2010年11月29日

俺たちの甲子園・再送

 「俺たちの甲子園」の項がまたデジタル空間のどこかで迷子になっているので、再送する。「俺たちの甲子園」が2項続けて出てきたら幸い。

 11月28日(日)、札幌市教育文化会館小ホールで開かれた第5回北海道中学生演劇発表大会で、十勝管内清水町立清水中が2年連続の最優秀賞、札幌市立北野台中と北海道登別明日中等教育学校が優秀賞に選ばれた。というか、私は審査員3人(ほかに北海道文化財団コーディーネーターの藤村智子さん、北海道演劇財団専務理事の平田修二さん)の一人として選んだ。審査結果は3人とも同意見で、すんなり決まった。
 清水中の劇団クリオネ(指導者佐々木隆徳、代表生徒林聖悟)の作品は「俺たちの甲子園」(作石原哲也=既成、脚色佐々木)。中学時代にバッテリーを組んでいた高校3年のゲン(林)とシゲル(宇都宮彰悟)。ゲンは限界を感じ野球部を辞めてから学校を休みがちで、夜は下宿で友達と麻雀に明け暮れる日々。一方、今も野球部員のシゲルはキャッチャーとしての初のベンチ入りを目指し、夜にも神社前でバットの素振りを繰り返す毎日。進路、友情、そして恋。ともに同じ家(ゲンのいとこ・夕子=佐藤くるみ=の家)に下宿しながらも、微妙に距離を置いた2人の関係を軸に物語は進んでいく。
 いやあ、昨年最優秀賞を受賞した「修学旅行」(作畑澤聖悟=既成)に引き続き、感動させられました、たっぷり、存分に、心の底から。
 なんといっても、ただ舞台上にいる、存在しているという難しさを軽々と乗り越えている役者たちの素晴らしさ。その大事な点がクリアされているから、フィクション、つくりものから、まさしく「真実」がにじみ出してくるのです。
 全身に力が入って前がかりになって精一杯熱演するという、いわゆる教育としての「学校演劇」にありがちなものが一切ないのです。そうした言い方には、学校演劇関係者の方には異論もあるかもしれませんが、この清水中の、「お金を払ってでも見たくなる」ごく自然な演劇としてのレベルの高さは驚くべきことだと私は思います。
 ちなみに審査会で平田さんは「(北海道演劇財団主宰劇団TPS=シアタープロジェクトさっぽろ=に)スカウトしたいくらいだなあ」と涙目になりつつ感動しておりました。
 そして適材適所の配役の妙。ゲンとシゲルをはじめ、ゲンの母(安曇汐里)、シゲルの父(野田実)もまったくその母、父という感じで、とても中学生には見えません。脱帽しました。札幌では「札幌劇場祭」の真っ最中ですが、その中の一作品としてエントリーしても、ひょっとしたら受賞するのではないかと思いました。私が審査員ならそう一票を投じます。
 その他の出場校の作品も良くできていて面白かったし、素晴らしかった。ただ清水中が圧倒的だったのです。
 出場した各校のみなさん、お疲れさまでした。そして感動をありがとう!
 清水中のみなさん、本当におめでとう!
posted by Kato at 13:35| Comment(5) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

俺たちの甲子園

 11月28日(日)、札幌市教育文化会館小ホールで開かれた第5回北海道中学生演劇発表大会で、十勝管内清水町立清水中が2年連続の最優秀賞、札幌市立北野台中と北海道登別明日中等教育学校が優秀賞に選ばれた。というか、私は審査員3人(ほかに北海道文化財団コーディーネーターの藤村智子さん、北海道演劇財団専務理事の平田修二さん)の一人として選んだ。審査結果は3人とも同意見で、すんなり決まった。
 清水中の劇団クリオネ(指導者佐々木隆徳、代表生徒林聖悟)の作品は「俺たちの甲子園」(作石原哲也=既成、脚色佐々木)。中学時代にバッテリーを組んでいた高校3年のゲン(林)とシゲル(宇都宮彰悟)。ゲンは限界を感じ野球部を辞めてから学校を休みがちで、夜は下宿で友達と麻雀に明け暮れる日々。一方、今も野球部員のシゲルはキャッチャーとしての初のベンチ入りを目指し、夜にも神社前でバットの素振りを繰り返す毎日。進路、友情、そして恋。ともに同じ家(ゲンのいとこ・夕子=佐藤くるみ=の家)に下宿しながらも、微妙に距離を置いた2人の関係を軸に物語は進んでいく。
 いやあ、昨年最優秀賞を受賞した「修学旅行」(作畑澤聖悟=既成)に引き続き、感動させられました、たっぷり、存分に、心の底から。
 なんといっても、ただ舞台上にいる、存在しているという難しさを軽々と乗り越えている役者たちの素晴らしさ。その大事な点がクリアされているから、フィクション、つくりものから、まさしく「真実」がにじみ出してくるのです。
 全身に力が入って前がかりになって精一杯熱演するという、いわゆる教育としての「学校演劇」にありがちなものが一切ないのです。そうした言い方には、学校演劇関係者の方には異論もあるかもしれませんが、この清水中の、「お金を払ってでも見たくなる」ごく自然な演劇としてのレベルの高さは驚くべきことだと私は思います。
 ちなみに審査会で平田さんは「(北海道演劇財団主宰劇団TPS=シアタープロジェクトさっぽろ=に)スカウトしたいくらいだなあ」と涙目になりつつ感動しておりました。
 そして適材適所の配役の妙。ゲンとシゲルをはじめ、ゲンの母(安曇汐里)、シゲルの父(野田実)もまったくその母、父という感じで、とても中学生には見えません。脱帽しました。札幌では「札幌劇場祭」の真っ最中ですが、その中の一作品としてエントリーしても、ひょっとしたら受賞するのではないかと思いました。私が審査員ならそう一票を投じます。
 その他の出場校の作品も良くできていて面白かったし、素晴らしかった。ただ清水中が圧倒的だったのです。
 出場した各校のみなさん、お疲れさまでした。そして感動をありがとう!
 清水中のみなさん、本当におめでとう!
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2010年11月27日

ワタシの好きなぼうりょく

 Paing Soe(パインソー)の「ワタシの好きなぼうりょく」(脚本川尻恵太、演出山田マサル)を11月27日(土)、札幌・ブロックで見た。
 石造りの高い塔のある街。夫(重堂元樹)からのDV(ドメスティック・バイオレンス)を愛だと受け止めて生き続ける妻(斉藤麻衣子)。塔が「I」に似ていることから「愛の街」をつくろうという市長(ツルオカ)。市長が前職だった福祉施設での実態を告発しようと取材する雑誌記者(吉田奈穂子)。その施設の入所者で、記者に言葉を教えてもらった障害者(小林尚史)。「愛の街モデル夫婦(氏次啓、山崎亜莉紗)」。市の肝入りのラブドール(宮田碧)に肝心の「穴」がないことに憤る男(赤谷翔次郎)−。芝居はこの街の「今」を切り取るエピソードを複層的に、断章的につないで描かれていく。
 題名に「ぼうりょく」とあることから、見る前は正直、「『エロ、グロ、ナンセンス』のこてこてだと嫌だなあ」と苦手意識を持って観劇に臨んだが、まるっきり違った。ナンセンスはナンセンスなのだが、時に深い哲学的とも言える考察が折り交ざった“センスのあるナンセンス”なのだ。
 そしてそれは「ぼうりょく」というよりも、私などには「愛」や「幸福」を真面目に考えさせるものなのだった。もしかしたら「ぼうりょく」と「愛」や「幸福」は鏡の裏表の関係にあるのかもしれない。その場面場面の間合いや演技が全体的に抑えの効いたものになっていることもあって、情に訴えるというよりは、理に働きかける芝居だとも言える。私の場合、頭を使って芝居を見るのが久しぶりの気がして心地よかった。
 演出の山田が映像にも造詣が深いことから、随所にあらかじめ用意された映像や、生の、舞台上の今を映し出す映像が効果的に使われている。そしてラスト近くには、ある驚くべき視覚効果が用意されている。その場面のなんと美しいこと! 一見あれ!
 川尻が書いた作品を数多く見てきたが、私はこれが一番好きかもしれない。そしてそのヒントを与えた山田の感性に最も近付けたのもこの作品かもしれない。
 楽日28日(日)は15時開演。あなたならば、この作品をどう受け止めるだろうか。
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中学生の演劇を見てみませんか?(28日)

 第5回北海道中学生演劇発表大会(実行委主催)が11月27日(土)、札幌市教育文化会館(中央区北1西13)小ホールで開会、28日(日)に道内5地区から選ばれた6校が順次上演する。
 私は縁あって昨年から審査員(3人)を務めている。昨年、最優秀賞に選んだ十勝管内清水町立清水中の劇団クリオネ「修学旅行」(作畑澤聖悟)はとても素晴らしかった。「2009アワード」のシアターホリック奨励賞にしたほどだ。
 28日は午前9時30分から、札幌市立北野台中、同あいの里東中、登別明日中等教育学校、砂川市立砂川中、石狩市立花川南中、連続出場の清水中の順に上演する。脚本は既成のものもあれば生徒創作のものもあり、上演時間は各約1時間。
 日ごろいろいろな劇団のさまざまな芝居を見ていて何か気詰まりを感じているあなた、いかがですか、中学生の演劇を見てみませんか?
 これが中学生!と目から鱗が落ちること請け合いですよ。入場は無料です。
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2010年11月26日

ここだけの話

 LAUGH LAMP(ラフランプ)の「ここだけの話」(作岩田雄二、演出LAUGH LAMP)を11月26日(金)、札幌・キューブガーデンで見た。見終えた後、心がほんのり温かくなる愛すべき“小品”だ。
 テレビや演劇で売れっ子だったライター日比野あき(岩田)が、首から上だけのおっさん(小野優)の“幻影”を見るようになり、すべてに疲れ切ったように第一線を退いて、七夕前の数日を空き地のような公園にテントを張って暮らしている。夜になると元彼女のハル(堤沙織)がやってきて、いろいろなことを話し合う。テレビで一緒に仕事をしていたハルの弟・緒川あきお(高橋リュウタ)はそんな日比野が心配で毎日やってくる。ある劇団のメンバーで元気いっぱいの石本ゆかり(石川藍)も日比野に次回公演の戯曲を書いてもらおうと公園に日参。そんなある日、正体不明の柳(明逸人)という男も公園に現れた−。
 いわゆる“劇的”な事態は起きないと言ってもいいが、小さなエピソードの積み重ねが繊細で、物語全体を通じて目線が温かい。これは旗揚げ公演から過去2作品を見てきたこのカンパニーの、というより作者岩田の、物事を見て、創作する際の目線の温かさでもあるだろう。
 上記のあらすじには、実は物語の中で「そうだったのか」と思わされるとても大切なことを書いていないが、ここでは明かさない。それは見る者の心を切なくさせる事柄だ。でもそのことの追及に深く入り込みはせず、あくまでも展開はほんわかした感じで一貫する。これはこれで、このカンパニーならではの特長であり、独特の風合いなのだろう。観劇初心者にも芝居の楽しさ、面白さを感じてもらえること請け合いだ。
 劇中で語られる「物語」も子どもにも分かりやすい心温まる内容で、家族揃って楽しめる芝居だとお薦めする。
 27日(土)は14時・19時、28日(日)は14時の開演。
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2010年11月22日

ハイパーリアル

 第4回さっぽろ学生演劇祭後半作品「ハイパーリアル」(脚本・演出小佐部明広)を11月21日(日)、札幌・サンピアザ劇場で見た。
 チラシによると、あらすじは−麻薬密売人を追う警察、ストーカーに追われる大人気歌手、親に見捨てられた義兄……。世間では究極装置「ハイパーリアル」が大流行。ハイパーリアルを使えば全てが自分の思い通り。ハイパーリアル、あなたも欲しくありませんか?−。
 とのことだが、私の受け止めた感じではちょっとこのあらすじとは違う。物語は、芝居を演じている役者たち、との設定の中、ある意味での「本当の自分探し」という感じだった。それが、どこがどうということではなく、全体的に独特の良い雰囲気を醸し出していて、こういうのもあり、と思わせる劇作なのだ。
 役者たちの佇まいがまず良い。それに自然な発声、動き、無理して背伸びをしていないのが良かった。惜しむらくは数カ所、絶叫調のところになると、そこだけが変に突出してしまった感があった。でも、良いものを見た、見せてもらったという思いはある。
 来年以降の学生演劇祭にも期待は大きい。
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シャッター街引導カレー。

 ディリバレー・ダイバーズの「シャッター街引導カレー。」(作深浦佑太、演出谷原聖)を11月21日(日)、札幌・ブロックで見た。
 チラシによると、あらすじは−都会でインドカレー屋を営む大玉マゼロウ(深浦)は、突然の呼び出しで帰郷することになった。6年間ろくに連絡もせず、全く帰ることのなかったあの田舎街へ。故郷で待っていたのは、疲れ顔の幼馴染み鍋出ニコミ(篠田なつみ)とシャッター街と化した昔懐かしい街並みとそこに隣接する超大型デパート“ジャスフール”だった…! 自分が居ぬ間に街は変わっていた。そしてかつての仲間たち・親友もまた。次々と降りかかる苦痛な事態に胃を痛める暇もなく、突きつけられた現実。「ジャスフールによって、シャッター街がなくなる」。頭を痛める仲間たち。そんな中、ニコミは言う。故郷を救う全ての希望は大玉マゼロウにあると。「俺、本当にカレーしか作れないぞ…?」。果たしてシャッター街の運命は…? かくして彼は、手にしたおたまで、何を混ぜるのか−。
 よくできた題名であり、あらすじだ。というのも、物語は本当にこのままのコメディー。舞台上で実際にカレーが作られるのだ。芝居は終始一貫してテンポがよく、時にダンスも織り交ぜられ、見ていてとても楽しい。ちょっとお馬鹿な設定も(でも最近の日本映画などにもこんな感じのはよくありますねえ)、役者たちが自分たちの枠の中でおちゃらけることなくなかなか真剣に演じているから、すーっと自然に伝わってくる。そしてもちろん面白おかしく。
 ジャスフールの拡張計画を説明する担当者リューイチ(村上義典)が、マゼロウの親友でニコミの兄であるという点も、ありがちと言えばありがちだが、物語の展開を考えた上で気が利いている。そしてラストは観客の予想を遥かに超えた大袈裟振り。十分に楽しませてもらったコメディーだった。
posted by Kato at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タシラギ−再生−

 北海道文化財団・韓国演劇協会光州広域市支会(光州演劇協会)交流事業の光州演劇協会「タシラギ−再生−」(作ホ・ギュ、共同演出キム・チャンイル、チェ・ヨンファ)を11月20日(土)、札幌・コンカリーニョで見た。
 パンフレットによると、「タシラギ」は韓国の全羅道(チョンラド)南端に位置する珍島(チンド)地方の伝統葬儀の風習。死は終わりではなく別の生の始まりであり、生者を慰め、死者を言祝ぐ韓国人の来世観が込められた風習だという。
 垂れ幕などで飾り付けられた劇場に入ると、舞台上には日本でいうところの死者を弔う祭壇があって、出演者に選ばれた観客が次々と礼拝。そうしているうちに出演者らが歌い踊りながら観客席入り口から入ってきて、突如として物語は始まる。
 物語の詳細な説明は略すが、ユーモア精神にあふれて笑いも巻き起こす楽しい舞台だった。舞台上手には楽士たち4人が座り、進行具合によってさまざまな見事な歌と演奏を披露、日本の浄瑠璃などの伝統芸能をも連想させた。そして「輪廻転生」という考え方は確かに日本にも根強くあるのだから、この点、日本と韓国は共通している、近しいのだと思えた。
 私は最前列の真ん中に座っていたものだから、盲人役の人には「立派なスイカだ」と言って頭をなで回されたり、ラストでは舞台上に上げられてみんなと一緒に踊ったり…。「こんなにいじられたのは同じコンカリでの指輪ホテル公演以来だな」などと思い出しながら楽しんでいた。
 終演後、交流会があり、2009年9月の光州平和演劇祭でグランプリ・光州平和演劇賞を受賞した劇団北芸(釧路)の加藤直樹、森田啓子に銀杯(という表現でいいのかな? 賞の趣旨や演目「この道はいつか来た道」についての賞賛が書かれた銀色の皿)が贈られ、加藤は「これでやっと受賞が夢でなかった、証拠がいただけました」と喜んでいた。
 と同時に、私は同行して来札した舞台担当の女性新聞記者から感想についての取材を受けた。とてもチャーミングな記者だったが、果たしてコメントは採用されるかしら。
posted by Kato at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月20日

音楽になってくれないか

 弦巻楽団の「音楽になってくれないか」(作・演出弦巻啓太)を11月19日(金)、札幌・シアターZOOで見た。夢(眠って見る方の夢)と現(うつつ)が入り交じり夢幻の魅惑的な迷宮に誘う、私の大好きなタイプのコメディー。18日(木)から全12ステージの長丁場だが、「期間中にもう一度見たい」「あの場面のあの台詞、動きを確かめたい」という観客はきっと多いことだろう(その理由は見てのお楽しみ、ということで…)。
 霧草圭太(温水元)は高校卒業後の1995年、19歳の時から原因不明で15年間眠り続け、2010年に目覚めた。いま34歳。彼は心配していた家族たち(斉藤もと、長岡登美子、吉原大貴、脇田唯、脇愛美)に歓迎されながら、ふと一人、思い出そうとする。「15年間、何の夢を見ていたのだろう。そうだ、高校時代には演劇部員で、夢の中でもアマチュア劇団の代表として作・演出をしていたんだ」−。
 芝居はそうして夢の中の劇団の日常と、現の世界の妻つぐみ(井上奈美)=高校時代の同級生で、圭太の回復を待っていた=らとの生活が、実に微妙に巧みに心憎いほどに相交じり合うように展開していく。それは時に見ている私が、「この場面は夢だったか、現だったか」と自問するほどに、よく計算されたうえで描写されている。心地よく酔える。
 筆者が思うに、主人公・圭太は等身大の弦巻自身がモデルだ。もっとも、弦巻は終演後、私のそうした質問に「これはフィクションですよ」と笑って言っていたが。
 芝居の中では、弦巻個人の演劇観が垣間見える表現があり興味深かったし、札幌にもあまたあるアマチュア劇団が共通して抱える悩みや苦労も描かれていた。そして演劇ならではの省略、飛躍などの表現法が存分に使われ、いずれも効果的だった。そうした意味では、札幌の劇団の演劇鑑賞の手始めとしては格好の芝居ではなかろうか。しかも上質な。
 このブログで、私が弦巻の作風をあえて大きく分ければ、コメディー系とセンチメンタル系に二分されると書いた記憶があるが、この作品はその二要素がちょうどうまい具合に調合された佳品と言ってよいだろう。
 出演はほかに弦巻自身と、医師役などに長沼知志、圭太をおそらくは一番理解していたであろう女性・真理役に江崎未来。
 残る10ステージは20日(土)14時・19時、21日(日)14時、22日(月)休演、23日(火)14時、24日(水)〜26日(金)20時、27日(土)14時・19時、28日(日)14時の開演。札幌では滅多にない12ステージの長丁場。余裕で乗り切るだけではなく、日を追うごとにぐっとコクを増した音楽になってほしいと期待する。
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2010年11月14日

この道はいつか来た道

 劇団北芸(釧路市)の「この道はいつか来た道」(作別役実、演出加藤直樹)を11月13日(土)、札幌・シアターZOOで見た。
 チラシによると、あらすじは−舞台にひしゃげた街灯がついた電信柱、そのかたわらにゴミ捨て用のポリバケツ。段ボールを引きずった女とゴザを背中にくくりつけた男が出会う。二人の日々新たな出会いとは…。愛の物語が始まる−。














      至芸。ぜひご覧を。














 14日(日)は14時開演。札幌公演はこれが最後、かもしれません。
至芸。ぜひご覧あれ。劇場でお会いしましょう。
posted by Kato at 04:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月13日

アオゾラドリーマー

 劇団パーソンズの旗揚げ公演「アオゾラドリーマー」(脚本・演出畠山由貴)を11月13日(土)、札幌・ターミナルプラザことにパトスで見た。
 チラシによると、あらすじは−私たちはおんなじ商店街で育った。おんなじ子供時代を過ごして、おんなじように大人になって。だけどいつしかおんなじじゃなくなって、それぞれが違う夢を、現実を、生活を、追ったり諦めたり送ったり見たり縋ったり。あなたには、諦めきれない夢があります? あなたには手放せない現実がありますか? 今を生きる若者たちの等身大の物語−。
 具体的には、高校卒業後、東京で役者をやっている香(阿部星来)が6年ぶりに青空商店街に帰ってきた。中学2年生の妹のぞみ(宮崎安津乃)と2人暮らしで古本屋を営むなつみ(佐藤愛梨)、香の元彼でホストの昌平(鎌田大介)は温かく歓迎する。だが、母と2人暮らしで堅実な公務員の結(能登屋南奈)は香にちょっと冷たい。その真意は何なのか。そして香が帰郷した本当の理由とは−。
 劇団の旗揚げ公演を見るのは久しぶりだ(札幌の専門学校、ビジュアルアーツの卒業生とのこと)。文化の世界では、第一作がその後の創作活動の色合いを占う、というのはよくいわれること。その意味では、見ていてなにか清々しい、清新な気持ちになれたのはうれしい。
 ただ、全体的に表現がまどろっこしいとも感じられ、もう少し整理された方が素直に胸に染み込んでくる気がした。これが、さまざまな事象をモチーフに公演回数を重ねていけば、洗練され、見せ方もうまくなっていく、ということなのだろう。
 配役は各役者の個性にぴったりの感じ。畠山がふだん付き合っている役者たちにあて書きをしたのではないかと思えるほどしっくりしていた。
 今後の活躍に大いに期待したい。
 13日は19時からも開演。
posted by Kato at 16:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その島での生存方式・訂正

 前項の「その島での生存方式」で、「2009年4月にシアターZOOの平田修二プロデューサーがキム・カンボに紹介されて会い、今回の来日公演が実現した。」とあるのは、紹介されたのが2010年4月、つまり今年4月の誤りでした。半年でこんなにすごいプロジェクトができるんだ。過ちは、素直にごめんなさい。
posted by Kato at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

その島での生存方式

 韓国・釜山のパムンサ(“海と文化を愛する人々”という韓国語を略した言葉)/PROJECT TEAM TWODAYの「その島での生存方式」(作・演出キム・ジヨン)を11月12日(金)、札幌・シアターZOOで見た。奇抜な設定にユーモアが絡み、日本人とは違う身体的な動きが楽しめ、さらに昨今の国際情勢をも想起させる、見応えのあるとても優れた不条理演劇だった。
 チラシによると、あらすじは−海に浮かぶその島にはオーク(ソン・ジュンスン)とトロール(キム・アラム)夫婦が住んでいる。夫婦は魚を釣ってどうにか延命しており、時々立ち寄る郵便配達夫(キム・ジョンフン)から海の知らせを聞いていた。ある日、島に冒険家(クム・ジョンウォン)が漂流してくる。彼は夫婦の喧嘩をうまく利用し、それとない論理で島の所有権を握る。オークとトロールは郵便配達とツナミ(津波)の力を借りて冒険家を追い出すが、時遅く島は廃墟と化していた。冒険家はいなくなったが、オークとトロールは相変わらず釣りをしながら言い争う毎日だ−。
 釜山市立劇団芸術監督になったキム・カンボ(劇団青羽=チョンウ代表)の絶賛劇団。2009年4月にシアターZOOの平田修二プロデューサーがキム・カンボに紹介されて会い、今回の来日公演が実現した。
 あらすじの「冒険家」とは聞こえがいいが、実は奇妙な論理を持ち出して夫婦を危機に追い込む詐欺師まがいの男。彼のああいえばこういうといった感じの対応にすっかり翻弄されて、夫婦は仲違いの寸前だ。
 「一つの島で使える釣り竿は一つ」という命令を伝え聞いた冒険家は夫婦に、島を二つに分断すればいいと提案し、実際、テープで島を区切る。この場面など、韓国と北朝鮮を分断して半世紀以上の「38度線」の現実が如実に示されているだろう。
 そしてラスト間際、舞台いっぱいに舞い散らされる「$」と「¥」の紙幣。日米との関係で国の行く先を決めざるを得ない故国韓国の姿が表れているのではないか。
 かつて見たZOOで見た劇団青羽の「足跡のなかで」もそうだったが、韓国の演劇者は個人の生き方を描く際にも、そこに少なからず国家や社会の影を見ざるを得ないのだろうと推察する。
 当日配布のパンフレットに、「音・掃除夫」とクレジットされているト・ジョンウの動き、役割も非常にユニークで面白かった。
 12日は19時開演も。
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2010年11月11日

W!

 プラズマニアの「W!」(脚本・演出谷口健太郎、振付喜井萌希)を11月11日(木)、札幌・コンカリーニョで見た(公開ゲネプロ=本公演前日や数時間前に、本公演通りに途中で止めることなどなく進められる通し稽古)。
 チラシによると、あらすじは−山の中にひっそり佇む洋館「八角館」。そこに集められた、探偵、刑事、推理小説家、学者。館に隠された幻の絵画を巡り壮絶な推理合戦が繰り広げられるかと思いきや、一つの密室殺人を皮切りに、恐怖が館を支配する…。悲しみの復讐劇に、香月零治(探偵=谷健)が見出した「答え」とは…! 大人気の、探偵社ライズカンパニーシリーズ最終章!。
 2004年に旗揚げし、台詞も動きもけれんみたっぷりの「全力疾走系エンターテインメント集団」として人気がうなぎ上りの若手劇団の筆頭株。物語もそう難しいものではなく、手っ取り早く演劇の楽しみ方のイロハを感じられるので、観劇初心者の入り口のカンパニーとしてはとてもいいだろう。
 探偵社ライズカンパニーシリーズに関して言えば(このブログには書いたことがないかもしれないが)、ずいぶんご都合が良すぎる展開だなあなどと思ったこともあったが、これが最終章、一区切りだと思えば、これはこれで「水戸黄門」の印籠のようなもので、独特の味わいがあったのだなあと、感慨深いものがある。
 さらに当日配布のパンフレットによれば、谷健が書く20代最後のプラズマニアの作品らしい。札幌の30代前半のカンパニー代表には、あえて名前は挙げないが、意欲、実力とも今が盛り!の先輩たちがいっぱいいるから、谷健が今後どういう方向性に行くのか、独自性を切り開いていくのかがとても楽しみだ。
 公開ゲネプロとしての11日を見た限りでは、谷健と萌希ちゃん以外のメンバーがずいぶん若返ったせいか(だよね?)、二人に比べて周りがおとなしすぎた感もある。けれんみたっぷりの二人の芝居に負けないように、ここはもう一回り大ぶりになってもよいのではなかろうか。
 それから初見の観客の方に。このカンパニーは時としてライブハウス並みの大音響を使います。心臓にはちょっとだけご注意を。
 12日(金)20時、13日(土)14時・19時、14日(日)15時の開演。
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2010年11月09日

いま一度書く 劇団北芸の「この道はいつか来た道」は見るべきだ

 劇団北芸(釧路市)の「この道はいつか来た道」(作別役実、演出加藤直樹)公演が13日(土)19時、14日(日)14時、札幌・シアターZOOでと、今週末に迫った。
 この芝居については10月24日付で推薦文を紹介したほか、何度もこのブログで書いている。
 2009年10月14日付、同年11月18日付、同年12月31日付だ(一部ネタバレあり。でもネタを知っていても感動すると思う)。
 それでもやはり、私はいま一度推薦する。
 死ぬ前に一度は、劇団北芸の「この道はいつか来た道」を見るべきだと。
 きっと死生観が変わる。
 死生観が変わりはしなくても、きっと何かが変わる。
 それだけの素晴らしさをこの加藤直樹、森田啓子コンビのこの芝居は持っている。
 なにせ1998年10月に釧路で行われた北海道舞台塾釧路地域大会で、作者の別役実を前に上演され、本人を唸らせた舞台だ。
 見るに越したことはない。
 嘘はつきません。
 ぜひご覧ください。
 
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2010年11月07日

Feel to〜想いを〜

 札幌ろうあ劇団舞夢の「Feel to〜想いを〜」(作・演出すがわらじゅんこ)を11月7日(日)、札幌・サンピアザ劇場で見た。
 あまり家に帰ることのない、仕事(医者)人間の父(高橋淨)を支えるように家を守ってきた母(斉藤協子)。母は世話焼きで心配性で、いつも自分にべったりで息苦しく感じてしまう…。そんな毎日から逃げるように、実家から遠くの大学へ通うという名目を付けて一人暮らしを始めた涼(佐藤尚行)。やっと羽を伸ばして生活できると思ったら、その部屋には奇妙な同居人(奈緒=羽田恵理)が…。
 実は奈緒は幽霊。かつて自分の傲慢さから恋人に捨てられ、この部屋で自殺したのだ。そして今また、互いに自分の想いをきちんと相手に伝えて意思疎通がうまくいっていないために家庭不和の危機にある涼を助けようと、一計を案じる−。
 役者たちは手話で演じ、舞台上手と下手脇にいる“声優”(というのかな、この場合)が健常者に分かるように台詞を語るという演出。役者たちはいずれも抑えた演技で物語を的確に表現しており、時に手話が踊りを舞っているように、劇団名通りマイムをしているように美しくも思えた。物語もユーモアが随所に散りばめられており、見ていて飽きないし、面白かった。
 途中何カ所か声の通訳がなく、役者の手話だけの演技の“台詞”を健常者である私が想像で補うところもあった(もちろん手話が分かる方たちは笑ったりしている)。「これは健常者として、ろうあ者のご苦労がどんなものかを試されているな」と私が思っていたら、終演後のあいさつで演出のすがわらがそうした趣旨の発言をし、理解を求めていた。とても貴重で大切な体験だったと思う。
 それにしても劇場の通路にパイプ椅子を出して、さらに立ち見客もいるという超満員。劇団関係者の喜びが伝わってくるようだ。
 来年は記念すべき劇団結成30周年らしい。これからも素敵な手話演劇を創造していってほしい。
 と、手話で思い出した米国のろうあ者の女優にマーリー・マトリンがいる。ウィキペディアによると、舞台「小さき神の、作りし子ら」に出演していたところを見出され、1986年にその舞台の映画版「愛は静けさの中に」に出演。この作品で映画初出演ながら史上最年少の21歳でアカデミー主演女優賞を受賞した。
 私もこの映画で彼女のファンになった一人だ。清楚で毅然とした態度が印象的だった。ろうあの方で、女優を目指している方は先の映画を見られると良いだろう。
 あ、日本にもいる。札幌のすぐ近く、千歳市出身の忍足亜希子(おしだりあきこ)だ。これもウィキによると、99年に公開された映画「アイ・ラヴ・ユー」で日本最初の聾唖の主演女優として、オーディションで選ばれデビューした。
 彼女も清楚で毅然とした感じの女性。なんだかマトリンと似た雰囲気。偶然だろうか。
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2010年11月06日

乱歩のはなし工場1

 劇団深想逢嘘(ウタタネ)の「乱歩のはなし工場(こうば)1」(作・演出城谷歩)を11月6日(土)、札幌・こどもの劇場やまびこ座で見た。城谷演ずる「はなし工場」の工場長であり私立探偵でもある城谷ポーと、「はなし工場」でつくられたお話を盗む怪盗200面相の対決シリーズの第1話だという。
 ある時、図書館や書店からあらゆる本が盗まれる事件が起きる。「はなし工場」からはお話も盗まれ、お話満載のはずの箱の中身は空っぽ。で、子どもの娯楽「物語」が失われる事態に、世の中は騒然。真相は自分の工場でつくったお話「怪盗200面相」によるものと悟った城谷ポーは、事務員村田昌平(以下、城谷以外は役者名がすべて役名)、助手になった珠ひよこ、妻・三上京子、佐々木浩人警部とその相棒・櫻井智美らとお話の迷宮の中に入っていき、怪盗と対決する。出演はほかに坂本幸恵。
 物語の目の付け所は、メタ構造的な芝居が好きな私などは、なかなかのものだと思う(ただし全体的に、いつかどこかで見たり聞いたり読んだりした感もあるが、それは仕方のないことだろう)。
 ただ上演時間1時間45分のうち、助手を志願して工場事務所に来たひよこと村田の「いったいあなたは誰?」的なやりとりだけで冒頭20分間を費やしたのは、本筋からも離れていてもったいないというか、まどろっこしかった(やまびこ座で芝居をつくることの多い劇団回帰線の代表西脇秀之に以前、子どもにも私語をせずに楽しんで見てもらえる芝居の限界上演時間はせいぜい1時間30分までと意識していると聞いたことがある。今回の芝居は格別、子ども向けに作ったのではないのかもしれないが、やはり劇場選定の段階からこうしたことは頭の隅にでも入れておくべきだと私は思う)。
 そんなわけで、各役者個々の台詞回しや体の切れなどはとても稽古を積んでいていつになくいいのだが、全体を通してみると、短尺ものを無理に引き延ばした間延び感がしてしまった。“札幌の野田秀樹”こと(私なりの城谷感)城谷ならではのスピーディーさ、小回り感を生かして1時間20分程度でまとめ上げてもよかったのではないか。
 ともあれ第1話。これからどんな超大作、超ロング作に仕上がっていくのか、まだ始まったばかり(江戸川乱歩の明智小五郎vs怪人20面相シリーズはたしか60話以上あったはず)。実力があり、見せ方を知る城谷だけに、大いに期待している。
 7日(日)は13時開演。
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ファンク漂う〜君と僕の爆発だ〜

 ANDの「ファンク漂う〜君と僕の爆発だ〜」(作・演出亀井健)を11月6日(土)、札幌・ブロックで見た。
 戸川(亀井)は両親が死に、その財産で祖母(ナガムツ)と2人暮らし。家政婦に全盲の女性(屋木志津子)を雇っている。友人木戸(小林尚史)がデパートで夜警のアルバイトを始めた。彼には文子(富樫真衣)という彼女もできた。その文子の友人の美寿々(新井田琴枝)は戸川を監視している、という。戸川は木戸に嫉妬、文子とつながりたくてしょうがない。ついに戸川はある事件を引き起こす−。
 といった内容の物語が、ほとんど断片と言ってよい、継ぎ目のよくわからないシーンの集積から浮かんでくる(この断片集積の作劇法は亀井の特徴だ)。断片の連続だから、観劇初心者にはわかりにくいだろう。
 ただラスト、戸川の物狂おしいほどの絶望的な孤独感は伝わってきた。その尖った表現と、随所に吐かれる詩的な台詞、サイケデリックともアヴァンギャルドとも言えるセンスをどう見るかで、ANDの演劇を好きか嫌いかは分かれるところだろう。
 6日はこの後20時、7日(日)は15時、8日(月)と9日(火)は20時の開演。
 私はこの後、晩飯を食べてから、こどもの劇場やまびこ座で劇団深想逢嘘(ウタタネ)観劇に向かう。
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2010年11月04日

ボノボ

 FICTIONの「ボノボ」(作・演出山下澄人)を11月3日(水)、札幌・シアターZOOで見た。
 ボノボとはアフリカに住む、チンパンジーによく似た、チンパンジーより一回り小さな黒いサル。
 舞台は「何故なのかぼくにもわかりません」(山下)がアメリカ。中近東風の男たちやエンターテイナー、ボノボ(まさと)、ユリエ(ハタノユリエ)、男(山下)、大女、大女の子、小女、白人、大きなネイティブアメリカン、カウボーイ、馬、白人女、マユ、竹内先生、プロレスラー、フェルナンド、火夫、白いサル、メグ、メグの兄、海、若き父、若き母、赤ちゃん−といったさまざまな人物が登場するし(11人が演じ分ける)、殺したり殺されたりするが、アナーキスティックで、ニヒリスティックであると表現するしかないほど、分かりやすい物語ではない。
 ただ、社会の最底辺からものごとを見て時代を照射するといった、山下の従前の視線は一貫している。
 そして今回は物語の解体、再構築があり、メタシアター(私なりの定義では「演劇とは何かを考えさせる構成の演劇」)でもある。観劇初心者には少々難しい内容ではあっただろうが、演劇は何でもあり、ということが分かる芝居だったのではないか。
 今後の上演は、5日(金)19時、6日(土)14時・19時、7日(日)14時。
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2010年11月03日

ミズにアブラ ヌカとクギ

 劇団イナダ組の「TEENS シアター」と題した「『ミズにアブラ ヌカとクギ』−悩みを抱えた若者たちとその親へ−」(作・演出イナダ)を11月3日(水)、札幌・コンカリーニョで見た。昨年9月の初演(この時の題名は漢字で「水に油 糠と釘」)に手を加え、キャストを新たにしての再演。
 ストーリーなどについては初演時の劇評(2009年7月23日付)を参照してください。

 今回の出演は江田由紀浩(初演と同じく主人公の少年役)、山村素絵、宮田碧、高田豊、本吉純平、菊地英登、上總真奈、明逸人の8人に増えた。役名がなく(匿名性は、より普遍性を獲得する一助となるだろう)、みな白い衣装なのは初演と一緒。
 初演時は「額縁舞台」プロセニアム・ステージで、正面上方にパソコンなどの文字を映し出すスクリーン、舞台にはパソコンの台座が六つという設えだったが、今回は舞台の周囲四方を客席が取り囲むオープン・ステージで、正面と後ろ側上方の2カ所にスクリーンがつり下げられ、当然、パソコンの台座も八つに増えた。
 物語の内容は初演とほとんど同じ。ただ出演者が増えている分だけ、台詞や動きも少々複雑に増え、全体的にスタイリッシュさが増している。ただ、少年(江田)が打ち込み、スクリーンに投映される文字、メッセージ(初演で言うと、例えば「抑圧された現実」など)は少なくなり、その分、役者たちによる実際の会話が増えた。
 それから少年に質問する検察官役の出番が初演より極端に減ったことで、抽象性が高まった。それは、より普遍性につながる可能性を示したものだったとも言えよう。
 一方で、初演に比べ、少年が何かを犯したことがややぼかした表現になり、少年のパソコンなどを通じたメッセージが少なくなったことで、こと私に限って言えば、少年のかなしくてやりきれない悲痛な魂の叫びといったものが鋭く胸に突き刺さってきた初演よりも、ことの重大性や、心の闇の印象が曖昧になった感は免れない。
 とはいえ、イナダ渾身の力作であり、問題作。私は初演時の劇評で、「ただこれがロードツアーというのはいかがなものだろう。地方の観客はもっと娯楽作を求めているんじゃないかなあ。驚くだろうなあ、これは。ま、老婆心だけど。」などとおちゃらけた感じで書いているが、この言葉は撤回したい。札幌とそれ以外の地域にかかわらず、数多くの若者たち、そしていま若者に向き合っているかつての若者たちに、一人でも多く見てほしい、見るべき作品だ、と強く思う。
 今後の上演は3日18時と4日(木)19時30分開演。
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2010年11月02日

東京観劇記2010年10月

 10月末に東京で2日間で芝居を4本見てきた。
 30日(土)はまず、東京芸術劇場でtpt(シアタープロジェクト・東京)の「おそるべき親たち」(作ジャン・コクトー、台本木内宏昌、演出熊林弘高)。イヴォンヌ(麻実れい)は一人息子ミシェル(満島真之介)を溺愛しており、その恋人マドレーヌ(中嶋朋子)の出現に憤りを隠さない。息子は叔母レオ(佐藤オリエ)の薦めで父ジョルジュ(中嶋しゅう)に相談するが、恋人の名を聞いてジョルジュは仰天する。マドレーヌは彼の愛人だったのだ。一家はミシェルに促され、マドレーヌの家を訪問することとなるが…。
 中央に回り舞台があり、客席はそれを取り囲んで3方。島次郎の赤と白の対照を生かした美術が素晴らしく、全体を緊密感が貫いていて演劇としての完成度は実に高い。
 それにしても東京の芝居は、札幌にはほとんどいない40〜60代の芸達者が揃っていていいなあと、その点では羨ましい。まあ札幌では芝居では食えないから、しょうがないんだけどね。だから札幌の現在30代の数ある元気な劇団が10年後、20年後にどうなっているか、楽しみでもあるし期待もしている。
 30日は夜に劇団唐組の2作品一挙上演(雑司ヶ谷鬼子母神)。「ふたりの女」(作・演出唐十郎)は源氏物語の葵上と六条御息所の物語をモチーフにした芝居で、再演。出演は稲荷卓央(講談師神田山陽の実の弟。北海道出身)、藤井由紀ほか。新作「姉とおとうと」(作・演出唐十郎)は姉(赤松由美)と弟(気田睦)の強すぎる絆を描いた新作で、唐も“悪役”クラブのマスター役で登場。登場の際には思わず「唐〜」って口上を掛けてしまいましたよ。相変わらずの独特の作劇で、普段血の通わない脳内血管に血が巡る、ぐるぐるな世界観に脱帽。
 31日(日)はあうるすぽっとでMODEの「かもめ」(作アントン・チェーホフ、構成・演出松本修=札幌出身)。言わずと知れた名作中の名作。今回は全体が劇中劇っぽい作りをしていて興味深く楽しめた。TPSチーフディレクター斎藤歩が作家トリゴーリン役で、おいしいところをかっさらっていた。松本自身も久しぶりに自ら出演し、舞台を引き締めていた。
 というわけで、10月28日(木)のyhsから11月1日(月)のEC.DELTAまで、札幌と東京で5日間連続7本を観劇。札幌では劇場祭も始まったことだし、この1カ月間、乗り切れるんだろうかという心配も我ながらちょっとばかりある。
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2010年11月01日

こむぎいろのレガート・追記

 前項「こむぎいろのレガート」の今後の日程は、2日(火)19時30分、3日(水)15時30分開演。
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こむぎいろのレガート

 EC.DELTA「こむぎいろのレガート」(脚本・演出こ〜へ〜)を11月1日(月)、札幌・ブロックで見た。
 札幌に出る途中、帯広で車が止まり困っていた“あき”(山村有樹子)と生まれつき目が不自由な妹・だいだい(郄田麻衣)。近くを通った地元で農場を営む隼人(小石川慶祐)達に助けられ共に農作業をすることに…。
 見終えた後、気持ちが温まるハートフルな物語。ただ、台詞や場面で繰り返しと感じられるところが多いのはちょっといただけない気もする。農業用具を使ってのダンスは面白く、見応えあり。
 デルタと言えば、SFファンタジーものが多いと思っていたが、こうした実際にありそうな身近な物語もいいものだなと思った。
posted by Kato at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする