2011年03月30日

伊達緑丘高校VS札幌厚別高校

 3月30日(水)、前項「煙草の害について」の前に見たのが、サンピアザ劇場(札幌)春の祭典2011高校演劇部門・伊達緑丘高校VS札幌厚別高校だ。
 昨年11月、全道高等学校演劇発表大会で「優秀賞」を獲得した伊達緑丘側が、サンピアザの地元・札幌厚別に殴り込みをかけた図式。
 伊達緑丘は受賞作の再演ではなく、新作「きらきらひかる よぞらのほしよ」(作・演出寺沢英幸)。真夜中の公演にチアガール姿の28歳の女がやってくる。実は翌日の母の再婚式の余興でチアリーディングを披露すべく、高校時代の仲間を待っていたのだ。だが、友達はなかなか現れず、現れたのは良かったものの…という内容。
 出演者がほとんど女生徒で、高校生らしい発想を生かした物語と溌剌とした動きは好感が持てたが、少し演技過剰気味だった点が残念。踊り以外の場面はもっと抑えても、訴えたいものは十分に伝わってきたのではないかと思う。
 札幌厚別は既成作「ジャンバラヤ」(作大垣ヤスシ、演出藤根知美)。独居の高齢女性がインターネットを駆使して応募した疑似家族の物語。そこに本物の家族がからみ、てんやわんやの騒ぎになる。
 こちらは全体に抑えた演技。特に娘役の女生徒が自然な動きで印象に残った。
 というわけで、昼の部のピンポン球による観客投票は札幌厚別の圧勝だった。でもでも、伊達緑丘をこそ見に来ている人たちの多くが、伊達だけを見て帰って行っちゃったからなあ。札幌厚別もそこのところは割り引いて考えなきゃ行けないかも。
 ともかく東日本大震災が起きたこの時期に、自分たちが青春を懸けた「演劇」を生きるということの決意と覚悟はしっかり両校ともから伝わってきた。
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煙草の害について

 柄本明(劇団東京乾電池)ひとり芝居「煙草の害について」(原作アントン・チェーホフ、演出・出演柄本明)を3月30日(水)、札幌・シアターZOOで見た。
 ロシアの偉大な劇作家チェーホフの作品に大胆なアレンジを加えた1時間少しの舞台で、1993年5月に東京・下北沢のザ・スズナリで初演された。確か本場モスクワ(だったかな? とにかくロシア)公演も成功させたはずだ、私はテレビでその時の密着ドキュメントを見た記憶がある。
 舞台には初め幕が張ってあり、そこには「うたと講演の夕べ マルケーシャ・イワノウィチ先生」の文字。くたびれた燕尾服を着た初老の先生(柄本)が自ら幕の中から出てきて幕を吊ったロープを操作して幕を上げ、用意してあったアコーディオンで歌うところから芝居は始まる。講演の演題は「煙草の害について」なのだが、そして実際さまざまなお笑いごとを経てやっとその通りに始まるのだが、やがて、威張り散らす妻の話、自分でも何人だったかよく覚えていない娘の話、仕事の話などと脱線、逸脱して、あらぬ方向に転がっていく。そして最後には狂気じみたさまになって、だが一人の初老の男の生活と人生が浮かび上がってくるという趣向だ。
 柄本は、いつものことながら、どこまでが戯曲通りで、どこからがアドリブなのかが分からない名演(迷演?)。しまいには実生活での奥さんの角替和枝さんとのことかも? と想像してしまうようなエピソードまで披露する。
 おそらく毎日が違う芝居になってるんだろうなあ、毎日見たいなあという舞台。演劇初心者でも、見て、絶対に損はない。お薦めだ。
 最終日31日(木)は15時、19時の開演。
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2011年03月29日

TPSレパートリシアター「秋のソナチネ」「西線11条のアリア」三見・その他

 TPSレパートリシアター「秋のソナチネ」(作・演出・音楽斎藤歩)を3月26日(土)、「西線11条のアリア」(同)を27日(日)、札幌・シアターZOOで見た。ともに三見目。
 1カ月、見終えた。「3・11」東日本大震災というう未曽有の大災害を経て、見終えた。
 感想はもう何度も書いているから繰り返さない。ただTPS初の1カ月ロングランの演目が、以上の2作と「アンダンテ・カンタービレ〜歩く速さで歌うように〜」(同)という、「生と死」をテーマしたもので良かったとあらためて思う。演劇人にも観客にも、こうした状況下で演劇に触れるという決意と覚悟が試された時間だった。
 26日には札幌・コンカリーニョでイレブン☆ナイン「死体とお肉とウンコの話」(作・演出納谷真大)も見たが、さしたる感慨はない。納谷は何かに悩んでいるとしか思えない。
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2011年03月22日

ハロー・グッドバイ

 やまびこ座プロデュース公演・東区市民劇団オニオン座「ハロー・グッドバイ」(作・演出西脇秀之)を3月21日(月)、札幌市こどもの劇場やまびこ座で見た。同劇団3年目の芝居だ。
 舞台は旅館あずま屋。支配人東一朗(大塚修司)の妹で仲居の道子(小川征子)はこの安旅館をもっと繁盛させるため、どこかで修業することを心に秘めている。一方、あずま屋のレストランのコック金本知美(江崎未来)は「B級グルメ王座決定戦」出演を前に情緒が不安定。そんな中、決定戦を取材に来たケーブルテレビ局のクルーや将棋倶楽部の合宿などもあり、あずま屋はてんやわんやに−というコメディー。
 しっかりした立派な作りのセットに出演者36人(+Wキャスト1人)という大勢の芝居だが、出演の出し入れがうまくスムーズで、物語に混乱することはない。3年間ずっと出ている役者もおり、小川や江崎など、ほかのアマチュア劇団でも十分に通用するうまさだ。芝居全体が醸す明るさに、ほんのひととき、東日本大震災で暗くなった気持ちを鼓舞された。
 物語は友人同士である道子と知美の友情とちょっとした確執が鍵。であるならば、文通相手の住んでいる土地を一目見たくてこの旅館に来た織田(入江明美)のエピソードが、さらっと流されていたが、もっと深く物語の根幹に絡んできても良いのではないかと思った。
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2011年03月20日

TPSレパートリーシアター「西線11条のアリア」再見・その他

 3月19日(土)、札幌・演劇専用小劇場ブロックでLyricaL BuLLeT「Hello!
Mr.abyss」(脚本・演出谷口健太郎)を、同・レッドベリースタジオでyhs「ムダの時間」(構成・演出南参)を見る。
 前者は谷口お得意の劇画チックな“正義”の物語、後者は新人プレイヤー4人が主体の脱力系コメディーだったが、残念なことに私はどちらにもさしたる感慨は湧かなかった。
 ただ前者の主役級で出演した飯野智行の太りっぷりには驚いた。初めに出てきたときは、目の前にいるのに誰か分からなかったほどだ。すがの公らとSKグループでぐいぐいやっていた頃の男惚れするような切れ味鋭い動きはなく、見るからに体が重たそうだった。どこか病気でもしたのだろうか、そしてそれは全快したのだろうかと心配にもなる。
 20日(日)はまず、同・シアターZOOでTPSレパートリーシアター「西線11条のアリア」(作・演出・音楽斎藤歩)を再見した。
 1カ月ロングランの3演目の中でも、最も「死」そのものをモチーフとした作品だ。この時節、不謹慎だと言いがかりをつける人がいるかもしれないな、いても仕方がないだろうなと思いながら劇場へ行くと、客が次から次に来て満員御礼の状態。
 そこで演じられた芝居は、それこそ不謹慎な言い方になるかもしれないが、満員の観客の熱気にも導かれたのだろう、役者たちが発露と抑制のメリハリの効いた素晴らしい演技がビシバシ決まり、感動させられた。
 その日の芝居にどれだけ感動した観客が多かったのかは、終演後のアフタートークにどれだけの人が残るかでも測れる。この日は9割近くの観客が残ったのではないか。斎藤も東京から駆け付け(東京での映像撮影は計画停電やなんだかんだで大変らしい。21日には東京に帰る)、苦労話を話した。そして劇場内の全員で三陸方面の真南に黙祷した。
 焼鳥屋で1時間半ほど時間を潰し、同・アトリエ阿呆船での実験演劇集団「風蝕異人街」の三島由紀夫作品上演企画第1弾「『近代能楽集』−「班女」「葵の上」−」(演出・照明・音響・美術こしばきこう)を見た。
 「班女」はかねて見てきた風蝕の方法論を踏襲、延長した感じで、さして新しさは感じなかったが、「葵の上」にはびっくり。三木美智代が光源氏を、客演の赤坂嘉謙(WATER33-39)が女装し六条御息所を演じているのだが(両作とも時代は“現代”である)、この赤坂が大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌」を彷彿とさせるのだ。私は思わず「大野先生だ!」と口走りそうになった。
 演出も、電気の光をあまり使わず蝋燭の炎を使うなど工夫を凝らしてあり、見応えがあった。
 また本人曰く、この日だけ、元看板女優の堀紀代美さん(室蘭在住)が“前説歴88年”の(変わらず)美しい妖しげな婆さんを演じて舞台に登場。なんともうれしいプレゼントだった。
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2011年03月16日

TPSレパートリーシアター「アンダンテ・カンタービレ」再見

 東日本大震災でお亡くなりになった方や被災された方々には比ぶべくもないし、比べるなど不謹慎なことだが、大震災には私も「やられたな」と思っている。
 原子力発電所の事故のことを含め大震災関連のニュースを見ると、むかむか吐き気を覚え、全身が震えるようになった。仕事柄、会社ではテレビはつけっぱなしだし、弊社が加盟している共同通信が「次はこうした記事を送信しますよ」という合図で流す音(以前は「ピーコ」と鳴っていたが、大震災発生の数日前から「ピコンピコン」に変わった。札幌の地下鉄改札口で、乗車券の料金が足りなかったりしてドアが閉まったときの音に似ている)と、その後の音声案内が時には間断なく鳴り続ける。まるで何かに追われている、追い立てられている感じで、心底ぞっとする。
 かねて通いつけの心療内科で、不安時にのむ頓服を処方してもらった。それでもまだ収まった気はしない。
 それで、というわけでもないのだが、TPSレパートリーシアター「アンダンテ・カンタービレ〜歩く速さで歌うように〜」(作・演出・音楽斎藤歩)を3月16日(水)午後、札幌・シアターZOOで再見した。
 今回の3演目1カ月連続上演では、各演目について1クールずつ、斎藤が書いた最新コラムがパンフレットに挟まれているのだが、きょう手にした「『アンダンテ・カンタービレ』のこと−その2」では、やはり大震災について触れられていた。
 以下、少々長いが、引用させていただく。
 「私がこんな芝居を創ったからといって、世の中何も変わりません。地域の崩壊も、巨大津波もこの芝居では防げません。何の役にも立ちませんし、何も出来ないんです。私は劇場で祈り、願うばかりだとこのコラムの第一回で書きましたが、その通りです。芝居をするしかないのです。私に出来る事はそれだけなんだと思い知るばかりなんです。だから、どんな時でも、不謹慎だと言われても、劇場で芝居をするしかないのだと思っています。
 どんなに大きく、ドラマチックな出来事が世の中で起きようと、やはり小さな生活とか、人間とか、そのことに着目して、小さな劇場で描き続ける事が私の仕事だと思って、三陸の方角に向かい静かに目を閉じ、やはり、祈り、願うしかないのです。」
 これを読んで、私は「そうだな」と演劇人の生き方に納得すると同時に、一観客である自身を顧みて「私は演劇に助けられているな」とあらためて思った。
 私は「演劇病」という「病」を自覚しているが、実はその「病」に助けられてもいる。演劇を見ている間は、吐き気がしたり全身が震えることもない。演目によっては「毒」になることもあり得るのだろうが、TPSが今回選んだ3演目は私にとっては「薬」、心が落ち着く、まさに「救心」だ(そう言えば、入社したての20代初め、道南にある大千軒岳の登山の取材で、70歳を超えたお年寄りに薬「救心」をいただいて、やっとの思いで登頂、下山して記事にできたことを思い出す。ちなみにその時、お年寄り自身は薬はのんでいなかった)。
 そんなわけで、19日(土)からの3日間も、私は救いを求めて演劇を見まくる予定だ。それが少しでも私にとっての「薬」になることを願いつつ…。
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2011年03月13日

TPSレパートリシアター「秋のソナチネ」再見

 TPSレパートリーシアター「秋のソナチネ」を3月13日(日)、札幌・シアターZOOで再見した。
 東日本大震災で、東京では野田秀樹の「南へ」が、三谷幸喜の「国民の映画」が、井上ひさしの「日本人のへそ」が、それぞれ休演を余儀なくされた。
 それよりなにより、これから被害状況が分かるに従い、ますます多くなっていくだろう犠牲者や被害者の数。想像の域を遥かに超えるあまりの衝撃に、なんとも言葉が出ない。ただ一刻も早く救出、救命されることを、そして亡くなった方たちのご冥福を祈るばかりだ。
 そんな情勢下でのTPS1カ月ロングラン。札幌は幸いなことに被害が最小限だったから続けられているのだ。でも作る側も見る側も、なにかしら大震災のことを心の隅に置いてのロングラン。この日は開演前に土田英順が特別に、鎮魂の祈りを込めてチェロを弾いた。そして幕が開けた、無事に。
 そんな思いもあってか、初日1日(火)に見たときよりも全体的に練り込まれたコクがあり、役者の動きにも切れがあるように感じた。私にとっては今まで見た中で一番素晴らしかった。
 この芝居自体、新たなほほ笑ましい出会いと、突然の悲しい別れを描いている。でも希望はかすかにつながっている。
 いまは実生活にも観劇にも、わずかではあっても希望を持ち続けたい。
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2011年03月10日

TPSレパートリーシアター「西線11条のアリア」

 TPSレパートリーシアター「西線11条のアリア」(作・演出・音楽斎藤歩)を3月9日(水)、札幌・シアターZOOで見た。 この作品については2006年2月21日付と07年11月10日付でも劇評を書いている。それからメンバーが結構入れ替わっているのだが、やはり私は好きだなあ、この物語、この世界、そして世界観。今回も見ていて切なさが胸に迫ってきて、涙が出そうになった。
 今回のキャストは、アーティスト(林千賀子)、若いカップル(木村洋次、高子未来)、謎の男(佐藤健一)、アルバイトの女(伊佐治友美子)、札幌市電の運転手(齋藤由衣)、停車場でコメを炊く青年(鎌内聡)、その姉(宮田圭子)、東京から出張で来ていたサラリーマン(岡本朋謙)という配役。高子と伊佐治、齋藤、鎌内は初出演で、岡本は運転手役からの抜擢だった。5人も変わっているから、印象はがらっと変わっていておかしくないのに、やっぱりいいなあと思う。何度見ても、じっくりかみ締めたくなる味わいがある。
 終演後、宮田と岡本と鎌内によるアフタートークのナビゲーターを務めさせていただいた。宮田は久しぶりに再演が決まって戯曲を読み直したら、「ああ、こういう話だったんだ」と初めて気が付いた点があったとのこと。ZOOでも道内各地への巡演でも回数をこなしている芝居なのに、そんなことってあるんだな。岡本は昨年、実際に命に関わる大病を克服して、いま、この生と死を見つめる作品に向き合っていることへの真摯な思い。鎌内は、斎藤歩の川崎勇人(現在、東京乾電池に所属)へのあて書きだった弟役(私の妻がいうところの「バカボン」)がまさか自分に振られることはないだろうと思っていたことを明かし、「大変です」と率直に語っていた。
 とにかく心に染みてくる名作です。シアターZOOに足をお運びあれ。
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2011年03月06日

「若い演出家と日本の戯曲♯00 安部公房『制服』」

 札幌・コンカリーニョの「若い演出家と日本の戯曲♯00 安部公房『制服』」(演出重堂元樹)を3月6日(日)、同劇場で見た。
 びっくりした。素晴らしい。重堂が代表を務める演劇公社ライトマンが昨年12月に上演した初稿版(当ブログの2011年12月18日付)から、今回は20分以上も長い改訂版(ラストも初稿版とは違う)だったが、よく抑制しつつ切れがあった。戯曲が良いのはもちろん、役者陣も実力派ぞろい。でも、それを差し引いても、いや、そうした実力派を力業の手綱さばきでまとめ上げたことにこそ感服した。こうした良い舞台を見せられれば、ややもすれば「芝居がうるさい」と思うことの多かった重堂の演出について、私は認識を改める。
 昭和20年、厳冬の北朝鮮。貯めた二千円を手に、日本へ帰還しようと目論んでいた元巡査の男(梅津学)。しかし、彼は日本への船の切符を買いに行こうとしたその日、何者かに殺されてしまう。一体誰が彼を殺したのか、真実を解き明かしていく中に、様々な人間の思惑が交錯する−。
 12月はアトリエ公演だったのだが、今回は広い劇場。だが舞台装置もしっかりしており、広さが無駄に見えず、適正サイズに見えた。見応えがあった。
 元巡査(梅津)の死後、彼の女房(小林なるみ)と、密通していた「ひげ」(宮澤りえ蔵)との逃避行をめぐるやりとりは、もともと巧みな俳優二人ではあるが、まるで火花が散るように見事で見ものだった。それに元巡査の霊と、彼を殺害したとして無実の罪で殺された朝鮮人青年の霊(かとうしゅうや)との真実を探るやりとりも、サスペンスとして強度の高いものだった。それゆえにラスト、自らを死に追いやった「制服」を脱げない元巡査の叫びが心に響いてきた。他の出演者は、病人としてほとんどの時間をハンモックに寝ていた「ちんば」にフレンチ、学生に小山佳祐、刑事に彦素由幸。
 芝居全体を抑制の効いた緊張感でまとめ上げた重堂の演出の的確さ。これは今年前半の私の発見であり、収穫だ。
 このコンカリーニョでの「若い演出家と日本の戯曲」は、札幌・シアターZOOを会場に清水友陽(WATER33-39代表)がプロデュースして始まった「じゃぱどら!!」とともに、日本の近・現代名作戯曲を今に生かそうとの企画だ。今回の重堂のように、若手演出家の一皮も二皮も向ける姿を楽しみにしたい。
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TPSレパートリーシアター「アンダンテ・カンタービレ」

 TPSレパートリーシアター「アンダンテ・カンタービレ〜歩く速さで歌うように〜」(作・演出・音楽斎藤歩)を3月5日(土)、札幌・シアターZOOで見た。
 私は北海道演劇財団の依頼で、当日配布のパンフレットに次のような文章を書かせていただいた(かっこ内は配役)。
 肩肘張らずに前を向いて
 2004年初演。「平成の大合併」が進み、「正義」のイラク戦争が戦われていた。この芝居は北海道の地方の悲喜こもごもで大いに笑わせながら、そんな社会背景をも取り込んで、批評的な慧眼を感じさせる優れた舞台だ。
 市町村合併が取り沙汰される過疎と高齢化の町の青年団合唱団。明治からの歴史があり、かつて50人もいた団員が今は8人。団長で合併反対の僧侶(すがの公=札幌ハムプロジェクト、客演)、町内に唯一銅像が建つ前町長の孫(木村洋次)、気の良い教育委員会職員(岡本朋謙)、札幌から転勤してきた高校教員(宮田圭子)、せわしない生命保険外交員(原子千穂子)、帰郷したバツイチ女性(吉田直子)、介護職員(高子未来)と高校卒業したてのフリーター(佐藤健一)の姉弟。性別も世代、合併や合唱への思いも考えも違う8人が、それぞれの事情に心も揺れながら晩秋の町民文化祭へ向け練習を重ねるさまが、1場20分程度の5場に季節を凝縮して描かれる。
 「できる以上のことをやってしまうと問題になる」(劇中せりふ)小さな町で肩肘張らずに“劇的”な物事を避け、何とか自分たちの好きなことをできる範囲で長く続けていこうと前を向く姿は時に切ない。心のひだまでには立ち入らず抑えたせりふ、“劇的”な場面の省略と併せ、終幕の合唱に至り観客個々に心の中で物語の創造=想像を促す傑作だ。
 以上。
 この気持ちに変わりはないが、アフタートークでレッドベリースタジオ主宰の飯塚優子氏がおっしゃっていたのと似て、04年から7年経ったいま見ると、以前見たとき以上に時事的な問題は後景に退いて、より各人物一人ひとりの像がしっかりと立って、心に焼き付いてきた。それと同時に人物間の関係も、である。
 先のトークで斎藤は、演劇公演で道内各地を回るようになって、そこで出会った幾多の人をモデルとして、それぞれの登場人物を造形したと言っていた。だからだろうか、斎藤の作品はどれも北海道の風土と人に根差した作品に変わりはないのだが、この作品はその中でもとりわけ「ああ、そうそう、こんなこと、よくあるある」とか、「こんな人、いるよなあ」といった、言わば“地に足の付いた”劇作の感覚が強いのである。身近で、温もりがあって、愛おしいのである。
 だから終幕の合唱の場面で、斎藤があえて大振りなことを求めなくても、観客である私は一人、想像=創造を駆使して感動するのだ。
 すがのが抑えた演技ながらも決めるところはびしっと決めて好演。自身のカンパニーとは違う新たな境地を見せたのがうれしい。「ゲボロ」こと吉田の“動じなさ”も、年を追っていよいよ磨きを増してきた。
 歌声という、生(なま)を扱う芝居だからこそ、この1カ月公演中にもますます深みを増すことだろう。二度、三度と見るのが楽しみだ。
 上演時間など詳しい日程は演劇財団ホームページ http://www.h-paf.ne.jp/参照を。
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2011年03月05日

ファンキーモンキークラッシュ!

 劇団怪獣無法地帯の中華漫才的暴走活劇「ファンキーモンキークラッシュ!」(原作呉承恩「西遊記」、脚色棚田満・渡邉ヨシヒロ、演出棚田)を3月5日(土)、札幌・ラグリグラ劇場で見た。おバカ度満載の楽しい芝居だ。
 三蔵法師(伊藤しょうこ)と馬(濱道俊介)が孫悟空(長流3平)、猪八戒(渡邉)、沙悟浄(吉川直毅)を従え旅の途中、孫悟空に牛魔王(氏次啓=1dayゲスト)を殺された金角大王(塚本雄介)や銀角大王(三戸部大峰)、小龍(三宅亜矢)らと争う冒険物語。三蔵法師の正体は実は…といったあり得ない脱線や、皆が三蔵法師が開けた「時の扉」に入ってしまって時空を超え、「OK牧場の決闘」や「銀河鉄道の夜」、「スター・ウォーズ」の世界に迷い込んだりといった逸脱が随所に散りばめられ、怪獣無法地帯のおバカ路線が全開! これで上演時間は1時間15分程度とコンパクトなのが良い。お得意の小さなこと、小道具へのこだわりもファンにはうれしい。
 それにしても同劇場はシアター・ラグ・203の本拠地なのだが、昼の回はラグの水曜劇の3〜4倍は入ったんじゃないかと思える超満員。ふだん芝居を見ていなさそうなご高齢の方も多く、怪獣無法地帯のファン層の広さには驚いた。すごすぎる。それだけ札幌小劇場界の裾野の拡大に役割を担っているということだろうか。
 6日(日)は13時(ゲスト南参=yhs)、16時(遠藤雷太=エンプロ)の開演。
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2011年03月02日

TPSレパートリーシアター「秋のソナチネ」

 TPSのレパートリーシアターが3月1日(火)、本拠地の札幌・シアターZOOで始まった。道内では学校周りの“出来合い劇団”の芝居を除いては(どことは特定していません。失礼)、おそらく空前絶後、暴挙とも私は言う、1カ月間、3演目、合計27ステージの大ロングラン。ぜひ成功してほしい。
 1日からの第1弾は「秋のソナチネ」(作・演出・音楽斎藤歩)。劇評としてはこのブログの2008年12月1日の項目を見ていただきたい」。だいたい変わらないから。ただ、すごく短く感じたなあ。慣れなのか、ほんとに短かったのか。チェリスト土田英順の“役者稼業”が、これがラストになるのは前にブログに書いたとおりだが、これが絵に描いたようなエンターテインメント。劇場で確かめてほしい。
 私がなによりうれしかったのは、昨年、重い病の死線を超えた岡本朋謙の劇的な復活(この演目では鎌内聡とのWキャスト)。命にかかわる病と知らされていただけに、本当に本当に本当に劇場に帰ってきてくれてうれしいよ。彼の素の、いつまでも少年の心を持った感じ(表情からして、岡本はそうなんだよなあ)のお兄さんが、よく表現されていた。岡本、おめでとう。そして、ZOOに帰ってきてくれて本当にありがとう。1カ月間、斎藤歩に怒られないように、体調と示し合わせて、ほどほどにやっていこうね。
 一定レベル、いやそれ以上の水準を持った芝居を3演目、数日代わりに打つことは東京でも困難なことだ。それは最近、東京・渋谷のシアターコクーンで「ミシマダブル」と銘打って「サド侯爵夫人」と「わが友ヒットラー」が上演されたことはあるのだが、北海道では前代未聞だろう。だからこその意味があり、だからこそのお馬鹿のこんこんちきで、くそくらいの素敵なTPSでもある。
 イナダ組代表のイナダがかつてTPSを採点して0点だったが(北海道新聞記事より。でも、イナダのこの採点は大人げないと私は思うよ)、私はこの、道内カンパニーのどこにもできない冒険の道筋をつけることに意味ありと見て50点はつける(同じ北海道新聞記者ながらね。私も大人げないね)。
 1カ月間、TPSと付き合います。そのほかにも3月は芝居がなんだか多いんだよね。このブログもいつの間にか5年を突破したし、今後ともよろしくお願いします。
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