2010年07月19日

A New Day

 公演名を正確に書くと「北海道JAZZ DANCE協会から北海道ダンスプロジェクトへ〜A New Day〜」(北海道ダンスプロジェクト=HDP=など主催)ということになる。宏瀬賢二会長(総合演出も)にご招待をいただき7月19日(月)、札幌・ニトリ文化ホール(旧道厚生年金会館)で見てきた。
 パンフレットの宏瀬会長のごあいさつによると、1991年に発足、活動してきた北海道JAZZ DANCE協会だが、ダンスの世界にも変化があり、ヒップホップやコンテンポラリーなどのダンスも増えてきた。そこで名称を変えて一層の研鑽に励もうとの思いから、今年4月1日に北海道ダンスプロジェクト(HDP)と改組、札幌、苫小牧、函館、帯広の14団体が加盟したとのことである。
 記念すべきこの第1回公演には12団体、約450人が出演した。
 1部(ジュニアの部)「POWER OF KID's〜世界に1人だけの君へ〜」(演出橘内いと子)は11団体で、子どもたちが元気いっぱいの踊りを披露。幼稚園にも入っていないという、真っすぐに歩くのもおぼつかないような子が全身を巧みに使っててきぱきと踊るのを見ていると、可愛くて可愛くて涙が出そうになった。
 2部(大人の部)「Re:birth〜エコ〜」(演出寺山久美子、竹内聡実)は、テーマ通りダンスを通して「地球環境」を考えるというもので10団体が出演。各団体の趣向を凝らしたユニークな解釈と物語、エッジの効いたコクのある踊りに、見ている私の心も浮き立ち、躍ってきた。
 3部(合同作品)「月 傾く(かぶく)」(構成・振付堀裕子、振付西野武)は舞台奥に大きなまん丸の月がつり下げられた舞台で、民話と現代が調和したような深遠で雄大な物語を展開。そのまま1、2部を含めた出演者全員による、観客席通路にもダンサーが並ぶグランドフィナーレへとなだれ込んで幕を閉じた。
 観客席はふだんのダンス公演ではあまり見かけない年配のお客さんもお孫さんの踊りを見にか大勢詰めかけ、満員。私は昼の部を見せていただいたのだが、すでに夜の部の開演を待つ人の列もできていた。HDPの出航、満帆に良風を受けて大成功だったのではないか。
 このブログでダンスのことを書くことはなかったので、ここで私なりのダンス観を書いておこう。
 私がダンスを見て、「一流という人は創る世界が違うものだな」と思ったのは、文化部勤務時代に札幌(旧厚生年金会館)で見たバレエダンサー、ニーナ・アナニアシヴィリの踊りだった。
 彼女は背格好はたいして大きくはないのだが、伸ばした腕と指先の向こう、高く跳ね上げた脚とつま先の向こうに常にオーラを放ち、とても大きな存在に映った。つまり彼女の世界、彼女を包む、あるいは彼女が発するオーラが、彼女が踊れば踊るだけ広がるのである。決して小さく縮こまらないのだ。自分の存在を実際より広く大きく感じさせ、一方でそのオーラが劇場を包み込むような感じがしたのである。
 40歳近くなってから彼女の踊りを見て、そうした思いをこうして言葉にできるようになったのだが、当時、「そう言えばこの感覚はいつか感じた覚えがある」として思い至ったのが、先ごろ103歳で大往生した大野一雄である。
 私(現在45歳)は20年以上前の大学2年の時、東京・有楽町の朝日ホールで開かれた「舞踏フェスティバル」で大野の「ラ・アルヘンチーナ頌」を初めて見て衝撃を受けた。舞踏に接したのも初めてであれば、ダンスというものを意識して見たのも初めて。それが故郷釧路のジャズ喫茶「ジス・イズ」のマスター小林東氏の薦めで、マスターと一緒に見た大野の白塗りの女装の舞踏だった。
 そしてその時、彼(彼女=アルヘンチーナ)が伸ばした腕と指先の向こうに、まさしくオーラが放たれ、世界が広がったのである。劇場空間が聖なる時を帯び、聖なる地となったのである。あの時の衝撃を今も忘れることはできない。
 それ以来、東京での大学時代には大野が踊るとなるとできるだけ見るように心がけ、就職で北海道に戻ってきても、大野が札幌を飛び越して、親交のある小林氏の「ジス・イズ」で踊る時などには帰省してまで見た。最後に見たのは「ジス・イズ」で、特製「百歳の椅子」に腰掛けての踊りだった。
 大野はだから私のダンス鑑賞の導き者である。
 話は戻るが、だからアナニアシヴィリのバレエを見た時、「ああ、大野先生が体現していたのはこういうことだったのか」と長年感じていた衝撃、不思議さが腑に落ちた感じがしたのだ。
 凡百のダンサーが踊っても、踊りはその人の世界を離れず、劇場空間は広がりも大きくもならないと感じる。だが大野やアナニアシヴィリら一流のダンサーが踊ると、その踊りはその人だけの世界から放たれて飛翔し、劇場空間が広がり大きくなり、聖なる時、聖なる地となる。
 それは敷衍すれば、演劇も映画も、また小説もそうかもしれない。
 そのことを私はこのブログで何度も、こと演劇に即して「見る側に思いの入り込む余地がある」だとか「見る側の想像力=創造力を促す」だとかと言っているのかもしれない。そんな気がする。
 話が大きくなった。
 HDPの第1回公演の大成功を心からお祝いしたい。
 そして(それは才能だけなのか、あとからの努力でもある程度まではいけると信じたいが)、今回出演した、また次回以降出演するダンサーの中から、世界の観客に夢と希望を与える一流の踊り手が出現することをおおいに期待したい。
posted by Kato at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

つかこうへい氏逝く

道新スポーツによると、劇作家・演出家・作家の、つかこうへい氏が10日、肺がんのため千葉県内の病院で亡くなっていたことが11日分かったとのこと。
これは道新スポーツと提携するサンケイスポーツの抜き(スクープ)かもしれない。
まだヤフーなどのニュースにもなっていない。
現代日本演劇界に革命をもたらしたといっても決して過言ではない巨人。
詳しくは各種新聞(北海道新聞をよろしく)、テレビで。
それにしても、井上ひさし氏に続く現代日本演劇界の巨人の逝去。
62歳という若さ。
なんと言ってよいか分からない。
残念で残念でならない。
心からご冥福を祈る。
posted by Kato at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

忘れたいのに思い出せない

 ずいぶん久しぶりの更新だ。
 この間、イナダ組やシアターZOO演劇祭「ZOO10(ズーテン)」などは見ていたが、自身の体調不良などもあって、さしたる感慨は湧かないでいた。忸怩たる思いだ。
 一方、「シネマの風景フェスティバル」はおかげさまで、1週間、合計28回の上映に1752人の方が来場され、無事成功のうちに幕を閉じた。感謝申し上げたい。
 さて7月10日(土)、札幌・シアターZOOで見てきたのは、yhs「忘れたいのに思い出せない」(脚本南参、演出手代木敬史)だ。認知症の老婆をめぐる物語である。
 吉田センリ(福地美乃)は87歳。腰を悪くして動けなくなり、現在は認知症が進行している。ほぼ寝たきり状態にある。ガンマ(吉竹歩=48歳、大学講師、2度の離婚歴あり)という息子と、彼の前妻の娘トオル(岡今日子、24歳)が同居して面倒を見ている。トオルは妊娠しており、シングルマザーとなることを決意する。センリが見る夢には時折、30年前に62歳で他界した夫マサヒコ(イシハラノリアキ)が出てくる。そんな認知症の老婆と彼女をめぐる人たちの物語だ。
 yhsだからコメディー仕立てなのだろうと予想していたら、真面目な、どちらかというと考えさせられる路線だったので意外だった。福地は何を演じてもうまくはまる。老婆役もなかなかのものだった。
 舞台に真っ白な玉砂利が敷き詰められてあり、その中央部にセンリが眠るベッド。物語が動いて、役者たちが激しく動くと、玉砂利が弾けて動く。まるで各登場人物の内面を表現するかのように。
 観劇後、演出の手代木に聞いたところでは、この玉砂利を敷き詰めるアイデアは南参のものとのことだった。
 物語はホームヘルパーのゲンブ(小林エレキ)とマスト(三戸部大峰)の奸計などもあり、認知症の老婆の心象風景だけにはとどまらない。ただ、この点、ちょっと物語全体の焦点がぼやけてしまったかなという印象も拭えなかった。
 ラストは、不安を希望がやや上回っているかのように見え、ほっとした。やはりこうした深刻な内情を抱えた物語は終着点が大切だ。それによって観客の持ち帰る印象がずいぶんと変わる。
 劇中流れる曲が良いなあと思って、いまパンフレットをあらためて見たら、作曲川西敦子とある。叙情的で、物語の情感をうまく醸し出していた。
 昨年の死刑執行室を描いた「しんじゃうおへや」に続いて、認知症という現代の深刻な問題に取り組み、「プチ社会派」になってきた感もある南参。今後のいっそうの活躍に期待大だ。
posted by Kato at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする