2009年07月28日

黄昏はただ銀色

 劇団怪獣無法地帯の「黄昏はただ銀色」(作・演出棚田満)は3月21日(土)、札幌・レッドベリースタジオで見た。この劇団は伊藤樹が本を書いた時は、2008年の教文演劇フェスティバル短編演劇祭チャンピオンになったことに代表されるようにけっこうマジで、棚田が書いたものは…と相場が決まっている。そのため予想はしていたのだが、本作はある意味で映画好きにはたまらない作品だった。傑作と言っても過言ではない。
 上野ユウジ(泉清高)が彼女長山サツキ(小林花絵)との結婚を両親(長流三平、伊藤しょうこ)に申し込んだ時から、彼の周りに謎の一味が現れる。果たしてその真相は−といったストーリー。
 派手な銃撃アクションとお色気、荒唐無稽なストーリーがこれでもかこれでもかとスピーディーに展開する。そう、これは、パンフレットに棚田も書いているが、映画「007」シリーズへの最高級のオマージュなのだ。
 だからラストがハチャメチャだと感じられたとしても、文句は言いっこなし。
 というよりも感心してしまったのだ、私は。
 「007」シリーズのエッセンスをここまで”忠実”に演劇にした作品はあっただろうか。
 藤野羽衣子によるエンドクレジットのお色気シーンは本家を彷彿とさせ、やられたあ!
 これだから怪獣無法地帯は見ずにはいられない。
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スタンド・バイ・ミー

 やまびこ座プロデュース公演・東区市民劇団オニオン座の第1回公演「スタンド・バイ・ミー うららうららの春の日に、遠く君を思えば」(作・演出西脇秀之=劇団回帰線)は3月21日(土)、札幌市こどもの劇場やまびこ座で見た。
 伯母(入江明美)の家(元蕎麦屋だった)を借りて漫画家修業に励む姉(小川征子)とその妹(江崎未来)、編集者(石川恵)のにぎやかな関係を巧みに描く軽妙なコメディー。ここに隣家での葬式が絡み、物語は人間関係の機微を描いた人情劇の風合いも合わせ持つ。
 ほとんどが演劇は素人という市民劇団だが、西脇のしっかりした温かな本と確かな作劇もあり、上演時間1時間ちょっとがあっという間に過ぎた。今後に期待の持てる市民劇団の誕生を素直に祝おう。
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魔法

 前項に続いて今回も3月の観劇記。TPS「魔法」(作・演出弦巻啓太)は3月14(土)、18(水)の両日、札幌・シアターZOOで見た。とかく「アート系」と言われがちなTPSが、コメディーが得意な弦巻楽団主宰の弦巻の演出を初めて受けたポップな作品だ。
 ある日、妻(中川原しをり=客演)が記憶を失う。夫(岡本朋謙)だけの記憶だけを、完全に。夫はコメディーライターで、愛人(高子未来)との浮気もちょっと。浮気のことは知って知らずか、そんな日常を否定するかのように、妻の人格は漫画やアニメのキャラクターなどに次々変わっていってしまう。
 ここに医師(原子千穂子、木村洋次)や妻の姉夫婦(橋本久美子=客演、佐藤健一)、隣人(深澤愛)らが絡んで話はどんどんどんどんこんがらかっていく。
 一方、舞台の狂言回し的に魔法使い(細木美穂)も時々現れ、夫の心象風景に影を落とす。果たして妻の記憶は戻るのか−。
 あらすじはざっとこんな内容。これまでのTPSにはなかなかなかったポップでスピーディーな展開だ。芝居自体は弦巻が7年前に当時の自分の劇団で演出したものの再演というが、キャストが総代わりして新鮮な色彩を帯びた。
 弦巻のいかにも軽妙な演出に一所懸命ついていっているとも言えそうな感じのTPS陣とは違って、中川原が楽しそうな良い味を醸し出していた。中川原はこれに先立つTPSへの客演、数年前の音楽劇としての「夕鶴」では声が出ず、なかなかつらそうにも感じたものだったが、今回は夫の記憶を失った妻を実にはつらつと演じてみせた。
 とはいえTPS陣も奮闘。岡本は私が1回目に見たときは台詞をめためた噛んでいたが、最終日はぴしっと決めて見せた。チーフディレクター斎藤歩のカラーだけでは収まらない世界への挑戦こそ、TPSの今後の活躍を占うもの。その意味で今回の「魔法」は貴重な試金石であり、その試みはある程度成功したと言えるのではないか。
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愛する人を失うという世界共通の悲しみについての物語

 今回ははるか昔、3月に戻って書く。
 劇団千年王國「愛する人を失うという世界共通の悲しみについての物語」(作・演出橋口幸絵)は3月3日(火)、札幌・コンカリーニョで見た。遊戯祭07最優秀賞受賞記念公演だ。
 原子力の太陽が輝く白夜の街。大学院で雪の結晶の研究をするリュトーシカ(佐藤素子)は結晶構造を音階に移行する研究の最中に雪の結晶のひとつを音楽化した。そして、その誰も知らないはずの一小節のメロディーが、ラジオから流れてくるのを聞く。偶然の一致の謎を解きにメロディーを作曲した人物を探して、妹マルカ(坂本祐以)とともに南海の孤島を訪れる。そこには作曲者であるヒラド(梅津学)と弟ミズタリ(重堂元樹)という兄弟や、離婚寸前のヨシフ(立川佳吾)とコタ(榮田佳子)という夫婦、年上の売春婦イイラ(村上水緒)と結婚を決めた若者ユーリ(赤沼政文)らが住んでいた−。
 ステージを舞台中央に配し、それを挟んで向かい合うように設えられた客席。語り・ボーカル・ケーナ・ギターの福井岳郎ら4人の楽団が生演奏しながら舞台を回って芝居は開幕する。
 舞台狭しと繰り広げられる踊りは迫力があり躍動感いっぱい。お祭りの場面も、本当にお菓子が客席に投げられて楽しさがいっぱいに伝わってきた。
 ただ物語は、南の島に伝わる血塗られた伝説が出てくるに及んでちょっと分かりにくく消化不良になる。それまでのファンタジックさが急に現実味を帯びてしまったかのようで、かつ物語のスケール感も急速にしぼんでしまった感じだ。
 せっかくスケールの大きな舞台装置(美術長内香苗)で祝祭的空間を形作ったのだから、橋口特有の力業で、物語を神話的祝祭空間のままに持っていくことはできなかっただろうか。なんとも惜しまれる観劇印象。練り直してのぜひとも再演を望みたい。
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2009年07月23日

しんじゃうおへや

 yhs(リーダー南参)の「しんじゃうおへや」(脚本・演出南参)は7月20日(月)、札幌・シアターZOOで見た。死刑執行室を舞台にした4本からなるオムニバスストーリーだ。
 死刑執行室が舞台とは聞いていたが、正直、「死刑」というものにこれほど真正面から向き合った作劇だとは、見る前には予想もしていなかった。まさに直球、ストレートのど真ん中勝負。その意気や良し、だ。
 物語は、死刑執行の予行演習を行う刑務官たちの「きたえるおへや」、ラブレターで死刑執行室へ呼び出された女性刑務官の「こいするおへや」、死刑囚を落とすための床が開かなくなってしまったために調べに来た電気屋の「あかないおへや」、そして死刑囚の心模様「たずねるおへや」の4話。
 実は4話は細かいところでつながっていて、すべて見ると、隠されたもう一つの物語が観客の中に立ち上がってくるという仕掛けだ。
 安易なエンターテインメントではなく、むしろ見終えた後にさまざまなことを考えさせる、考えさせられる芝居。それだけに、南参をはじめ出演プレーヤーたちのこの芝居に取り組む前の試行錯誤も大変なものがあっただろうと推察する。
 裁判員制度が始まり、裁判が市民に身近になりつつある時だけに、時宜を得た作劇だったとも言えよう。演劇的カタルシスというにはちょっと違う感じもするが、まさに今こそつくられるべきだった芝居だったろう。
 私は丸山健二の芥川賞受賞作「夏の流れ」を思い出しながら見ていた。この本も、死刑執行に携わる刑務官の話で、人生というものを深く考えさせられる物語だ。今回の芝居で、この方面に興味を持たれた方にはぜひとも読んでいただきたい。
 そして難しい題材に真正面から取り組み、それを質の高い演劇にまとめ上げた南参らに拍手を送りたい。
 なお出演は、小林エレキ、能登英輔ら。
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4年4組へ行こう

 LAUGH LAMP(ラフランプ、岩田雄二代表)の「4年4組へ行こう」(作岩田、演出ラフランプ)は7月19日(日)、札幌・cube gardenで見た。
 物語はパンフレットによると、「廃校を利用し開院された、とある診療施設での血のつながらぬ、ひとつの家族の物語」。
 ここでいう家族とは、入所者たちによる疑似家族のことだ。つまりこの診療施設では、何年何組の誰々さん、といったように、入所者が生徒のように処遇され、医者たちが先生のように勤めている。
 その中で、老人(城島イケル)と少年(久礼悠介)との交流や、「音楽の先生」役の女性入所者(堤沙織)と生徒役の入所者たちの触れ合いなどが優しい視点で描かれる。
 物語は多少詰めが甘かったり、できすぎかなとも思える場面もあったが、終始登場人物に寄り添った柔らかな視線が印象に残った。
 芝居は、ハンバートハンバートという男女デュオの曲「大宴会」を皆で合奏し歌って終わる。印象的なラストシーンだった。この演劇集団は今回が実質旗揚げのようで、今後の活動にも期待が持てる公演だった。
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2009年07月17日

瀕死の王さま、椅子

 「tps小文字で大作シリーズ」2年目の今年は、ルーマニア生まれ、フランス育ちの劇作家ウジェーヌ・イヨネスコの2作品連続公演(演出斎藤歩)。今年が初めての「瀕死の王さま」(翻訳大久保輝臣)=札幌・シアターZOO=と、昨年に続いての「椅子〜悲劇的笑劇〜」(翻訳安藤信也)=札幌・扇谷記念スタジオ・スタジオ1(シアターZOOに隣接している)=という、「不条理演劇」の豪華2本立てだった。私は7月11、13、14の3日間で、「王さま」を3回、「椅子」を5回見た。とかく難解といわれる「不条理劇」だが、二つを続けて見ることでおぼろげにでも透かし見えてくるものがあったのではないか。私は確かに「不条理劇」の醍醐味を味わった。
 「椅子」のあらすじについては当ブログの2008年7月に詳しく書いているので、ここでは省略する。ただ、今年は老人役に木村洋次と鎌内聡が加わり斎藤と合わせてトリプルキャスト、老婆役は吉田直子と宮田圭子、齋藤由衣が加わり昨年に続く林千賀子、高子未来と合わせて5キャストになり、劇団としての裾野が確実に広がった。TPSは今後もこの作品を断続的に上演し続けていくことにしており、ほかの劇団員にも演ずる希望があるという。
 ここは一つ、終わりのない息の長い上演をして、小樽市出身の名優・故中村伸郎がイヨネスコ作「授業」を東京・渋谷の今はなきジャンジャンで1972年から11年間、毎週1回、欠かさず上演していたという活動に少しでも迫っていただきたいと切に願う。
 「瀕死の王さま」は、ある衰退した国の王さまが死を宣告されてから死んでしまうまでの、その意味では単純と言えば言えそうな2時間の物語。だが、その背景、あるいは奥底にあるのは、ヨーロッパ文明への徹底した批判精神だ。悲惨な二つの世界大戦を経験したヨーロッパ人の一人として、その大戦を生ずることになったヨーロッパ文明への深く重い疑問符、そして自らもまた紛れもなくヨーロッパ人でしかあり得ないことへの自問、そして存在の狂おしいほどの孤独が、全編を通して貫かれている気がした。
 王さまは運命に導かれるように静かに死んでいく。芝居の中で、「あなたはこの芝居が終わったら死ぬのですから」とか「あと1時間半後にあなたは死にます」とか宣告され、その時間は芝居の時間であるとともに現実の時間でもあり、観客が共有する死へのカウントダウンでもある。それは不条理とも、そうでないとも言え、静かに運命を受け入れたかのような王さまの姿は逆に、作者イヨネスコの苦渋に満ちた思考の道筋を照らし出すかのようだ。
 今回は王さまを斎藤と木村のWキャスト、医者を岡本朋謙、王妃お付きのジュリエットを高子未来が演じた。このほかはA、B2チームに分かれ、王さまを言葉責めにする第1王妃マルグリットはA清水友陽=WATER33-39(客演)、B稲垣佳澄、王さまに従順な第2王妃マリーはA宮田、B齋藤、衛兵はA佐藤健一、B鎌内という配役だった。
 私はあいにくAチームしか見られなかったが、清水のマルグリットが台詞回しも動きも説得力に満ちていて感心した。陰湿かつ執拗に王さまを死へと導いていくようなさまが確かさを持って伝わってきた。
 そのほかの役者も長台詞あり、マイムの難しさありの大変な芝居だったと思うが、うまくこなしていたように見えた。
 TPSは今後も「椅子」などイヨネスコ作品に果敢に挑んでいくという。「全国で日常的にイヨネスコが見られるのはここシアターZOOだけ」との気概を持って続けていってほしいものだ。
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2009年07月15日

水そこ花火

 電気ウサギ「水(みな)そこ花火」(脚本・照明大橋榛名、演出手代木敬史)は7月12日(日)、札幌・コンカリーニョで見た。独特の美に彩られた芝居をつくるカンパニーで、今回も楽しめた。
 舞台に新聞を裁断した紙が敷き詰められ浜辺を表現する。この舞台美術(高村由紀子)だけでもこの芝居は見るべき価値があるものと言えた。
 物語はと言えば、人間になった人魚たちの恋と愛の物語なのだが、ちょっと入り組んでいて分かりずらかったのが残念。だが、舞台美術、照明、音響がしっかりしているので、芝居の醸す世界観には十分に浸ることができた。榮田佳子、山下カーリーら出演。
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2009年07月01日

演劇祭「ZOO9」

 札幌・シアターZOOの演劇祭「ZOO9(ズーナイン)」を6月21(土)と27日(日)、全7作品見た。時代劇あり、人情ものあり、不条理劇ありの多彩なラインナップで楽しんだ。
 今回のプロデューサー弦巻啓太(弦巻楽団)が掲げたコンセプトは「温泉旅館」での「コメディー」。その通り、シアターZOOをまるまる温泉旅館「山荘 津流塔(つるた)」に見立て、舞台装置は温泉旅館の一室という同じセットを使っての7カンパニーの競作だ。
 参加したのはMassive 4tsp.(マッシヴ フォーティースプーン)「リストラガールズ」(作・演出すだけいた)、演劇公社ライトマン「遠い嵐はやがて。」(作・演出じゅうどうげんき)、ザ・ビエル座(ワクチンから改称)「ステル・ヒロウ」(作・演出雨夜秀興)、エンプロ「ウッカリさん!」(作・演出遠藤雷太)=以上21日観劇、亀吉社中「お銀狂瀾!!」(作・演出村上孝弘)、TBGS(THE  BIRDiAN GONE STAZZIC.)「徒花」(作・演出ミヤザキカヅヒサ)、エビバイバイ「金子のものもらい」(作・演出斉藤麻衣子)の7カンパニー。
 私にとって印象深かったのはエンプロとエビバイバイだ。エンプロは、「津流塔」のほかにも旅館に予約を入れてしまっていたという「ウッカリ女性」を主人公にした物語がよく考え構成されていて、抑制の効いた演出でうまく仕上げられていた。
 エビバイバイは、一人の女性泊まり客の部屋に、なぜだか女性二人連れや、裸にバスタオルを巻いたりブラジャー姿のほかの女性二人が入り込んでくるという不条理な世界が飄々と洒脱に描かれていて、先の予測できない展開で見応えがあった。
 全体を見回してみても、今回の「ZOO9」は成功したのではないか。演劇祭といっても、いくつもの芝居が上演されるだけのものが多かったりする中、今回は、近松門左衛門や中島みゆき、太宰治といった実在の人物をコンセプトにしてきた札幌・コンカリーニョの演劇祭「遊戯祭」の向こうを張り、一つの温泉旅館の一室(パンフレットによると二つのカンパニーが同じ「間(ま)」のため、計六室)という舞台装置を使い回ししながら、七つのカンパニーが七つの世界観を示していて、競作としてもうまくいったと思う。
 それは各カンパニーの稽古を見回り、共通パンフレットに各作品の役柄(女将や仲居など)の関係図まで紹介してみせた弦巻の尽力によるところも大きいと思う。
 来年のシアターZOO演劇祭、プロデューサー弦巻はどんな仕掛けでくるのか。期待は高まる。
 参加カンパニーの皆さん、お疲れさまでした。
posted by Kato at 21:22| Comment(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする