2008年04月04日

劇団北芸「棲家」を推す

4月19(午後2、7時)、20日(同2時)はぜひとも、いやなにがなんでも札幌・シアターZOOに足を運んでいただきたい。
 釧路の劇団北芸の「棲家」(作太田省吾、演出加藤直樹)が上演されるのだ(連絡先=北海道演劇財団011・520・0710)。
 経緯はこのブログの2007年2月の「棲家」の項を読んでいただくとして、今年の年初、私は劇団代表の加藤さん(親戚ではない)に頼み込んで、チラシに推薦文を書かせていただいた。以下の通りだ。
 「極北」の芸を見よ
       劇団北芸の「棲家」を推す
 劇団北芸「棲家」は、私が主宰する劇評ブログ「シアターホリック(演劇病)」で、2007年に観劇した舞台125本の中でマイベストに挙げたものである。老境の男と妻、そして娘の、夢とも幻ともつかぬ物語はもともと、名優・中村伸郎へのあて書きだが、私は「北海道でこの作品を表現できるのは北芸しかない」と、数年前から加藤直樹さんに上演を直談判していた。果たして、その成果は|。実際にご覧になって感じていただくほかはない。作者の劇作・演出家太田省吾さんは昨年7月に不帰の人となられた。いま確信するのは、この作品が再び、極北の芸として息を吹き返したことを喜んでおられることは間違いないということだ。
 以上。
 この作品は老境の男が主人公だが、老若男女、誰が見てもなにかしらの感慨にふけることのできる物語だと思う。
 たくさんの人に見ていただいて、私はそうした人たちのお話もうかがいたい。私は3回とも見ることにしている。
 なお札幌公演の前、4月12、13日に帯広(演研・茶房工房0155・25・7140)、札幌の後、5月31日、6月1日に釧路(アートスペース・ジスイズ0154・22・2519)でも上演する。お近くの方はぜひそちらでご堪能いただきたい。
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2008年04月03日

劇団千年王國「花」(作・演出橋口幸絵)は3月20日、札幌・コンカリーニョで。千年の第1回公演の作品ということだ。
 あらすじはパンフレットによると、以下の通り。
 ここは戦時下の工業都市「ハニービータウン」。戦地に赴く男たちにかわり女たちが工場で働き街の暮らしを支えるこの街に、ある日サナトリウムから逃げ出した少年(赤沼政文)がやってきた。
 女工たち(坂本祐以、川瀬佳奈江、平澤朋美、長崎睦子)の入り浸る小さなカフェ(経営者=村上水緒)に逃げ込んだ少年は、そこで同じ病の少女(榮田佳子)に出会い、ふたりは残された時間を記録するために古ぼけた写真機を手にとる。
 時計が真夜中を打つと、カフェの隠し部屋からへんてこりんなアナキスト(柴田智之)や奇跡を起こす少年(佐藤素子)がひょっこり現れ、女工たちを巻き込んだ小さな革命の100日間がはじまった。
 笑顔で負け戦に行った人々の、「花」の時間の物語。
 ほかに長流3平が出演。
 これには、ものすごく期待していただけに、いささかがっかりした。
 というのは私の場合2点あって、ひとつは物語の骨格や輪郭がもっとどっしりと太く、かつ鮮明であってほしかったこと。事情がよく飲み込めない個所がいくつかあった。私には少年と少女が100日の余命であることすら、最初は分からなかった。
 もうひとつは、主人公である少年と少女があまりにも線が細かったこと。この点については、この終演後行われたアフタートークで、患者ゆえの演出の仕方であったことも報告されたのだが、それにしてもあまりにも線が細いため、「花」は出てくるけれども「華」はないなあという感じがしてしまった。
 榮田がいろいろ着替えて写真に収まるのも、何度も繰り返されるうちに日常性の中に埋没した感じだし、いくら2人が病を持っているといっても、負の中の「華」をみせてほしかったなあという気持ちは強い。
 これらは「千年王國」だから、実力派の橋口だからこその辛口の批評だ。
 とはいっても、そこは千年で、女性解放といったメッセージ性や、ぐいぐい物語を引っ張っていく力は感じたのだった。
 良くも悪くも「若さ」を感じさせる芝居だった。なにせ、旗揚げ作品らしいから。
 舞台装置は豪華なものだった。
 それから余談だが、アフタートークでyhsの南参が、千年を「武士」に、yhsを「忍者(ドロンと化かす)」になぞらえていたのは、言い得て妙でおかしかったなあ。
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続・春の夜想曲(ノクターン)

前項で私は「札幌の春の夜の静かな、本当に静かな佇まいの物語」と書いたから、この芝居を見ていない人には「静かな演劇」の一種と受け取られたかもしれない。
 まったくの誤解である。というより、私の書き方に誤解を生ずるものがあったというべきだろう。
 なにしろハチャメチャな設定なのだ。中島公園の中のホテルは、札幌を知る人なら誰しも「札幌パークホテル」と思うだろう。そして菖蒲池にある浮島に季節限定の別邸が設けられ、そことホテルは地下通路でつながっていたり、もう一つの浮島には露天風呂があって、別邸からはボートで往復したりと、それはもう破天荒な物語なのだ。
 だが、それをして、私に「静かな…」と書かせたのは、やはり金沢碧の透明感のある存在、そして演技の幅の広さだろう。
 前述した滅茶苦茶さを通り越して、いやそれらをすべて包含して、「自然」であったのだ。「自然」に見えたのだ。
 ハチャメチャな設定にもかかわらず、「自然」に「静かな、本当に静かな佇まいの物語」と受け取らせるもの、それこそが今回の芝居の醍醐味であったと言えるだろう。
 3月20日に再見したが、なるほど自然に静かな佇まいに思えてくるのが不思議で楽しかった。
 終演後の打ち上げでは、金沢のノリのいいこと! なんと、どじょう○○○の顔まで造形したのであった。
 素晴らしい女優、演技に感嘆した日であった。
posted by Kato at 22:33| Comment(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする