2006年10月30日

レモンソーダと姉の声

 劇作家・演出家北川徹がTPSで創った作品は、劇場に観に来ている人ではなく、この場にはいない、どこか遠くの人への詩の織り込まれた手紙のように思えてきた。
 「遊園地、遊園地。」しかり、アラバールを原作とした「さよなら日曜日」しかりだ。
 遠くの誰かへの詩の織り込まれた手紙だから、それを劇場にいて垣間見ているようなものだから、そこはかとない叙情の中に、切なさのようなものも感じられ、私はそれが好きだった。じんわり胸に染みてくる感触が好きだった。
 だが、今回の「レモンソーダと姉の声」(21日、札幌・シアターZOO)には、残念ながらそうした感覚を抱くことはできなかった。
 なぜだろう。
 とにかく近視眼的なのだ。
 いま劇場に来ている観客たちに、必死に何かを伝えようとしてしまっている、といえばいいのだろうか。
 通常なら許されるだろうそうした手法が、北川作品には似合わない気がしてならない。
 それも、筋道がなく、ピントが大きく外れているような物語を、だ。
 とある地方の商店街の商工会中年団を主人公とした群像劇だが、世界がとても狭く小さい。
 劇場の外の、かの紛争地に住む子どもへのメッセージも、額に汗して働く人への詩の織り込まれた手紙といった感じも、少しも感じられなかった。
 そうしたものを求めることが間違っていたのだろうか。
 唯一、北川作品らしさを感じたのは、物語の本筋とは一見無関係な、老女の歌う「蘇洲夜曲」の場面。
 遠くにいる、あるいは今はもういない誰かに、そこだけは届いているような気がした。
 それ以外は、役者たちはよく動いてはいるのだが、動いてだけはいるのだが、よく訳が分からず、肩透かしを食った感じがしてしまった。
 出演は永利靖、高田則央、木村洋次、岡本朋謙、川崎勇人、佐藤健一、宮田圭子、重堂元樹(演劇公社ライトマン)、北川の9人。
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2006年10月08日

ゲート

 まずは前回「夜の水」についての追加から。福村慎里子は出演に加え、構成・演出・振付も行っていました。
 さて「ゲート」は北大生を中心に活動する劇団しろちゃん(廣瀬公彦座長)により7日、札幌・ターミナルプラザことにパトスで上演された。脚本・演出は元木業人。
 人間と、人間を食う「イタン(異端か)」が争う世界。そこでイタンと戦う一人の若者をめぐり物語が展開する。
 芝居は善悪二元論に陥らない、荒唐無稽な物語で、それを2時間半、20人近い登場人物を出し入れして最後まで見せきることに非凡な可能性を感じた。
 ただやはり2時間半はちょっと長い。刈り込めばもっとスピーディーに、テンポもよくなるはずだ。
 最後の方がちょっと駆け足気味になるのも残念といえば残念だったが、札幌演劇界に今まであまり見当たらなかった物語性に大きな可能性を感じた舞台であった。
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夜の水

 昨年、シアターホリック個人賞を授賞した福村慎里子(福村まりから改名)が、またまたやってくれた。
 マリ☆ナイト003「夜の水〜NightWater」(6日、札幌・ラグリグラ劇場)だ。
 マリ☆ナイトとは役者(「シアター・ラグ・203」所属)、ダンサーである福村が、あらゆる表現方法を使って創る舞台プロジェクト。
 今回は昨年に引き続き、滝川在住の墨絵画家杉吉貢とのコラボレーションだ。
 最初、赤い糸と戯れる福村。
 次に、杉吉が福村の体に水彩絵の具に合成洗剤を混ぜた緑を描いていく。
 それは鱗のようにも、葉脈のようにも、人体模型の血管にも見える。
 次第に肌をあらわにし、ついにはパンティーだけとなる福村。全身が緑に覆われる。
 と、首から胸に真っ赤な一本の線を引く杉吉。それは動脈のようにも、運命の赤い糸のようにも見える。
 このボディーペインティングに40分。それから10数分、福村が一人で踊り、パフォーマンスは終わったのだった。
 昨年のボディーペインティング(題名は「夜のすきま」、だったと思う)に比べ、エロティックさは薄れたものの(それは今回の方が、描かれることになすがままだったからのようでもある)、実に刺激に満ちた舞台。
 一週間前に観た劇団千年王國「イザナキとイザナミ 古事記一幕」との対比を考えるもよし、ラグリグラ劇場の天井がもう少し高ければなあと詮無いことを考えるもよし、ともかく札幌の表現のある種の先端部分を観ている気がしたのだった。
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ジプシー

 「ジプシー 千の輪の切り株の上の物語」は劇団新劇場・劇団にれ(ともに札幌)の合同公演として札幌・やまびこ座で上演された(10月1日)。東京の人気劇作家の横内謙介の作品を、新劇場の山根義昭が演出した。
 東京の郊外、真夜中に一組の若い夫婦が自分たちの新しい「家」の出来上がりを待ちきれず、工事中のマンションの現場に入り込んだ。そこには得体の知れぬ流浪の家族が…という内容。
 山根演出は何本も観ているが、過去には「少々創り過ぎではないか」と思った作品もあった。だが今回はその印象が薄れて観やすかった。
 というのは、若夫婦の夫役を演じた徳田敬二(フリー)と工事作業員役の朝田敏之(新劇場)のとても自然体な演技に負うところが大きい。徳田の演技は初めて観たが、揺れ動く心情を過不足なく伝える演技で、説得力があった。朝田も、人情に厚いカンさん役を、力むことなく造形するのに成功していた。
 9日にはこの合同公演が「第22回北海道演劇祭in士別・あさひサンライズホール」で締めくくりの演目として上演されるが、おそらくは清新な感動を持って迎えられることだろう。
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2006年10月07日

イザナキとイザナミ 古事記一幕

 音楽劇「イザナキとイザナミ 古事記一幕」は劇団千年王國により札幌・ブロックで上演された(9月30日)。劇団代表橋口幸絵が作・演出し、今年3月に東京で行われた日本演出者協会主催「若手演出家コンクール2005」で最優秀賞と観客賞をダブル受賞した作品だ。出演者は劇団の榮田佳子と、チャランゴ奏者・唄歌いの福井岳郎の2人。
 真っ暗闇の中、男女の息遣いから芝居は始まる。そして「あ、め、つ、ち、の」という言葉。はじめに言葉ありき、だ。
 榮田は目にまぶしい白装束。軽快に気持ちよさそうに、全身で古事記の物語を表現する。福井は太鼓や笛、木琴などを使って実に絶妙に榮田とコラボレーションする。時に、物語の輪郭の中に入って来もする。
 切り絵が効果的に使われたり、天井から大きな書の文字が垂れ下がったりと視覚的にも楽しみどころが随所にある。18歳まで神話の里宮崎で暮らし、祖母の寝物語は決まって「古事記」だったという橋口の面目躍如たる堂々たる物語り方だ
 観ていて私は「理知的にエロティック」だと思った。
 良い意味で細かいところにまで計算が行き届いた舞台だった。
 おめでとう橋口。そして、ありがとう。
posted by Kato at 23:38| Comment(0) | 劇評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする