2012年02月27日

「札幌演劇シーズン2012冬」閉幕

 1月28日(土)にコンカリーニョでの劇団イナダ組「このくらいのLangit」で開幕、4週に渡りコンカリとシアターZOOで1週間ずつ交互に毎日芝居が上演されてきた初の試み「札幌演劇シーズン2012冬」が2月25日(土)、シアターZOOでのTPS「亀、もしくは…。」で閉幕した。
 イナダ組は16ステージ、TPSは19ステージで、観客数は計3100人。TPSはほかに札幌・清田区と美唄市にも巡演し計450人が見たとのことで、シーズンをおおぐくりにすれば、1カ月間で3550人がどちらか、あるいはどちらもの芝居を見たことになる。
 この数字が多いか少ないかなどの分析は主催関係者に任せるとして、イナダ組を3回、TPSを4回見た私としては、ふだん劇場に足を運ぶ習慣がない感じの人も数多かったように思え、喜ばしい限りだ。
 演劇シーズンはこれで終了ではなく、むしろこれが始まり。すでにこの夏の演目は決定しており、もう来年冬の演目設定に入っているという。夏、冬に決して安いとは言えないシーズン券を買わなければならないというのは、正直財布の中身が痛いのだが、今後も北海道演劇の発展のために微力ながらできる範囲で力添えしたいと思っている。
 関係者の皆さま、お疲れさまでした!
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2012年02月22日

TPS、千秋楽25日(土)に前代未聞の11時追加公演

 TPSの平田修二チーフプロデューサーから22日、当ブログに掲載依頼の緊急連絡が入った。
 完売が相次いできたTPS「亀、もしくは…。」について、千秋楽日の25日(土)に午前11時から追加公演を行うことが決まったとのこと(会場は札幌・シアターZOO。ロビー開場10時、劇場開場10時半、上演時間1時間)。
 通常、追加公演は最終公演の後に設定されるが、同日は13時公演終了後に演劇関係者による「札幌演劇シーズン2012冬」の終了パーティー(招待制)が予定されているため、それは不可能で、最終公演前に追加公演を設定したとのこと。
 13時開演分はすでに完売、予約でも満席で、当日券も出せない状況だという。
 今後、どうしても25日にしか見られない人には11時開演への入場をお願いするという。

 午前11時からの開演なんて、札幌ではやまびこ座で子ども向けにたまに行われるが、TPSなど一般的なカンパニーではめったにないこと。もちろんTPSでは前代未聞、初体験だ(いったい関係者は何時に劇場入りすることやら)。
 ということで、この「北海道演劇の宝」賞(私が毎年大晦日に選ぶだけなんですが)贈呈確実な名作をご覧になれる機会が増えました。私にとっても喜ばしい限りです。親しい人と、愛する人と、親しくなりたい人と、みんなで一緒に亀になりましょう。
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2012年02月21日

亀、もしくは…。・三見

 TPS「亀、もしくは…。」(原作カリンティ・フリジェシュ、脚色・演出斎藤歩)を2月21日(火)、札幌・シアターZOOで見た。札幌演劇シーズン2012冬としては4(土)・5(日)の両日に続いて三見目。やっぱり、いい。いいなあ。実にいい。
 私はこの作品をもう20回は見ている。それ以上かな。でも、やっぱり同じところで鳥肌が立つ。そうなんだよなあと思って、鳥肌が立って、きょうなど、われ知らず涙さえ出てきた。
 それは4日にも書いたけれど、というか、かつての劇評を再掲したけれど、斎藤が書き加えたラストのラスト、時間にしてわずか3分もない、世界への意志表明に胸を打たれるからだ。私にとってそれは、チャールズ・チャプリンが映画史に残る名作「独裁者」(1940年)のラストで行った演説(この演説をするために、チャプリンはこの映画を初めてトーキーで撮影した。それは実際にヨーロッパを席巻していたナチス・ドイツとアドルフ・ヒトラーに対してのノンであることは明確だ。はたしてドイツに負けたら、チャプリンはどうなっていたんだろう?)に、決して大袈裟ではなく匹敵する感動ものなのだ。
 かといって、「亀」の方の決意表明は決して感動する、感動させる内容の台詞ではない。言葉だけを追ってみればたいしたことは言っていないし、むしろよくもまあ馬鹿げたことを、という類の言葉なのだ。でもそれが、1時間近く見てきた後に、そっと、そう、そっと、でも、どこに担保があるのかわからない、ある種の説得力を伴って口に出されると、思わずぐっときて鳥肌が立ってしまう。私の場合はいつもそうなのだ。
 言葉って、それがたとえ美しい言葉ではなくても、美辞麗句ではなくても、ある時と場所で放たれると「力」を持つものなんだな、ということを実感する。
 19時(23、24両日は19時半)開演は夕食の支度をしなければならないから行けないという(主に女性の)方々、千秋楽の25日(土)13時開演は完売だけれど、明日22日(水)は14時開演があります。
 どうですか? 一度、私に騙されたと思って、見てみませんか。みんなで亀になりましょう。
 
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北海道演劇宣伝美術大賞(らてるね賞)が創設

 北海道演劇界を活性化するための新たな賞がこのほど創設された。その名も「北海道演劇宣伝美術大賞(らてるね賞)」。宣伝チラシ(フライヤー)のデザインの美術性を評価する賞だ。
 その趣旨、方法、選考委員会など「あらまし」は以下に詳述するとして、ここでは先に具体的な応募方法を書いておく。
 応募申し込みは、芝居の宣伝チラシ(フライヤー)1枚を〒060-0033 札幌市中央区北3条東5丁目岩佐ビル1F CAFEらてるね 担当 伏島信治さん TEL&FAX:011・206・9725 メールアドレス 
kitanosanposha@gmail.com に送るだけ。
 道内で上演された演目が対象だから、札幌以外からも広く募集している。
 そういえば札幌劇場祭2011大賞を受賞した劇団千年王國「狼王ロボ」は宣伝チラシも、さまざまな美しい色使いに気を取られて眺めていて、ふと気づくと狼の真正面から見た顔が表現されているという凝った作りだった。そうした美術性に光を当てようというこの新設賞。はたして第1回はどういうカンパニーのどういうチラシが受賞するのか、楽しみだ。
 個人的な経験で言えば、優れた芝居はチラシも上質。これはほんとにそう思う。ただ、チラシが素晴らしい芝居が必ずしも上質とは限らない−そこが面白いところだろうな。
 以下、長文だが、「あらまし」を掲載する。ふるってご応募を。


 北海道演劇宣伝美術大賞(らてるね賞)のあらまし
 らてるね賞とは=演劇を下支えする宣伝美術の担い手を励まし、小さな灯り(ラテルネ、ランタン)で照らすささやかな個人賞
 趣旨
 演劇の魅力を宣伝し、採算と再生産の道を広げるためには、より良い集客が必要である。そのためには集客の戦略とツールを磨かなければならない。
 効果的な戦略の議論は別に譲るとして、効果的なツールとして今なお色あせないのはポスター、フライヤーといった視覚的で、街角や店舗、公共施設など市民の暮らしに身近な、接触力の高いものである。
なかでも、店舗や公共施設におかれたフライヤー(チラシ)は持ち帰ることができ、演劇と市民の間を密接に取り持つ役割を担うことができる。
 このフライヤーの美術性とコンテンツを高めるため、制作に当たる人々の努力を顕彰し、もって北海道の演劇市場の活性化に資する。
 方法
 演劇主催者から送付されたフライヤー(道内で暦年1年間に上演された演目が対象。12月から翌年にかけて上演される演目を含む)を選考委員会で討議し、大賞1作品(賞金3万円)、優秀賞2作品(各1万円)を選定する。選考の基準および賞金の改定、賞品や佳作を設けるなどの事項については、今後選考委員会で検討する。
 賞贈呈式は毎年12月22日(冬至)、CAFEらてるね(札幌市中央区北3条東5岩佐ビル1F)で開催する。
 受賞作品はCAFEらてるね店内に一定期間展示する(選外佳作を合わせて展示する予定)。

 選考委員会(敬称略)
磯田憲一(北海道文化財団理事長)
岩本勝彦(弁護士)
大井恵子(ギャラリー門馬オーナー)
北村美恵子(北海道NPOサポートセンター理事) 
下村憲一(建築家) 
新村訓平(舞台照明家・演出家)
根子俊彦(札幌国際プラザ総務企画部長)
横山憲治(北海道テレビ放送参与)
和田由美(亜璃西社代表取締役)  
伏島信治(CAFEらてるね事務局)
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2012年02月18日

風蝕版 阿呆船

 実験演劇集団「風蝕異人街」の「風蝕版 阿呆船」(原作寺山修司、構成・演出こしばきこう)を2月18日(土)、風蝕の本拠地である札幌・アトリエ阿呆船で見た。「シアターホリック(演劇病)」の「2011アワード」で「ザ・ダイバー」(作野田秀樹)、「熱帯樹」(作三島由紀夫)という2作を「マイベスト」に挙げた実力派。年が変わっても創作活動は旺盛なようで、まことにうれしい。
 あらすじらしいあらすじを書ける物語はない。パンフレットのこしばの記述によれば−12世紀には阿呆=狂人が聖人に近い存在だと考えられていたそうです。共同体の周縁の存在である狂人たち。彼らは人間でありながら人々の生活になじめない。そんな彼らを乗せて聖地へ巡礼に向かったのが「阿呆船」です。彼らは言語を超えた存在として、より神に近しいと考えられたのです。何が現実で何が夢かを判断しようとした時点で観ている人は負けです。阿呆船の乗客たちは二項対立で語れない言葉の担い手ですから−。
 舞台は正面奥の壁から10本の白いロープが客席前まで伸びているという簡素な装置。壁には1冊の大きな書物が立て掛けられている。ここで繰り広げられるのが、黒衣/皮なめし(平澤朋美)や眠り男(三木美智代)、影の男(李ゆうか)ら、大酒飲み、ほら吹き、おべっか使い、誇大妄想狂などなど、ありとあらゆるこの世の「阿呆」たちが阿呆船で目指す大航海をめぐってするやりとりだ。
 随所に出てくる歌と踊り(つまりは「音楽劇」だろう)。そして風蝕“お約束”のエロティックな衣装の人形たち(丹羽希恵、三浦千絵、丸山アキナ、三上さおり、岡谷友美)。なるほど、こしばがパンフに書いたように、この物語に「起承転結」はなく、すべて意味のない決して物語をつむぐことのない不条理な言葉たちと俳優たちの肉体が舞台上で踊り出すのです−その通りだ。
 でも、一つ一つの場面が喚起するイメージは多彩で豊かでどこまでも伸びやか。物語がなくても言葉と肉体の特権で、その場にいて十分に楽しい。上演時間は1時間。寺山の世界は見たことがないという人には、それを垣間見る、あるいは寺山初体験の導入として手ごろではなかろうか。
 開演は18日19時も、19日(日)は15時・19時。
 風蝕は3月に東京の神楽坂die pratzeで(あ、ホームページによると、今年7月限りで閉館だ)、3日(土)にこの作品を、翌4日(日)にはなんと! 私の生涯マイベストである「水の駅」(作太田省吾)を上演する(東京の舞踏家+風蝕異人街女優陣。年内には札幌公演もするというから、期待せずにはいられない)。今年の活動もなんとも精力的だ。
 なお、パンフによると、こしばは今年から風蝕の顧問となり、代表は三木が就任したとのこと。私が風蝕と出会ってから10年を越えた。団員は一時期は少なくもなったりして心配したのだが、今では(陰でいろいろ努力しているのだろう)ずいぶん可愛い女の子(ええっ、なんでこんなに可愛い子が?って驚くような女の子)が多くなった。「北方の暗黒宝塚」としても少しずつ色合いを変えていくだろう。というか、いまの団員たちの可愛らしさを見ていると、時に「北方の暗黒宝塚」にもなる「SFI」(「AKB48」をまねて「札幌風蝕異人街」の頭文字を取っただけです)と言った方が良さそうな感じもする。
 やっぱり私は風蝕から目が離せないな。大好き。
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2012年02月11日

班女

 北海道教育大岩見沢校演劇研究会「班女」(作三島由紀夫・新潮文庫「近代能楽集」所収、演出仙頭沙也加)を2月10日(金)、岩見沢・大音楽教室で見た。と読んで、ええっと思われる方も多いと思う。わざわざあの雪深い岩見沢へって。そうなのである。私が行きたいと思って選んで行った芝居ではない(後述)。ただ、行って、見て、良かった。凄かった。三島を読み込んで、なお斬新な解釈を施した芝居。その手際に目を見開かされた素晴らしい芝居だった。仙頭はまだ1年生だ。これで、この演出。劇団アトリエの小佐部明広(北大3年)を抜くかの素晴らしさだと私は思った。小佐部よ、仙頭の名を忘れるなよ、きっと君たちはいいライバルになる。いま札幌・シアターZOOで「亀、もしくは…。」をやってる斎藤歩を除く3人+声の出演の橋口の連中のように。そうなったら素晴らしいと思う。私たちは、仙頭や小佐部が芝居で食っていける環境をつくりたいと思う。
 女流画家・実子(佐々木志乃)の家には、元芸妓である花子(仙頭)が匿われていた。花子は芸妓時代にひとりの男(上西佑樹)と出逢い、恋に落ちる。男は花子とお互いの扇を交換し、再び逢う約束を交わし、別れた。しかし、男はいっかな現れず、待ち続けた末に花子は狂ってしまった。実子に引き取られた花子はそれでも扇を片手に、男を待ち続けた。しだいに世間に狂女の噂が流れ始めた。そんなある日、待ち続けた男が訪ねてきて…。
 そもそも、仙頭との出会いは昨夏の札幌・円山公園での「劇団どくんご」の打ち上げである。私はどくんごの主演女優・五月うかと小中高校の同級生だから遅くまでいたのだが、仙頭もけっこう遅くまでいた。で、仙頭は高知県から来ただとかそんなこんなでお互いに、というか、私は人脈が広がるのが楽しくてしょうがないたちだから、仙頭にも自己紹介したのだろう。でも、仙頭にはメルアドとか教えていなかったのか?
 今回は、私のメールアドレスを岩教大の閔鎭京先生(ミンジンキョン、韓国人女性、30代、恋人募集中、童顔でとっても可愛くて日本語堪能、なんで独身なんだろう、元TGR札幌劇場祭審査委員長、お付き合い希望の方は相談に乗ります、間違いなく可愛いです、30すぎなのに=国際的偏見じゃないよ)に聞いたうえで、なお札幌−岩見沢間のJRの交通費、岩見沢駅から大学までの送迎しますから見に来てくださいとまで言われたのである。そうまで言われて、袖にする男は無粋というものだろう(でも、最後までJRは心配だったよ。そして、交通費分はちゃんと帰りの電車前に、岩見沢駅前の焼鳥屋に落としましたよ)。
 閑話休題。仙頭の「ごあいさつ」によれば、休眠状態だった岩教大演研の再スタートがこの公演だとのことだ。それにしては、思った以上に良かった(「班女」を読み直して臨んだが、それ以上に斬新な演出だった)。
 佐々木と上西は昨年11月の札幌・サンピアザ劇場の「さっぽろ学生演劇祭・レターズ」に出たらしい。特に佐々木は、あの異能集団のお母さん役。でも、今回は全然違った。なんだか詰まっている感じのあの役よりよっぽど良かった。今回の上西は役が立っていた。声もいいし、芝居を勉強したいなら、TPSとか文学座とか、ちゃんと学べるところに行くべきじゃないか。相談に乗るよ。
 仙頭、君の戯曲の読み込みは鋭い。そしてラストの戯曲にはない人物の現れ、動き。初めてこの芝居を見る人のために分かりやすくしたのだと思うけれど、的確だった。台詞を足さずに、動きだけだったのがよい。全体的に「舞踏」を感じた。ちょっとだけだけど、私の人生マイベストの太田省吾「水の駅」もね。三島の、誰もが手軽に書店で買える戯曲を、ここまで自分のものとして解釈、表現したのは素晴らしい。喝采です。
 「岩見沢という地域を通じて」と言ってたけど、もっと広く構えてもいいんじゃないかな。私の人脈では深川では無料でできるよ(今回、誘ったら、都合があって来られないという75歳過ぎの親父の家の2階アトリエ。きょうより広いよ)。それに、この出来だったら、清水友陽プロデューサーに「じゃぱどら!!」枠で推薦したいし、とにかくたくさんの人に見てもらいたいと思ったよ。
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2012年02月05日

「亀、もしくは…。」訂正

 前項「亀、もしくは…。」のラスト近く、清水友陽に言及したくだりで、山野久治と比較しての評論は誤りでした。
 清水はかつて斎藤歩がやった「亀」の役であり、「医師」役であった山野との比較はできようもありません。
 それを、私は勘違いして書いてしまいました。
 申し訳ありません。
 酔っぱらいも寝もせずにちゃんと見ていたのですが、書く段になって完全にチラシの印象に引きずられたようです。
 関係者の皆さま、読者の皆さまにお詫びして訂正いたします。
 ただ、清水の「亀」はきょう2月5日(日)マチネも自然で「正常な異常」で、良かったです。
 一人でも多くの方が、シアターZOO、コンカリーニョに足をお運びになることを願っています。
 というか、どちらの作品も、見てみたら必ず、他の人に宣伝したくなる作品ですよね。

 札幌演劇シーズンの趣旨や今後の日程、上演時間などについてはホームページ http://s-e-season.com/ をご覧ください。
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2012年02月04日

亀、もしくは…。

 札幌演劇シーズン2012冬で12月4日(土)、TPS「亀、もしくは…。」を札幌・シアターZOOでみた。
 この芝居、私はいったい何回見ていることだろう。2005年には原作者の故郷ハンガリー公演への同行ツアーにも行った。見るたびに必ず、ラスト直前のある場面のある瞬間から鳥肌が立つ。傑作中の傑作と紹介してもまだ足りない。やはり「北海道演劇の宝」であろう。ぜひご覧いただきたい。
 北海道新聞文化部で演劇を担当していた時に見たTPS+文学座提携公演の劇評を書いておく。私ながら一番端的に、この芝居を紹介していると思われるからだ。一部、漢数字を洋数字に直した。
 2003年12月2日(火)夕刊
<ステージ>
TPS+文学座「亀、もしくは…。」
*社会の深層見据えた批評性
 こんなブラックジョークを思い出す。精神病院で患者が浴槽に釣り糸を垂れている。

 医師「釣れますか?」
 患者「ばかだな、先生。ここ、風呂場ですよ」
 カリンティ・フリジェシュ(ハンガリー)の上演十数分の戯曲「亀もしくは居酒屋の中の気ちがい」(岩崎悦子訳)をTPS所属以前の斎藤歩が1時間に脚色、演出し1995年に初演。今回は6回目の再演となる。
 これほど再演を重ねられたのは、斎藤が書き加えたラスト数分の、世界への確かな意志表明が胸を打つからだ。同様に精神病院が舞台の演劇・映画「カッコーの巣の上で」のように直接人間性解放をうたったものではない。だが、マイナス要素ばかりの末のプラスへの劇的転換は、混迷した社会にあって人生肯定の乾いた希望のメッセージとして響くだろう。その意味では、ほとんど斎藤のオリジナル作品と言えるかもしれない。
 今回はTPS主体のA、Cチーム、文学座主体のBチームが競演する。自分を救世主モーゼや「亀」だと思っている患者のいる精神病院の密室。理事長の叔父の紹介で見学に来た医学生(A・C高田則央、B助川嘉隆)と医師(A・C山野久治、B岡本正巳)、看護師(A・C永利靖、B粟野史浩)、「亀」(A・B斎藤、C木村洋次)がすったもんだの騒動を繰り広げる。
 男性4人の1時間の小品だが、社会の深層を見据えた批評性に満ちている。それは正常と異常の境への問い掛けであり、人が日常生きる中での“演技”、権威への盲信への覚めたまなざしでもある。
 A、B見比べ、Aは駆け引きにたけた静、Bは押し出しの強い動との印象を受けた。山野、岡本の円熟味が醸すおかしさ。高田と永利は観客を舞台に引き込ませる抑制がさえ、釧路管内阿寒町出身の助川と苫小牧出身の粟野の20代コンビは勢いのある新鮮さが魅力だ。(加藤浩嗣)
 ◇11月27日、東京・笹塚劇場(仮)
 95年といえば、TPSもその母体の北海道演劇財団(96年設立)もまだ存在しておらず、斎藤歩は93年設立のA・G・S(アーティスツ・ギルド・オブ・サッポロ、札幌舞台芸術家協議会)のメンバーだった。
 だが、この作品を96年の札幌公演で見た在京の演劇関係者が瞠目し、A・G・Sは東京国際舞台芸術フェスティバル'97に招待され、その公演を見た在京の演劇プロデューサーらが予想以上の圧倒的な水準の高さに度肝を抜かれ、99年から同フェス(いまは少なくともこの名称では開催していないようだが)に「リージョナルシアター(地域演劇)・シリーズ」が設けられた−という、知る人ぞ知る逸話がある。
 その初回のラインアップに選ばれたのが、「弘前劇場」(青森県浪岡町=現青森市)、「劇団カタコンベ」(新潟市)、「劇団ジャブジャブサーキット」(岐阜市)、「MONO」(京都市)、「199Q太陽族」(大阪市)、「桃園会」(兵庫県伊丹市)、「飛ぶ劇場」(北九州市)の7カンパニーである。演劇ファンならわかるだろう、このそうそうたるカンパニー名を見ても、そのきっかけとなった当時のA・G・Sがいかに先駆的で素晴らしい地域演劇の担い手だったかがわかろうというものだ。
 逸話ついでにもう一つ。TPSによる「亀、もしくは…。」の再演は、05年の作者カリンティの故郷ハンガリー公演(TPS初の海外公演でもある)と道内巡演以来。一方、現行審査方式のTGR札幌劇場祭は06年スタート。TPSはいつも前評判が高いが、大賞受賞は10年になって「クリスマス・キャロル」(原作C・ディケンズ、翻訳森田草平訳より、客演出清水友陽=WATER33−39、振付佐々木絵美)でようやくだ。
 この間、06年「アンダンテ・カンタービレ」、07年「西線11条のアリア」、08年「秋のソナチネ」と作・演出(音楽)斎藤歩で佳作を連発したが(再演含む)、私が審査員を務めた先の06年初回から3年とも、「TPSにはもっともっとずば抜けた高水準を望みたい」とか「斎藤歩にはこれ以上の素晴らしい作品がつくれるはずだ」などという、他のカンパニーにはほとんど求めることのない、当該作品を純粋に評価するのとはまた別の評価座標軸を持ち出しての理由で大賞授賞は見送られたのだった。
 ここだけの話、要するにTPS、斎藤歩作品となると、全審査員に「亀、もしくは…。」と「冬のバイエル」(作・演出斎藤歩、00年初演)という、北海道演劇史に必ずや残る双璧への賛辞と畏敬の念があり、その2作品とどうしても比べてしまって「それにしては今回の作品は…」となってしまっていたのだ。もし札幌劇場祭が05年に始まっていたら、「亀、もしくは…。」が文句なく初代大賞となっていただろう。ちなみに当「シアターホリック(演劇病)」も06年スタートだから、再演作品対象の「殿堂入り」にも、「北海道演劇の宝」賞にもしていない。それどころか、再演は05年以来だから、書いてもいない。
 閑話休題。前触れが長大になった。今回の公演について書こう。配役がすべて変わった。医学生に弦巻啓太(弦巻楽団)、医師に斎藤歩、看護師にすがの公(札幌ハムプロジェクト)、亀に清水友陽(WATER33-39)、それに声の出演で橋口幸絵(劇団千年王國)。在札カンパニー主宰者・劇作家・演出家の中でも上質な人材を集めての顔ぶれは、贅を尽くして新鮮だ。斎藤を除いて、05年再演から10〜20歳は若返っただろう。
 弦巻は前任の高田に比べて良い意味で自然体(なにせ高田はいつも全力投球で、終演後は汗がべったべただったから)。練り上げていくほどに良い味を出すだろう。
 すがの(ハム)は、これがハム?というほどの抑え方。斎藤が相当抑えたんだろうな、暴走しちゃうタイプだから。でも、それが後半の暴走に生きてくる。
 清水はひょうひょうとして実にいい感じ。かえって山野が暴走気味だったんだなと、清水を見てあらためてわかった。
 新鮮な顔ぶれは、思いもしないほど贅肉をそぎ落とした感じで、素晴らしかった。あれほどまでに見てきた前出Aチームに、実は贅肉があったんだと気付かされるほどの出来栄えだった。それゆえ、清水に代表される「正常」が「異常」と感じられる、一貫したテーマが自然にすーっと入ってきた。
 そしてやっぱりラストの弦巻の台詞には鳥肌が立って、泣けた。
 新たな息吹の「亀、もしくは…。」新バージョン、異常なし、見通しまことに良し、である。ぜひご覧あれ。
 札幌演劇シーズンの趣旨や今後の日程、上演時間などについてはホームページ http://s-e-season.com/ をご覧いただきたい。
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