2007年11月25日

あっちこっち佐藤さん

 富良野塾OBらでつくる11☆9(イレブンナイン)の「あっちこっち佐藤さん」は英国の劇作家レイ・クーニーの「ラン・フォー・ユア・ワイフ」(翻訳小田島雄志・恒志)を原作に、劇団が脚色、納谷真大が演出したもの。11月25日に札幌・サンピアザ劇場で見た。
 37歳のタクシードライバー佐藤ひろし(水津聡)は2人の妻、サチコ(森上千絵)とカズコ(久保明子)を持つ男。
 それがある日、ちょっとした事件に遭遇したため、隣家のもの書き佐藤さん(久保隆徳)、2人の佐藤という苗字の警察官を巻き込み、妻が2人いることをばれないように、上を下への大騒ぎになる、というコメディー。
 1つの舞台をそのまま、サチコとの家とカズコとの家とに設定しながら、見間違えることのない巧妙な演出。テンポも小気味良く、上質の芝居を楽しんだ。
 従来、この劇団のコメディーには、どこか観客に媚びた匂いというか、野暮ったいところも感じられたのだったが、今回はそれもほとんどなく、実にうまく練り上げられた一作との印象を持った。
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スタークロスド

 弦巻楽団「スタークロスド」(作・演出弦巻啓太)は11月24日、札幌・コンカリーニョで。
 東ガモールの国際親善大使アリ(小野優)の娘ミナ(知北梨沙)が転校してきた私立イワナ学園の初等部6年○組。その転校生をめぐる小学校での騒動を、国際情勢と絡めて描いたコメディーだ。
 総勢約20人に及ぶ出演者が出入りするにぎやかな芝居。テンポも小気味良く進み、物語も分かりやすい。
 ただ私としては、冒頭、ミナと同級生の中本マモル(石川藍)が独白する「運命論」についての物語が展開すると勝手に予想していたから、その部分があまり絡んで来ず、ちょっと残念な気もした。
 大掛かりな舞台セットに、ラストはちょっとびっくりの仕掛けも。なかなか楽しい
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2007年11月22日

ミスキャスト!

 劇団SKグループ(すがの公団長)の「ミスキャスト!」は脚本・演出ともすがので、11月20日、シアターZOOで見た。
 田舎町の寂れた温泉宿。おカミさん(小山めぐみ)の下、支配人轟万太郎(能登英輔)や板前ケンちゃん(立川佳吾)、おかまのマッサージ師ジュリーさん(高橋逸人)、仲居の綾乃小路カレン(古崎瑛美)、たえちゃん(天野さおり)らがいる。客は1人(すがの)だけらしい。
 毎年恒例の旅の劇団公演を明後日に控えたその日、肝心の劇団の乗ったバスが山道で横転、14人は怪我を負い、ただ1人、劇団員夢見勘之助(高橋隆太)だけが命からがら、宿に助けを求めに来る。
 当然、劇団の公演は中止。と思いきや、楽しみに来る満員の老人客のためにと、ただ1人の客の持っていた戯曲をいいことに、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」を宿の連中だけで上演する話が持ち上がる、というコメディー。
 最近のSKGの演目の中では、とても分かりやすい中身だ。支配人と板前がおカミさんを好いており、カレンは支配人を密かに思っているなど、人物関係も明瞭。
 ただ、前半しばらくはなかなか物語が展開していかない、というか、もたついているような印象もあった。
 後半になって、宿の連中の演劇稽古と人物関係の転がり方が交錯し、宿も苦境に立たされていることが明らかになるにつれて、物語に奥行きが出た。
 終盤はすがの得意の二転三転、「ロミオとジュリエット」よろしく、あれまあこんなことになるんだという物語の展開。カレンの姿に、劇場裏からある人物が声を掛けることによって、カレンが実は夢を実現したのだということが分かる仕掛け。
 ただ、このラストのエピソードはなくても、それなりにそれなりの終わり方でじんわりさせられたという人もいるだろう。
 要は好き嫌いだ。
 古崎が気立ての良い仲居を生き生きと演じていたのに好印象を抱いた。
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2007年11月17日

西線11条のアリア・2007の2

 TPS「西線11条のアリア」(作・演出斎藤歩)を11月12日再見、13日三見した。
 12日夜公演の後にはアフタートークがあり、宮田圭子と岡本朋謙が出席した。
 この席で宮田は、初演の時には、日々の稽古で何日かごとに、紙1、2枚ずつの戯曲が東京の斎藤の元から札幌に送られてきての稽古だったので、芝居の全体像がなかなか見えないままだった。さらにラストシーンは初演が開ける1週間前に出来上がったものだった、と明かした。
 なるほど。やはり、初演はまだ熟成していなかったはずである。
 なお、前々項の「西線11条のアリア・2007」で岡本の役が市電の「車掌」となっているのは「運転手」の誤りでした。市電はワンマンですからね。訂正します。
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2007年11月11日

トワハテ!

 劇団プラズマニア(団長・谷口健太郎)の「トワハテ!」は脚本・演出も谷口。11月11日、札幌・ブロックで見た。
 10月1日、ある研究所で教授(谷口)と助手成嶋(村上義典)が時を止める装置を完成させる。それは教授が、研究者でもある妻有美(黒沼陽子)と交わした約束の産物だった。
 いざ、時間停止。だがその研究所のそばに散策に来ていた亜樹(喜井萌希)と友達2人(下山美里、對尾華夜)の時間はなぜか止まらない。
 遡ること3カ月前の7月1日、研究所に向かう有美と成嶋、写真を撮りに郊外に向かう亜樹と盲目の兄(太田真介)の乗ったバスがトンネル崩落事故に遭い、亜樹と成嶋を除く13人が死亡。亜樹は成嶋を、「あなたの乗車が遅れ、バスの発車を1分遅らせたから、事故に遭ったんだ」と責める。
 さて現在。成嶋は亜樹や教授への罪悪感から、自分の時間だけを止めるよう装置に手を加える。それをやめるよう説得する教授。教授は、亜樹は、成嶋はどうするのか、といった内容。
 良い話なのだが、本としていかんせん詰めが甘かったり、ご都合があまりにも良かったりするところを散見した。
 でもそれを一つの作品として仕立て上げる強引さというか、パワーというか、そういうものを感じた芝居。最近の芝居としては珍しく絶叫調が主体の会話も、そうしたところから必然的にそうなるものなのだろう(ただ、静かな詩的イメージを醸す場面の大切さをもう少し意識してもよいと思う)。
 またそのパワーこそが、劇団を支えている源泉になっているようにも思える。
 さまざまなタイプの作品を意識してこなしていけば、けっこう見ごたえのある劇団になる気もする(今回が第5回公演とのこと)。今後に期待の持てるカンパニーの一つだ。
 ちなみに、題名を漢字化すると「永遠果て(トワハテ)!」になるのだろう、きっと。
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2007年11月10日

西線11条のアリア・2007

 2005年12月の東京初演、2006年1月の札幌初演から2年足らず。北海道演劇財団主宰劇団シアタープロジェクトさっぽろ(TPS)の「西線11条のアリア」(作・演出斎藤歩)が帰って来た(11月9日、札幌・シアターZOO)。
 そしてそれは確実に熟成し、コクや深みを増していたのである。初演からわずか2年足らずでの再演で、ここまで芝居がうまみをますのもそう滅多にないことだ。
 ここで「シアターホリック(演劇病)」の第2回に書いた劇評を再掲載する。これが、初演での印象だった。
 観劇日2006年1月9日、14日の2回、シアターZOO。TPSチーフディレクターで札幌、東京で活動する斎藤歩の新作・演出です。
 西線11条とは、札幌の市電に実在する停車場の名です。題名はバッハの「G線上のアリア」を下敷きにしているわけですね。
 舞台中央には細長い停車場があり、四角い柱型の時刻表が立っています。冬の夜、ここに、アーティスト(林千賀子)や若いカップル(木村洋次、内田紀子)、謎の女(山口清美)=今回は山口の退団により謎の男(佐藤健一)、アルバイトの女(山本菜穂)らが電車(車掌=岡本朋謙)を待ちにやって来ます。中には停車場でコメを炊く青年(川崎勇人)と姉(宮田圭子)もおり、東京から出張で来ていたサラリーマン(高田則央)はわが目を疑い、混乱を来します。
 さまざまなやりとりがあり、場内を笑いの渦に巻き込みますが、実は姉とサラリーマンを除くその他の人たちは、自分たちでもよく覚えのないある共通した秘密を抱えていて、そのためにこの停車場に来ている、来てしまっているという事情が分かってきます。それは、見る側をとても切ない思いにさせる事情です。
 一言で表現すれば、斎藤歩版「銀河鉄道の夜」といった趣をも感じさせる叙情的な物語です。日常の何気ない場と時間から、生者と死者とのやりとり、生きること、また(死者の記憶に)生かされることへも思いを促されます。笑い続けているうちに、生と死についてもそこはかとなく思いを致される、優れた作品世界が立ち現れます。ラスト、役者たちの吹奏楽の生演奏で姉が歌う「G線上のアリア」が静かな余韻を残して終わります。
 おそらくはTPSのレパートリー作品として今後も上演されるでしょうから、ぜひその際には見てみていただきたい芝居です。
 以上が前回の劇評だ。
 今回見て、生と死への思いを出演者たちが語る部分が多くなったり、生きて死んでいくことへの思いを表現するせりふを増やしたため、いっそう深みを増したのではないか、と思っていた。
 だが平田修二TPSチーフプロデューサーによると、せりふはかえって減ったくらいで、付け足した部分はないのだという。
 それにしてもこの明らかな感慨の深まりはなんだろう。これが「芝居は生もの」ということなのだろうか。役者たちが物語の構造をより明確に自分のものにした成果だろうか。
 今年3月限りでTPSを退団した高田が元気な姿を見せてくれたのもうれしかった。
 また演奏も格段に上達していた。
 初演でも好きな演目だったが、とにかく私の中で傑作になった。
 13日・火曜日まで上演している。未見の方はぜひ見て頂きたい。
 前々項、「高き彼物」の最後で、「筋が通っていれば」とあるのは、「幹が通っていれば」の誤りでした。訂正します。
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2007年11月08日

あーさんと動物の話

 北九州を拠点に、今年で創立20周年になるという劇団「飛ぶ劇場」が初来札、コンカリーニョで「あーさんと動物の話」(作・演出泊篤志=5代目代表)を上演した。私も初見の劇団で、11月4日に見た。
 あーさんは38歳、6畳一間に引きこもってギターを弾いてばかりいるように見える。が、両親や妹、親戚連中が度々来ては、社会に出ることを勧める。だが、この両親や妹、親戚連中、実は動物たちであることが物語の進行とともに分かってくる。
 あーさんは20年前、入院中の祖父を自分だけは見舞いに行かず、そのため、おばの運転で見舞いに行っていた両親や妹、親戚連中が交通事故に遭って亡くなっていたのだった。動物たちと人間たちの絶妙な交錯。果たして、あーさんはどうなるのか、どうするのか、という物語。
 舞台前面の6畳一間が役者たちによりくるくる回されて、ぐるり反転。さまざまな演劇的仕掛けが分かってくるという大掛かりな舞台。さすが20年もやっていると、見せ方がうまいものだなと感じた。それに話の運びも巧妙で、見ている者を飽きさせず、一種のサスペンスともなっていた。
 パンフレットで代表で作者でもある泊が、「この物語を書いている途中で、私は大切な人を2人亡くしました」と書き、その喪失感から這い上がろうとする行為そのものが「表現」なのではないか、と書いていたが、まさにその通りだと思う。この芝居は、泊一人の個人的感情を超えて、大きな喪失感にある人への応援歌でもあり、鎮魂歌でもあるように感じられたのだった。
 なお何回か前の「授業」の項で、家政婦が教授の左腕に腕章を巻いた、とあるのは右腕の誤りでした。訂正します。
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高き彼物

 いよいよ今年も8劇場で「札幌劇場祭シアターゴーラウンド」が始まった。1カ月間、40演目が上演されるという。私は今回も演劇大賞審査員6人の中の1人として、候補作(28作品)を見ることになった。果たしてどれだけ見られることやら。
 その幕開けとなったのが、劇団新劇場の「高き彼物(かのもの)」(作・マキノノゾミ=東京で活躍するプロ、演出山根義昭)で、11月2日にシアターZOOで見た。
 舞台は静岡県川根町の食料雑貨店を営む猪原正義(斉藤誠治)の家。妻は早くに病死し、父平八(柴山良弘)、娘智子(栗原聡美)と暮らす。実は正義は元高校教師で、ある事件がきっかけで教師をやめたのだった。
 物語はバイク事故を起こした東京の少年(藤井達也)がこの町を再訪することから始まり、正義が教師を辞した秘密に迫っていく。なお題名は歌人吉野秀雄の「屑たばこ集め喫へれど志す高き彼物忘らふべしや」からとられている。
 新劇場として、なかなか良い本を選んだと思う。初日だったためか、一部せりふのうまく入っていない役者もいたが、時間が経過するにつれて演技にも熱が入ってきていた。
 ただ、もう一本、芝居を通して筋が通っていればなあとも思ったのだった。
 さて、12月まで1カ月ちょっと。みなさん、劇場に通いましょう。
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世界の果てに捨てたいもの

 演劇ユニット電気ウサギ「世界の果てに捨てたいもの」は作・照明大橋榛名、演出手代木敬史で、10月28日、札幌・ターミナルプラザことにパトスで見た。
 世界の果てを目指して列車の旅をする2人の少女(山下カーリー、寺元彩乃)の物語。共演は加藤健、畠中朝香、岡崎円。
 決して大振りではない物語だが、きびきびとした動きが様式的でもあり、楽しい芝居。それに開演前に、小物グッズ(バッジや手ぬぐい、ポストカードなど)の販売を駅弁売りのような格好でしており、すでにそこは物語の中のよう。楽しいひと時を過ごした。
posted by Kato at 22:56| Comment(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする