2010年09月30日

訂正

 前項「チェーホフの憂鬱」の第4段落「6人の女性たちは次々に書かれた読み上げ、踊り」とあるのは「6人の女性たちは次々に書かれた原稿を読み上げ、踊り」の誤りでした。訂正します。
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2010年09月27日

チェーホフの憂鬱

 実験演劇集団「風蝕異人街」の芝居とダンスによるパロディ版チェーホフ「チェーホフの憂鬱」(原作アントン・チェーホフ、構成・演出こしばきこう、振付演出三木美智代)を9月26日(日)、同集団の本拠地、札幌・アトリエ阿呆船で見た。5月21日(金)に軽演劇・軽舞踏シリーズとして上演した「チェーホフ祭」の拡大バージョンで、なんともおかしく、大いに楽しんだ。
 黒ずくめでボストンバッグを持って現れ、舞台中央奥に腰掛け、執筆を始めるチェーホフ(田村嘉規)。そこに黒のワンピースを着た三人姉妹(イリーナ=平澤朋美、マーシャ=李ゆうか、オーリガ=三木美智代)がやって来て、赤い卓袱台で茶を飲んだり煎餅を食べたり。「三人姉妹」の台詞を話しては、由紀さおりの歌で踊ったり、卓袱台の上と下でラベルの「ボレロ」を踊ったりする。
 これを舞台上手のボロ布の中から見ていたもう3人の黒のワンピースの女性たち。今度は彼女たちが出てきてチェーホフのそばに寄り、高橋千尋が「桜の園」、宇野早織が「かもめ」、松田仁美が「ワーニャ伯父さん」の台詞を吐く。
 その後、チェーホフの作中人物である計6人の女性たちは次々に書かれた読み上げ、踊り、次第にチェーホフを上手に追い詰めていく。憂鬱に煩悶するチェーホフ。しまいにはチェーホフも“逆噴射”してしまい、上半身裸になって女性たちと踊り狂う。
 いやあ、今回もふんだんに盛られたユーモア、サービス精神に大いに笑わせてもらった。チェーホフ食わず嫌いの人、チェーホフは難しいと思っている人には、このあたりからぜひ見てほしいと思うのは私ばかりではないだろう。
 なお今回はJTAN(ジャパン シアターアーツ ネットワーク)舞台芸術フェスティバル参加作品の公開ゲネプロとして上演された。10月2日(土)に東京の神楽坂die pratzeで正式に上演される。
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2010年09月25日

空の記憶

 札幌の演劇集団「座・れら」が2009年6月12日(アンネ・フランク生誕80周年の日)に旗揚げ公演の作品とした「空の記憶」(作浜祥子、演出鈴木喜三夫)を9月25日(土)、江別・アートスペース外輪船で見た。22日(水)から26日(日)まで江別市の3施設(江別市コミュニティセンター、ドラマシアターどもW、外輪船)を会場に開かれている第24回北海道演劇祭「江別からのはばたき」の一演目だ。
 パンフレットによると、あらすじは−第二次世界大戦終結から34年経った1979年秋。90歳を過ぎて人生の終わりを予感したオットー・フランク(澤口謙)が吸い寄せられるように向かったのは、北ドイツのベルゲン・ベルゼン収容所跡だった。愛する二人の娘が十代で命を終えねばならなかった場所。やっとそこに立ち荒野の奥に歩みを進めたとき、突如、妖精のような女性パウラ(小沼なつき)ごが現れる。大人になったアンネ・フランクだった。34年ぶりの父娘の話は尽きない。ナチスの追跡を逃れて潜んだアムステルダムの隠れ家生活、逮捕連行され父娘が引き離されたアウシュヴィッツ、やがて姉妹は酷寒の地ベルゲン・ベルゼンへ。アンネが辿った屈辱の日々と無念の最期。堰を切ったように父に伝えるアンネの言葉は、「日記」に書くことのできなかった想いの数々だった−。出演はほかに詩朗読で竹江維子。
 白樺の林が再現されたステージ。いかにも寒そうな秋を感じさせる。そこでの父と娘の霊の、時に心通い合い、時に折り合わない語らいの数々。芝居全体が静かで、透明感といった感じもあって、夢幻の雰囲気を醸し出していて、心にじんわりと響いてくる。
 そしてアンネが、いわゆる有名な「アンネの日記」の後に綴った壮絶な現実を記した日記を読み続けるのを、聞くのがつらくてもうやめてほしいと懇願するオットーに言い放つ、「パパ聞かなきゃダメ! 私を愛しているなら、ちゃんと聞いて! パパが聞いてくれなきゃ、誰が、誰が聞いてくれるの。こんな信じられないことがあったんだって、誰に訴えればいいの。死んでしまったら、黙っているしかないじゃない。声がないんだから。(中略)『アンネの日記』は、あれで終わりではないんだって。アンネ・フランクの最期はこんなだったと。ちゃんと、ちゃんと伝えて……」という願い、訴えの痛切さ。その一途な思いが真っすぐに私の胸を突き刺してきた。
 そうなのだ。私たちはさまざまなことを伝えていかなければならない。
 澤口、小沼の両者とも作者渾身の戯曲をしっかりと内面的に消化し、よく引き締まった抑制した演技で、そこから哀惜の念がにじみ出てきていた。
 できれば、井上ひさし作の「父と暮せば」と同様、長く広くたくさんの人に見てほしい作品だ。
 なお札幌・サンピアザ劇場で11月27日(土)に14時と18時30半、28日(日)に14時から、その前、東京・武蔵野市の武蔵野芸能劇場で10月30(土)、31(日)の両日、公演がある。問い合わせは鈴木(011・641・8133)へ。
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Bitter〜逸瞬の奇蹟〜

 PLANETES.「Bitter〜逸瞬の奇蹟〜」(作・演出丹治誉喬)は9月24日(金)、札幌・レッドベリースタジオで見た。実は縁あって丹治から招待された。給料、ボーナス減額、よってお小遣い減額の現状において、なんともありがたい話だ。でも劇評はあくまで、私の思った通りに厳しく、上質な芝居づくりに反映してほしいとの思いを持って書く。
 ある街で恵一(妹尾元気)の経営する喫茶店兼バー(夜)。そこには恋人とも言える仁美(星ひろみ)とアルバイトのみき(構香織)がいる。きょうも常連、新顔でにぎやかな店。だがいつしか、それぞれの客のそれぞれの思惑が交錯し、ぶつかり合い、思わぬ展開になっていく−。
 初めのうちは、みきの元気いっぱいのキャラクター全開で、全編コメディーかと思って見ていた。そのうちに不穏な空気が流れてきて…、上演1時間35分のうちの後半は、静かな、というより見る者に緊張感を与える内容にいつしか変わっていた。
 その話自体はうまくいっていたと思うのだが、緊張感を与える小話のそれぞれのトーンがどれもこれも同じように受け止められた。これらを、少しずつトーンを変え、時にちょっぴりユーモアを含んだものにしたりすれば、より目先が変わると同時に観客の受け取り方が変わって、いっそう新鮮に感じられたのではないか。その点でもう一つ二つ工夫があってよかったと思う。
 それから、後半になってこれだけ前半とトーンが変わると、見る側としていささかどう受け止めてよいものか戸惑う。この内容ならば、いっそラストシーンは前半のトーンに戻って、すっきり爽やか元気いっぱいになってもよかったのではないだろうか。
 劇作では、映像が狂言回しの役割を果たしていて見やすかったことも付記しておく。

 (書いていいのかな? いいよね?)実は丹治は、あの有名なワタナベエンターテインメント(いわゆるナベプロ。ハナ肇、植木等、谷啓らがいたクレージーキャッツが所属していたことでも有名だ)のタレント養成所のようなところに合格して(同期に180人もいるという)、現在奮闘中だという。そこで得た財産をたびたび故郷札幌に持ち帰って芝居として還元したいと、きょう私に抱負を語ってくれた。競争率は実際ものすごく高いが、東京でも札幌でもぜひとも頑張ってほしい。斎藤歩(TPSチーフディレクター)のような先達がいるのだから。
 それから、きょうの芝居は、丹治がそういうわけで東京在住であることから、インターネットの動画通信を使って札幌勢の役者に対して演出するとともに、喫茶店兼カウンターをデザインした美術担当の劇団万能グローブガラパゴスダイナモス(福岡)の藤紗希江とは写メールなどを活用してアイデア交換したのだという(丹治が在札のカンパニー「yhs」にも所属していて、今春、福岡公演をしたことからの関係)。
 こうしたデジタル、ハイテクを活用しての劇作が、これ以降、本格的に盛んになっていくのではないかと、芝居の中身とは別に、えらく感心していた私であった。
 公演は25日(土)は14時と19時、26日(日)は13時と17時。電話090・9752・2556。
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2010年09月23日

ものの見方が変わる公演

 在札の異色パフォーマンス・ユニット「scherzo(スケルツォ)加賀城匡貴」の5年ぶりのツアー「ものの見方が変わる公演」を9月23日(木)、札幌・キューブガーデンで見た。
 スケルツォは、アイデアとナレーション担当の加賀城を中心に、音楽、パソコン、キーボード担当の弟史典とブラスなどが加わり、あらかじめ周到に用意された映像に、生のナレーションと、トランペット、サックス、ギター、ベース、キーボードの生演奏の音楽が絡んで舞台を繰り広げるユニット。
 意外なところから、ものを見る。日常の中に非日常、不思議さを発見する。そうしたことからスケルツォ(イタリア語で「軽快な曲」「冗談・トリック」を意味する)の想像=創造を観客に促すパフォーマンス。加賀城とはもう7年半以上の付き合いだ(このブログの9月4日参照)。
 今回もさまざまな発見があって終始ニヤリとさせられたが、ラストの、スクリーンの白のバックに「未来」という黒い文字だけがあって、加賀城が「いつまでも来ない時(正直に言うと、「時」だったかどうかは失念した。そのような言葉だったとは思う)。この言葉と待ち合わせするのはやめましょう」と語ったのが、なるほどと納得させられた。
 「未来」か。受け取り方は人によりさまざまだろうが、少なくとも私は待ち合わせはしないようにしようと思った。できることなら、チャンスがある限り、自分の方から会いにいこうと。
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2010年09月15日

チームナックスだけじゃない!

 縁あって、来月から道内の月刊誌「ウイングサッポロ」に、演劇関係の記事を連載することになった。題して「チームナックスだけじゃない! 北海道の劇団たち」(ナックスのファンの方たちには顰蹙を買いそうだが)。正直なことを言うと、題名はほかにはぱっと思いつかなかったし、連載記事のテーマ、性格をそのまま綴っただけでもある。
 縁というのは、札幌の出版社・寿郎社社長にしてシアターZOO寄席の辣腕プロデューサー土肥寿郎氏(私と同い年)の発案、ということである。土肥氏が旧知の出版社編集長に企画を立案し、私に連絡をくれた際には、もう私が書くことになっていて、というより私が書かないと企画自体が消滅してしまうということになっていて、私には逃げ場はなかった。
 いや、逃げようと思ったわけではない、わけではないが、話をいただいてから起筆、擱筆まで1週間だった。新聞記事ならその日に取材してその日に書くのが当たり前だが、月刊誌でこんなにわずかな日数で執筆をしてしまっていいのかなと思っていたし、それを自分がやることになるとは思ってもいなかった。というか、やってしまった、やれてしまった。それもこれも大好きな演劇に関してだからだ。
 内容はといえば、まさに題名の通りである。北海道演劇といえば、チームナックスだけか、来年以降は劇団四季も加わって、それらだけが思い浮かべられることになるだろう現状にあって(来年から、「演劇好きですか?」「はい、この間、劇団四季見てきました」という会話が、道内のあちこちで何度となく繰り返されるのだろう!)、演劇、特に小劇場演劇には遠い層の方たちに、こんなにも面白いことをしている小劇場劇団が北海道にはたくさんあるのですよ、と伝えたいとの趣旨だ。
 題名は当初「札幌の劇団たち」と考えていたが、土肥氏が「加藤さんが高く評価している劇団には札幌以外のところもあるでしょう」と指摘され、確かにそうであることから「北海道の劇団たち」とした。
 月刊誌「ウイングサッポロ」(毎月1日発売らしい)というのは、私も失礼ながらこのお話をいただくまでは知らなかったのだが、書店では「財界さっぽろ」や「クオリティ」などのそばに置かれる、いわゆる硬派の雑誌である。想定読者は中高年の(男性)サラリーマンだろう。つまり、北海道だけではなく、現在の小劇場演劇界には最も縁遠い人たちだ。そうした人たちに向けて、演劇の魅力、劇団の活動を紹介するのである。無謀な試みといえば、言えるのかもしれないが、北海道演劇界の外縁にちょこまかかかわっている身として、できる限りのことはしたいと思ってのことである。
 どこの劇団を、いつ、どのように取り上げるかの裁量も任されている。なので、私としてはなるべく、発売日の1日に紹介した劇団の公演を、読者がその月のうちに見られる、というように調整していきたいと考えている。札幌の小劇場演劇界にも毎週末公演があって忙しい旬の月と、ほとんどない閑散な月があるようなので、私の思った通りにうまくいくかどうかはまったく分からないのだが。
 この話をいただいたとき、まず最初に、いったいどのくらいの劇団について執筆できるだろうか(実体があるか、毎年定期的に公演が行われているか、など)と、思いつくままに劇団名を挙げていったら20は超えていた。つまり連載は2年間は大丈夫ということだ。まあ、急にものすごく勢いの良い劇団が出てくることもあり得るし、場合によっては演劇祭などを取り上げてつないでもよいだろうと思う(そこでも劇団は紹介できる)。
 そんな訳で、10月1日発売の11月号、つまり連載1回目には「yhs」(札幌)を取り上げることにした。折よく月末に、リーダー南参の意欲作、死刑執行室を舞台にした「しんじゃうおへや」の再演が札幌・シアターZOOで行われるからだ。南参に昨年の初演時の写真をデータ送信してもらい、原稿を書き上げ、すでにゲラは出来上がっていて、あとは印刷を待つばかりだろう。
 ということでこの連載企画、演劇ファンの方には「そんなこと、先刻知ってるよ」と物足りない記述になるかもしれないが、いわば「北海道の劇団 早分かりガイドブック」のつもりで読んでいただきたい。
 そして劇団関係者の方は、もし私が写真データをいただきたいとか、劇団の来歴についてお話をうかがいたいとかとお願いしたら、できれば協力していただきたい。
 北海道の演劇界を活性化する一助となるために、微力ながら執筆していきたいと考えている。
 どうぞよろしくお願いいたします。
 
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2010年09月14日

お詫びの訂正

 前項に「お詫び」を書いたが、よく読んでみると、敬称「氏」がちゃんとついていましたね。間違えました。
 山元さん、どたばたしてすみません。
 4年前はあんなにお元気だったのに(「ど」の道内ツアーに同行していらっしゃって、札幌の打ち上げで乾杯した)。
 本当に安らかにお眠りください。
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お詫び

前項「山元清多氏逝く」で肝心の山元さんの名前の初出に敬称「さん」が抜けていた。お詫びして訂正します。
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山元清多氏逝く

 「47ニュース」によると、山元 清多氏(やまもと・きよかず=脚本家、劇作家、演出家)12日午後4時18分、肺がんのため東京都新宿区の病院で死去、71歳。東京都出身。葬儀・告別式は17日午前11時から新宿区南元町19、千日谷会堂で。喪主は妻良子(りょうこ)さん。
 劇団黒テントの座付き作家・演出家を務め、83年に「比置野(ピノッキオ)ジャンバラヤ」で第27回岸田国士戯曲賞を受賞。テレビドラマ「ムー一族」「はいすくーる落書」や映画「佐賀のがばいばあちゃん」の脚本も手掛けた。

 山元さんと言えば、「シアターホリック(演劇病)」の「2006アワード」で道外カンパニーの道内公演賞を贈った黒テントの「ど」を構成・演出した人(原作・小寺和平「吃音集団」)。あの芝居は良かったなあ。

 また一人、私が知っている演劇人があの世へ逝ってしまった。

 心からご冥福をお祈りする。

 なお妻の良子さんは芸名、稲葉良子で、串田和美演出の「コーカサスの白墨の輪」や「上海バンスキング」でも活躍した女優。
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2010年09月13日

真人間生活

 intro「真人間生活」(作・演出イトウワカナ)は9月12日(日)、札幌・コンカリーニョで、「VS.KYOTO」の中の一演目として見た。よく練られたメタシアター(私なりの定義では「演劇とは何かを考えさせる構成の演劇」)で、刺激に富んでいて実に面白かった。
 出演は田中佐保子、大高一郎、菜摘あかね、のしろゆう子、佐藤剛、伊藤若菜、今井香織、宮澤りえ蔵の8人。
 たくさんの服や靴が掛けられた板に囲まれた舞台。そこに1冊、本(戯曲)があって、それに書かれた内容に従い、田中が「まつしたゆみこ」の役を当てられる。他の7人が田中を「ゆみこ」「ゆみちゃん」と呼び始めるのだ。当惑しながらも「まつしたゆみこ」を演じ始める田中。
 物語は「まつしたゆみこ」の人生78年を時間軸に沿った自然な編年体で表現していく。小中高校への入学、成人、30歳での結婚、1男1女に恵まれ、子どもたちが大きくなって、やがて孫にも恵まれ…といったように。舞台にはその都度、「6歳」とか「29歳」とか「30歳」とか「50歳」、「60歳」などとアナウンスが流れる(後半はほぼ10歳ごと)。そしてそのたびに家族や友人を演じる他の主演者7人が田中に、板に掛けられていた服を次々に着せていく。「ゆみこ」の加齢を服の厚着で象徴させている。
 いわゆる「劇的」な事柄、エピソードは起きない。その代わり、田中は時折「私、まつしたゆみこなの?」「幸せなのに退屈」などという台詞を吐き、「まつしたゆみこ」を演じることへのもどかしさ、戸惑いを発露する。
 アナウンスはそうして「75歳」「76歳」「77歳」「78歳」で急に止まり、舞台が暗くなる。田中は着せられ続けた服を脱いでいく。「まつしたゆみこ」の死去だ。舞台が明るくなると、他の出演者7人が無表情に役者名(本名)と実年齢を告げて舞台袖にはける。一人残った田中も同様に名前と実年齢を告げる。そして最初に出てきた本(戯曲)の代わりに置かれた新たな本を数ページ開く。だが、田中の表情はさして明るいものではない。それは今や「田中佐保子」という自分を演ずることへの違和感とでもいうものを抱いているかのようだ。本来誰もが、名前がなく生まれてきた自分が名付けられ、その名前で生きていかなければならないことへの違和感を抱いているように。
 この作品は今年7月に「教文演劇フェスティバル」(札幌市教育文化会館)での小ホール公演として上演され、今回は再演。見終えた後、同フェスの「教文短編演劇祭」で上演されたTBGS(THE BIRDiAN GONE STAZZIC.)の3人芝居「117」(作・演出ミヤザキカヅヒサ)との近似性もなんとなく感じたが、これはまったくの偶然だろう。
 人が自分という人を「演じて」生きていかなければならない、どうしようもない居心地の悪さ。それを実に巧みに表現して、深く考えさせられる上質な芝居だった。
 なお前項「VS.KYOTO」で、弦巻楽団「ライク・ア・ハリケーン」の出演者名がやはり一人抜けていた。畑中泰大を追加する。当日配布のパンフレットにのみ、掲載されていた。
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2010年09月12日

VS.KYOTO

 「VS.KYOTO」を9月12日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。札幌と京都の各2、計4カンパニーが約1時間ずつの演目を上演、趣向も内容もまったく違う、でもどこかに共通点を見出せる芝居を大いに楽しんだ。
 パンフレットによると、企画の始まりは2009年5月。北は北海道から南は福岡まで、全国16カンパニーが参加して愛知県長久手町でその時行われた演劇祭「演劇博覧会 カラフル3」で、最も観客の心をつかみ、笑いの渦に巻き込んだとコンカリーニョの小室明子プロデューサーが思った、偶然二つとも京都のニットキャップシアターとユニット美人を招いた企画だ。そして、その「カラフル3」に参加した弦巻楽団と、コンカリーニョが産みの親ともいえるintroが迎え撃つ形で行われた上演会が「VS.KYOTO」だ。
 女性3人からなるユニット美人「黒い紙と3つの箱」(作・演出ユニット美人)は、黒木陽子と紙本明子+制作の福原加奈の3人芝居。シェークスピアの「ベニスの商人」をモチーフとした、幸せな結婚のために金、銀、鉛の箱、三つのうちからどれを選ぶか?を引き合いに、虚実ない交ぜとなった人生の選択に関するコメディーだ。札幌のご当地ネタも豊富で、ほんとにどこからが虚で、どこからが実なのか判然としない、そして身体を存分に使いながらも理知的な笑いで楽しませた。
 intro「真人間生活」(作・演出イトウワカナ)については、私が特に刺激を受けたので別稿とする。
 弦巻楽団「ライク・ア・ハリケーン」(作・演出弦巻啓太)は、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」を上演することになった男子高校演劇部員たちの騒動を描いたコメディー。ジュリエットに女装することになった部員(男優)が舞台袖にはけて、再登場すると、本物の可愛い女性(演じた森田早桜さん、お久しぶりです! 相変わらず可愛らしくおられて…)になっているなど、役柄の演じ分けに工夫があって面白かった。弦巻はサブフランチャイズとして“力作”を連発せざるを得ないシアターZOOでの上演より、ちょっと肩の力を抜いた感じの今作の方が、よほど気楽に楽しく見られたと私は感じるのだが、皆さんはいかがだったろうか。出演は弦巻、森田のほかに長麻美、藤谷真由美、橋本久美子、茅原一岳、丸山将、高山龍、棚田満、楽太郎(パンフレットからだが、もしかすると一人足りないかもしれない。悪しからず)。
 ニットキャップシアター「サルマタンX vs ドクター・ベン〜こだわりすぎた男達〜」(作・演出ごまのはえ)は、13歳の時に学校で便意をもよおして杉浦直樹(澤村喜一郎)に馬鹿にされたことをきっかけに30年間排泄を我慢してきたドクターベン(ごまのはえ)と、30年を経て猿股をはいた正義の味方サルマタンX(澤村)となった杉浦との戦いを描くコメディー。「うんこ」「うんこ」と生真面目に連呼される芝居は、いっそ常識の壁をとうに突き抜けてある意味で美しさを帯びてさえいた。出演はほかに市川愛里、藤田かもめ、織田圭祐、門脇俊輔、高原綾子。
 今回のような1時間程度の中編演劇祭というのもなかなかいいものだと思った。小室さん、いろいろなところに出張して素敵な劇団を見つけてきて、どんどん在札カンパニーとVSさせてくださいな。
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2010年09月11日

Les Bonnes 女中たち

 実験演劇集団「風蝕異人街」の「Les Bonnes 女中たち」(作ジャン・ジュネ、翻訳渡辺守章、構成・演出こしばきこう)は9月11日(土)、札幌・シアターZOOで見た。
 奥様(李ゆうか)が邸宅に不在中、奥様と自分たちとの関係を自虐的に「奥様ごっこ」として戯画化する女中の姉妹、ソランジュ(三木美智代)とクレール(宇野早織)。二人は奥様を羨望、嫉妬し憎悪してもいた。「奥様ごっこ」はそんな二人の奥様への殺意の裏返しでもあったのだ。実はつい先日、クレールがあることを警察に密告し、奥様の夫は警察に逮捕されていた。奥様はもちろん、密告したのが誰かは知らない。そんな「奥様ごっこ」の最中、奥様が帰宅し、二人は奥様殺しを実行に移そうとするが−。
 私が見たこの日は、こしばによると、「アングラ的」手法を強調し、「奥様ごっこ」の狂気性を前面に出した現代的解釈の演出法。絢爛豪華なドレスが部屋中に飾られた一室の中、女中姉妹が膨大な量の台詞を機関銃を速射するように言い放つが、発声がしっかりしているために聞き取りにくいことはない。動きも至極自然で、二人の奥様に対する歪みに歪んだ心情が、確かさを伴って伝わってきた。そしてこのカンパニーの最大の特長である、演劇表現というものが本質的に帯びる、ある“妖しさ”も一段と魅力を放っていた。実によく稽古された舞台の仕上がりだったと感心した。
 12日(日)15時からは、原作に忠実なリアリズムバージョンで、「奥様ごっこ」の奥底に潜む人間の欲望のいやらしさを強調した演出法を採るという。奥様を李に代わり平澤朋美が演ずるが、女中役二人は変わらない。
 ぜひとも見比べたいところだが、私は別の芝居を見なくてはならなくて、行かれないのがとても残念だ。未見の方はぜひ、リアリズムバージョンだけでも観劇することをお勧めする。
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2010年09月09日

お詫び

 「『演劇放送バブル』を懸念する」とその追記を、送信してから1時間近くもアップされないことに業を煮やし、またも再度送信してしまいました(基本的に短気なんですね、私)。両セットはまったく同じ文章です。戸惑わせてすみません。
 加藤浩嗣
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「演劇放送バブル」を懸念する・追記

 前項で書き漏らしたが、NHKは演劇放送枠をNHK総合、同教育、BS2、BSハイビジョンと四つも持っているのに、ほとんどの場合、演劇の放送時間がダブっている。
 これは何とかならないものだろうか。いや、すぐにでも改善できるだろう。
 いまの演劇放送枠は、演劇が数多く見られてうれしいというよりも、私には「慇懃無礼」的ですらある。
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「演劇放送バブル」を懸念する

 最近とみに、演劇の公演終了からテレビ放送までの期間が短くなったように感じる。映画でさえ、ロードショー公開終了の後、およそ半年後にDVD発売、そしてWOWOWなど娯楽に特化した有料放送での放送、それからようやく地上波放送という流れでいるのにもかかわらず、である。私はこの現象をここで「演劇放送バブル」と名付けたい。
 明日10日(金)夜にNHK教育で放送される「ファウストの悲劇」(作クリストファー・マーロウ、演出蜷川幸雄)は7月に東京・渋谷のシアターコクーンで上演されたばかりのものだし、24日(金)に同局で放送される「麦の穂の揺れる穂先に」(作平田オリザ、演出戌井市郎)は6月に東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターで上演されたものだ。
 まあ演劇の放送ではWOWOWがどこよりも素早く、私が東京・池袋の東京芸術劇場で7月末に見た野田地図「ザ・キャラクター」(作・演出野田秀樹)も27日(月)に放送される。
 まあ、WOWOWなど娯楽に特化した有料放送ならば「演劇放送バブル」も仕方ないのかもしれない。私のように、それが理由のために契約している演劇ファンも多いだろうからだ。
 しかし、NHK(ここも受信料という名の有料放送だが)の場合はどうだろう。素晴らしい舞台をなるべく公演終了後に素早く放送されることを楽しみにしている人も多いだろうが、求められるべき姿勢はそれだけではないのではないか。
 例えば、全国47都道府県に放送局のあるNHKは、各地域で活動している地元劇団の公演、活動状況を、どれだけ把握しているのだろうか。ディレクターが地元劇場に地元劇団の芝居を見に行ったりしているのだろうか。そこで「これは質が高い。決して東京の芝居に引けをとらない」と目を付けて、全国放送して紹介することは、数多くの人が指摘しながら一向に改善の兆しが見えない、演劇の東京一極集中の緩和に少しでも役立つことではないだろうか。
 それに、どうせ演劇放送枠がNHK総合、同教育、BS2、BSハイビジョンと四つもあるのならば、その年、わずか2カ月前に公演が終了したばかりの演劇だけではなく、膨大にコンテンツとして所有しているだろう昔の伝説の芝居をもっと放送してもいいのではないか。
 有料放送としてのWOWOWはともかく、「公共放送」としてのNHKがこの「演劇放送バブル」を止めない限り、演劇はある意味で映画以上に「『消費』され続ける芸術」として、行く先が先細りしかねない、もしくはいっそうの寡占化が進むのではないかと、私には思えてならない。
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「演劇放送バブル」を懸念する・追記

 前項で書き漏らしたが、NHKは演劇放送枠をNHK総合、同教育、BS2、BSハイビジョンと四つも持っているのに、ほとんどの場合、演劇の放送時間がダブっている。
 これは何とかならないものだろうか。いや、すぐにでも改善できるだろう。
 いまの演劇放送枠は、演劇が数多く見られてうれしいというよりも、私には「慇懃無礼」的ですらある。
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「演劇放送バブル」を懸念する

 最近とみに、演劇の公演終了からテレビ放送までの期間が短くなったように感じる。映画でさえ、ロードショー公開終了の後、およそ半年後にDVD発売、そしてWOWOWなど娯楽に特化した有料放送での放送、それからようやく地上波放送という流れでいるのにもかかわらず、である。私はこの現象をここで「演劇放送バブル」と名付けたい。
 明日10日(金)夜にNHK教育で放送される「ファウストの悲劇」(作クリストファー・マーロウ、演出蜷川幸雄)は7月に東京・渋谷のシアターコクーンで上演されたばかりのものだし、24日(金)に同局で放送される「麦の穂の揺れる穂先に」(作平田オリザ、演出戌井市郎)は6月に東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターで上演されたものだ。
 まあ演劇の放送ではWOWOWがどこよりも素早く、私が東京・池袋の東京芸術劇場で7月末に見た野田地図「ザ・キャラクター」(作・演出野田秀樹)も27日(月)に放送される。
 まあ、WOWOWなど娯楽に特化した有料放送ならば「演劇放送バブル」も仕方ないのかもしれない。私のように、それが理由のために契約している演劇ファンも多いだろうからだ。
 しかし、NHK(ここも受信料という名の有料放送だが)の場合はどうだろう。素晴らしい舞台をなるべく公演終了後に素早く放送されることを楽しみにしている人も多いだろうが、求められるべき姿勢はそれだけではないのではないか。
 例えば、全国47都道府県に放送局のあるNHKは、各地域で活動している地元劇団の公演、活動状況を、どれだけ把握しているのだろうか。ディレクターが地元劇場に地元劇団の芝居を見に行ったりしているのだろうか。そこで「これは質が高い。決して東京の芝居に引けをとらない」と目を付けて、全国放送して紹介することは、数多くの人が指摘しながら一向に改善の兆しが見えない、演劇の東京一極集中の緩和に少しでも役立つことではないだろうか。
 それに、どうせ演劇放送枠がNHK総合、同教育、BS2、BSハイビジョンと四つもあるのならば、その年、わずか2カ月前に公演が終了したばかりの演劇だけではなく、膨大にコンテンツとして所有しているだろう昔の伝説の芝居をもっと放送してもいいのではないか。
 有料放送としてのWOWOWはともかく、「公共放送」としてのNHKがこの「演劇放送バブル」を止めない限り、演劇はある意味で映画以上に「『消費』され続ける芸術」として、行く先が先細りしかねない、もしくはいっそうの寡占化が進むのではないかと、私には思えてならない。
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2010年09月08日

「劇玉(仮称)」開催、来年2月にも

 札幌の劇団yhsリーダー南参が7日、来年2月にも「劇玉(仮称)=裏短編演劇祭」を自ら主体となって開催する方針を決めた。
 南参は今年8月下旬に札幌市教育文化会館で行われた「教文短編演劇祭」の予選2日目で、イレブン☆ナインに観客投票で惨敗しながら、その斬新性で札幌の演劇関係者に高い評価を受けたTBGSの「117」を仕事の都合で見られなかったことを不服とし、その再演を望んでいた。
 TBGS主宰のミヤザキカヅヒサも南参の意気に感じ、「劇玉(仮称)」での再演を応諾するもよう。
 「劇玉(仮称)」全体の日時や場所、開催規模、出場カンパニー選定などの詳細については、今後、南参はじめ関係者が早急に詰めることになる。
 南参側近のある一人は加藤浩嗣の取材に対し、「7日夜にATTICで南参が緊急的に開いた『劇玉(仮称)どうすんの会議』に、『117』を見て感動し、もう一度見たい人、見ていなくてもとてつもない評判を聞いて再演されるならばぜひ見たいと思う人を合わせ、20数人もの男女が集まったことで、再演への思いをいっそう強くしたのではないか。できる限り協力したい」と話した。
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2010年09月05日

劇玉(仮称)どうすんの会議・告知

 yhsリーダーの南参が「自分も『教文短編演劇祭』で予選敗退したTBGS『117』を見たかった」と漏らした私憤におそらくは端を発したであろう「裏短編演劇祭」について語り合う「劇玉(仮称)どうすんの会議 in ATTIC」 が
9月7日(火)19時から、 ATTIC(札幌市中央区南3条西6丁目 長栄ビル4F TEL/FAX
011-676-6886)で開かれる。
 南参がブログで曰く「劇団主宰や作・演出者だけじゃなくて、役者・スタッフ・劇場関係者・単に演劇好きの人、映像関係の人、美術関係の人、音楽関係の人、なんなら演劇嫌いの人も含めて、トークしましょう」とのことでざっくばらんな語り合いになりそうだ。
 私も休み希望を出していなかったのに、ほんとに偶然にこの日が休みになったので、駆け付けようと思っている。
 はたしてどんな面白いトークになることやら。
 なお会費は1000円(飲み物と軽食つき)とのこと。
 
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2010年09月04日

スケルツォ・告知

札幌のパフォーマンス・ユニット「スケルツォ」を主宰する加賀城匡貴くんからツアー公演の案内があった。
寸劇、映像、コンサートだけではない、それらをミックスした感じのパフォーマンスが特徴のユニット。
私は文化部時代からの付き合いだ。
以下に、私が文化部時代に書いた紹介記事、舞台評と加賀城くんからの情報を載せておく。
ご興味のある方はぜひ。
目からウロコが落ちること、請け合いですよ。

2003年1月21日夕刊
映像+即興音楽=心の中の笑い*札幌発ユニット「スケルツォ」*来月ライブ
 あらかじめ用意した映像に即興の音楽やナレーションを織り交ぜ、従来の「お笑い」のイメージと異なる“笑い”を模索するパフォーマンス・ユニット「scherzo(スケルツォ) 加賀城匡貴」のライブが二月一、二の両日、札幌・アーバンホール(中央区南三西四、アーバン札幌ビル七階)で行われる。
 札幌出身の加賀城が英国の芸術学校映画学科中退後、一九九九年に弟の史典ら数人と始めたユニット。札幌公演は同年から始め今回で四回目。「スケルツォ」はイタリア語で「軽快な曲」「冗談・トリック」を意味し、加賀城は「音楽と笑いの二つの意味を込めた」。
 舞台には、スクリーンの手前中央に映像を操作するビデオブース、スクリーンの両脇に効果音・音楽を出すDJブースとナレーターが立つナレーションブースを配置、「無声映画を活弁と楽団で見るのに似ていると思う」(加賀城)。
 そこで繰り出されるのは、「北が上、南が下でない地図」「鉄道の隣り合った一、二番ホームが実は対抗しているとしたら」「デパートのエスカレーターで誰にも内証で陸上競技をしている人たち」など、日常の中のもの、ことを皮肉も交えながら別の視点で見たらどうだろうという“笑い”だ。
 加賀城は「爆笑ではなく、見た人が声も出ずに心の内で思わず共感してしまう“笑い”が狙い。老若男女を問わず楽しんでほしい」と話す。
2003年9月10日夕刊
<ステージ>scherzo(スケルツォ)「SALE」*常識揺さぶり日常くすぐる“笑い”
 加賀城匡貴が主宰する札幌のステージパフォーマンス・ユニット。事前に用意した映像に、舞台上で音楽や語りを乗せ、観客の想像を促す不思議な“笑い”を模索する=写真=。今回は旧作百点から選んだ三十点余が中心。作品には長短あったとも思うが、常識を揺さぶり日常をくすぐる活動を知るよい場だった。
 作品名「年越し」は、壁掛け時計の零時前後一分間の映像。「○○寺の夜は静かです」との語りは、秒針が「12」を過ぎると、「おめでとうございます。○月○日(元日ではない)の始まりです」。「ゆく日くる日」であり、年末年始の特権性へのやゆとも、日々つつがなく過ごす重みとも、受け取り方は自由だ。
 「片端の数字」は「0」が数十並んだ後に「1−9」の数字が来る映像数種。「00…97」に「長生きですねえ」、「00…1700000000000」には「一兆七千億円の負債で…」と説明がつく。最後は「私たちはほんの片端の数字しか使っていない」。
 北海道の地名をアイヌ語に戻したらどうなるかを夢想する「カタカナ」、天地逆さまのトーナメント表の映像に「一チームのメンバーが他人との違いを見つけて分かれ、個人になれれば誰もが優勝」と説明される「トーナメント」の発想の柔軟さ。男三人の草サッカーから転がってきたボールを拾うと、その三人のいずれか、あるいは第三者あてか、思いのこもった寄せ書きがあった−「寄せ書き」など、掌編(しょうへん)小説の読後感に似て、胸にじわりと広がるものがあった。
 この“笑い”、赤瀬川原平らの「路上観察学」に通ずるところがあるように思う。今後も独特の視線で、日常や常識に別の光を当ててほしい。(加藤浩嗣)
 ◇8月30日、札幌・アーバンホール

以下は加賀城くんからのメールのコピペ。

youtubeにあったので(笑)参考までに。

スケルツォ・Zepp公演の様子(06年)
http://www.youtube.com/watch?v=P1Gx8IxFvpc
スケルツォ・TVインタビュー(06年)
http://www.youtube.com/watch?v=LdllGOhKTKw




ツアー詳細

スケルツォ「ものの見方が変わる公演」


意外なところから、ものを見る。それが、加賀城匡貴の「笑い」(スケルツォ)。日常の中の不思議がふえる、映像、ナレーション、音楽のライブです。前回のツアー(佐藤雅彦監督・短編映画集『kino』との二本立て)以来、5年ぶりのツアー! どうぞおでかけください。




◎札幌(1日2回)


日程:
2010年9月23日(木・祝)

会場:
cube garden(キューブガーデン)
札幌市中央区北2条東3丁目2-5 tel. 011-210-9500


時間:
1回目 開場 17:30 開演 18:00
2回目 開場 20:30 開演 21:00


入場料:
前売 \2,500 当日 \2,900(税込)
1ドリンク別途 \500/各回指定/全席自由/整理番号付


取扱い:
ローソンチケット(Lコード 13507)


問合せ:
スケルツォ tel. 090-6219-7626 info@scherzosketch.com




◎東京


日程:
2010年10月3日(日)


会場:
SuperDeluxe(スーパー・デラックス)
東京都港区西麻布3-1-5 tel. 03-5412-0515


時間:
開場 19:00 開演 20:00


入場料:
前売 \2,500 当日 \2,900(税込)
全席自由


取扱い:
ローソンチケット(Lコード 39618)


問合せ:
スケルツォ tel. 090-6219-7626 info@scherzosketch.com




出演
narration_加賀城匡貴、上ノ大作、森脇俊文、土屋昌之 pc &
keyboards_加賀城史典 keyboards_工藤拓人 guitar_横辻清夫 bass_竹内聖 sax_小野健悟 sax & flute_竹内睦 trumpet_菅生泰礼 watchman_吉川聡志、ルドルフライフ


プロフィール
加賀城匡貴 パフォーマー。ステージ+映像で、「笑い」を表現する。1999年、『scherzo(スケルツォ)』第1回公演(札幌)。2005年、全国ツアー。06年、Zepp 公演(札幌)。09年、チェコ・プラハ日本人学校
で、ワークショップ『scherzo 脳トレ!ツアー in チェコ』など。著書に、学校図書『脳トレ!パッとブック』(全4巻/教育画劇)。


加賀城史典 DJ、音楽プロデューサー。国内外のクラブ、ラウンジ、ファッションショーなどで活躍する。兄・匡貴のパフォーマンス『scherzo(スケルツォ)』の音楽を担当。2009年、米・サンフランシスコの Fatsouls
Records から、『Jazz Spectrum EP』をリリース。10年、英・ロンドンの Trippin
Records から、『Spells From Sapporo EP』、米・ニューヨークの King Street
Sounds から、英国の女性シンガー Adeoloa Ranson をフューチャーした、『Piece
of Heaven』をリリース予定。リミックス・ワークに、The Baker Brothers feat.
Bird『Soul Shine Remix EP』。Kats'ushi Okada とのユニット Rawtech 45
Adaptors としての楽曲提供に、スウェーデンの G.A.M.M のコンピレーション、『Doin'
James』など。


公式サイト
http://www.scherzosketch.com
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