対するデモが行われている−。
 夢も希望も、確かな人生設計も持てない時代。何気ない台詞、動作から、若者たちの閉塞感が伝わってくる(まあ、世界的な閉塞感は私たち大人もそうなんだけどね)。「死」さえさしたる恐怖ではない。というより、恐怖でなく、むしろある意味、憧れのように思ってしまうほどに、現実に絶望しきっている。いや絶望さえし得ないほどにかなしいのか。ただ「無」なのか。
 設定は2015年だが、今のことを描いていると言って差し支えないだろう。小佐部は学生たちを描きながら、現代日本社会に漂う空気感を微妙なところまですくい取ってみせた。見終えた後、さまざま考えさせられ、いろいろと感じさせられた。
 全体として、私はなぜだか「弘前劇場」(青森)が醸す雰囲気と同様の印象を受けた。語り口とか演出の手付きとかからだろうか。
 誰が誰に発信したのか明かされない携帯電話のメールがひっきりなしに送受信され、芝居全体の不穏な空気感を高めている。小佐部自身がパンフレットで書いているように、見終えて全然爽快気分にはならない作品だが、現代日本社会を巧みに反映していることは確かな佳作だ。
 26日は19時開演も。楽日27日(日)は13時・17時開演。
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2012年05月04日

授業(風蝕異人街版)

 実験演劇集団「風蝕異人街」による、サミュエル・ベケットと並ぶ不条理演劇の大家ウジェーヌ・イヨネスコ作「授業」(演出こしばきこう)を4月29日、札幌・アトリエ阿呆船で見た。
 教授(李ゆうか)の自宅に、全博士号取得が目標の女生徒(三木美智代)がやって来る。授業は「『1+1』は?」などという、はた目にも馬鹿馬鹿しい算術から始まるが、教授宅の女中(平澤朋美)は気が気でない。なぜなら、算術から始めてやがて言語学に到る授業の果てには、決まってある出来事が起こってしまうからだ−。出演はほかに、もう一人の女生徒役に丹羽希恵。
 この名作を見たのはたしか5回目だ。東京・渋谷の今はないジャンジャンで、小樽出身の名優・故中村伸郎の超ロングランを継いだ故・仲谷昇版を皮切りに、札幌・シアターZOOで柄本明版(いずれも教授役)、2007年10月には札幌・コンカリーニョで、WATER33-39版と韓国・チョヨン劇場版の日韓競作(07年10月7日付参照)。
 数少ない観賞歴ながらに思うのは、「授業」やベケット作「ゴドーを待ちながら」に代表される不条理演劇は、物語の筋や構造がさほど難しくはない、むしろ単純化されているがために(それは日常生活における不条理性を感じさせるために、概してそうなのだろうか)、演出家の個性や創意工夫がいっそう試されるのではないか、ということだ。WATER33-39版で清水友陽が採用した、女中がストップウオッチを持って時間を計っているという演出が印象深い。
 さて風蝕版。これも女中の立ち居振る舞いに特徴があった。教授と女生徒にこれから起こることをすべて知っていて、なすがままに、いや多少は抗おうとするのだが、結局は諦めてなすがままにしている感じ。「ほらまた、やっぱり。先生ったら」って、台詞が聞こえてきそうだ。そこに日本の歌謡曲なんかがバックに流れて、“異化効果”を出している。平澤のコメディエンヌとしての面白さがいかんなく発揮されていた。
 その分、李と三木のやりとりは生真面目さが浮き彫りになり、やがて狂気というものが際立つ。ラスト近くの李と三木の“たゆたい”はなかなかの見せ場であった。
 11日(金)〜13日(日)には東京で神楽坂die pratzeの「授業」フェスティバルに参加する。健闘を期待する。
posted by Kato at 14:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする