2010年04月29日

Teatro Ristorante・訂正

前項「Teatro Ristorante(テアトロ リストランテ)」をプロデュースした「BackGround Dogs(バックグラウンド・ドッグス)」の企画主宰者について、名前が間違っているとのご指摘をいただいた。村上真希ではなく、正しくは村山真希です。お詫びして訂正します。
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2010年04月25日

Teatro Ristorante

 BackGround Dogs(バックグラウンド・ドッグス、企画主宰村上真希)プロデュース「Teatro Ristorante(テアトロ リストランテ)〜4つの味を一度で味わう1時間30分〜」を4月25日(日)、札幌・ブロックで見た。
 バックグラウンド・ドッグスは、私も今回初めて知ったが、「札幌のアマチュア演劇界で活動する若手の照明、音響、制作など裏方スタッフの輪を作り、演劇活動をする人たちをスタッフ面でサポートすることを目標に設立」−とチラシ(と言ってもA3判カラーを二つに折った立派な物だ)に書いてある。
 また、「劇場側が主催するイベントが多い中、若手陣が中心となり企画を立ち上げ、定着化させることによる札幌演劇界の若年層の活動の活発化を狙う」−とも。
 その意気やよし。
 つまりは札幌演劇界におけるヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)だな。とてもとても望ましいことだ。
 今回の参加カンパニーは四つ。上演順に紹介しよう。
 SK−DASH「大空と大地の中で」(脚本・演出すがの公)。高校時代、親友だった松山勇作の結婚式の余興を友人代表として頼まれたため、北海道から来た友人とともにわざわざホテルに泊まって練習しようとなったのだが…。男性、女性各バージョンがあり、私が見たのは男性版。
 亀吉社中「昨夜の咬み痕(ゆうべのかみあと)」(脚本・演出村上孝弘)。同世代と中年という2人の女性と付き合っている若者が2人をなぜか引き合わせようと喫茶店へ。だが、巷では尻を咬むことが連鎖となるゾンビ事件が発生していて…。
 PLANETES.「Hidden〜喪奪の末路〜」(脚本丹治誉喬、演出妹尾元気)。山奥にひっそりと残る廃墟。その昔、宝石窃盗団の仲間割れにより凄惨な現場になったという噂のある場所。そこへ肝試しにやって来た若い男女2組と黒尽くめ恰好をした謎の男。歴史は繰り返されるのか…。
 ディリバレー・ダイバーズ「締めのコーヒーEX。」(脚本深浦佑太、演出谷原聖)。アルバイトの男性店員がホットコーヒーと間違えてホットコーラを出してしまった! 閉店間際の喫茶店…離婚目前の夫婦に誤って出されたソレが各々の想いを交錯させ、話は思わぬ展開に…。
 先のチラシの出来といい、当日会場での受け付けの担当者たちの生きの良さ、それに加えて入場時にはスープのサービスもあり、まさに心尽くし、一品一品に目配りの利いた手作りの「劇場レストラン」。
 作品の水準も事前に練られたのだろう、ある程度高く、上演の順番も、観客が帰宅する際に心が温まっているようにと制作者が考えた結果、こうなったのだろうと思う。
 「演劇という名のナマモノ」の魅力を味わっていただきたい−とのレストランの思い、十分に伝わってきましたよ!
 これからも素敵なレストランの開店を心待ちにしています。
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EQUINOX

 弦巻楽団の「EQUINOX(イクイノックス)」(作・演出弦巻啓太)は4月25日(日)、札幌・シアターZOOで見た。
 住む人だれもが顔見知りのような北海道の寒村。6年前の高校時代、付き合っていた小夜(塚本智沙)にふられた後、崖から転落死した野々宮勇(高山龍)。それは、警察官金山(楽太郎)により「事故」として処理された。
 だが、勇の母陽子(藤谷真由美)は6年経った今も「事故」だったことに納得がいかない。別居している夫智(松橋勝巳)、小夜の父(齊藤雅彰)、当時の担任教諭(原田充子)、知人のヤス子(庄本緑子)、椎子(石川藍)の誰もが、自分一人だけを蚊帳の外にして真相を隠しているのではないか?
 折しも小夜の結婚式が間近。陽子は真相究明のため、ついに踏み出してはいけないある行為に賭ける−。
 芝居を見ていて、昨年上映され、日本でその内容に賛否両論がわき起こった韓国映画「母なる証明」を思い出していた。あの映画も、息子の「冤罪」を晴らすために「奔走」する母の物語だった。
 今回の芝居も息子の死の真相を探るため、とうとう狂気にまで走る母の物語だ。だが、果たして人はそれを単なる狂気としてだけ片付けられるのだろうか?
 私は弦巻作品をこれまで、「コメディー系」と「センチメンタル系」の二つに大きくくくって見て、ある作品では大いに笑い、ある作品では切ない気持ちを抱いてきたが、本作はそのどちらからも外れる種類の作品。見終えての後味は決して良いとは言えず、観客によっては上演中から拒否反応を示す人もいるだろう。
 それだけに弦巻の新たな分野への挑戦作、新境地の開拓だとも言える。昨年のyhs「しんじゃうおへや」(作・演出南参)と同様、札幌演劇界、いや北海道全体の演劇を見渡してみても、このたぐいの物語への挑戦はある意味で果敢な「冒険」とも言えるのではないか。
 死にものぐるいの母陽子を藤谷が熱演。物語そのものには共感できない人でも、藤谷の体を張った演技には目を見張るだろう。
 それにしても、母が次々に行うある行為を、あえてあっさりと淡泊に演出したところに、本作の隠された意図があるようにも思える。現代社会では実際にこうしたことが、傍目からは信じられないほどあっさりと淡泊に行われていることへの弦巻なりの批評ではないだろうか。
 上演時間1時間40分。欲を言えば、母陽子がある行為を行う決断のきっかけとなった「発火点」がいま一つはっきりしなかったのは残念だ。また彼女が6年間抱き続けた疑念や懐疑、絶望、傷、闇などは、上演時間をもう少し長くしてでも、もっと詳細に表現されてよかったと思う。
 ちなみに「イクイノックス」とは英語で、昼と夜とが完全な均衡を保つ日。つまり春分の日や秋分の日だ。弦巻に尋ねたところでは、彼はジャズ・サックス奏者のジョン・コルトレーンの同名曲で、この言葉を知ったという。
 26(月)、27(火)の両日とも午後8時開演。
 弦巻ファンはもちろん、「いつもとは違う弦巻」を見てみたい人には特にお薦めだ。
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2010年04月17日

ユメノサーカス・訂正

 前項「ユメノサーカス」出演者名列記で、寺崎智美と古田梨恵の間の女性の名が文字化けしていた。森高麻由である。高が本来は「はしご高」で、それを打ち込んだので文字化けしたのだろう。お詫びして訂正します。
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ユメノサーカス

 ミュージカルユニットもえぎ色「ユメノサーカス」(原作チヤゲンタ、脚本・振付喜井萌希、演出太田真介)は4月17日(土)、札幌・ブロックで見た。
 孤独な少女・凜(国門綾花)がある日、双子のピエロに別世界へと誘われる。そこはユメノサーカス(団長=入江千鶴香)だった。毎晩楽しく歌い踊り、孤独だった現実世界を忘れられる、まさに夢の世界。凜はとうとうある決断をする−という内容。
 札幌で、地元カンパニーによるこれほど楽しく充実したミュージカルが見られるとは、正直思っていなかった。行ったことはないが、おそらく米国のオフ・ブロードウェイもこんな感じはなかろうかと、そんな想像まで見ながらしていた。
 上演1時間15分という凝縮された時間の中で、伸びやかな歌声が印象的だったオリジナルの楽曲、舞台狭しと躍動感あふれるダンスの数々、ユニークな動きで観客を魅了する双子のピエロと操り人形…。いずれも厳しい鍛錬のたまものだろう、とても魅力的でエンターテインメント性に溢れていた。
 今回は第5回公演とのことだが、ゆくゆくはより大きなステージでも十分活躍できそうなユニットだと期待する。
 国門、入江以外の出演者名を列記して、素晴らしかった舞台への感謝の意を表したい。

 坂本祐以、黒沼陽子、寺崎智美、森\x8F\xF4稷魁\xA2古田梨恵、木内彩花、チヤゲンタ、ひろぴぃ、喜井萌希、太田真介(チラシと当日パンフレットにクレジットされている能登麻紀は体調不良のため、出演を見合わせたとのこと。次回公演では元気な姿を見せてほしい)。
 なお、このカンパニーは、乳がんの早期発見、早期診断、早期治療を促すピンクリボン活動にも、2カ月に1度パンフレットを作成するなど活躍している。素敵なショーの今後の成功とともに、そちらの活動でもいっそうの健闘を祈りたい。
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LOVE MEってんだ!!

 演劇集合体マキニウム「LOVE MEってんだ!!」(作・演出槙文彦)は4月17日(土)、札幌・レッドベリースタジオで見た。
 科学特捜恋愛警備隊の隊長ヒロ(和川祐介)、副隊長アオイ(尾方聖恵)、ケン(瀬川圭介)、ユカ(村瀬有香)に拉致された、32歳独身のアキ(金子綾香)と会社の後輩スグル(薄井寒太朗)。恋愛訓練を受けたアキとスグルは、それぞれ24時間以内に恋愛しないと大変なことになる、と宣告されるのだが…という内容。ほかに出演は、アキに思いを寄せるツヨシ(斉藤玲史)、ツヨシに思いを寄せるミカ(石橋玲)、喫茶店の店員(山下紗絢子)。
 見終えた瞬間、「え、これで終わりなの?」という印象を抱いてしまった。各人の恋愛模様を描いた物語としては、ちょっと後味が良いとは言えない。コメディーとしては、その先でもう一ひねりして観客をうならせてもよかったのではないだろうか。
 槙の演出がそうだからなのかもしれないが、マキニウムの役者の演技は(「本当の自然さ」に見えていつも感心する金子を除いて)総じて「自然さ」を意識するあまりに、かえって芝居全体が小さく縮こまってしまっているように思える。今回もそうだった。
 マキニウムを見るといつも、もう少し突き出してでも、全体を覆うある「何か」を突破できないものか、と思ってしまうのだ。
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2010年04月11日

11

 fullbreech(フルブリーチ)の「11(イレブン)」(作・演出かとうしゅうや)は4月11日(日)、札幌・シアターZOOで見た。昨年10月の公演予定から延期しての上演だ。
 人間とロボットが戦争をし、人間たちが宇宙に逃げて、残ったジュウ(かとう)とウタ(畠山亮二)の人間の兄弟。もしかしたらほかにもこの星には残った人間がいるかもしれない。ところが、実はジュウは弟のために自らをロボット化していた。その2人のサバイバルと別れの物語。ほかに声の出演で、ウタが思いを寄せる人間エリ(知北梨沙)。
 上演時間は1時間半。だが、初めのうちは何か物語がまどろっこしく背景も分かりにくく、時間が長く感じた。
 物語が動き始めるのはようやく1時間を過ぎた後。全体に物語の起伏に乏しく平板で、それが、ほかの外部出演ではきびきびとした動きを見せる、かとうの演劇としては残念な気がした。
 要するにもっと刈り込んで1時間15分ほどの凝縮した芝居にすべきだったと思う。その方がテーマもメッセージもより強く浮かび上がったのではないか。次作に期待したい。
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アメリカ

 すがの公が主宰する、すがの塾6期発表公演「アメリカ」(脚本・演出すがの)は4月10日(土)、札幌・アートスペース201で見た。
 これは2003年に上演された作品の再演で、当時、文化部在籍中だった私は劇評を書いている。それを再掲する。
2003/03/10 (月) 夕刊芸能面
∧客席通信∨札幌演劇人育成委プレゼンツ 劇団ハムチョップ「アメリカ」*夢と現実 折り合い探る
 夢は大切だ。でも過去の夢と今の現実の落差に人はどう向き合い、これを埋め、あるいは折り合うべきだろう? 役者、スタッフを複数の劇団から集めた一度きりのユニット公演「アメリカ」は、誰にも覚えがありそうな心模様を笑いにまぶして考えさせた。
 小学生轟万太郎(能登英輔)は卒業文集で「将来なりたいもの」に「アメリカ」と書いた。二十四歳で結婚目前の万太郎(城谷歩)が久々にその文集を読んでも真意は不明だ。
 それどころか、過去の自分に照らして今の生き方に自信を失う。「小学生の自分は何を夢見ていたのか」。かくして自分がなりたかった「アメリカ」の意味をたどる心の旅が始まる。
 芝居は少年時代と現在が入り交じり、TV番組仕立てで過去から現在に至る人生を自分自身が見つめる、万太郎の妄想とも取れる場面を交えた構成。場面転換は素早い。役者もテンポよくすがすがしく“いきがよい”。
 笑いの場面はパワーが時に過剰気味。だが作・演出の菅野公(注・ハムは当時、名字を漢字表記していた)が思いを大切に伝えようと心したためだろう、物語の根幹は踏み外さない。それは役者の決めぜりふで音楽の音量を下げたり、大音量から一転、静寂の中でつぶやきが交わされたりなど、メリハリの利いた手法にもうかがえる。
 終幕、成人の万太郎は再び現実に向き合い、“現状肯定”する。思えば、足元から固めねばならないのが若者の現状なのだろう。そもそも未来が輝いているはずの二十四歳が十二歳のガキ時代の夢に動揺するとは。時代の閉塞感が生んだ物語だろうか。(加藤浩嗣)
 ◇2月24日、札幌・ブロック
 そうだ、この時は劇団新劇場の栗原聡美さんも出演していて、「どうして新劇場とは肌合いの違うハムの作品に?」と、率直な疑問と意外性を感じたのを覚えている。今回、すがの塾版を見るに当たって、座席の隣に栗原さんが座った。何か縁のようなものを感じた。
 さて、すがの塾版だが、初演メンバーにもまして生きが良かった。その代わり、勢いが良すぎて、物語全体のの骨格というものはやや見えにくかった。物語を観客の中に落ち着かせる、想像=創造させる「抑制」というものを学ぶのは、まだこれからなのだろう。
 だが、20代の若者たちが続々とすがの塾から育っているのは心強い。富良野塾も閉塾したことだし、これからはハムにいっそうの活躍を期待している。
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2010年04月06日

東京観劇記・2010年3月

 3月12日(金)から14日(日)まで、東京で芝居を見てきた。
 今回の目的はなんと言っても「上海バンスキング」(作斎藤憐、演出・美術串田和美、渋谷・シアターコクーン)だ。たしか全国各地で435公演を打った伝説の舞台。初演から31年、ラスト公演から16年。それが蘇ったのだ。
 私はラスト公演の模様を劇場中継を含めて記録したビデオを見たことはあるが、生で見るのは初めて。
 とても緊張していた。はずなのだが、1日目の13日(土)はなんと前夜に友人と飲んだ酒が夜まで抜けておらず、宿泊先で寝てしまっていて開演に30分あまりも遅刻。2階席の後ろから2番目で、「遅れてきた青年」ならぬ「観客」として、それでも大いに楽しんだ。
 千秋楽の14日は1階席のほぼ真ん中。モーニングコールをしてくれたありがたき友人のおかげで遅刻することもなく、冒頭の「ウェルカム上海」から終演後の恒例のロビー演奏まで、体いっぱい、全身全霊で満喫した(なんか言葉遣いが大袈裟だけど、全身全霊なんて…。それだけ興奮してるんです)。
 まどか(マドンナ)の吉田日出子、四郎の串田、バクマツの笹野高史、みんなこの16年間、良い時を過ごしてきたことが姿を見れば分かる。若い若い。そしていまやテレビ、映画でも貴重なバイプレーヤーとなった三笠市出身の小日向文世、貫禄と風格が備わったなあ。
 物語は第2次世界大戦を描いていることもあって重いところもあるが、それを吹き飛ばして余りある、役者たち自身による楽器生演奏の素晴らしさ。ああ、なんて楽しい至福の時よ。
 これは一本の芝居を見たというより、一つの演劇的体験をしたというに相応しいだろう。ほんとに、もう、良かったあ。
 さて、東京では「上海バンスキング」2回(2本とカウント)を含め計5本見てきたのだが、上京する前に雑誌「シアターガイド」で観劇計画を練っていたら、12日の下北沢「劇」小劇場の欄に作=すがの公とあるではないか。これは見ずにおれまい。早速ハムに連絡を取り、結局招待というご厚意に甘えた。羽田行きの飛行機も4時間も早い時間に切り替えた。
 作品は、若手演出家コンクール2008最優秀賞受賞記念公演Cheeky★Park(チィキィ★パークゥ、★は本当はもっと小さくてマス目の上にある)「オーライオーライ〜僕なら大丈夫。〜」(作すがの公=札幌・ハムプロジェクト、演出・振付智春=劇団主宰。役者としてはCheeky)。
 つまりコンクール2008で最優秀賞を受賞した劇団に、審査員特別賞を受賞したSKグループ(活動休止中)団長のハムが脚本を書き下ろしたというわけだ。美しき友情、夢ある共作。
 猪口乙女(Cheeky)は猪突猛進。すぐに恋に落ち、失恋する。幼馴染みの田中太郎(DAIKI)はひそかに彼女を愛しているが、内気な彼は言い出せないままだ。そんなことをツユとも知らぬ彼女は、今日もまた金持ち・綾小路信長(森田智博)にフラれ、太郎に泣きつきヤケ酒をつき合わせる。とうとう彼女は公務員・片倉聡明(堀口和也)と結婚を決めた。絶望した太郎は空港に来た。渡せなかったラブレターをキャリーバッグに詰め込んで傷心旅行に旅立つ。謎の芸術家・神風マーリー(NoB)が彼に不思議な、時間を遡れるクスリ「アゲイン」を渡す…。
 全体に台詞が少なく、アクロバティックかつスタイリッシュな身体の動きが雄弁に物語る芝居。北海道、少なくとも札幌では見たことがない表現法だ。最優秀賞を受賞したのも分かる気がした。
 でもこれハムの脚本でしょう? いったいハムはどんなふうにこの戯曲を書いたんだろう? こんなにアクロバティックな本をどうやって?
 終演後、智春に尋ねて疑問は氷解。長い長い脚本を削りに削って身体表現を取り入れて演出・振付したそう。なるほどそうだったのか。
 智春によると、実はCheekyとDAIKI、森田は大道芸人なのだとか。なるほどなるほど、どうりでああなわけだ。ちょっと大道芸の完成度はこの回は全体的に今一つだったけど。Cheekyの名刺には「シルク・ドゥ・ソレイユ登録アーティスト」とも書いてある。
 智春曰く「私たちの劇団版とすがのさんの脚本をそのまま生かした形のすがのさんたちの劇団の演劇版と、両方を交互に上演して見比べてもらっても面白いと思いますよ」。確かにそうだな。
 ハム、東京の人、札幌の人、ワゴン車skcの合間を縫って、両劇団競演ってのはどうだい? 面白いと思うけど。
 そのほか見たのは、12日夜が下北沢・シアター711で演劇ユニット・経済とH「19 ナインティーン 春〜旅立ち編〜」(作・演出佐藤治彦)、13日昼が下北沢・ザ・スズナリで個人企画集団*ガマ発動期「ランディおじさん」(作佃典彦、演出はせひろいち)。
 収穫の多い、1年ぶりの東京観劇だった。
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2010年04月04日

虚苑

 城谷歩(わたる)が主宰する劇団深想逢嘘(ウタタネ、名前の由来は劇団ホームページ参照を)の若手演出家コンクール2009(日本演出者協会主催)出展作品(優秀賞を受賞し東京での最終審査に進出したが、そこでは選に漏れた)札幌凱旋公演「虚苑(コエン)」(脚本・演出城谷)は4月4日(日)、札幌・シアターZOOで見た。
 チラシなどによると、あらすじは−1人はお金しか信じられない孤独な金持ちの男(中島慎之介)。1人は神様しか信じられない哀れなホームレスの男(城谷)。2人はお互いを受け入れられない者同士。ある時2人は頭を強く打って微睡(まどろ)みの海に落ちてしまう。そこで出逢う3人の女神達(母なる女神=三上京子、美なる女神=珠ひよこ、性なる女神=佐藤紫衣那)。そして最後に黒い謎の女(櫻井智美)が現れる−。
 男2人が船の中で延々と、分かったような分からないような言葉遊びを交えた問答を繰り広げる様子を見ていると、城谷が意図したかどうかは別として、「ゴドー待ち」(サミュエル・ベケット作「ゴドーを待ちながら」)の亜種なのかとも思えてきた作品。
 「演出」の観点から見ると、最終審査結果の通りに、私にも取り立てて秀でた感じはしなかったのが残念だったが、縦横無尽に敏捷に動き回り、立て板に水のように台詞をまくし立てる城谷は、「役者」として魅力があるなあ、とあらためて感じ入った次第。彼を見ているだけで面白い。
 深想逢嘘については、かつて文化部勤務時代に劇評を書いたことがある。当時から城谷やこのカンパニーには注目していたことの証しだ。ちなみにここで再掲してみる。
 2003/11/22 (土) 夕刊芸能面
<ステージ>劇団深想逢嘘(うたたね)「迷久塔(ラビリンス)」*神話構築の楽しみ予感
 野田秀樹(元「夢の遊眠社」、現「NODA・MAP」)や唐十郎(元「状況劇場」、現「劇団唐組」)の世界を連想させ懐かしい。まだ線は細く“巧みさ”にも遠いが、ゼロからの神話構築の楽しみを予感させて頼もしくもある。劇団主宰城谷歩が作・演出した。
 物語は先の二人の作品同様に複雑だ。見違え覚悟で要約すれば−学生の道野(渡辺大輔)が向上心を無くした直後に神隠しに遭い、神代の時代に拉致され天地を結ぶくびきを打つよう命じられる。そうすれば彼は向上神となりすべてを見渡す玉座に座れ、天地やこの世あの世が引っくり返る。
 だが彼は、この世あの世をつかさどるハデス(寺山奈都子)、アース少年(笠原寿仁)ら一派と、天地の神アマテラス(三上京子)、スサノオ(佐藤康司)ら一派の確執に利用されたのだった。最初の神隠し被害者で言葉を奪われた人間ヨウキ(市川賀奈子)、人と神の中間の歌姫リラ(福地美乃)、道野の前世をにおわせるレオナルド・だ・ビンチ(中島司)らが絡み、物語が膨らむ。
 正面の壁左右にタペストリー二枚。中央に道野がくびきを打ちに上がる高いオブジェという舞台装置で、地口など野田調言葉遊び満載のせりふと、渡辺の口ぶりなど唐の芝居に似た役者のけれん味が疾走感を伴い展開する。一方、時に勘所がつかみにくい言葉遊びの過剰や、物語の消長に構わず上滑りしかねない役者の大声や大振り、また構成や間合いを練り直せば、観客の心に結ぶ物語は一層鮮明になるだろう。
 野田や唐の芝居を見ると、日常を離れたあっぱれな劇中論理に刺激されるのだろう、脳の普段使っていない所に血が巡るのか軽い目まいがする。ぜひそんな芝居を期待したい。
 ◇11月2日、札幌・テレコムホール
 今年3月に、若手演出家コンクール2008(去年3月)で最優秀賞を受賞したカンパニーの受賞記念公演を東京に見に行った時、偶然居合わせた、演出者協会の旧知の演出家と話をしたら、城谷の話になって、彼は「もし俳優賞というものがあったら、断然、城谷君なんだけどねえ」といった趣旨のことを言っていた。
 そうなのだ。
 もし深想逢嘘で城谷が自らを「演出」するのと同じくらいほかの役者たちを「演出」し、ほかの役者たちもそれに応えることができたなら(それは必ずしも城谷のように素早く軽快に動き、台詞を吐くことには直接結びつかない。むしろ私が思うに芝居を「遊ぶ」感覚に近い)、このカンパニーはすごいことになると確信する。それは間違いない。
 今後にいっそう期待の持てるカンパニーだ。ちなみに次の公演は7月最終週とのこと。
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2010年04月03日

サイゴ・上演台本読了

 函館出身の林灰二くん(1977年生まれ、大阪芸大中退)から、主宰する東京の演劇集団Oi-SCALE(オイスケール、2002年4月結成)の上演台本「サイゴ」(脚本・演出林)を送っていただいたので、4月3日(土)、読了した。
 林くんとは、私が文化部勤務時代の03年9月、東京出張中に偶然、北海道出身者が主宰する劇団の公演があると知り、「虹と羽の蛾色」を高円寺の明石スタジオで見て、観劇後に声をかけたのが出会いだ。作品は、役者が立った時の頭が舞台の天井にまで届くような高く広い使い方をしていて、ひりひりするような胸の痛みを感じたのを覚えている。
 その後、林くんは招待状を送ってくれるようになり、翌04年5月、ラフォーレミュージアム原宿で公演した、漫画が原作の「ヒミズ」も見た。それからは毎回の招待状にも、私の異動や仕事などの都合もあって、行けない、申し訳ないことをしていたのだが、メールでのやり取りは続いていて、今回は上演台本を送ってくれたので読むことができた。
 「サイゴ」は04年10月に埼玉県で起きた、男性4人と女性3人のワゴン車の中での練炭による「男女7人ネット心中」をモチーフにした、05年12月初演の作品だ。林くんはこの事件に多大な衝撃を受け、「自殺系サイト」なるものにもアクセスして、想像力を駆使し、かつてないほどの集中力で執筆したという。
 実際、読むと、胸が痛む。これが紛れもなく実際に起きた事件であることを知ったうえで読むと、いっそう心が痛む。観客が求めるような安易な希望は提示されない。しかし、事件を単なる興味本位で取り上げているのではなく、真摯に真正面から、また多面的に掘り下げもしつつ向き合っていることで、亡くなった方たちの弔いにもなっているのではないか、と私には思えた。
 公演は今月21日(水)から25日(日)まで、座・高円寺1で。今回上演のチラシのコピーは「自殺を前に、10年振りの電話をしてきたそいつは、10年前、僕の親友だった。」である。
 胸の、心の痛みが、ボディーブローのようにきいてくる作品だ。もし東京にお住まいの方、その時期上京する方がいれば、ぜひご覧いただきたい、とお薦めする。
 林くんには、ぜひ北海道公演をと、以前から働きかけており、彼もいつかは何らかの作品で、と前向きに考えてくれている。林くん自身は道産子だけれど、北海道、少なくとも札幌にはない感じのテイストの作品を展開する演劇集団だと思う。近い将来、「その時」が実現するのを楽しみに待とう。
posted by Kato at 20:38| Comment(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする