2011年04月30日

乱歩地獄

 2本目は私の大好きな、ご存じ、実験演劇集団「風蝕異人街」の「乱歩地獄」(原作江戸川乱歩、演出・構成こしばきこう)で、本拠地である札幌・アトリエ阿呆船での上演。
 「芋虫」と「蟲」の2作品を中心に再構成したものだが、開演前から舞台上にスタンバイしていた赤い肌襦袢の女性4人が上半身裸になって踊る(後ろ姿)。このカンパニーには珍しく映像も使っていて、新趣向を感じた。さらに下着姿の女性たちが入場。妖しく艶めいていて、なんともエロチック。こういうの大好き。
 戦争で手足を亡くした軍神「芋虫」の夫の面倒を見る妻役の平澤朋美が熱演。映画「キャタピラー」で女優賞を獲得した寺島しのぶを凌ぐような大活躍で、物語に熱く太い、そしてエロスの血潮が流れる筋を一本通した(もちろん早織ちゃんも熱かったよ)。
 やっぱりこのカンパニーの妖しさ、艶にはからめ捕られるなあ、私は。
 それだけでなく、物語の途中で本筋には関係なく「ぼ、ぼ、僕らは少年探偵団」の歌をガーターベルト姿の女性たちらを含めて全員で生真面目に合唱する、最後の最後にみんなで記念写真を撮る−などの一種のパロディー化、自虐化というか卑下化も、このカンパニーならではの魅力だ。満喫させていただきました。
 次の公演は早くも5月21(土)、22(日)の両日、札幌・シアターZOOでの「ザ・ダイバー」(作野田秀樹)。現代日本演劇界のトップランナー野田の戯曲を、こしばがどう料理するのか(まさかガーターベルトの女性は出てこないでしょうけれど)、包丁さばきが今から楽しみでならない。
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Jのとなりのオニク

 いやあ、きょう4月30日(土)は不思議な日だった。午後に見た1本目は出演者が全員男優で上半身裸、夜に見た2本目はほとんどが女優で上半身裸。唐十郎のいわゆる「特権的肉体論」を地でいっている2カンパニーの公演を見たのだ。偶然だけど、こんなこと、おそらくもうないだろう。それも、それぞれの方法論で汗だくのダンス+芝居が展開され、めっぽう面白かったのだ。なんだか分からないけど、とても得した気分だ。
 1本目は、札幌・シアターZOOでの男肉 du Soleil(オニク・ド・ソレイユと読むらしい。由来は分かりますよね? 大阪のカンパニー)「Jのとなりのオニク」(作・演出・振付は団長の池浦さだ夢)。自殺をしに森を訪れた高校生が森を守る森の民に助けられ、エコロジーに目覚める−という物語はあるにはあるのだが、それを物語るには余りに余るダンスの襲来。男優8人中7人はジーパン姿の上半身裸で、高校生役1人だけが薄いタイツ状の服を着ている。
 いやあ、踊る踊る。踊るというか、舞台狭しと動き回る。この人は日頃から鍛錬しているなと分かる、胸が筋で割れている男優もいれば、ちょっと鍛錬不足気味のぽてっとした男優も動く動く。そしてラスト近くになって団長の池浦がやっと出てきて、ふんどし一丁の姿で歌う歌う。
 これって、ジャンル分けするならば何になるんだろう。ジャンル分けしようとするのは無駄みたいだ。私は一瞬、学ラン姿でかっこよく踊る近藤良平率いる人気絶大なコンドルズを思い浮かべたのだが、全体を評するならば、劇団怪獣無法地帯(札幌)の男性メンバーがコンドルズを目指している図、とでも言えば、ニュアンスが分かっていただけるだろうか。そして私はコンドルズよりも男肉の方が好きかもしれない。いや、そんな気がする。
 客席には女性が多く、笑い声が絶えなかった。寂れた町の男たちがストリッパーになる英国映画「フル・モンティ」を持ち出すまでもなく、女性たちも男優たちの体を張った舞台を大いに楽しんでいる様子だった。
 しかも上演中いつでも写真撮影がOK。「写肉祭」と題して、その写真コンテストまで開いている。これは新鮮な驚きだった(アフタートークのゲスト、イナダ組のイナダもこれには驚いていたし、「写真付きだと友達にも薦めやすいよね」と話していた)。
 元々は近畿大の舞台芸術専攻生の有志でつくられたカンパニー。近畿大と言えば、札幌出身でTPSの初代常任演出家松本修氏(東京・MODE代表)が教えている。松本氏はどんな感想を持たれるのだろう。今度会ったら聞いてみたい。
 トークで池浦は今回の演目を作り始めたのは2月からと言っていたが、物語は自然の人間に対する復讐(地震、雷、洪水など)をも扱い、東日本大震災の影響も幾分感じた(池浦はトークで、京都公演では「この時期にこういう演目をやることはいかがなものかと言われた」と語っていた)。でもそうした重いテーマをも、美醜取り混ぜた肉体をさらけ出して踊り、動き回り、走り回ることで昇華させているように感じた。なんとも面白いカンパニーがあったものだ(本拠地は大阪なのに、大阪では全くウケないため京都で公演しているというのもなぜだか分からないが面白いことだ)。ぜひご覧あれ。
 楽日5月1日(日)は14時開演。
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2011年04月29日

薔薇十字団・渋谷組

 北翔大学 北翔大学短期大学部 北翔舞台芸術3年目公演vol.1「薔薇十字団・渋谷組」(作清水邦夫、演出村松幹男=教員、シアター・ラグ・203座長)を4月29日(金)、ラグの本拠地、札幌・ラグリグラ劇場で見た。
 初演は1986年4月、清水自身の演出により東京・渋谷のパルコ・スペースパート3で上演された。出演は吉行和子と蟹江敬三である。なんとも渋い、実に妙味のある配役ではないか。それを20歳そこそこの若者がどう演ずるかに大きな興味を持って見たが、なかなかに面白く見られた。
 北野通(川口岳人)は35歳、妻に出て行かれて半年経つ、アンティーク店の経営者だ。きょうも「あの連中」と呼ぶ古い電気スタンドを買ってきた。それらの電気スタンドだけは売り物ではない。一つ一つを今は亡き家族らに見立てて孤独な心を癒やしているのだ。そこにある日、葉子という女(市川薫)がやって来る。北野の荒れた生活を見かねた渋谷西小学校時代の同級生有志が金を出し合って頼んだ「薔薇戦士の会」という店のデリバリーヘルス嬢だ。そこから北野と葉子、孤独な心の持ち主の交流と葛藤が始まる−。
 私がこの芝居を見るのは2回目だ。1回目は2005年6月、劇工舎ルート(旭川)が札幌・シアターZOOで上演したもの。しかしその時は、ここだけの話だが、葉子役の女優が見るからにがっしりした、男優勝りの体型で、私は、この役には似合わない女性だな、と思ったものだった。
 その点、市川はほっそりしていて艶めいたものもそこそこ感じられ、適役だった。一方、川口は35歳にしてはちょっと若過ぎの感がした。特に時に声が裏返ってしまったりして…、まあ仕方ないが。
 昼の部を見たが、劇中の2場で川口の着続けるコートが椅子に引っ掛かり、川口がコートを脱いでしまうアクシデントが起きた。しかしあれは、後で椅子から自然に外れたコートを何気なく着直した方が物語の本質をより良く伝えたのではないか。つまり、容易に他人に心の内を明かさない北野を象徴する意味として。
 また水やウイスキーを飲む場面などでは実際には水などを使わず、空のコップを持っていたが、そうするとこぼれる心配がないから手の動きが不用意になっていた。そういう芝居も圧倒的に多いが、この劇場は役者と観客の距離が近いからいっそうそうした細かな点が気になってしまう。役者の緊張感を持続する点でも、本当はどの芝居でも水を飲む場面なら実際に水を飲むなどした方が自然な動きになるだろう。
 こまごま書いたが、先にも書いたように、なかなか健闘しており、この芝居のエッセンスを楽しむことができたのは確かだ。今後にも期待しよう。
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2011年04月28日

お詫び

 前々項の題名と記事中で「Tim Buc Too」と表記したのは誤りだと、公演関係者からご指摘を受けました。正しくは「Timbu/ctoo」(ティンバ/クトゥ)です。当日配布の挨拶文を見て、誤解して書いてしまいました。訂正するとともに、ご迷惑をおかけした関係者の方々にお詫びいたします。すみませんでした。 
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2011年04月24日

冬の日に共に想う

 座・れら「冬の日に共に想う」(脚本座・れら文芸部、演出戸塚直人、竹江維子)を4月23日(土)、札幌市こどもの劇場やまびこ座で見た。会場がこどもの劇場だからといって大人があなどってはいけない、大人が見て思いを深められる渋い立派な芝居だ。
 母の三回忌の夜。夫で医師の及川美弘(寺沢英幸)は欠席するが、ある決意をして退職を覚悟で帰宅する。そこへ法要から帰ってきた娘の美波(玉置陽香)と兄大樹(前田透)、父美弘の母ちよ(竹江維子)、それになぜかその友達の山本富雄(澤口謙)もいる。話はその後、母の位牌を持って自室に立てこもる父美弘のひと騒動、ちよと山本の婚約話などを巡って、とんちらかる。特別出演の運転主役、西野輝明がひときわ楽しそうに光っている。西野さん、光ってるよ!
 大状況がおぶさって大きな物語が起きない、つまり大状況の変わらない、ちいさな細かな変化が積み重なる中で人の心のひだが変わる物語として、私はこういうものは大好きだ。思い起こせば、向田邦子が描く世界がそうだったのではないか。けれど、今回のこれはそれにしては、あまりにも物語に都合がよすぎはしなかっただろうか。もっと葛藤があっていいし、うだうだ、ぐだぐだがあっていい。向田邦子も許してくれるだろう。物語の膨らみに比べて、上演時間1時間20分というのが、短すぎる気がする。2時間、いや1時間45分はあっていい、そう思った。この路線で、こうした家庭劇をいちから作っていくのは貴重だと思う。今後にも大いに期待する。
 24日(日)は13時30分開演。
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Timbu/ctoo

 mtu/watu(「ムトゥ・ワトゥ」=スワヒリ語で「人、人々」の意らしい)「Timbu/ctoo」(「ティンバ/クトゥ」=最果ての地、遠いところの代名詞とのこと)を4月23日(土)、札幌・シアターZ0Oで見た。
 要するに、富良野塾出身、Fiction代表の山下澄人が2010年12月から行ってきたワークショップ(WS)の発表会だ。おそらく、というのは紙物にはっきり明示されていないのだが、作・演出とも富良野塾出身の山下澄人だろう。山下がやりたいことをやっただけだ。それにしては会場に熱気がこもりにこもっていたが…。
 めくらを演じる女優と背広から素っ裸になる男優の出演の2人芝居から始まる。そして出てくるのは防毒マスクを被った男と女と、血を流した女4人組など。なんのことない、いつものフィクションのフィクションだ、でも何かが足りない、と、ここからは、劇団の感想紙に私が書いた感想を書こう。
 「いわくありげ、意味ありげに見せるパフォーマンスは1時間で十分と思っている私には(上演時間1時間50分)、退屈で長すぎると思えました。唯一、山下さんが出演された時にはそうは思えませんでしたが。それはひとえに山下さんの個人的魅力です」。
 この言葉を持ち帰って、次の芝居に行ったのだが、それ以上の言葉出てこなかった。


 山下は芝居をいったん解体して構築したいのだか分からないのだが、それ以前が全然面白くないんだもん。あれを面白いと思って、正直に2000円払って満足した人、いる? WS公演で2000ていうのは高いと思う。今回に限り、はっきり言って私は正直、底辺、棲み処、泥沼の白鳥のFICTIONらしさが散逸していたから。たははは、次を楽しみにしてるぜ! 24日(日)15時開演。
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2011年04月21日

Sweet Back Drop

 演劇ユニット電気ウサギの「Sweet Back Drop」(作・照明大橋榛名、演出手代木敬史)を札幌・メシアニカビル(西区琴似2の7、旧琴似くすみ書房地下1階)で見た。
 世の中に絶望したのか、人生をリセットしたいだけなのか、台詞の量は多いけれどその辺がちょっと曖昧なのだが、とにかく美作明(城谷歩)が引きこもり生活に入る。と、そこに待っていたのはもう一つの世界。メリーゴーラウンドという老婆?(山下カーリー)に導かれ、セクシーなティガー・ベア(榮田佳子)の世話を受け、姉とそっくりなビオレ(高平幸恵)と姉の恋人にそっくりなリック(小林エレキ)のいる世界。そこで明は不思議な体験をする。
 電気ウサギといえば、毎回劇場に足を踏み入れた途端、あっと驚かせられるビジュアル的にも優れた大小の道具などが舞台狭しとあふれ出すのが楽しみなのだが、今回はその点では地味だった。道具といえば段ボール箱。物語も夢の世界とはいいながら、いまひとつ突き抜けた感じがしなくて、もやもやしたものを抱えたまま終わってしまった気がする。2時間という上演時間が長く感じた。もっとコンパクトにまとめてよかったのではないだろうか。出演者が芸達者ぞろいだっただけに、余計にそう思ってしまう。
 28日(木)までのロングランなので、上演期間中、より良く変えられるところもあるかもしれない。開演は22(金)、26(火)〜28(木)日が20時、23日(土)が14時と19時、24日(日)が11時(未就学児同伴入場可能ステージ)と17時。
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2011年04月10日

最後のクラス写真

 弦巻楽団ワークショップ(WS)ツルマキ・アーケストラ!!!「アクター&アクトレス」発表公演「最後のクラス写真」(作ダン・シモンズ=短編小説、演出弦巻啓太)を4月10日(日)、札幌・シアターZOOで見た。
 参加者は13人。初心者もいれば劇団所属者もいる。彼ら彼女らと4日(月)から1週間行ってきたWSの発表会。
 小学生の死者たち(ゾンビ)を集めて教える学校の生者の女教師(石橋玲)。だがみんな好き勝手をして一筋縄ではいかない。たまには大人のゾンビが襲いかかってきて、女教師は銃で戦う。そんな小学校もきょうが最後の授業。そしてゾンビ小学生たちはどこかへ去っていく。と、一人二人と小学生ゾンビたちが教室に戻ってきて−と奇抜な物語だ。
 女教師と、女教師を助ける死者の用務員(小山佳祐)以外はほとんどせりふらしいせりふはなく、ゾンビ特有の「アー」とか「ウー」とか「ワー」とかいった音を発するのがせいぜい。だからWSの題材としてはどうなのかなと、部外者である私などは率直に思うのだが、物語としてはアクションあり、ほのぼのとさせる面あり、ラストも思いがけないじーんとくる終わり方でそこそこ楽しめた。みんなのゾンビっぷりを見ていてもね、それぞれ動きに個性があって。
 まあ、今回の1週間(実質6日間)が参加者それぞれにどういう良いものを残したかは、これからのことでしょう。お疲れさまでした。
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2011年04月04日

悪いのは誰だ・再見

 昨日見て感動、感心したので、きょうも劇団アトリエ「悪いのは誰だ」を見に行った。

 事件が大河内彰夫(小山佳祐)の自首によって新たな局面を迎えた後、物語は過去に遡るのだが、そこで西島歩美(小池瑠莉)と彰夫の二つの家庭を同時並行に描いて惑わせないなどの緻密な構成、昨日冒頭に書いた俗を描いて俗に流されない物語としての耐え方、役者たちの無駄のない的確な動き、どれにもあらためて感心した。
 本当に今後楽しみな劇団の誕生だ。
 訂正1件。昨日の原稿で「歩美、しのぶと中学時代に同級生だった大河内彰夫」とあるのは、「歩美、しのぶの中学時代に後輩だった大河内彰夫」の誤りでした。訂正します。
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2011年04月03日

悪いのは誰だ

 今年1月に旗揚げした劇団アトリエの第1回公演「悪いのは誰だ」(脚本・演出小佐部明広)を札幌・アートスペース201(中央区南2西1山口中央ビル5階)で見た。捜査上の証拠捏造による冤罪やタレントの覚せい剤問題(酒井法子や小向美奈子だろうな)、タレントの泥酔・暴行問題(海老さまだろうな)、マスコミのいい加減な報道・解説といった昨今の社会批評を絡めた大状況を描く一方で、ほんの心のすれ違いから一般人が起こした凄惨な事件とその後、その一般人にもあり得ただろう望ましい生活などを、演劇的企みに満ちた見せ方で描き切った力作。実に見応えのある作品だった。
 劇団代表の小佐部は北大生。2010年度学生対校演劇祭に劇団しろちゃんとして参加し、脚本を担当した「ラベリング」が最優秀賞と戯曲賞を受賞。脚本・演出を担当した第4回さっぽろ学生演劇祭後半作品「ハイパーリアル」で「札幌劇場祭2010」新人賞を獲得した実力派だ。もしかすると、「平成の北海道の野田秀樹」になるかもしれない逸材だ。パンフレットの代表挨拶では、劇団の芝居をおおまかにジャンルごとに分類することにしたとし、今回の作品をなんらかの問題提起をする作品「『プロブレム』作品1」としている。
 2009年4月12日、大学生西島歩美(小池瑠莉)が恋人宅に泊まりに行く途中、通り魔殺人に遭う。高校の同級生女性3人が連続で殺された事件の1人目。検察は高校時代の同級生大沼しのぶ(柴田知佳)を3人殺害の犯人と断定、凶器のナイフを捏造し、結果、彼女は死刑になる。その死刑執行後、歩美、しのぶと中学時代に同級生だった大河内彰夫(小山佳祐)が自首、しのぶを捜査し捏造を指示した検察官で彰夫の父である哲夫(伊達昌俊)が自殺する。
 芝居はこうした本流の物語の中に、ザッピングのように、冒頭に記したさまざまな社会的な事件をも巧みに挿入して進む。その処理がまずうまい。
 かと思うとその後、それまでの場面がところどころを違えて何度か再現される。例えば以前の場面では彰夫の成績の悪さを怒っていた哲夫が、成績の悪い彰夫を慰める優しい父になっていたり−などだ。彰夫のあり得たもう一つの姿、もう一つの現実だろう。あるいは別次元の現実と言うべきか。そしてそれは彰夫と歩美が交際し始めるというところにまで発展する。そしてそのところで、事態は一気に暗転する。照明も真っ暗。そこで結末はどうなるのかは見てのお楽しみだ。演劇的企みのうまさといったら、近年の学生演劇では例を見ない。
 芝居は「そこに人生があったんだ」「悪いのはあいつだ」「ありがとう、おめでとう。」の3部構成で、それぞれの間に、グレン・グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」がかかる(演奏者、曲目ともクレジットはないが、私の推測に間違いがなければ、確かそうだと思う)。これも実に効果的だ。
 見終えて、さまざまなことを考えさせられ、思わされる素晴らしい舞台だった。願わくは、役者陣がもう少し肩の力を抜いてもよいかなという点があるのみ。明日4日(月)の千秋楽は平日だが、勤務を途中抜け出してでもぜひ見ていただきたい。上演時間は1時間半。開演は13時と16時半の2回。
 私はその後、4人飛脚DANDA団のこれも旗揚げ公演「金曜日に会いましょう」(脚本・演出木山正太)を札幌・シアターZOOで見た。こちらは女性(飛世早哉香)が韓国人タレント(後藤克樹)を助けたことから起きるドタバタ喜劇だった。
 
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