2010年05月23日

もくもくのいとま

 WATER33−39「もくもくのいとま」(作・演出清水友陽)は5月23日(日)、札幌・シアターZOOで見た。
 チラシによると、あらすじは−そこは北の方にある。ミシュラン・ガイドには載っていない。ちいさな島の、ちいさなレストラン。コックがひとり住んでいる。お願いすると料理を作る。おでん、カツレツ、卵焼き。麻婆豆腐にナポリタン。グツグツしたり、ジュージューしたり。常連客が、やってくる。やっぱり島に住んでいる。男も女もやってくる。おなかがすくからやってくる。何かを食べにやってくる。何かを食べてお金を払う。たまにはツケで何かを食べる。女がひとり、ふってくる。ある日、空からふってくる。女はコックと一緒に暮らす。いつまで暮らすかわからない。そこは北の方にある。今年も短い夏が来た。蝉が鳴いたら夏が来た。蝉が死んだら秋になる−。
 なるほど、このあらすじの通りの作品だ。はっきり言って「劇的」なことはほとんど起きない。人々が仕事をし、飯を食い、眠る、そのことの繰り返しを描いたような作品である。
 だからか、ちょっと単調に感じてしまうところもある。でも人々の日常の暮らしなんて、単調以外の何物でもないだろう。それを、その日常生活の単調さをうまくすくい上げている。
 舞台は底上げされていて、地面に八つの穴があって八人の役者が出入りし、天井にも一つの穴がある。
 ただ一人、ふってくる女(中塚有里)がラスト、天井の穴に梯子をかけて外界に去っていく。その時の、見る側の快感! そうか、これだった、これを待っていたのだ!という快感だ。見終えての感想は、なんだかサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」でゴドーが現れたかのごとくのような快感だ。
 ほかの出演者は小林テルヲ、清水、高橋正樹、赤坂嘉謙、高石有紀、久々湊恵美、佐井川淳子、畑山洋子。
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歯並びのきれいな女の子

 コンカリーニョプロデュース公演「歯並びのきれいな女の子」(作イトウワカナ、演出泊篤志=北九州・飛ぶ劇場)は5月23日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。昨年2月に同劇場で行われた戯曲講座成果発表リーディング公演の実演版だ。
 チラシによると、あらすじは−真夏。山中家の居間。あめ工場を営んでいた父親の納骨の日。遺言書の開封のために集まった家族とその周辺の人々。そこへ現れる、歯並びのきれいな女の子。彼女は、父の娘だという−。
 舞台を中央に配置し、コの字型に三方に観客席が設えられていた。またラース・フォン・トリアー監督の映画「ドッグヴィル」のように床に白線で家の間取りを描き、机やいす、仏壇を除いて、壁やついたてなど余計な遮蔽物はなし。このため手前の役者と奥にいる役者の演技が同時に見えるなど、芝居に奥行きが出ていた。
 芝居は適度な緊張感の中に笑いも交え、なかなか良くできていて、楽しめた。ラストのラスト、母宛の遺言書が送られてくるシーンは見ていて心に染みる。
 昨年同じ長女まいこ役を演じた福地美乃は表現の幅が広いなあとつくづく感心する。そして何と言っても母みずえを演じた小林なるみの存在感。芝居がびしっと引き締まっていた。
 ほかの出演者は堀内浩水、木村健二(飛ぶ劇場)、宮澤りえ蔵、かとうしゅうや、小林エレキ、飛世早哉香。
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2010年05月21日

チェーホフ祭

 実験演劇集団「風蝕異人街」の団員でつくる北方舞踏結社「Kamora」が、軽演劇・軽舞踏シリーズとして上演した「チェーホフ祭」(原作アントン・チェーホフ、構成・演出・照明・装置こしばきこう、振付演出三木美智代)を5月21日(金)、同集団の本拠地である札幌・アトリエ阿呆船(中央区南4西9)で見た。「お茶の間からチェーホフ!」「お茶の間からBUTOU!」をキャッチコピーに、「何かをしようとする」のではなく「存在すること」にチャレンジした試みだ。。
 第1部「三人姉妹の憂鬱」(「三人姉妹」より)は三木、平澤朋美、李ゆうか出演。裕福とは言えない身なりの、年かさと言ってもいい感じの三人姉妹。憂鬱、鬱屈した生活感がにじみ出ている。音楽は全体に1960年代のポップスを使い、途中、卓袱台の上と下でラベルの「ボレロ」を踊ったりする。
 第2部「白昼夢」(「桜の園」より)は宇野早織出演。一人の没落貴族の女がかつての夢を語り、湯の入ったバスタブに浸かった後、桜の花びらと戯れる。音楽は民族調のものなどさまざま。
 チラシには「抱腹絶倒!」などと書いてあったから、もう少しおちゃらけるのかと思っていたら、両方の作品とも意外にも「存在すること」を真正面から追求し、原作のエッセンスをぎりぎりまで絞り込んで抽出しており(時代や場面設定などは随意だが)、なかなか見応えがあった。
 半面、全体的に生真面目に過ぎたきらいはあるかもしれない。もう少しいつもの異人街らしく、遊び心があってもよかったかもしれない。
 22日(土)は午後7時、23日(日)は午後3時から。「舞踏」を見るのに躊躇、偏見がある人などは、この辺りから入るとよいかもしれない。
 また6月1日(火)〜6日(日)にはTPSが「悲しき天使たち−2010年の三人姉妹−」を札幌・シアターZOOで上演することもあり、それと見比べてみるのも面白いだろう。
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2010年05月16日

ROOM

 CAPSULEの「ROOM」(作・演出武田美穂)は5月16日(日)、札幌・ブロックで見た。
 コント主体の8作品。以前から武田が書くコントは皮肉が効いていて、考えさせられる論理的なコントだと感心して見てきたが、今回もそうだった。
 短い4話のつながりからなる「Decision Room」は、ある企業の採用試験で最後に残った女性3人が、話し合いなどによって1人だけを辞めさせれば、残る2人は採用される−というなんとも過酷な最終試験の様子を描く。さまざまな駆け引き、騙し合いがあり、だが日本人ならそうだろうなあという結論に至るあたり、笑わせながらの日本人論にもなっていたのではないか。
 このカンパニー、年に一度くらいの割合で公演しているが、毎回目が離せないと思っている。
 出演は武田、寺元彩乃、川原南風、鈴木祥子、下家弘の5人。
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2010年05月09日

時よとまれ 君は美しい

 「時よとまれ 君は美しい」−。1972年の西ドイツ(当時)ミュンヘン夏季オリンピックの公式記録映画(73年)の題名である。ゲーテの「ファウスト」の一節から採られている。
 実はこれと同じような体験を最近した。このブログでは、演劇評以外は書かないことをモットーにしてきたが、今回は許していただきたい。
 5月1日(土)、北海道立釧路湖陵高校83年卒業3年4組のクラス会に出席してきた。卒業以来27年、これが初めてのクラス会だった。
 当時の担任教諭で、今春、オホーツク地方の高校で退職された先生の慰労会も兼ねた会だった。全45人中、20人ほどが集まり、当日来られなかった人からも、便りや先生への贈り物を贈る賛助金が多数集まった。
 一次会、私たちには子どものころから、「中庭に噴水のある喫茶店」として知られていた喫茶店がもとあったビルの3階の高級そうな和食の店。
 時間を経て集まる顔、顔、顔−。その顔がみんな輝いているのだ。本当にびっくりした。旧友と久しぶりに親交を温めるときめきなのか、いまの充実した自分を誇る自負なのか、それはわからない。とにかくその顔たちが輝いていたのだ。素直にうれしかった。
 これはさまざまな芝居を見ていても、なかなか感じられないことだ。このときめき、この自負−。みんな、良い27年間を過ごしてきたのだろう。もちろん、良い27年間を過ごしてきた者しか、この場に顔を出そうとは思わなかっただろう。
 当時は、流行っていたアニメ「ドクタースランプ」のあられちゃん風の眼鏡をかけていて、素顔が分からなかった女子の、現在はコンタクトレンズにして、ご主人との楽しい日々を語る表情の生き生きとして美しいこと!
 あのころ(高校時代)の思い出を語って、感極まって涙を流す、家に帰ればお母さん(俺も当時、個人的にさまざまご迷惑をおかけしました。ごめんね)の佇まいの美しいこと!
 外国で日本人と縁あって結婚しながら、同じ外国で離婚して、今は釧路に戻って働いている歌姫の姿の美しいこと!
 ああ、やっぱり私は美しい女性が好きなんだなあ、と思った。
 本当に「時よとまれ 君は美しい」と心の底から思いながら、その後、私は酒にのまれて、夢の中に入って行ったのだった。
posted by Kato at 12:15| Comment(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする