2012年01月29日

このくらいのLangit

 札幌演劇シーズン2012冬が開幕した初日の1月28日(土)夜、劇団イナダ組「このくらいのLangit」(作・演出イナダ)を札幌・コンカリーニョで見た。
 2002年に劇団創立10周年記念として上演された大作の再演だ。私は初見だが、初演には今や全国的に知らない人のいない人気者になった(当時から北海道内では絶大な人気だったが)大泉洋らが出ていたと聞けば、この10年、長かったような短かったような不思議な感慨だ。
 東京の高架下、亜細亜エンターテインメント。そこには、高架下で生まれ育った姉弟「ビン」(小島達子=初演同じ、ある意味すごいな)と「カン」(高田豊=音尾琢真)をはじめ、廃品を集めて売ってはその日暮らしをする人々がいる。物語は、「ミズノ」(納谷真大=大泉洋)と名乗る男が借金のカタに売られてきたところから始まる。ある日、高架下で暮らす人々を特集するとケーブルテレビ局が取材に現れる。ミズノの提案でカンが描いた絵が紹介されたことから、カンが描いた絵が高値で売れるようになり、高架下の状況は一変。絵を描くことを強要される日々の中、フィリピン人のエミー(今井香織=山村素絵)の語る南の“楽園”に魅了されるカン。自分から離れていくカンに焦るビン。それぞれの求める“楽園”とは何か、そもそも“楽園”などあるのだろうか…?
 共演は、廃品回収業のメンバーとしてゾフィーに江田由紀浩(戸次重幸)、モモ姉に山村(庄本緑子)、ミチコママに上總真奈(棚田佳奈子)、社長に野村大(森崎博之)、バッタ屋に氏次啓(川井“J”竜輔)ら。
 舞台いっぱいに廃品が積み上がった巨大なセット。そこで社会の底辺に生きる人々の生きざまが活写される。まるでゴーリキーの「どん底」のようだ。彼ら彼女らは地べたを見ることに一生懸命で、というよりもはやそれしか見られないような心模様になっていて、すっかり「Langit(ラーギット=タガログ語で「空」)」を見上げることを忘れてしまっているかのようでもある。
 そこに現れたのが、かすかな“希望”的存在のエミー。フィリピン・バーなどで体をひさぐなどして暮らしてきたが、米国に行く夢がある。そして彼女が語る故郷フィリピンの「Langit」にカンは魅せられる。
 10年前の芝居だが、初演の2002年と言えばまさに小泉純一郎政権。彼のなした諸政策により、それから格差社会が急速に拡大、定着してしまった感のある昨今、この作品のはらむテーマ、問題意識はいっそう大切で、重い問いかけを投げかけるものとなっているだろう。
 出演者は、初演時のメンバーに比べると残念ながらたしかに名前負けはするだろうが、それぞれに役柄の個性、特徴を我がものとして熱演。私個人としては、納谷がいつものパワー全開、強引な力業よりやや抑えめに演技していたことで、かえって全体のアンサンブルが良くなったのではないかと感じられた。ともかく「札幌演劇シーズン」の開幕にふさわしい出来栄えだった。
 札幌演劇シーズンの趣旨や今後の日程、上演時間などについてはホームページ http://s-e-season.com/ をご覧いただきたい。
 札幌に日常的に演劇が根付くことを!!! 
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渡り鳥の信号待ち・追記

 世田谷シルク「渡り鳥の信号待ち」、楽日1月29日(日)は14時開演。見て、間違いはないです。ぜひに。
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渡り鳥の信号待ち

 前項で「北海道舞台塾は十数年見てきているけれど、パンフレットの裏面にある『これまで』を見ると、『遊戯祭』を除いては『良かったなあ』というものは一つもないな」と書いた私。その後、いま思えばリーディング公演「ぐるぐる地獄」(脚本・演出納谷真大)だけは面白かったな、ということを思い出した。で、振り返ると、その証拠に同公演については2009年2月21日付にちゃんと、「北海道舞台塾の公演で、素直に面白かったと言えるのは初めてじゃなかろうか」と書いている。ということで、私の観劇観は変わっていない。
 さて、1月28日(土)は午後、札幌・シアターZOOで世田谷シルク「渡り鳥の信号待ち」(原作宮沢賢治「銀河鉄道の夜」、作・演出堀川炎)を見た。チラシがセクシーな女性キャビンアテンダント(堀川=口元のほくろがいいんだよなあ。正直、大学時代に憧れていた先輩女性を思い出しました、独り言ですが)の立ちポーズ姿の写真で、助平な私は“それなり”の期待もしていた。
 “それなり”の期待は見事に裏切られた。だがそれ以上に、劇作のうまさというか、洗練さに魅せられた。聞くところによると2010年初演の作品。まだ1年半しか経っていないが、やはり「3・11」を“経験”した私たちには思うところの多い作品であり、それを見越した上で、おそらくは「いまこそ見ていただきたい」との思いのこもった再演でもあろう(東京、札幌、京都3カ所)。それにしても「3・11」後は宮沢賢治「銀河鉄道の夜」にモチーフを得た作品が多いなあと思うな(別に嫌なわけじゃないけど)。
 あらすじは−主人公はあかり職人(朝倉薫)の父親を持つしおり(えみりーゆうな)。母親のいない中学生。いつも強気で同級生と喧嘩をしては先生に怒られる。そんな彼女は嫌々ながら父親のために牛乳を買いに隣町まで出かける。すると普段の電車に乗ったはずが、なぜか車内は奇妙な人たちで溢れかえっている。はじめは怖がっていたしおりだが、家族・死・幸せについて、徐々に14歳の多感な感情は揺れ動くのだった−。
 まずダンスを取り入れた動きがユニークで素敵。きびきびしていて、そのくせ“体育会系”でもなくって、要するにちょびセクシーで大好き(男性もいるんだけど)。一つ一つの動きが周到に稽古されているようで、自然ながらもセクシーさを感じさせる。なにより、潔さを感じさせる。
 で、物語。多層な積み重なりがあって、初見だとわかりにくい部分もあるかもしれないけれど、あとからじわーっとくる感じ。「銀河鉄道の夜」が原作だから、もちろんジョバンニやカムパネルラも出てくるんだけど、なんと! 最後は…、あとは内緒、見てください。ああ、こういう終わらせ方もあるのだなあと思う。それが不自然でなく、すーっと入ってくるのは、芝居全体が多重構造になっていて、どのようにも読み込めるような巧みな作りになっているからだと思う。それが、10年初演の時にはおそらく作者堀川も感じていなかっただろう「3・11」の不条理を予見したかのような構造(うまく言えないけど)。生者が死者だったり、死者が生者だったりする。
 ヒントとして、題名の「渡り鳥」とは、行き場の定まっていないさまよう死者の魂。と聞いてピーンときませんか? 私のようなTPSファンには「西線11条のアリア」を思い起こさせもする内容だ。
 ということで、初の世田谷シルクはなかなかに心に染みる素敵な芝居&カンパニーだった(セクシー・キャビンアテンダント堀川はチラシから想像したよりずっと小柄で驚きましたが)。また北海道に来てほしいな。ぜひに(夜はイナダ組を見なくてはいけなかったのでかなわなかったお話もしてみたいし…)。
 
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2012年01月21日

シアターラボ・プレ公演

 北海道舞台塾シアターラボ・プレ公演を1月21日(土)、札幌・コンカリーニョで見た。
 公募で選ばれた3人の劇作・演出家がそれぞれ1人ずつ、1対1でドラマドクターの助言を受け、芝居を練り上げる方式。北海道舞台塾は十数年見てきているけれど、パンフレットの裏面にある「これまで」を見ると、「遊戯祭」を除いては「良かったなあ」というものは一つもないな、はっきり言って、どういうわけだか。でも今回のこのやり方は、参加した3人の中に「良い芝居をつくろう」という、ある意味“競争意識”のようなものも芽生えて有効なのではないだろうかと、きょうのプレ公演を見て思った。
 見たのは順に、リリカル・バレット「Man-Hall」(作・演出谷口健太郎、ドラマドクター御笠ノ忠次=案山子堂)、パインソー「微睡っこしいの、」(作・演出山田マサル、ドラマドクター福原充則=ピチチ5)、intro「言祝ぎ」(作・演出イトウワカナ、ドラマドクター畑澤聖悟=渡辺源四郎商店)。
 すでに完成形に近づいているのではと思われるものもあれば、リーディング形式で行われたものもあったが、どれも今後の膨らみを十分に期待させた。
 22日(日)も14時からで、料金は900円。
 本公演は3月10(土)、11(日)の両日、コンカリーニョで行われる。
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2012年01月19日

「『北のシネマ塾』昼下りトーク編」のご案内

 きょうは映画関連の話題を。
 北の映像ミュージアム(札幌市中央区北1西12、さっぽろ芸術文化の館=旧北海道厚生年金会館=1階)は21日(土)から、「『北のシネマ塾』昼下りトーク編」を毎月第3土曜日の午後2時から開く。入場は無料。
 私も理事を務めるNPO法人北の映像ミュージアムが運営する同ミュージアムは昨年9月17日(土)のオープン以来、おかげさまで毎月1000人が入場する盛況ぶり。映画、テレビ、CMなど映像のロケ地としてはおそらく東京に次いで数多く、名作も幾多もある北海道の映像情報がわかるとあって、遠くは大阪などからもわざわざ訪れてくれる方もいる。シネマ塾は、そんな「映像の大地・北海道」をわかりやすく解説しようという、今年から始めるイベントの一つ。
 21日の第1回は武島靖子NPO理事(元朝日新聞記者)が釧路を舞台にした映画「挽歌」(故原田康子さん原作)とその時代について語る「『挽歌』トーク」。武島理事はかつて原田さんにも直接取材しており、秘話が聞けそうだ。
 2月以降の予定は次の通り(いずれも午後2時から。無料)。
 2月18日 「映画館グラフィティー@ 無声映画の時代」 鼎談=街並み画家浦田久さん、佐々木純理事(札幌の淀長さん)、和田由美理事(エッセイスト)
 3月17日 「『恋するトマト』について」 小檜山博理事長(館長・原作者)=もともとは作家である小檜山さんの北海道を舞台にした小説「スコール」が原作(今月24日=火=22時からNHK−BSプレミアムで放送予定!)
 4月21日 「映画館グラフィティーA 昭和30年代の映画館」 鼎談=2月と同じ3人
 5月19日 「『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』トーク」 高村賢治理事(映画研究家)が網走ロケの本作を通じ、北に見るマドンナ・リリー(浅丘ルリ子)の生き方を語る
 6月16日 「映画館グラフィティーB 1970年代の映画館」 鼎談=2月と同じ3人

 問い合わせは、北の映像ミュージアム(011・522・7670)へ
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2012年01月12日

東京観劇記2012年1月

 遅い正月休みを取って東京で芝居を3本見てきた。
 1月8日(日)昼は今回の上京の最大の目的、池袋・サンシャイン劇場での第三舞台の(10年間の)封印解除&解散公演「深呼吸する惑星」(作・演出鴻上尚史)。あらすじはちょっと複雑で手に負えない気がするので書かない。お得意のSFだ。出演は筧利夫、長野里美、小須田康人、山下裕子、筒井真理子、高橋一生(客演)、大高洋夫。
 第三舞台はまさに僕の青春の一ページだ(第三舞台のことを書く時は「私」でなく「僕」を使いたい。その方が僕にはなぜかしっくりくる)。ちょっと気張ってかっこいい、でも使い古された言い方に聞こえるかもしれないけれど、でも本当にそうだ。
 高校3年だったか予備校生の時に、鴻上がラジオの深夜放送「オールナイト・ニッポン」のパーソナリティーを務めていたことから初めて知って、舞台も見ていないのにファンになり、大学に入ったら、早稲田の後輩になれたら、第三舞台の芝居を絶対に見に行こうと心に誓った。
 そして1984年に入学。僕は大隈講堂横の演劇研究会のテントのそばを何度も通り過ぎたけれど、演劇の世界に飛び込むのがいろいろな意味で怖くて(「人生を誤りたくない」という思いも正直ありました、すみません…)、でもシナリオライター、あるいは脚本家になりたくて(当時の憧れは昨年末亡くなった市川森一とか、倉本聰とか、田中陽造とか荒井晴彦とか)、そのためにも映画だけでなく演劇もたくさん見なくちゃ、と思っていた。
 ただ、ろくにシナリオの合評会もせずに勝手に8_映画を撮っている先輩ばかりの稲門シナリオ研究会にいたのは1年と少しだけで、故郷釧路のジャズ喫茶「ジス・イズ」のマスター小林東さんに釧路湖陵高校の先輩(当時3浪の5年生で、結局、僕が4年で卒業する時に8年生として一緒に卒業した!)を紹介された尺八部「早稲田大学虚竹会(こちくかい)」に4年間いて、尺八を吹きながら、一方でこつこつと発表のあてのないシナリオや小説などを書いていたわけだけれど…。
 ちょうど僕が大学に入学した84年は、鴻上の親友で旗揚げメンバーの一人、岩谷真哉さんが5月に稽古帰りに交通事故で亡くなり、最初に見るはずだった演目が中止になった。で、初観劇は下北沢のザ・スズナリでの「モダン・ホラー」(84年9〜10月)。もう、一目見て、その時代を取り込んだ、時代の一歩先を行くポップさに鳥肌が立ち、たちまちとりこになった。
 僕の書いた文章が初めて印刷されて本になったのも、実は第三舞台のおかげだ。「THIRDSTAGE PRIVATE DATA BOOK 第三舞台」(白水社。いまでも時折書店で見かけることがある)という白いカバーの分厚い本。1981〜92年の活動を記録した写真集のようなもので、もちろん就職して北海道で記者活動をしてから、書店でなんの気なしに見つけて手に取ってページをめくっていて驚いた。僕が観劇後のアンケートに書いた感想がそのまま載っている…。慌ててその本を買った。ちょっと長いけれど、全文を紹介する。
 「リレイヤー」(85・6・12→6・17 下北沢・本多劇場)。
 前回のリレイヤーを見ていないので、比較はできませんけど。小須田さんの演ずる中絶医のモノローグ、ボロッと重たい言葉が出てきて、「あぁ、これでまたラストで清められていくのなら、“お客様”はびっくりするだろーなー」とか、異化効果(とか言うんだろうか、こういうの)ということをばく然と思い浮かべてしまったのではあるが、しかし、突然のセックス擬態、中絶児のクローン人間等々、清められていかない、きれいごとでない持っていき方に、これまでとは違った期待を抱かせた。今まで、“第三舞台の芝居を見る”ということが1つのファッションだった女の子とか男の子とかには、鼻白まれ、今までとは違う感想を持たれ、もしかしたら離れられていくかもしれないが、僕は今までかすかに感じていた鴻上さんの色がとても鮮明に見えてきたので、とてもいい芝居だった。とにかく、雰囲気以上に力を入れたということで、第三舞台の観客はこれから第三舞台と共に変容していくでしょう。とてもうれしいことです。(早大・20・男)
 いま読むと、なんとも小生意気な書き方! 同級生の男友達2人と来ていて、2人はあまり良い印象を持たず、僕だけ、それまでのどの作品より圧倒的に面白く感じ入り、帰りに焼鳥屋で、どこがどう面白かったか、今回の公演はどれほどすごく意味があったかを2人に力説した記憶がある。昨年、千年王國「きみしかいない」のところでも「リレイヤー」を引き合いに出して書いたけれど、この作品を作っている時、鴻上は(おそらくはプライベートなことで)とても厳しい、つらいことがあったんじゃないかと思う。そしてそれを消化できないままに、ええい、ままよと、放り込んでしまった作品なんじゃないかと思う。まさにその部分に、僕はいままで“ええかっこしい”を気取っているように見えた鴻上の、そうではない姿を見て、過去のどの作品よりも熱く深く、感じ入るものがあったんだろうな、といまにして思う。あの時の衝撃はいまも忘れられない。
 ことほどさように、第三舞台は僕の大学時代そのものだった。共感するところも感動するところも多かったし、その半面、いつもセンチメンタルに“逃げる”鴻上を妬ましく、歯がゆくも思った。まるで「彼女」のようだった。
 その「彼女」が10年間の封印の後、封印解除でまた付き合えると思ったら、なんと想像しもしなかった「別れ」を突然切り出された。「私たち、これで終わりにしましょう。その代わり、最後のデートはしっかりしましょう」−。そんな思いを抱えながら「深呼吸する惑星」を見た。入場時には劇場に、劇団の“テーマ曲”とも言える、Roxy Musicの「More Than This」がかかっていた。導入部は黒ずくめの衣装を着た役者たちのダンス。背中がぞくぞくぞくっ、これだこれだ…。
 で、見終えての感想は「こんなものかあ」という、うまく言えないけれどある種の残念さ、期待外れ感と、「これで本当に終わりなんだなあ」という感傷がない交ぜになった感じ。感動でいえば、昨年、シアターホリック「北海道演劇の宝」賞に選んだTPS「西線11条のアリア」に全然かなわないし、面白さも昨年の同賞、劇団千年王國「狼王ロボ」の足元にも及ばないと、正直思った。
 僕は封印前最後の公演「ファントム・ペイン」(2001年)を見ていない。だから、封印前の終盤期の劇作や雰囲気、観客の反応がどうだったのかはわからない。おそらく、僕が熱狂して見ていた84年〜87年よりは冷めていたのではないだろうかと推し量るだけだ(札幌・道新ホールでは「朝日のような夕日をつれて’97」を見たけれども)。80年代から90年代にかけての熱狂はすごかった。あまり良くない言葉だけど、まさに「時代と寝ていた」、あるいは「時代の先を行っていた」。その感じが、今回はあまり、いや少しも僕には感じられなかった。鴻上に期待しすぎていたのだろうか? それともあれは、20歳そこそこの男の“病”だったのだろうか? でも、それでも、わざわざこのために(このためだけと言ってもいい)東京にまで出て来て、見て良かったと思った。やっぱり、良かった。
 帰りに劇場外のベランダに出て煙草を吸った。僕が煙草を吸い始めたのは20歳になってからだから、おそらく「リレイヤー」を見たころと一緒だろう。東京スカイツリーが間近に見えた。第三舞台も僕も、僕の周りに座っていた観客も、そして劇場外の第三舞台とは縁のない人生を送ってきた人たちも、この間、10歳、年を取ったんだな。そう思った。この10年間がどんなものだったかなんて、まだ僕にはまとめ上げるだけの適当な言葉が見つからない。ただ、みんな10歳、確実に年を取った。そして僕の青春の一ページが幕を閉じた。それだけは確実だ。
 「リレイヤー」に途方もなく感動したのはちょうど20歳の時。そしてきょう、2012年1月12日は僕の誕生日(ちなみに月・日は村上春樹と一緒だ)。もう、いやおうなく27年の歳月がたっている。「親離れ」とほとんど同じ意味で「鴻上離れ」したのかもしれない。ただ鴻上をこれからも見ていく。いま言えるのはそれだけだ。
 夜は渋谷・シアターコクーンで「下谷万年町物語」(作唐十郎、演出蜷川幸雄)を見た。唐の自伝的芝居で、81年初演(渋谷・パルコ劇場)以来の再演。主人公、男装の麗人キティ・瓢田に宮沢りえ(初演は李麗仙)、青年・洋一に藤原竜也(同・渡辺謙)、少年・文(ふみ)ちゃんに西島隆弘(北海道生まれなんだね、彼)で、ほかに40人近くの男優が男娼を演ずるエネルギッシュな芝居。唐作品だから、舞台にどでかい池があって、キティはそこから登場する。宮沢りえが美しく、かつたくましく、素晴らしかった。妖精のようだった。彼女はほんと、角界に関係せずに、その結果、現代日本のトップ女優になって良かったと私は思う。彼女自身がどう思っているかはわからないけれど。
 翌9日(月)は下北沢のザ・スズナリで劇団東京乾電池35周年記念「ハムレット」(作ウィリアム・シェイクスピア、翻訳福田恆存、演出柄本明)。3時間を優に超える大作を1時間55分にまとめたのだから、登場人物がみんな全編早口の応酬。唯一、墓堀り役の柄本と綾田俊樹がのんびりした感じのしゃべりで笑いを誘った。元TPSの川崎勇人(深川市出身)が決闘の審判役で出ていて、ずいぶん成長していた。発声がしっかりして、たくましくなっていた。
 今回はちょっと感傷的な文章になっちゃったな。まあ、たまには許してください。
 そうそう、遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしく!
posted by Kato at 03:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする