2011年09月30日

メガトンキッス

 札幌ハムプロジェクト ナマイキ公演01「メガトンキッス」(作・演出すがの公)を9月30日(金)、札幌・アートスペース201E室(南2西1、山口中央ビル5階)で見た。今は休団中のすがの主宰のSKグループの1998年の旗揚げ公演演目だ。
 幼稚園のバスがカージャックされる。うろたえる家族たち。けれども能天気なバスの中の子どもたち。果たしてその行く末は−。
 いかにも、すがのの若書きというか、足りない部分は目立つ。バスの中の緊迫感などがほとんど描写されないのだ。でも、ハムが初めてSKを結成して書いた本だと思えば、見ておいて損はないだろう。
 ナマイキ公演と銘打つにしては、役者たちにはまだナマイキ度が足りない。もっとナマイキになって、そのうえで動と静によりメリハリをつけてほしい。
 若い役者の躍動感には目を見張るものがある。
 10月1日(土)は15時、19時、2日(日)は13時、16時、19時、3日(月)、4日(火)の両日は19時開演。すがの、SKファンはぜひに。
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「きみしかいない」−Only you−

 劇団千年王國「『きみしかいない』−Only you−」(作・演出橋口幸絵、作曲福井岳郎・さとうしほ)を9月29日(木)、札幌・コンカリーニョで見た。終演後のアフターパーティーの席で、顔見知りの何人かに「シアターホリックにどう書かれるのか、とても興味があります」と言われた。ありがたいことだが、困惑もしている。正直、なにより頭の中が混沌としていて、なにからなにをどう書けばいいのか、まったく分からないのだ。でも、初日を見てブログに書こうと昨晩になって思い立ち、劇団HPで予約して見たので(10月1日=土=観劇の予約は8月にしていた)、ここはやはり思い切って、頭に思い浮かぶままに拙いだろうが書くことにする。
 ただ、これだけは確かだ。「3・11」を北海道にいて「見聞き」するしかなかった北海道人に、橋口はかすかな「希望」を示してくれた。私は心の中で泣いている。
 あらすじは、私には手に負えないので、豪華なチラシの見開きページにある長いものをそのまま書く。もしチラシをお持ちであれば、観劇前に読んでおいた方がいい。
 「第一の世界」。女たちが妊娠しないという奇病にとりつかれた南島の小国の王女ミキヨリ(=キヨ、榮田佳子)は、島の産婆たちをあつめ、古くから伝わる薬草を煎じて女たちに飲ませることによりこの危機を救う。島には再び平穏な日々が訪れるが、面目を潰された島のシャーマンたちは、ミキヨリと産婆たちこそがこの災いを招いた魔女であると告発し、彼女たちは民衆裁判により火あぶりの運命を言い渡される。唯一その運命を免れた最も若い産婆のイマルド(=マル、村上水緒)は、王女の身代わりとなりミキヨリを逃がす。身代わりとなったイマルドに火が掛けられると、その炎は町中に広がり、世界の全てを焼き尽してしまう。焦土の中、独り生き残ったミキヨリの頭上に白い鴉(彦素由幸=札幌ハムプロジェクト)が訪れ、イマルドがこの世界の栓であり、それが抜けると世界は全てこぼれてしまうのだと告げる。昼は雲、夜は星に導かれて行けという白い鴉のさえずりに導かれ、果ての無い旅路を行くミキヨリの前にひとつの扉が現れる。「この世界は三度滅びる。イマルドの命を守ること、世界の栓を抜かないために。」そう鴉から約束されたミキヨリは扉を開ける。そこには「第二の世界」が広がっていた。ネイティヴ・アメリカン(加藤注・橋口によると、ホピ族)の世界創造の神話をベースにした、三つの世界をめぐる魔女たちの物語と、それを上演する市民劇団の物語が絡み、2000年に渡る、女たちの友情が浮き彫りになってゆく。
 以上。出演者はほかに堤沙織、赤沼政文、坂本祐以、木村洋次(TPS)、茂木聡(TPS)。
 全編を通じて「第一の世界」「第二の世界」「第三の世界」の雄大で骨太な芝居が貫かれてあり、その部分と、それを稽古している結成10年目の札幌の市民劇団「劇団ゆめ★ぴりか」の内実の部分が、行ったり来たり、また突然挿入されるようにして描かれる。
 正直、私は冒頭からすんなり芝居に入っていけなかった。千年王國ならではの躍動感あふれる身体の動きや歯切れのいい台詞回しは見ていてすんなり楽しめたのだが、なにより物語が込み入っていて、幾層幾重にも重層的に構築されており、かつ同様のシーンが少しずつずらされながら繰り返され、なかなかつかみどころがなかったのだ。チラシ掲載のあらすじを読んでおいた方がいいとあえて書いたのは、1時間10分の前半部分を過ぎて10分間の休憩中にそれを読み、ようやく納得した私自身の経験のゆえである。
 橋口が本当に訴えたかったのは、失礼を承知で推測を書けば、1時間10分の「前段」とも「前説」とも言えそうな前半の部分ではなく、休憩が終わった後の残り40分だったのではないだろうか。前半部分は、それがそのまま後半も同様に続けば、私にとっては、壮大だが難解な作品というだけで終わってしまっただろう。
 だが、休憩後の後半になって、芝居はがらりと趣を変える。神話が、我々が生きる「今」につながってくるのだ。それは見ていて爽快なほどである。そしてこの40分の後半部分は実に切なく、心に染み入ってくる。ここで思うのは、1時間10分の「前段」あるいは「前説」がこれほど雄大で骨太でなければ、最後の40分間への求心力は薄まっていただろうということだ。橋口の頭の中はいったいどうなっているのか、驚かされるほどに実に理知的に計算し尽くされた劇作なのだ。
 その後半40分間に描かれるのは、すでに書いたが、劇団の内実である。元演出・役者の清原(=キヨ、榮田)がおり、脚本・役者の丸山(=マル、村上)がいる。二人は神話のミキヨリとイマルドに対応する。劇団員が稽古している芝居を丸山は最後まで書き終えておらず、書き上げた部分だけの稽古を積み上げていたのらしい。ことほど左様に重層的なつくり、刺激的なメタシアター(私なりの定義では「演劇とは何かを考えさせる構成の演劇」)なのである。
 そしてその劇団員たちは「3・11」を札幌で「見聞き」した北海道人であり、観劇する我々と同じ「今」を生きている。東京電力福島第1原発から628キロ離れた札幌で妊娠が分かり、それだけ離れていても放射能の影響を恐れ、より原発から遠い日本の南方へ避難しようかと考える人もいる。それが、作り事ではない確かな「今」として、神話世界をも強引に伴って、見ている側に突き刺さってくるのである。
 私が思い出した芝居がある。1985年に東京・下北沢の本多劇場で見た第三舞台の「リレイヤー」だ。あれも、劇団の内実をめぐる切ないメタシアターだった。
 千年王國2年ぶりの新作は「3・11」があった今年の「今」をくっきりと描く力作だった。そして、橋口が「3・11」とそれをめぐる状況を書くことを引き受けた責任と覚悟がひしひしと伝わってきた。あまりにも時事問題に近づいた作品なので、再演は二度とないかもしれない(「9・11」を描いた野田地図「オイル」が再演されていないのと同様に)。見ようかどうか迷っている人には、ぜひ見ていただきたい。いや、我々は見るべきだ、と私は思う。橋口の責任と覚悟を。そして、北海道人は「見聞き」するしかなかった「3・11」の先に彼女が託した、かすかな「希望」を受け取るためにも。
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2011年09月25日

大山デブコの犯罪

 実験演劇集団「風蝕異人街」の第50回記念公演「大山デブコの犯罪」(作寺山修司、演出こしばきこう)を9月25日、札幌・アトリエ阿呆船で見た。
 20年前、食べ飲み過ぎた挙げ句に心臓発作で死んだ百貫デブの大山デブコ。だが彼女は殺されたらしい。デブコの娘(平澤朋美)が、どうやら殺した相手らしい人魚男(梅津学)の真相に迫る−。
 風蝕としては2004年に初演。その時は私は見ていないが、歌あり踊りあり、趣向を凝らした映像も駆使しての劇作に、デブコと娘の哀しみが浮かび上がるのだった。
 いかにも楽しげに演じ、時に情念をたたえてみせる平澤が大活躍。そして端正な役柄の多い客演の梅津が、こうした役柄にも挑戦するとは、こしばマジックならではだなあと驚かされたのだった。
 ラストステージは19時開演。
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2011年09月19日

ラブレス

 弦巻楽団「ラブレス」(作・演出弦巻啓太)を9月18日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。弦巻が「シアターユニット・ヒステリックエンド」時代の2000年に初演した作品の11年ぶりの再演だ。
 2010年の北海道モモンガ町。大財閥の入り婿としての心労から淫行して逮捕され、離婚を告げられる町長豪徳寺良靖(山崎孝宏)。蕎麦屋でアルバイトをしながらロックでメジャーになる夢を捨てきれない石田数希(菊地英登)。家業の自転車店を継いだが客はなく、妻と息子に出て行かれる中山サドル(小林エレキ)。手術中に停電が起きた影響で障害を負った恋人が亡くなってしまった外科医野々村征規(村上義典)。「こんなはずじゃなかった」−。人生に行き詰まった32歳の友人4人がある日再会し、謎の神父(深浦佑太)に出会う。神父に導かれ、4人は教会内にある、10年前に戻れるという井戸へ入る。それぞれの人生の分岐点となった「あの時」をやり直すために。そして戻った2000年で、彼らは過去を首尾良くやり直す。そうして戻った2010年はしかし、中山が町長になっており、大財閥と組んで、やりたい放題の町だった。人生にあらためて絶望したほかの3人は「こんなはずじゃなかった」と、再び井戸に入り2000年に戻って「あの時」をやり直そうとするが−。
 私は初見の作品だが、弦巻の楽団としての最近の作品にはなかなか見られない「毒」が満載、横溢している。そう言えば、ヒステリックエンドのころの弦巻はこういう「毒」に満ちた作品も書いていたなあと、懐かしく思い出す。
 劇団アトリエや劇団パーソンズといった、在札若手劇団の役者陣を大勢客演に迎え、ダンスも交えて溌剌とした中にもメリハリの効いた劇作が楽しい。
 ラストは悲劇か喜劇か? 見る人によって受け取り方はさまざまだろう。ただ、人生は誰にとっても一度きりで、それはそれで平等なことなのだという思いが心に染みてくる。卑近なことだが、私はイソップ寓話なども連想して見ていた。
 楽日19日(月)は14時開演。
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2011年09月18日

北の映像ミュージアム・18日(日)追加上映のお知らせ

 私も理事の一人であるNPO法人・北の映像ミュージアムの「北の映像ミュージアム」(札幌市中央区北1西12のホテルさっぽろ芸文館1階=旧北海道厚生年金会館のホテル部分)が9月17日(土)にオープンし、道内マスコミにも多々取り上げられ、同日の記念上映会は、おかげさまで大盛況でした。特に、この機会を逃してはおそらくテレビでは今後も絶対に見られない石狩管内当別町ロケの「大地の侍」の追加上映の連続、連続!(なぜなら、製作した東映にはフィルムがないから。その35ミリフィルムをわがNPOは所有しているのです!)。なにせ、17時半に狸小路を歩いていて偶然上映を知った幼児(5歳?)を連れた親子が突然、入館したりもしたのですから…。 
 そこで急遽、18日(日)にも追加の追加の上映をすることが決まりました。場所は17日と同じ旧札幌東宝プラザ(狸小路5丁目。8月限りで封切り映画館としてはやめたので、今は別の名称になっています)。
 上映作品と記念トークは以下の通りです。
正午、開場。
12時半、「大地の侍」(1956年・東映、モノクロ106分、監督佐伯清、出演大友柳太郎、高千穂ひづるほか、当別町ロケ)=本庄陸男の小説「石狩川」の映画化。戊辰戦争で敗れた奥州・岩出山藩士たちが開拓民として“不毛の地”北海道で奮闘する。東映本社にも存在しない幻の35ミリフィルムが道内で発見され、NPOとして旧拓銀OBからその寄贈を受けての上映、だからこその必見!(東映には16ミリフィルムもないから、テレビでも放送しようがないのです。冒頭の「提供 みんなの銀行 北海道拓殖銀行」の文字だけでも見るべきだと思います)=。休憩14分。
14時半、北の映像ミュージアム館長・小檜山博NPO理事長のトーク=道産子のみなさまご存じの人気・人情作家の「はくさん」です。軽妙なトークにご期待あれ!=。
15時10分、「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年・松竹大船、カラー160分、出演高峰秀子、佐田啓二ほか、石狩市・稚内市ロケ)=灯台が赤白の横縞に塗り分けられるようになったのは、この映画の木下恵介監督のアイデアがきっかけとか。おいら岬の〜灯台守は〜妻と二人で〜、の主題歌をご存じの方も多いでしょう=。
 チケットは出入り自由の1日券で1500円。「喜びも−」はともかく、フィルムが、わがNPO(35ミリ)と当別町(16ミリ)、東北の、名前を忘れてしまったけれども当別町のご先祖のマチ(16ミリ)にしかないという「大地の侍」は本当に必見!(加東大介や三條美紀らも出ています。フィルム状態、信じられないほど最高です)。それにしても、東映はフィルム管理が杜撰だったんだなあ、会社自体に保有していないなんて、としか思えないんだけれども…。
 当日一発上映なので、あえて電話番号は書きません。17日は各回満員、あるいは混んでいましたが、18日は少し余裕を持ってご覧になれるでしょう。お弁当、おにぎりご持参で、どうぞ、久方ぶりの2本立て上映+トークをお楽しみください。
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2011年09月11日

北の映像ミュージアム・17日(土)オープン!

 私も理事の一人であるNPO法人・北の映像ミュージアムが過去10年にわたり、蝸牛のようなわずかな進み具合ながら開設に向けて歩みを続けてきた「北の映像ミュージアム」が17日(土)10時半、札幌市中央区北1西12のホテルさっぽろ芸文館1階(旧北海道厚生年金会館のホテル部分)にオープンする。
 この会は、東京に次いで映像文化のロケ地としての撮影が多い北海道で撮影された映像を散逸させない、集積する、次代に継承する、そして今を生きる皆さんが見られるようにする−のを狙いに、2001年に任意団体として発足、03年にNPO法人の認可を受けた。同様のミュージアムは南から、福岡(アジア映画が多数)、広島(原爆関連が多数)、京都、川崎、東京などとあるが、本来、北海道には既になくてはならなかった施設なのだと私は思う。
 当日は10時半から、ご協力いただいた各界の方々をお招きしてのセレモニーがあり、さっそく中を見ていただく。ぜひ、このブログをご覧の方もお越しください。
 当日はオープン記念の映画上映会も正午開場で、評論家川本三郎氏(今年公開された映画「マイ・バック・ページ」の原作者)をゲストに行う。場所は旧札幌東宝プラザ(狸小路5丁目。8月限りで封切り映画館としてはやめたので、今は別の名称になっているよう)。
 上映作品と記念トークは以下の通り。
12時半、「大地の侍」(1956年・東映、モノクロ106分、監督佐伯清、出演大友柳太郎、高千穂ひづるほか、当別町ロケ)=本庄陸男の小説「石狩川」の映画化。戊辰戦争で敗れた奥州・岩出山(映画では岩手山)藩士たちが開拓民として北海道で奮闘する。今回は東映本社にも存在しない幻の35ミリフィルムが道内で発見され、NPOとしてその寄贈を受けての上映で必見!(東映には16ミリフィルムもないから、テレビでも放送しようがないんだよね)=。休憩14分。
14時半、川本氏トーク「高峰秀子とその魅力」=函館出身で昨年12月に亡くなった名女優の魅力をたっぷりと=。
15時10分、「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年・松竹大船、カラー160分、出演高峰秀子、佐田啓二ほか、石狩市・稚内市ロケ)=灯台が赤白に塗り分けられるようになったのは、この映画の木下恵介監督のアイデアがきっかけとか。おいら岬の〜灯台守は〜妻と二人で〜、の主題歌をご存じの方も多いでしょう=。休憩20分。
18時10分、「大地の侍」。終映19時54分。
 チケットは出入り自由の1日券で、前売り1200円、当日1500円。道新プレイガイドと旧東宝プラザで扱っている。
 どうぞ、演劇同様、映画、そして「北の映像ミュージアム」もよろしくお願いいたします。
 なお、お問い合わせは出版社亜璃西社内NPO事務局(011・221・5396)へ。
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2011年09月03日

最強の一人芝居フェスティバル

 5月7日(土)に札幌でも予選会が開かれた、「最強の一人芝居フェスティバル」こと、大阪・インディペンデントシアターが2001年から毎年11月末に開催している「インディペンデント(本来はINDEPENDENTとローマ字表記のようだが、当ブログでは便宜上、片仮名表記にさせていただく)」のうち、06〜10年に上演された60作品から厳選したセレクション全国7都市再演「インディペンデントシアタープロデュース“インディペンデント”:セカンドシーズンセレクション ジャパンツアー」(総合プロデューサー相内唯史)を9月3日(土)、札幌・コンカリーニョで見た。
 以下、見た順にあらすじ(チラシから抜粋)などと寸評を。
 【Aプログラム】
 榮田佳子「0141≒3088」(脚本・演出イトウワカナ、10年初演、本拠地札幌)。快活で健康そのものの魅力的なその女は、次々と男たちの元を転々としながら食べ続ける。満たされない何かを埋めるようなその行為の意味するところは…。全編にわたって約3088kcalを摂取する、その食べっぷりに誰もが息をのんだ作品−。満たされないのは性欲なんだろうと素直に思ったのだが、それにしてもいい食べっぷりだった。1作目から本当に腹が空いてきて困った。
 赤谷翔次郎「3」(亀井健、札幌予選選出作品、札幌)。男が意識を取り戻すと、部屋に裸の女が3人倒れていた。息はあるようだ…。昨晩俺とこいつらに一体何があった? 記憶を探る男は、やがて不可思議な記憶の迷路に迷い込む−。札幌予選の時とはまったく異なる良い印象を受けたが、亀井によると動きをだらだら気味に変えただけだという。でもなぜだか訴求力が強まった感じがした。
 Sun!!「スクラップ・ベイビィ!」(坂本見花、09年、大阪)。外見はそっくりなのに、性格はまるで正反対のよく似た捨て子オズとアズ。二人は即興の物語を街角で演じ、日々の糧を得ていた。毛布代わりの新聞紙から言葉を拾い集めながら、オズは世界のなりたちと隠されたアズの秘密に近づいていく…−。6作品見た中で、演劇としては世界観の広がりを最も感じた。甲高い声と動きの素早いSun!!が魅力的な女の子だった。
 【Bプログラム】
 玉置玲央「いまさらキスシーン」(中屋敷法仁、08年、東京)。スポーツ万能&頭脳明晰な新入女子高生は国道をひた走る。入学早々出会った先輩に心奪われつつも、短い女子高生ライフをエンジョイすべく、恋に部活に勉強にと奮闘する…−。劇団「柿喰う客」のコンビで、同劇団の作品は09年4月にシアターZOOで「恋人としては無理」を見ている。その時の刺激的だった劇作がまた見られてうれしかった。繰り返される印象的な台詞、驚異的な身体能力、とにかく見応えがあった。
 今井香織「アフリカ産オスジロアゲハのメス」(イトウワカナ、札幌予選選出作品、札幌)。朝起きて、歯磨いて、着替えて、ご飯を食べて、学校行って…。九々はちょっとニガて!−。予選会の時に「コンテンポラリーダンスを見ているよう」と書いたが、まったくその通りで、見ているこちらがテンポにはまってとても心地よい。それにしても、色合いのまったく違う2作が上演されたワカナといい、1週間前にイレブン☆ナインで教文短編演劇祭に出たばっかりなのに、これだけの台詞と動きを緻密に生きた今井はすごいなあ。
 大塚宣幸「101人ねえちゃん」(早川康介、10年、大阪)。ついに出会った運命の女。その最高の女と付き合う為に、今付き合っている100人の彼女全員をふると言う恋多き男。あらゆる別れのエピソードがスピーディに展開する抱腹絶倒のコメディ−。大塚自身、私が見てもある種独特の色気を感じる男優。しかも演出がこじゃれていて素敵で、大いに笑えた。
 6作品見終えて、一人芝居は人間一人ひとりの生き方が違うのと同様、これからも広がりをみせていく、独特のジャンルだなとあらためて思った。見慣れていない方も、せっかくの機会、ぜひその楽しみを味わってほしいな。
 4日(日)はBプログラムが正午と17時開演、Aプログラムが14時半開演。チケットは1日通し券で、1ドリンク付き。
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